挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
異世界に穴があったら入りたい 作者:大野水城

第一章

16/78

第十三話 強敵スライム

 冒険者ギルドの地下には広大な地下領域がある。下水道などが通る都市の地下区画よりさらに下層だ。
 照明には『双子水晶』という、特殊な水晶の鏡が用いられている。『双子水晶』は片割れが受けた光を、もう片方に映し出す不思議な性質がある。
 つまり、片割れを日の当たる明るい場所においておけば、もう片方は照明の代わりになるということだ。
 片割れは静止衛星軌道上においた記憶がある。
 ほぼ直射日光を放つこの水晶を、遮光フィルターや強化水晶で覆って、ちょうど蛍光灯ぐらいの明るさにしている。

 この空間は、本来、都市が空爆などの攻撃を受けた場合、市民たちを避難させる防空壕(シェルター)として作ったのだが、都市の管理者たちは冒険者養成のための訓練場として使うことにしたらしい。『俺』は魔素(マナ)が湧き出す仕様になどしなかったのだが、弟子の誰かが改造したのだろう。
 悪いとは言わないさ、この都市はもう彼らのものだ。そういえば昔、文明発展のコツを教えた気がする。

 『貰ったものは魔改造』ってな。

 林立する石の柱の一本にストーンゴーレムがはめ込まれていた。柱が欠け、代わりに天井を支えるために召喚されたのだろう。そのまま放置されて何年になるかしらないが、『ラ◯ュタ系オブジェ』として、長年、縁の下で都市を支えてくれたのだ。苔のむすまで……。
 面白いことに、ゴーレムの足元に水たまりができ、銅貨がぐっさりと沈んでいた。水は澄んでいるので雨水ではなく、上水のどこかから流れてきているらしい。普通は、こういうところは政庁が漏水元を見つけ次第修理するものだが、敢えてそのままにしてあるようだ。双子水晶の光が差し込んで、神秘的なオーラを醸し出していた。
 コインを拾う者も誰もいない。どうやら、彼は本当に都市の守護者、守り神さまのようだ。
 二礼二拍手一礼をして、俺もお賽銭を投げた。

 そして、振り向き様に矢を放つ。

「悪・霊・退・散!!!」
「ィィイィィィッィィィィッィーーーー!!」

 ガラスを爪で引っ掻いたような、耳障りな悲鳴が上がる。
 これで俺は、本日5匹目のゴーストに矢を打ち込んだことになる。
 普通の矢ではゴーストには通じないが、正の魔素(マナ)を込めた『魔法矢』なら通じる。 半透明のイカみたいなシルエットは霧散し、光る石ころがコロンと地面に落ちる。

 これで魔石は9個目。まだ、1時間もたってないのだが……。

 獲得した魔石の内分けは、スライム1匹、グリーンバット2匹、ゴースト5匹、エチゼンクラゲ1匹。
 俺は、ゴーストが狙い目だと踏んだ。
 仕留めると魔石を残して消えてしまうので、魔石を回収しやすいからだ。
 また、実体がないから、矢も破損することなくちゃんと回収できるというメリットも有る。スライムに打ち込んだ矢なんて、なんかベタついてて再利用できなかった。エチゼンクラゲは魔石を回収するのに水の中に入らなきゃいけない。コウモリも生臭い腸の中に手を突っ込んで魔石を回収しなけりゃならんのですよ。うへぇ…。
 ま、洗えばいいんだろうが、ゴーストなんていう狩り易い獲物がいる以上、わざわざ狙う必要もない。
 こいつらをターゲットに選んだ理由は他にもある。他の受験者(プレイヤー)が狙わないのだ。どうやら、ゴーストの気配を察知できる受験者は俺しかいないらしく、競合が発生していない。
 皆このエリアを、「敵が出ない」と判断して、スルーしていった。宝の山にもかかわらず。
 お陰で、おれはフレンドリーファイアを気にする必要なく、矢を打てる。

 ははは。やっぱりあのゴーレム大明神にはご利益があったようだな。

 さて、あと一つ。ゴーストを狩って済ますか。それとも、他のエリアに移動するか。
 ちなみに、ここはAフロアのⅣエリアだ。
 Ⅲ、Ⅵ、Ⅸのエリアには下層への階段があるらしい。
 下層のBフロアやCフロアにはまだ手強い魔物がいるという。
 興味はあるが、手強いやつを仕留めたところで高得点になるわけではない。
 余計なことに手をだし、ヘマをして失格になるのは馬鹿らしいので、ここにとどまることにした。


   *   *   *

 30分経過

「ィィイィィィッィィィィッィーーーー!!」

 大漁大漁。
 魔石が19個になってしまった。
 このエリアのゴースト、ちょっと乱獲しすぎたかもしれない。
 なんかめっきり気配がしなくなったのだが、他の受験者に悪いことしたかな?

