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異世界に穴があったら入りたい 作者:大野水城

第一章

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第十話 冒険者ライセンス試験(前編)

 気持ちのよい晴れた日の朝だった。
 俺は起きてすぐ軽い運動で汗を流し、アマルダの旅籠の一階で朝食をとった後、速やかに身支度を済ませた。そろそろ出発する時間だ。一応、爺さんとアマルダに声を掛ける。

「それでは、女将さん。行ってきます」
「おや、剣は持っていかないのかい?」

 何をおっしゃる女将さん。
 俺は若干8歳である。刃の付いた剣なんてもっていないし、振り回す気もない。俺の生活に必要なのは剣よりむしろ、弓とナタだ。 
 俺は剣をスポーツのつもりで嗜んでいるのだ。「剣術をやっているといざという時体が動く」というだけの動機なのだ。たまに練習で使う真剣だって、自前ではなく爺さんのを借りている。
 それに刃物振り回してると『思春期の少年がよくかかる病気』を発症しそうになるからな。やり過ぎは禁物なのでござる。
 だいたい、俺みたいなチビにとって剣ってのは重いし、嵩張る。普段から腰に帯びるなら、コ◯助みたいに鞘の先に滑車でもつけるしかないだろう。いい笑いものだ。

「今日は座学だけですので……」
「剣士ならいつでも剣を帯びているものだよ?」
「祖父だっていつも帯びてはいません。心に帯びてれば十分です。ね?」
「おお…いって来んさぁい」

 どうしても俺を剣士にしたい女将さんに減らず口をたたき、受験票、教本、筆記用具と弁当の入ったウェストバッグを肩からかけ、ミリィと『新人の金髪ウェイトレス』さんにも挨拶して(忌々しそうな目で睨まれたが)意気揚々と出発した。
 受験なんてマジ何年ぶりだろう。精神年齢甲斐にもなくワクワクする。

 滞在しているアマルダの旅籠の付近。自由都市ゼフィランサスの北西部は冒険者の街である。軒を連ねるのは、武器防具屋、宿屋、酒場、魔石・素材の買取店、公営の戦闘訓練場などなど。この当たりは実に古き良き()()()()()()な町並みである。
 冒険者とはいわば、荒事対処を専門とするフリーランスの何でも屋だ。気の短い連中がやや多いかもしれないが、無法者ではない。道端で毛皮取引や、旅の護衛の交渉をしてる商人がいるが、彼らだって無法者相手に商売の話はできまい。
 もちろん、冒険者は個人事業主なので暇人も多い。和気あいあいと腕相撲に興じているガチムチさんに、魔術を駆使した大道芸人。次の冒険のパートナーを探しているのだろう、エロい格好をした女冒険者。なかなか楽しい街ではないか。
 あの決闘騒ぎは大した話題にはならなかったらしく、道行く人は俺になんて気にもとめない。

 都市の中心に向かって歩いていると、やがて大きな建物が視界に入ってきた。
 直線距離にしたらアマルダの旅籠から約500メートル。ゼフィランサス北西の花弁の中央に、冒険者ギルド本部はある。大陸中に支部を構える冒険者ギルドの総本山だ。歴史は80年程度であるが、当時この世界になかったクラシック・リバイバル様式のコンクリート構造物である。
 中は……まぁ、『お役所』だな。
 ピカピカに磨かれた大理石の床と壁。かなり壮大に描かれた都市近郊の鳥瞰図。展示されているのはドラゴンの骨格標本。この世界の田舎で育った連中ならこの内装にはきっとびっくりするだろう。現代日本じゃ田舎の自治体だって見栄を張って作っているレベルだが、この世界の平民相手の役所としちゃ立派なもんだ。
 ま、このエントランスホールに使われている大理石を切り出したのも『俺』だし、このドラゴンを仕留めたのも『俺』なのだがな。

「試験会場は3階か…」

 正面にあった大きな案内板に従い、階を上る。

 冒険者になる。それが今回俺がこの都市に来た目的なのだ。
 冒険者という職業は、魔物狩りという生産活動における一種の権益職である。なので、ギルドに登録して「ハイおしまい」とはいかない。適正試験があるのだ。
 本来ならば15歳にならなければ受験できないが、俺はS級冒険者たる爺さんの推薦があるので受験が可能となった。
 冒険者ライセンス試験は、大きな町の冒険者ギルドで毎月15日、16日に二日間かけて行われている。冒険者に定員があるわけではなく、ギルド側にしてみれば一人でも多くの冒険者が欲しいところだろう。それだけ冒険ビジネスの経済規模が大きくなるからな。
 ちなみに試験科目は筆記試験、口頭試験、実技試験の3つ。事前のリサーチで以下のことがわかっている。

