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異世界に穴があったら入りたい 作者:大野水城

第一章

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第十一話 冒険者ライセンス試験(後編)

 アマルダの旅籠一階の食事処で、8歳と16歳の少年が二人掛けのテーブルに互いに向い合って座っていた。
 俺と、今日試験会場で知り合ったバルッカ・キースリングである。
 俺は今日の新聞を手に取り、紙面に目を走らせる。
 バルッカはお上りさんらしく、キョロキョロと当たりを見回す。まったく、どちらが8歳かわからない。
 このちぐはぐな二人組は、耳に届いた『天の声』に目を見はった。

「いらっしゃいませ! お客様!」

 その輝く瞳は、芸能人オーラと見まごうばかりの神々しさをまとっていた。
 接客してくれたのは新加入の看板娘二号リナ・スタンレーである。
 ピンク色のスカートと純白のエプロンを纏う美少女。昨日までがさつに切り落とされただけの金髪は、丁寧にすきバサミで切りそろえられ、すみれ色の髪留めに彩られてキラキラと輝いている。正直、今の彼女ならセンターもとれるであろう。

「ご注文はお決まりでしょうか?」

 彼女は早くも金百枚に相当するだろう営業スマイルを習得したらしい。これで10年は飯が食えるんじゃないだろうか。年頃のバルッカ少年もあんぐりと口を開けて見とれている。
 驚くべきはリナ・スタンレーの順応性の高さだ。わずか一両日の内に接客を身につけようとは。それとも、アマルダの旅籠の新人研修が秀逸なのか?リナは、もともと教育もうけてて頭もいいんだろうが、プライドが高過ぎる奴は、こういうスマイルができるものじゃない。それを考えるとリナ・スタンレーが逸材だったというべきなんだろう。
 いやはや、恐れいった。
 こういうイキイキとした顔をしているうちは『金髪少女』から、『金髪天使』に格上げしてもよかろう。

「じゃ、いつものと……」
「違うものを頼め」

 一転、俺への態度は冷たい。冷たくかがやく視線であしらわれた。まぁいいけどな。

「じゃあ、オムライス!」
「かしこまりました。オムライスでございますね」
「あ、できれば、ケチャップはあなたが掛けて欲しいです。僕の目の前で、『美味しくなぁれ♪』と愛情を込めながら……」

 その言葉を聞いて、ペンを握力でべキッとへし折る金髪天使。
 時たま表情がなくなると怖いな。

「そ、そちらの方は?」
「お……おれは…」
「『育ち盛り定食』が量も多くて美味しいですよ?」
「……じゃ、じゃあそれで…」
「かしこまりました。育ち盛り定食とオムライス入りま~す!」

 リナはなかなかの働き者だったようだ。手際よく各テーブルの接客をこなしていく。さすがに一日の長があるミリィには及ばないが、付け焼き刃で身につけたにしては大したものである。
 貴族育ちだから接客業は無理だろ、なんて思っていたのは俺の偏見だったようだ。よくよく考えれば、貴族ならば客の饗しなどお手のものだろう。王族や大諸侯といった雲上人にお仕えするのは貴族である。連中にとっては、接客は命がけで修得するものだからな。相手の一挙手一投足に気を配り、出来る先輩から言われずととも吸収していかねば、御家も安泰ではない。
 実際に働いているのは下働きの使用人だが、優秀な使用人と無能な使用人をちゃんと区別できる目をもってないと、差配することもできない。

「あの娘、知り合いなのか?」

 バルッカが身を乗り出して小声で尋ねた。

「ええ……あとで紹介しましょうか? いまはお仕事中なので迷惑がかかるでしょうが」

 このテーブルに寄越したのは、おそらく先輩の差金だろう。さっきから、こちらをちら見しながらニヤついている。「どう?わたしのコーディネートは?」といわんばかりだ。
 そうか。俺達のリアクションをみたかったのか。バルッカの奴は「鼻の下を伸ばしている」と表現してもいいくらい情けない表情だ。いいねぇこの反応、初々しー。ミリィ姉さんもご満悦である。
 だが、このまま『上の空』の状態にしててもしかたない。何か会話を始めよう。

「バルッカさんはネリス王国の田舎の方の出身なんですね」
「あ、お、おおう!」

 たしかバルッカは面接でそう答えていた。ネリス西部の小さな村の出身だと。
 ネリスというのは東(正確に言えばやや南東)の王国だ。国土はシュトラール大陸東端に突き出した半島であり、やや急峻で平野が少ない。かつては戦があったが、現在、ネリス側の隣接領土を有するクレフェルト侯爵が穏健派なので、概ね良好な関係にあるそうだ。海洋国家としても名高く、この都市とは街道がつながっており交易が盛んである。ゼフィランサス側の輸入品は主に海産物や香辛料、塩などだ。こちら側の輸出品は『魔石』だ。

「ま、なーんにもないド田舎さ」
「僕もです。ここから北にあるクルリスの村というところ」
「田舎があるということはいいことだぞ?故郷を追い出されたんじゃなければな」

