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天の衝  二
 音がする。
 それも嫋々じょうじょうと大気に澄んで延びていくような綺麗な。
 笛の音だ。うちの祖父さんは無類の笛好きだから、この音色はたまらないだろうな。
 ん?笛?
 暗い意識の中で手の中にあった笛の感覚を探す。
 無い。それじゃこの音はやっぱりあの笛・・・。
  でもいったい誰が?

  
   10:20
 事の重大さに気付き飛び起きる。
 あの笛は大変なものだ。普通の人が触ってはいけない!
  
  ――下手をすると死んでしまうかもしれなかった。

 急いで音の主を探そうとした。いや、探すまでもなく“彼女”はそこに居た。
 俺の座っているベンチの正面、噴水の前で相川花織は笛を吹いていた。

  「な、何してるんですか?」

 彼女は吹くのをやめ、こちらを見る。
  
  「すいません、あんまり良い笛だからつい・・・。でも悪気はないんです。」

 彼女は人差し指を胸の前で突き合わせて言った。
 しょんぼり、ってか。解りやすい人だな。
 もしかして人違いかも知れない。

  「相川花織さん、ですか?」

  「一葉さん、私のこと知ってたんですね。ありがとうございます。」

  「結構有名ですよ、って何で俺の名前知ってるんですか?」
  
  「目が合った人の名前はほとんど覚えています。」

 ああ、あの時か。
 でも凄いな、目が合った人の名前なんて覚えてるなんて。

  「ところで、その笛少し貸していただけませんか?」

 え?
 
  「その笛は大切で・・・いやそれよりこの笛を吹いてて大丈夫?」

  「?大丈夫ですよ。ちょっと一緒に来てください。」

 あれは箱を開けるときだけか。てか来てくださいっていったいどういうことだ?
 まったく意味がわからん。

  「早く!早く!」

 彼女の手が俺の手を強く引く。
 近づいた2人の距離の少しドキッとした。
 
  「ちょっと待って。相川さん、いったい何処へ行くんですか?」

 なおも離さず彼女が走る。だんだんてが痛くなってきた。
 これがいつもの相川さんなのか?学校でのイメージとだいぶかけ離れている。
  
  「大丈夫、そんな遠くまでいかないから。あと私は花織、ってよんでね。」

 俺も行くっていうのはもはや、決定事項のようだった。

   ===

   10:35
  
  「えーと、ここは?」

 こほん、と一つ咳払いをして、壇上に立つ。
 彼女を見つめるのは大勢の眼。
 
  「では、いきます。」

 手に持った竜笛“鬼丸ノ葉双”をおもむろに口に持っていく。
 彼女は心音のリズムで短く息を吸い、歌口に少しづつ吐いていく。
 笛からするすると延びていくように。音を確かめ高い音から低い音へ。
 突如、音を止めた。
 一呼吸置き、そして目を瞑り旋律を奏ではじめる。
 って、これは某レノンさんの名曲「イエスタデイ」か。
 竜笛でポピュラー音楽とは・・・。
 でもここのお爺さんお婆さんは別に何でも関係ないみたいだ。
 
 老人ホーム「仙人の庭」
 彼女はここで演奏する、と突然言い出したのだ。
 なんでも昔からの恩師がいるからっていうことらしい。
 そこで今日何かお返しをしたいと思っていたと。
 それにしても良く竜笛吹けたな。イエスタデイ。
 
  「いい汗かきましたね。清々しいです。」

  「いや俺はかいてないですけど。でも、なんか良いですね。」

   11:50

  「そろそろなにかご飯にしないですか?おなかがすきました。」

 「グー」
 彼女のおなかが鳴って、恥ずかしそうに顔を赤らめた。
 
  「花織さん頑張ってましたもんね。」

 あと、俺もおなかがすいてきた。
 朝から何も食べてない。
 意を決して先程から言えずにいた言葉を言う。

  「何か食べに行きます?」 
 
  「それなら近くのラーメン屋に行きませんか?私の従兄がやってるんです。」

 ラーメン屋、か。
 さっきから彼女はことごとく俺の先入観を粉々にしている。
 でも悪い気はしない。いやむしろこっちのほうが楽しく話せると思う。
 するとまた彼女は俺の手を握る。

  「なんだか雨が降りそうです。」

  「え?確かに雲が出てますけど、まだ空が明るいから大丈夫だと」

 言い終えるか終えないかの内に彼女が言った。

  「一葉さん私と呼吸を合わせてください。」

 ハァ、フゥ、ハァ。
 呼吸をゆっくり合わせていく。いったい何を?

  「走りますよ!」

  「またですか!!」

 そして、2人は走り出した。 

 
イエスタデイ。名曲ですね。
竜笛で吹けるのかどうかわかりませんが、竜笛は音域が広いのでロマンでカバーしたと脳内補完してください。(笑)
どうでもいいけど、この回は「Help!」って感じです。
誰か助けてっ!


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