 一日目
 筆記試験。学力を測るための試験ではなく、『さすがにどうしようも無いやつ』をふるい落とすための関門である。
 いわゆる『足切り』だ。冒険者というのは個人事業主であり、商人レベルじゃないにせよ、読み書き算盤がある程度できなければならない。
 冒険者は特権の一種だ。悪いやつに騙されて、路頭に迷い、違法ビジネスに手を染めるようになっては困るのだ。
 しかしながら、字が読めないのに試験を受けに来る奴も毎回いるらしい。

 口頭試験。いわゆる面接だ。これは「篩にかける」というより、ギルド側が受験者の人となりを把握するために行われる。
 「お金のためです」とか正直に回答しても、お祈りメールを送信されることはない。
 ここで落とされる奴はまともな受け答えができない奴などだろう。見込みがあると判断されれば、筆記試験が芳しくなくても通過になるそうだ。

 二日目
 実技試験。たぶんこれが一番重要だろう。「剣、弓、槍、体術、魔道などなど、何かしら冒険に役に立つスキルを身につけていることが条件」とある。
 自分の持っているスキルを申告し、それが一定の水準に達していると試験官に判断されたら合格となる。
 その時の試験官次第でどういう審査になるのかはわからないが、過去の課題が踏襲されることがほとんどである。
 ちなみに試験官には、その時の受験者と縁故のない中級以上の冒険者がバイトで雇われる。

 最後に、身体検査。身長、体重、視力、聴力、反射神経、バランス感覚の測定。血液検査。内科検診。
 これではハネられるというやつもいないらしい。何らかの疾患があれば忠告される程度だとか。

 俺が4日前にこの町に到着し、出願したのは3日前だ。
 着いたその日のどんちゃん騒ぎでギルドのお偉いさんを訪ねるのが遅くなったり、翌日の格闘美少女との決闘沙汰などがあったのだが、試験へのスケジュールは概ね順調であった。


    *   *   *


 静寂の中、ガリガリと鉛筆を走らせる音だけが耳に届く。筆記試験会場には約100人の受験者が黙々と鉛筆を走らせていた。一応、獣人が何人かいるが、ヒト種がほとんどだ。
 よほど質の悪い鉛筆を使っているんだろう、さっきからバキンバキンと芯を圧し折りまくってる奴もいる。
 文房具ぐらいいいの買えばいいのにな。

 問題冊子には国語算数理科社会の各分野が盛り込んであったが、前世の知識のある俺にとっては、思ったよりは簡単だった。
 読み書き計算は、まぁ小学生レベル。理科は物質の状態変化や、魔素の正負や魔法の属性について。モンスターを強い順に並べよという問題は冒険者を目指す奴にとってはサービス問題だろう。歴史は歴史教本の中の記述を穴埋め形式にしたものだったが、国外からの受験者に配慮したのかかなりパトリオットな色彩は自制してある。
 あとは、冒険者としての社会の一般常識。ギルドカードの使い方や狩場におけるマナーなどはせいぜい自動車教習所レベルだろうか。ほとんど俺が仲間と作った草案がもとになってるし、間違えろという方が無理だ。
 試験時間を半分以上残して俺はとっくに解答し終えていた。
 今日下ろしたばかりの真新しい鉛筆を指で弄ぶ。
 鉛筆か、80年以上前に仲間と一緒に開発した商品だ。

(もっと便利にできないものかね。80年も経ったんだからシャープペンぐらいできててもいいのにな。ま、色鉛筆はあったけど)

 シャープペン……そうだな。村に帰ったら研究して作ってみようか。
 目利きの商人を抱き込めば、そこそこの利益がでるだろう。均一な芯をどうやってつくるかが問題である。工場で安定生産できればぁ…

 そんな試験とまったく関係のない妄想をふくらませていると、静寂の中で試験官が告げた。

「残り30分となりました。解答が終わった受験生は退出しても構いません。答案用紙を裏返しにして、退出してください」

 答案用紙は全部埋めた。多少のケアレスミスはあるかもしれないが、結果は合・否の2つしかないのでわざわざ満点をとるために神経を使うのは無駄である。
 腹も減ったし、さっさと弁当食いたいな。
 俺は、言われたとおりに答案用紙を裏返しにしてさっさと退出した。斜め後ろで俺の解答を書き写していた奴の都合は知らん。ペーパーテストなんてできなくても無人島生活で黄金の伝説はつくれるぜ?