 冒険者になろうというやつは、農家の次男坊で親の田畑を継げなかったとかそういう奴も多い。

「追い出されたんですか?」 
「はっはっは。別に追い出されたわけじゃねぇよ。……近所に出戻りの冒険者が住んでてな。小さい頃から稽古をつけてもらったんだ。筋がいいと言われたので、自分もなることにしたのさ!」
「へぇ…自信がおありなんですか?」
「ああ、おありだぜ?」

 田舎ぐらしのくせにすごい自信だな。
 小さい頃から習ってるのならそこそこ使うかもしれないが大言壮語じゃなきゃいいが。
 ま、自分より強いやつにぶつかって一度挫折するのもいいだろう。

「それより、合格したらお前はどうするんだ? 田舎に帰るのか?」
「ええ、まずはね…」
「ダンジョンには行かないのか?」
「体力が付いたらそのうち行くかもしれません」

 冒険は体力勝負である。瞬間的な戦闘なら、魔道で補って何とかなるが、本格的なダンジョンに入って長期戦となると今の俺の体力ではたぶん難しい。登山と同じで攻略に何日もかかるからだ。

「僕は村の近くの山で狩猟採集ができればそれでいいんです。それでなんとか食べて行けます。本格的な冒険に出るには、体力はまだ身についていないでしょう。こればかりはもう少し背が伸びないと…」

 俺は現在132センチ。体重30キロだ。これで一人前の荷物背負って、一日中ダンジョンを歩けというのは無理というものだろう。そんなことをバルッカに話すと。

「一度ぐらい経験しとけばよくない? 初級ダンジョンなら、いいところを知ってるわよ?」

 声をかけてきたのは、耳ざといミリィ・ロックウェルだった。
 彼女はFランクの冒険者だ。15歳になってすぐ受験して合格したらしい。
 女将さんに鍛えられてるだけあって、そこそこ腕っ節も立つのだろう。
 ウェイトレスと冒険者の二足のわらじとか凄いものだ。

「いいところ?」
「ええ。難易度も手頃で、日帰りで帰ってこれる所。日帰りなら、装備は少なくて済むでしょ?もしタクミ君が試験に受かったら、誘おうと思っていたんだけどね。お祝いも兼ねて…」

 ダンジョンとは魔物がでる場所である。
 必ずしも洞窟や遺跡とは限らない。
 森、砂漠、廃墟、などなど、魔素が濃く魔物が発生しやすい場所だ。
 難易度の高いダンジョンは厳重に入出が管理されているが、低いところは冒険者でなくても、ピクニック感覚でも入ることができる。おもに、冒険者志望の若者の訓練場所となっている。
 一般人は基本的に寄り付かない。そういう簡易ダンジョンでも魔石は取れるのだが、採取できる魔石の質は低く二束三文だ。低すぎてリスクを冒すメリットがないのである。
 レベルが低くても、魔物は危ない。怪我をすれば、仕事は休まねばならず、治療にもお金がかかる。普段から格闘技で体を鍛えている日本人が少ないように、魔物と戦えるレベルの人間もそう多くないのが現実なのだ。

「ダンジョンでの冒険がお祝いですか?」
「いいじゃない! そっちも彼もどう?」
「俺も行っていいのか?」
「もちろんよ!」

 大らかなミリィは、この田舎者にも誘いをかける。
 この娘はきっと女将さんのように、みんなの中心的存在になれる人なんだろう。

「将来大きくなって、いざダンジョンに入ろうと思っても、ブランクがあると結構辛いわよ?」
「……そうですね、では合格したら計画を立てましょう」
「決まりね」

 にっこり笑うとミリィは仕事に戻っていった。

「彼女はだれだ? 冒険者なのか?」
「ミリィ・ロックウェル。この旅籠の娘さんです。冒険者のライセンスも持ってるらしいですよ」
「と、都会の娘はみんな可愛いなぁ…」

 リナとミリィのレベルが高いだけだと思う。
 ミリィは旅籠のお嬢様だし、そこそこ教養もある。リナに至っては素性を隠しているが、間違いなく貴族だろう。「気付いてない」ということにしておかないと、あとあと困るから詮索していないのである。
 食事を一緒に済ませると、バルッカはさっさと自分の宿に帰っていった。部屋を用意しようかと提案されたが、アマルダの旅籠は自分には立派すぎるのだそうだ。