 まぁいいや、どうせ俺にしか狩れないみたいだし。
 誰も困らんだろ。

 9個も余分にとってしまったが、どうしようかなぁ。
 足りない奴に売るか?
 とりあえず、俺はエントランスに帰還することにした。

 
   *   *   *


 エントランスに戻ると、Ⅻの扉。
 つまり、エレベーターの前で、二人の受験者が立っていた。 

「あ、こんにちは」
「……………」

 一応、挨拶をしたが返事はない。
 コンビニ前のうんこ座りさんと目があったときのような妙な視線を返された。

 彼らも俺と同様、狩りを終えたのであろうか?
 まぁ、そうかもしれないな。
 スライムやコウモリもそんなに難しくない相手だし、手練なら1時間で10匹ぐらい余裕だろう。
 そんなことより、水の補充だ。
 ひっくり返されていた木箱は片付けられ、部屋の片隅に追いやられている。
 おやおや、あの人達がやったのなら、ずいぶん奇特な人たちだな。

 俺が木箱に近づこうとした時、二人の背後のエレベーターの扉が開いた。

「はいはい、ごめんなさいごめんなさい」

 ガラガラと台車が出てきた。
 台車を押して出てきたのは、冒険者ギルド作業員の制服をきたお婆ちゃんである。
 パーマのかかった白髪で、品の良さそうな老人だった。
 お婆ちゃんはホールの中央まで台車を転がして、

「よっこらせ」

 と、ブレーキを踏んで台車を止めた。
 そこで俺と目があう。

「あら、あなたも受験者? ずいぶん小さいのね?」
「はい。今回最年少だそうです」

 なんかジ◯リの世界から飛び出してきたような元気なばあちゃんである。

「冷たいお水いかが?」
「はい。頂きます」

 どうやらこのばあちゃんは補給物資の補充員のようだ。
 先ほどの木箱も、こういう人が片付けたんだろう。
 おぼつかない手つきで、台車から折りたたみ式のテーブルを引っ張りだそうとするので、俺も手伝った。
 テーブルを手際よく組み立てると、今度はウォーターサーバーを引っ張りだそうとする。
 この仕事は老人一人にゃ大変だろう。
 仕方ないので俺が台車の中に入り、ウォーターサーバー以外の荷物を一つ一つ引っ張り出し、お婆ちゃんに手渡す。
 エレベーターの前に突っ立ってる野郎二人は、それを黙ってみている。
 何してんだ、あいつらは?

「まぁ、ありがとう。ご苦労様」
「いえいえ、どういたしまして」

 荷降ろしが終わると、お婆ちゃんはコップに氷水を注いでくれた。
 お返しとばかりに俺は、物資の中に入っていた水筒から、お茶を取り出してお婆ちゃんに手渡す。
 老人にはこっちの方がいいだろう。

「ありがとう。あなた、お幾つ?」
「8歳です」
「そう! あたしは、80歳……第七天子様ご崩御の年に生まれたの」

 なんと、歳の差十倍の相手をお茶に誘ってしまった。

「それじゃ、この町と同い年でいらっしゃるのですね?」
「ええ、そうよ。町と一緒に大きくなったわ」

 すげぇな、都市の歴史の生き字引だ。

「それじゃね、坊や。私はこれで……仕事中だから、あまり長居はできないの」

 お茶を飲み終わると、お婆ちゃんは台車を押して、エレベーターの方に戻って入った。
 仕事熱心だな。というか、80歳になっても現役で働いてるなんて凄いよ。

「あのー!! ごちそうさまでした!」
「あなたも、がんばってね…」

 お婆ちゃんはエレベーターの向こう側へ消えていった。

 時刻は現在、午後1時30分。試験時間は正午から、午後6時までの6時間なので、第1クオーターが終わったということになる。ああいう物資補充は区切りのいい時間帯に行われるらしい。
 とりあえず、俺は、お婆ちゃんが運んできた補充物資を物色した。
 中に入っていたレーズン入りの携帯食料と、干し肉、握り飯を取り出す。 
 まぁ、ノルマは達成したし、少しぐらい装備が重くなってもいいだろう。