   *   *   *


 初日の筆記試験は昼食時間中に採点が行われる。下駄を履かせてもダメそうな奴は面接の前に呼び出され、不合格の旨が告知されるらしい。
 試験というものがよくわかってない連中は毎回いるらしい。字が読めないから、告知すら理解していないそうなのだ。
 受験料はユキチ銀貨3枚と平民にとってはかなり高額だが、不合格なら手数料(ノグチ大銅貨6枚分)を差し引いた額が受験者に返還される。
 今月、このゼフィランサス本部での受験生は118人であり、そのうち12人が筆記で落とされた。

 さて、午後の面接。面接は3人ずつの集団面接だった。
 3人並んで椅子に座り、面接官は2人。ふたりとも初老の男性である。
 俺は3つある席の真ん中に座る。
 俺の答案用紙をご覧になってたお兄ちゃんは、なんと筆記をパスし俺の右隣に座っていた。よかったな。バレなくて……。
 一方、左隣は40過ぎのおじさんだった。体はやや小さいが筋骨は逞しい。

 面接官はまず俺達にそれぞれ自己紹介と志望の動機を述べるように言った。
 まず、左端のおじさんが立ち上がり、直立不動の姿勢で…

「はっ。自分はフリッツ・マイヤーであります! ゼイレシア王国兵士でありました。自分は訳あってゼイレシア軍を除隊することになりましたが、まだまだ働けます。冒険者ならば自分の戦場での経験が活かせると考えました」

 ……と返答した。なるほど歴戦の退役兵士か。頼もしいな。
 次に、俺が同じように立ち上がり、自己紹介した。

「タクミ・ファルカです。まだ8歳で、本来の受験年齢は満たしていませんが、今回は特別推薦で受験させていただきました。
 受験した動機はなるべく早く一人前になりたいと思ったからです。僕を推薦してくれた祖父は、高齢でいつなにがあるかはわかりません。まだまだ若輩者で今の自分を一人前などと自称するのはお恥ずかしい限りですが、もし僕に冒険者という資格をいただけるのなら、それは僕が一人で生きていけるという証明です。祖父も安心するでしょう。それが動機です」

 と、無難な動機を取り繕った。まぁ、小賢しいばかりで面白みのない人材だと自分でも思うよ。
 そして…

「バルッカ・キースリング! 16歳です。志望動機はSランクの冒険者になるためです!!」

 語気を強めて力いっぱい答えたのは隣に座っていたお兄ちゃんである。
 ツンツン頭の黒い髪、太い眉毛の醤油顔。どちらかといえば二枚目の方だろう。細身だが、均整のとれた引き締まった筋肉で、左手の指の付け根と柄尻を握るあたりに一瞬、木剣ダコみえた。
 ペーパーテストの時は情けない顔をしていたが、クリアした途端、少年漫画の主人公のような覇気の溢れた顔つきになっているではないか。どうやらペーパーテストは苦手だが、腕っ節には相当自信があるらしい。憎めないやつだな。

「ほほう! キースリング君、君は上級冒険者を目指すというのですか?」
「はい! 絶対になります! Sランクの冒険者になると心に決めて故郷を出てきました!!」
「なるほど、Sランクを目指す理由はなんですか?」
「稼げるからです! 上級冒険者になれば、親兄弟に楽をさせてやれます!」

 かっこいいな。
 上級冒険者とは、難易度の高いダンジョンに挑戦し、純度の高い魔石を採取してくるような連中である。
 正に一攫千金であるが、剣や魔法ができたからといってなれるものでもない。戦闘能力はもちろん、知力、体力、サバイバル技術、それらすべてが卓越した者でなければなることはできない。Cランクになれる者が十人に一人、Bランクになれる者が百人に一人といわれている。単身故郷を飛び出しそういう世界に入りたいとは、正直すごい。
 でも、マイヤーは再就職のため、バルッカは家族への仕送りのため、まぁ、要するにみんなお金や自分の生活のためなんだな。かくいう俺もそうなんだが。

