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精霊育成師の世界旅行 作者:早秋

第3章 水の大精霊

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(16)マニュスディーネ

 水の回廊の先には、見た目では滝になっている水の壁のようなものがあった。
 だが、実際にその滝に触れてみても、手や体が濡れることはなかった。
 不思議な水のカーテンを通った先では、一同はさらに驚くことになった。
 ビルのような高層建築物が建ち並ぶ街並みがあったのは、まだいい。
 前回の魔の森での経験があったので、それが来ることは分かっていた。
 だが、町そのものが湖底の中にあることまでは、予想できなかった。

 高層建築物のさらに上空では、本来は水の中で泳いでいるはずの生物たちが、下から見られているなんてことも分からずに、悠々と泳いでいる。
 普通は上からか横からしか見ることが出来ない光景が、下から眺めることが出来るという事実に、一同は呆然としていた。
 その中で一番復活が早かったのは、やはりというべきか、シゲルだった。
 シゲルは、水の回廊を歩いていたときに、こういうこともあるかも知れないと、ちらりと考えていたのだ。
 とはいっても、やはり湖の生態を実際の湖底から眺めるという稀有な場面に出くわしたときには、驚いてしまったのだが。

 ゆっくりと息を吐いたシゲルは、一度皆を見回してから言った。
「いつまでも呆けているわけにはいかないから、そろそろ進もうか」
 そう言って歩き出したシゲルに、ミカエラがハッとしながら追いかけて来た。
「ちょっと待ちなさい! なんでシゲルは、そんなに冷静なの!?」
「いや、何でって言われても……。こういうこともあるかと予想できていたのと、似たような光景を見たことがあるから?」
 小さく首を傾げながら言ったシゲルに、ミカエラが言葉を失っていた。

 そのミカエラを見て、さらにシゲルを見たマリーナが、ため息をついた。
「ここまでくると、貴方のいた世界というのも気になって来るわね」
 その言葉に苦笑を返したシゲルは、首を振りながら一応の念を押しておいた。
「言っておくけれど、水の回廊はともかく、流石に水中に街があるなんてことは、なかったからね?」
「……水の回廊はあったのか」
 シゲルの言い回しに気付いたフィロメナが、感嘆したような顔になってそう言った。

 それに対して曖昧に笑ったシゲルは、一度だけ頷いた。
「うーん。なんといったらいいのかな。水中の生き物を見るための見世物としては、似たようなものがあったかな?」
 水族館といっても通用するかどうか分からなかったシゲルは、少々回りくどい説明をした。
「見世物って……シゲルの世界には、随分と贅沢な娯楽があったのね」
 フィロメナと同じように感嘆していたマリーナが、シゲルを見ながらそう言ってきた。
「贅沢って……いや、確かに言われてみれば、贅沢なんだろうね」
 あちらの世界では、各水族館がお客を呼び込むために様々な工夫をしていた。
 そのための技術が発達したおかげともいえるが、確かにそんな世界を知らない者からすれば、贅沢と思われても仕方ないだろう。
 そもそも、水族館に行くということ自体が贅沢の一部だと考えれば、マリーナの感想も間違ってはいない。

 
 反論することを諦めたシゲルは、未だに驚きを引きずっている一同を促しながら町の中央へ向かって歩き始めた。
 今回の遺跡は、森の遺跡と比べて比較的小さな町なようで、一時間ほども歩けば町の中央らしき場所へと着いた。
 なぜそこが中央だとわかったのかといえば、四方を庭に囲まれた大きな神殿らしき建物があり、そこを起点にして四方に伸びる道があったためである。
 シゲルたちは、その道のひとつを使ってその場所にたどり着いていた。
 その建物が神殿だとすれば、何を祀っているのかは、考えなくてもわかる。

 シゲルたちは、間違いなく神殿だろうと確信をもって、その建物の中に入った。
 そして、入ってすぐに広めの部屋の中央には、予想通りの像が飾られて(祀られて?)いた。
 水の回廊に入る前に見つけていたあの像よりも、さらに実物に近付いた造りになっている。
 もっとも今回の場合、当人が最初から出ていたので、猶更そう思えたのかもしれないが。

「ようこそ、失われた水の町へ」
 シゲルたちに向かってそう言ってきた水の大精霊は、その顔に穏やかな笑みを浮かべていた。
「森に行ったみたいだから分かっていると思うけれど、あまりたくさんここにある物を持ち帰ったりしないようにね」
 ある程度予想は出来ていても、やっぱり気おされているフィロメナたちに代わって、シゲルが答えることにした。
「それは勿論です。というよりも、持って行っていいのですか?」
「うーん。出来れば遠慮してほしいと言いたいところだけれど、折角ここまでたどり着いたご褒美くらいはあってもいいと思わない?」
 そう言いながら少し悪戯っぽい顔をしている水の大精霊に、シゲルはそれ以上を言うことは出来なかった。
 水の大精霊が、絶対に持ち帰るなと言えば諦めるが、多少なら構わないと言われれば、喜んで持ち帰ることを選ぶ。

