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異世界に穴があったら入りたい 作者:大野水城

第一章

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第九話 金髪のウェイトレス

●『神』

 この世界の宗教観に『神』という概念はあるが、信仰の対象とはならない。『神』は世界を作ったが、そこに意志はないとされている。
 人に幸運をもたらすのも、災いをもたらすのも『神』である。『神』は善も悪もすべてを許容する。事実、俺の目の前に現れた『神』もフリーダムだった。
 こんな『神』の『ご意志』とやらを使っても、宗教関係者は信徒に善悪を説けないのだ。自由奔放、鷹揚すぎて使えない。
 そもそも、なぜ俺に与えられた翻訳機能が『奴』を『神』と訳したのかが分からん。本来なら『世界』とか『造物主』とか訳した方が適切なんじゃないかと思う。
 この世界に『神』に祈る者はいない。まぁ、探したらいるかもしれないが、地球に祈りを捧げる地球人のようにちょっと珍しい宗教観だろう。地面はあって当然のもので、有り難がるようなものではないからだ。

 よって、この世界の人間の一般的な信仰の対象は『天子様』だ。事実、連中は数々の奇跡を起こしている。そんな存在がいるんじゃ神になんて祈るより、菓子折りでも携えて天子様に阿った方がご利益があるってもんだろう。

●シュトラール大陸

 シュトラール大陸は北アメリカ大陸ぐらいの大きさである。この世界に大陸は他にもあるのだが、寒帯にあったり、砂漠だったり、大森林だったり、凶暴な魔物や魔獣がウヨウヨしていたりしていて、基本的に人が住めるようなところではない。
 この世界の人の居住域はすごく小さいのだ。手付かずの資源は眠っているんだろうが、大陸の外には天敵が多すぎる。大航海時代すらまだ到来していない。
 シュトラール大陸西部では、40ほどの小国が勃興を繰り返している一方、東部は比較的安定している。
 これも天子の恩恵といえるだろう。大陸の東にある4つの大国、アウグスティア、ゼイレシア、ネリス、カルヴァラは、王家が天子の血を色濃く受け継いでいるため、国の支配体制が盤石なのである。
 そのかわり魔力の多寡でヒエラルキーが決定されるという厳格な階級社会であり、人種の平等だとか基本的人権だとかいう思想が根付くのにはまだ程遠い。

●『天子』 … 世界の特異点となる超越的生命体。

 無尽蔵の魔力と一騎当千の膂力を誇り、不老長寿。そのチート能力と異世界の知識で世界に変革をもたらす理不尽存在。それが天子だ。とはいえ、彼らも不死ではない。
 首を断たれれば死ぬ。まぁ、その皮膚を剣で貫くのはドラゴンの鱗を素手で割るより難しいだろうが、一応、殺せば死ぬ。
 天子は死ねば、聖骸を世に残し、その周囲には繁栄が約束される。

 この大陸には今まで7人の天子が降臨したとされる。

●第一天子 アウグストス・ダヴェルス
 約1000年前に降臨し、シュトラール大陸の統一大帝国を築き上げた初代皇帝。シュトラール帝国建国の年が天精歴元年であり、彼の降臨した日がこの世界の正月となっている。原初の魔道たる第一魔法をもたらした天子であり、主に貴族たちの信仰の対象となった。高い教養をもった文化人で、その政治哲学はこの世界における騎士道や商道の規範となったといわれる。
 死後、国は分裂し大陸の勢力図は概ね現在の形になった。陵墓はアウグスティアの首都ヴェルセティにある『原帝陵』である。
 第一魔法がラテン語であることから、ローマ人だったのではないかと俺は推測している。

●第二天子 イシュラース
 天精歴112年に存在が確認された天子。第一天子に反旗を翻し、共倒れした。第一天子の崩御と帝国分裂の直接的原因となったため、この世界では蛇蝎の如く嫌われている。彼の体は八つ裂きにされ、怨念を孕んだ聖骸が各地で災厄を齎した。

●第三天子 マリア・クリスティア
 天精霊481年に存在が確認された女性の天子。ロザリオを下げていたというので、キリスト教徒だったのではないだろうか。
 非暴力主義で、貧しい者たちに尽くした聖者。この世界ではマザー・テレサのような存在である。
 彼女の聖骸の魔力を使う『第三魔術』は、この世界の一般的な癒しの術となっており、第一聖教会からも聖人として祀られている。この世界のどこかに聖骸があるはずだが、数十年間その死は信徒たちに秘匿されたため、陵墓の場所は今もわかっていない。

●第四天子 ゼイレシアとネリス
 天精霊617年に存在が確認された天子。姉ゼイレシア、弟ネリス。別名、雌雄一対の天子。それぞれゼイレシア王国、ネリス王国の開祖となった。確認されてすぐ貴族に取り込まれ、王宮で軟禁状態となる。二人揃わなければ、本来の力を発揮できなかったらしい。