 さて、どうするか。
 あと4時間30分をどうやって過ごそう。
 あの二人みたいにここにずっといるのは暇だなぁ。
 終わったのなら、いっしょに話でもしたいが、あの二人は愛想が悪い。
 子供が嫌いなのか?
 ばあちゃんが働いてるのを見て、手伝わない奴なんて道徳心がないのかもしれない。
 近づかないでおこう。

 愛想の悪い連中と、おなじ部屋に一緒にいるのも場の空気が持たない。
 しゃあない。ゴーレム大明神のお膝元に戻って、おにぎりでも食べようか。

 俺は、そそくさとⅣの扉に戻ろうとした。その時である。
 バンッと大きな音を立てて、Ⅰの扉が開かれた。
 若い四人組の男が扉から出てきた。一人だけ図体がでかく、なんとなく態度もでかい。ズカズカと歩いて、エレベーターの前に立つ二人に近づいていった。二人も反応し、その四人組の真ん中にいるリーダーっぽい大男に向き直る。試験が始まる前、山ほど矢を担いでいったあの男だ。

「誰か来たか?」
「ガキが一人。あいつです」

 へ?俺?

「水と食料の補充のようです。エレベーターには近づいていません」
「そうか…」

 大男は三人を引き連れ、俺の方にやってくる。
 なんだなんだ?

「よう」
「こんにちは」

 大男はムスッとした愛想のない顔をしているが、見かけによらず気さくな声で話しかけてきた。
 間近で見るとデカイな。背はアレック(185センチ)と同じくらいだが、彼より横幅がある。正直、これで弓使いとは信じられん……と思ったが、そうでもないか。
 裏ワザを使わない限り、強弓は筋力が無いと引けないから、パワー重視型のアーチャーはこうなのかも知れない。
 弓使いといえば俺はどうしてもイーヴァイのようなスマートなタイプが頭から離れんが、『俺』のいた頃に比べて弓もかなり強化されたみたいだし、時代が変わったのだろう。

「どんなかんじだ?」
「まだ4分の1ですよ? ぼちぼちです」
「何か穫れたのか?」
「スライム1匹に、コウモリ2匹、あとクラゲ1匹…どれも魔石を取り出すのに苦労しました」

 それとゴーストを15匹狩ったのだが、これは黙っておこう。
 9個も余分に持ってるなんて知れたら、面倒だ。
 どうせ融通するなら試験終盤に交渉した方が高値で売れそうだしな。

「スライムをどうやって?」
「は?」

 巨漢の弓使いの問に、俺はキョトンとした。

「スライムをどうやって仕留めた?」
「いや、どうやってと言われましても、核を射抜くだけですが?」

 他に何があるというのだ?
 スライムだぞ?
 動きのドン臭い下級の魔物だ。
 スライムへの物理攻撃は、弱点である核を叩く以外ないだろうが。
 そりゃ、魔道で燃やすとか方法はあるだろうがさ。
 弓使いにとっちゃ、一般的ではない。
 核の大きさはソフトボール大。スライムに視覚はない。
 察知されない距離まで近づいて1発で仕留められるだろ?

「ゼリーの中で、うにょうにょ動いてる所がスライムの核です」
「そんなことは知っている」

 じゃ、訊くなよ。

「だから、その核を射抜くだけですって、なにか難しいんですか?」

 この台詞で大男は苦虫を噛み潰したような顔になった。



    *   *   *

 巨漢の弓兵はヘルムートというらしい。俺は彼に連れられて、臭気が漂う人工湿地帯エリアにやってきた。正直、「そんなこともできないのか、傭兵のくせに情けないないなぁ」とか、調子こいて助っ人に来た俺だが、

「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああ!」

 無様にも悲鳴を上げてしまった。
 お目当てのスライムはというと、10メートルはあろうかという天井にいた。
 その光景が、また筆舌に尽くしがたい。
 やつらは混凝土(コンクリート)び天井を酸の体液で腐食させ穴を作り、その穴に隠れるように張り付いていたのだ。
 フジツボのようなクレーターの中に一匹ずつ。ウニョウニョと…。