「腕の立つ冒険者になったら、こういう所に泊まるよ」

 ……だ、そうだ。
 身の程知らずというわけでもないらしい。
 俺は食後に柔軟体操をして、明日に備える。
 明日はいよいよ本番の実技試験だ。



   *   *   *


 試験二日目


 受験生は以下の中から一つ選ぶ。
 剣、弓、槍、その他の武器、魔道。
 その腕前を担当の試験官が検分し、実力十分と判断されたら合格である。

 俺は『弓』を持参した。爺さんの家にあった複合弓だ。
 なぜ弓を選んだかというと、剣や槍など選択しては、試験内容によっては審査に不利になるからだ。これは体力・体格の問題である。たとえば、剣術の試合で5人抜きしろ、とか言われたら、魔道を駆使して身体能力を底上げしなければならない。そういう小細工はしたくないのである。
 弓ならば誰が引いても威力はかわらない。魔術も弓を引くときの筋力の強化のみでことたりる。その程度ならできる奴は珍しくないからな。上手いことやっても、「運が良かった」「道具が良かった」と思われて目立たなくて済むのだ。
 106人の筆記試験合格者のうち、42人が剣、24人が槍、18人が弓、13人が魔道、9人がその他を選択した。バルッカは剣、マイヤーさんは槍を選択したようだ。
 各受験者はそれぞれの部屋に入っていく。俺が入った弓の試験会場は、お約束というか射的場だった。
 そこで待ち構える人物が俺たちを審査する試験官だったのだが…。

「はじめまして、今回試験官を務めるジュリア・フライアです」

 なんと若々しい女性だった。ストレートのロングの金髪。磁器のように白い肌だが、白人女性ほど顔は彫りは深くない。10代に見えるが、見た目通りの年齢であることはありえない。

 笹の葉のように尖った耳がその証明だ。つまり、彼女はエルフである。

「まぁ、今回はずいぶん小さい方がいらっしゃるのですね」

 彼女は俺を見て、くすくすと笑った。
 たぶん50は超えてると思うが、こういう仕草は見た目相応の10代の小娘である。

「では、試験を開始します。受験者は試験番号の順に射的場に立ってください」

 これが実技試験なのだろうか? 野球のマウンドとホームベースとの距離よりも短い気がする。
 弓道で言う近的の的は28メートルだったはず。
 京都三十三間堂の通し矢も60メートルもの距離である。なのに、この距離はせいぜい15メートル。射的の距離としては近すぎる。
 俺は、遠い的を想定していたので、少々強い弓を持ってきていたのだが、無駄だったかもしれない。

「競技会ではないので、まず、射の基本ができているかどうかを見ます」

 なるほどな。
 それほど難易度は高くないのか。

「一人一射ずつです。それで審議しますね」

 え? 一人一射?
 ひどいな。一発勝負のプレッシャー試験かよ。
 受験者たちの顔が引きつっている。
 平然としているのは18人のうちほんの数人。
 こいつらは自信があるのか、もともと無表情なのかのどちらかだろう。
 引きつった顔の受験者のうち、一人が質問した。唯一の女性の受験者だった。

「あ……あの、外したら?」
「距離は公式競技の半分にしておきましたから、当たって当然ですよね?」

 有無を云わさぬ笑顔で応えるフライア試験官。

「…は…外したら、失格なのですか?」
「弓聖シムナ・イーヴァイの言葉です。『実戦では、射手の一矢で勝負が決することもある。恐怖で足がすくむものもいるだろう。悪いとは思わない。その場で弓を置けば良いだけだ』……いかがですか?」

 受験生数名がゴクリと喉を鳴らす。
 イーヴァイ。あの朴念仁らしい台詞だが、そんな格言残してたのか。
 たしかに、その通りだな。
 弓矢は狙った者の命を奪う武器だ。矢を外せばこちらが命を狙われる。だから弓を引くときは命がけである。
 そのリスクが怖いなら、やめればいいだけの話だ。

「は、はい、わかりました」
「異議はないようですね?では、はじめましょう」

 鬼畜な試験である。俺の番までに案の定、4名が的を外した。
 当たったとしても「辛うじて」がほとんどである。このテストの合格基準がどのあたりかはわからないので、正鵠を射抜かけなかったもの以外、皆肩を落としていた。実力を出し切れてないという思いなのだろう。

 そして13番目、俺の番だ。
 ……実に縁起がいいではないか。
 射位に立ち、ゆっくりと弓を引いた。
 楽勝だな、精神コマンドを使うまでもない、などと思っていたら…

「ヘックシッ!! ………あ、ごめんなさい」

 加◯ちゃん並みのわざとらしいくしゃみで、危うく弦を放すところだった。
 だが、ジュリア・フライアは確信犯を悪びれもせず、くすくすと笑うのみである。
 このエルフ……いい性格をしてるじゃないか。
 俺が気に入らないのか?ガキの分際でとか思ってるのか?
 ああ、そうですか。

 生憎、気を取り直して放った矢は的の中心を深々と射抜いた。

「お見事!」

 当然だ。弓聖イーヴァイに弓を教えたのは『俺』なのだからな。

「……どうも」

 拍手しながら賞賛する試験官に、イーヴァイの真似をして答えてやる。彼は必殺の値千金の一矢を決めても、決してドヤ顔をしなかったのだ。
 18人の受験者のなかで、俺の他に的の中心を射抜けた奴は一人だけだった。
 これなら、たぶん合格だろう。

 正直、この時点で俺は「冒険者試験なんて楽勝だ」なんて思っていた。
 外した連中には悪いが、このくらいはできなければ、冒険者なんてやらせても危ないだけだと思っていたのだ。
 それが大きな間違いで、ジュリア・フライアの本当の性悪さに気付いたのはこの30分後のことだった。
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