●第五天子 ソフィーヤ・カヴェーリン
 天精歴773年に存在が確認された天子。カルヴァラ辺境伯の妻となり、一子を儲けた。その子がカルヴァラ帝国の初代皇帝。北の帝王クラウディオ・バル・カルヴァリアである。第四天子とおなじく屋敷をでることはほとんどなく、記録はあまり残っていない。
 名前から察するに、恐らくロシア人だろう。

●第六天子 ルーブゥ
 天精歴812年に存在が確認された天子。ゼイレシア、ネリス、カルヴァラの三国の天子を殺し、その聖骸を奪った。人と交わることをしなかった竜の化身。完全な一匹狼だった。
 現時代においては悪鬼とされるが、『彼』にも一応功績はあるのだ。

●第七天子 タクミ・カヅキ
 元『俺』…………… なんてな(笑)
 教本に記載されていた第七天子の記述は、他の天子の20倍はあった。
 まぁ、この国、開闢の英霊だからな。だが、思わず記述を読んで率直な感想が口から出てきてしまう。

「嘘ばっか」

 歯の浮くようなコトばかり書いてあるじゃないか。
 てか、歴史教科書つーのはテキトーな妄想ばかりが垂れ流してあるもんなのか? 『建国ファンタジー』だからしかたないのかもしれないが、きっと他の天子の記述も本人が見たら俺みたいな顔で失笑するにちがいない。
 これが俺が育てたゼフィランサスの公式見解でつか?それでいいんでつか? ………人間というのは実に身勝手な生き物である。


    *   *   *



 夜も更けてきた。
 デスクの魔法照明の明かりで勉強してた俺は、教本を閉じて背伸びをした。
 アマルダの旅籠の3階の自室。午前0時。いつもならとっくに寝てる時間である。子供は寝なきゃ成長しないからな。こんなことをするのは今日だけだ。

 明朝の冒険者試験には筆記がある。
 過去問はほとんど知ってる内容だったので、まぁたぶん一夜漬けでいけるだろう。
 うっかり「当事者しか知らないコト」を書いてしまわないかという懸念もあるが、それも大丈夫だ。 採点するのは市の職員だから、歴史的真実など知るはずがない。全問正解しなければ不合格ってわけじゃないしな。

 本来なら、寝る前にランニングでもして、シャワー浴びて寝たいところだがそれはできん。俺は一人でシングルを借り、爺さんとは別室に止まっていたのだ。
 アマルダの旅籠の上級客用の部屋には、個室ごとにシャワールームがあるのだが、この部屋にはない。爺さんは最上階のスイート・ルームに宿泊している。スイート・ルームなんてSランクの爺さんにはともかく、駆け出しの俺には不相応だ。爺さんの七光を利用して贅沢しても、反感を買ってしまうことは昨日経験したばかりである。

「爺さんはもう寝てるだろうし、起こしてシャワーを使わせてもらうわけにもいかないよな」

 しかたない。寝るか…
 上着を脱いで、寝床に入ろうとした時、誰かがドアをノックする。
 どうぞと返事をすると、ドアが開いた。
 旅籠の看板娘ミリィと……あの金髪少女がそこにいた。

 ………お揃いのウェイトレス姿で。


    *   *   *


「リナ・スタンレーよ」

 おーいぇえー!
 眼福である。
 手を腰に添え、胸を張って自己紹介する金髪のウェイトレス。尊大に振る舞おうとしながらも、透き通るような白い肌を少し赤く染めて心なしか恥ずかしそうなのが実にいい。
 俺的には萌である。

 その金髪少女の頭を、隣から先輩がペシンとはたく。

「リナ・スタンレーと申します、お客様。…でしょ? はい、もういっかい」
「リ、リナ……スタンレー、ともおします。お客様!!」
「あ、どうせなら、『ご主人様』でお願いします」
「誰がご主人様だっ!」

 すっごい剣幕で却下された。
 なるほど、彼女のフルネームはリナ・スタンレーというのか。
 ま、たぶん偽名だろうけどな。

「夜分にゴメンねぇ…」
「ミリィ姉さん。何なんですこれは?」
「彼女、晴れてウチの従業員になったのよ」
「へぇ」
「ま、軽く罰ゲームもかねてね」
「罰ゲームって…」

 ということは、女将さんの作戦をミリィは見事にやってのけたということか。そして、俺とも仲直りさせるために連れてきたらしい。さすがだ。
 しかし、従業員って、こいつ使い物になるのか?俺だって旅籠の奉公人なんてやりきれる自信ないんだが。案の定、本人は不満のようだ。