「…き、き、き…気 色 悪 ぅ…!!!」

 数は20匹ほど、蠢くゼリーの中にチラチラと核が見える。
 あまり描写したくないが、あれだ。トライポフォビアを感じさせる生命の蠢動。いわゆる『蓮コラ』である。
 いやあああああああ!! 
 見てるだけで首筋にへんなブツブツができそうだ。

「な、なんでやっちゃわないんです!」

 ヘルムートは憮然とした顔で答えた。

「角度があって狙えん。下手に攻撃すると、酸の雨を降らせてくる」

 そりゃ、スライムだからな。
 核以外の部分を攻撃すると、身の危険を感じて反撃してくるさ。種類にもよるが毒ガスを噴射する奴もいる。
 酸を吹き出すスライムは一番レベルが低いのだ。スライムだって生きている。生きているから抗うんだ。
 でもアレは消毒すべきだろ。アレは。ビジュアル・テロだぞ!!
 アレを見て思うところはないのかヘルムート!?

「なんで地上にいるときに叩いてしまわなかったんです?」
「一匹倒すのに梃子摺った」

 その間、他のスライムたちは攻撃の届かない天井に逃げたということか。
 大男と取り巻き3人はここから上空のスライムの核を狙える腕はないらしい。
 てか、あいつらのほうがよっぽど賢いんじゃね?

 ………だが、ともかくアレは始末したい。夢に出てきそうだ。

「できそうか?」
「矢をください。とりあえず20本」

 ヘルムートから鉄の矢を受け取り矢筒の中を全部入れ替えた。
 正直、スライムごときに自前の矢を使いたくはない。

 確かに難しい角度である。
 …梁が邪魔して真下からしか狙えん。
 つまり、仕留めようとすれば、頭上から酸の雨が降ってくるということだ。
 標的との距離を測り、次にフィールドを見つめ、足場をすべて記憶する。

「さて、いくか…」

 俺は駆け出した。
 湿地の上に、ところどころ顔を出す岩や灌木の上を跳躍し、スライムの巣食う天井の真下に移動する。走りながら弓を引く手に二本の矢を握り、移動しながら、背筋を『強化』。宙空で仰向けになり、極端な角度で矢を放つ。
 一本目が的に到達するまでの間に、二射目を引き絞る。そして二射目を放つと同時に、矢筒から二本をリロード。ここまでの作業を対空時間が終わるまでにこなし、着地する。これを繰り返すのみである。

 降ってきたのは、酸の雨ではなくスライム本体だった。
 俺が矢を放つたび、ドボンドボンと水たまりに落ちていく。
 すべてのスライムが地べたに落ちるまで20秒もかからなかった。


    *   *   *


 驚愕の表情で俺を見る4人がいた。
 あたりにはスライムの死骸が散乱している。

「終わりましたよ。ヘルムートさん」
「…一体、何者だ、お前?」
「ただの猟師ですよ。あの程度は自慢にならんでしょう? 貴族の魔法使いなら、弓なんて使わずに一網打尽にしちゃうでしょうしね」

 この程度のことを鼻にかけてるようじゃ、戦場で真っ先に死亡フラグ立てるような気がする。だいたい、いまのような曲芸をやるには、矢を山ほど持ってなきゃいけない。走り回るだけ体力も消耗する。非効率過ぎて、本来ならやる意味が無いのだ。

「それより、魔石はご自身で回収してくださいね」
「あ、ああ…そうだな。お前の取り分は『6つ』でいいか?」

 俺はすでに魔物を4匹狩ってるので、残り6つでいいだろう、ってか?
 仕留めたスライムは全部で18匹。そのうち6個を俺にくれるらしい。
 道義をわきまえた、いい人じゃないか。

「いえ、必要ないです。それじゃ、僕はこれで…」

 さっさと退散したい。網膜に焼き付いて、まだ気色悪い。

「あ…おい、待て」

 さっさと立ち去ろうとしたら、声をかけられた。

「なんです?」
「なぁ、どうやったら、あんな芸当ができるんだ!?」
「………そりゃ………練習じゃないですか?」

 狙撃の神様シモ・ヘイヘもそういってるよな。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