「タクミ・ファルカ君。君はどうかね?」

 面接官が俺に話を振った。

「さすがにそちらのマイヤーさんは年齢的に難しいだろうが、君ならば彼と同じような目標を抱いても可笑しくないと思うがね?」

 元兵士のマイヤーは無言で頷き、視線が俺に集まる。
 俺は率直に答えた。

「僕は上級冒険者にはなれなくてもいいと思っています」
「ほう?それは何故かね?」
「僕は剣術を嗜んでいます。剣術のように個人で修行するものなら、できるだけ自分の限界に挑戦し、一流を目指していこうと思っていますが、冒険は自分一人でやるものではありませんので……」
「ほう?」
「難しい冒険をするには、たくさんの人の協力が必要になるでしょう?信頼できる仲間は絶対に必要です。ですが、それは運次第だと思っています。
 そして、僕はまだ世の中のことをなにも知りません。どういう人が信用できるかどうかも判断できませんし、絶対に会えるという自信もありません」

 冒険は個人プレーではない。山登りと同じだ。
 戦闘における連携はもちろん、装備の調達や移動手段の手配など、冒険がハイレベルになればなるほど、たくさんの人の協力が必要になる。自分の力を過信し、実力に見合わない仕事を引き受ければ、自分や仲間の命も危うくなるばかりか、クライアントを始めたくさんの人に迷惑がかかる。

「さらに、信頼できる仲間にめぐりあえたところで、僕がその人達の役に立てるかどうかも分かりません。
 ですので、僕は合格したら、まず冒険者として比較的簡単な活動をしてみようと思います。冒険を続けて経験を積み、いい仲間に巡り会えたら上を目指すかもしれませんが、無理なら潔く諦めます」

 なかなかいい受け答えだと思う。就職活動でやってた面接の練習が120年たってやっと役に立った。 
 バルッカもフリッツ・マイヤーも目を驚いたように見開いて俺を見ていた。バルッカとは彼とは全く反対意見を言ったことになるからな。小賢しいことを言うガキだと思われ、嫌われたかもしれない。
 まぁ、上を目指すというのなら、彼と俺がパーティを組むことは無いだろう。

「なるほど。よく解りました。キースリング君は大きな志を、ファルカ君はしっかりした自分の考えを持っているのですね。冒険というのは人それぞれですから、どちらも正しいと思いますよ。」

 試験官はそうコメントし、俺達三人に一人一人の出自や特技などについて質問を続けていった。

 
   *  *  *


「よう!」

 面接試験が終わり、冒険者ギルド本部のエントランスで声をかけられた。
 面接で一緒だった、バルッカである。

「はい……ああバルッカ・キースリングさんでしたっけ?…なんです?」
「ニィン……合格した!」

 なにがニィンなのか?
 まだ合格したわけではないのに…筆記をパスしただけだが、彼にとってはもう合格したも同然らしい。

「そうですか、それは良かった」
「お陰さんでな。お前、黙っててくれたんだろ?」

 なるほど、悪いやつじゃなさそうだ。
 俺がカンニングに気付いてたことに、こいつも気付いたってことか。
 バルッカは申し訳無さそうに言う。

「悪かったな…」
「何がです? 生き残るために必要なモノを集める。冒険者として当たり前のことでしょう?
 前もって準備できなきゃ、現地調達しかありません。土壇場になれば、使えるものはなんでも使うべきです。それが冒険者ではないかと」

 その言葉に彼は調子を取り戻した。

「ああ! お前の言うとおりさ」

 現金なやつである。
 ……というかさ、カンニングなんてもう試験官にもバレてるだろ。
 俺と答案がまったく同じなら、バレない方がおかしいのだ。それを見逃して、合格判定をもらったということは、ギルド側も筆記試験なんて特に重視してないということである。筆記で落ちた奴には悪いがな。
 バルッカのような奴は、自分の大望を果たすために危険な仕事だってやるだろう。コイツを合格させるということは、ギルド側にも利益があるということだ。

「でも礼は大事だ! 飯をおごるよ。どこかいいところ知らないか?」

 そして、以外に律儀なやつだ。
 しかし、どこか美味い店ね。俺は町の飲食店を食べ歩いてるわけではないので、ひとつしかしならない。まぁいいや。
 俺は世話になってる旅籠の売上に貢献することにした。
+注意+
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