「言っときますけどね、私は『用心棒』として雇われたんですからね!?」
「ええ!? 契約書に書いてあるでしょ? 一応、用心棒として雇うけど、服装は雇用主が指定するものを着用すること、って」
「この格好に何の意味があんのよ!!」
「あるわよ。よく考えてもみなさい。用心棒っていうのは、実際に強いかどうかより、強そうに見せることが大事なの。ちんちくりんのあんたにごっつい鎧着せたって、強そうに見えるかしら?」

 たしかに、リナ・スタンレーと名乗った少女はそんじょそこらの冒険者には負けないぐらい強いのだが、たぶん用心棒は務まらない。リナは俺よりは背はあるが、ミリィに比べりゃ小さい。ミリィが160以上あるのに対し、彼女はたぶん150はないだろう。年齢もあるだろうが、ちんちくりんには変わりない。

「そもそも、8歳の坊やに決闘で負けたあんたが荒くれ者の前にのこのこ出て行って場が収まると思う?」

 だよなー。
 用心棒は実際に強いかどうかより、『強そう』であることが重要なのだ。
 アマルダぐらい風格があるならともかく、彼女はどう頑張っても強そうにはみえない。
 武術の達人より、ボディビルダーの方が抑止力になるときもあるだろう。旅籠や飲食店に営業妨害にくるような野郎はどうせ三下である。ごつい上腕二頭筋を見せびらかすだけでも十分なのだ。
 彼女に武術の心得があることが一見でわかる奴なんて極小数だし、下手に凄んだところで余計なめられるわな。

「箔なんて何人かとっちめりゃつくでしょうが!!」
「手当たり次第にとっちめられても困るのよ。ウチは客商売ですから」

 猛然と抗議するリナに、ミリィの冷静なツッコミが入る。
 これも道理である。トラブルの種を未然に防ぐための抑止力が()()()なのであって、事あるごとに店内でバトルされたら雇い主は大損だ。

「だったら、なんでこの格好なのよ!? お店を守るために雇われたんでしょうが、私は!」
「あら?わからない?ちゃんと理由あるわよ」

 理由? なんだそりゃ? これは萌え以外に理由があるのか?
 俺もちょっと考えた。
 …………あ、そうか! 頭いいな、ミリィは。

「なるほど、逆転の発想ですね! 下手に用心棒ぶって、強そうな格好をするよりいいかもしれない」
「でしょう!? 母さんの見立てじゃ、この子それなりに強いらしいし!」
「は?」

 怒気の篭った疑問符をリナが俺に投げかける。

「つまりですね。用心棒を雇うよりもこの方が効果的だってことです。たとえばですよ? 営業妨害してくる迷惑な連中追い出すために、ものすごく強い戦士や魔道士を雇ったとします。そりゃあ、そういう人が守ってくれる間はこの店も従業員も安泰でしょう」

 まぁ、「強い人材を雇えるだけのコネと力をもってることを示す」という効果もあるのだが、それは黙っておくことにしよう。

「しかし、逆を言えばそれはその人の勤務時間外は安全じゃないということですし、契約期間が終われば抑止力は失われます。また、いくら強くたって過剰防衛は問題ですしね」

「うんうん!」
「しかし、『アマルダの旅籠のウェイトレスはみんな手練だ』っていう噂が広がれば、そういう用心棒はそもそも要らなくなるんです!」
「その通り!」

 ミリィはドヤ顔で俺の解説に聞き入っている。
 一方、憮然とした顔のリナ・スタンレー。
 この子は、まだピンと来ないらしい。やっぱアホの子なんだな。

「女将さんは上級冒険者ですし、ミリィ姉さんも冒険者ライセンスを持ってます。更にですよ? リナさんぐらいの女の子にまで大の男をケンカでボコボコにできるって知られたら、チンピラは腹に据えかねても迂闊に手がだせません! 年端もいかない女の子に負けるのは男として恥ずかしいことです。
 つまり! この旅籠に奉公に来ているリナさんぐらいの子が犯罪に巻き込まれる危険も減るわけです」
「ピンポーン!! ターくん! 大正解!!」

 テンションが上がりまくるミリィ。

「ま、とにかく、治癒師や治療院への代金がもう支払ってある以上、あんたはこの契約を履行する以外ないの。とりあえず一ヶ月はその格好で働いてもらうわ。ちなみに契約書には『性風俗的な行為以外、店舗の営業を防衛するための偽装工作は概ね請け負う』ってあるわよね?」
「ふぁっ!!?」

 リナの眼前に、契約書を突き出すミリィ・ロックウェル。
 リナはわなわなと肩を震わせて固まっていた。彼女は『偽装工作』という単語をスパイ的な何かだとでも思ったのだろうか?

「ま、べつに他のみんなと同じようにできなくったってクビにはしないから安心しなさい」

 怖いなぁ、契約って。
 だが、お陰で就寝前にいいもん見たわ。
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