 返しが無かったシゲルにくすりと笑みを浮かべた水の大精霊は、一同を見回してから宣言した。
「町での滞在自体は好きにすればいいわ。あまり長期間いると、ちょっとだけ困ったことにはなるでしょうけれど」
 シゲルたちがいた村では、フィロメナたちのことを勇者一行だと認識していた者はいなかった。
 それでも、フィロメナ、ミカエラ、マリーナは、その容姿のせいで、町を歩くだけで注目を浴びていた。
 その彼女たちが、何日も町を離れていたとなれば、多少なりとも話題に上がるだろう。
 冒険者であることは、村に入るときのギルドカードの提示で分かっているはずなので、長期遠征だと言い訳すればいいのだが、どこで何をしていたのかと疑念を持たれるのは避けられない。
 それが、この遺跡にとってあまり良いことではないことは、多少考えれば分かることだ。

 その他もろもろのことを考えて、長期滞在は避けるようにと言外に言ってきた水の大精霊に対して、フィロメナが頷きながら答えた。
「ご安心ください。そこまで長居をするつもりはありません」
「そう? それなら好きにすればいいわ。一応、監視らしきものは付けておくけれど」
 隠すことなくそう言ってきた水の大精霊に、シゲルたちは神妙な顔で頷いた。
 メリヤージュが管理している遺跡でもわかっていたことだが、町を好き勝手に荒らされないように、監視を付けておくことくらいはしているだろうと考えていたのだ。
 まさか、水の大精霊の口からはっきりと言われるとは、思っていなかったのだが。

 
 シゲルたちが納得を示したところで話は終わり……だと思っていたのだが、そこでなぜか水の大精霊は憂うような表情を浮かべて、シゲルを見ていた。
 思わずシゲルが首を傾げたところで、水の大精霊はにこりと笑って言った。
「ところで、シゲル。いえ、メリヤージュみたいに、導者と言ったほうが良いのかしらね?」
「は、はい?」
 まさか名前を呼ばれるとは考えていなかったシゲルが、驚きながら水の大精霊を見た。
「私には名前を付けてもらえないのかな?」
「………………はい?」
 まさかの名づけの要求に、シゲルはしばらく呆けてから答えることしかできなかった。
 メリヤージュの名前を付けたことを知らないミカエラとマリーナは、呆然とした様子でシゲルと水の大精霊を見比べている。
 そして、最後のひとりのフィロメナは、若干あきれたような視線をシゲルに向けていた。

 それらの様子を面白そうな顔を浮かべてみていた水の大精霊は、さらにシゲルを見て続けた。
「あら。メリヤージュには名前を付けたのに、私には付けてくれないというの?」
「え、いえ。そんなことは……」
「だったら問題ないわよね?」
 それとこれとは別なのではと、一瞬シゲルの頭の中をよぎったが、水の大精霊から期待するような視線を向けられては、断ることが出来ない。
 シゲルにしてみれば、名前を付けるくらいはという感覚があるのも、問題だといえば問題なのだが。
 もっとも、シゲルが名づけの意味を正確にわかっていたとしても、大精霊からの直接の要請を断ることなど出来るはずもない。

 とにかく、水の大精霊から正式に(?)依頼されたシゲルは、真面目に名前を考え始めた。
 いっそのこと、すぐに思い付いた「ウンディーネ」と言おうかとも思ったが、それでは少し申し訳ないと考えて、少しだけ捻りを入れることにした。
「――――それでしたら、マニュスディーネはどうでしょうか?」
 少し長すぎかとおも思ったが、思い付いた以上は仕方ない。
 覚悟を決めて言ったシゲルに、水の大精霊は何度か口の中で呟きながら首を傾げた。
「マニュスディーネね。悪くはないと思うけれど、意味を聞いてもいいのかしら?」
「えーと、一応あるにはあるのですが、折角ですから私だけの秘密にしては駄目でしょうか?」
 シゲルがそう答えると、水の大精霊改めマニュスディーネは、少し驚いたような顔になってから小さく微笑んだ。
「そうね。そうするのも面白そう。いいわ。貴方たちが私の名を呼ぶときは、マニュスディーネね。言いにくかったらマニュスでもディーネでもいいわ」
 マニュスディーネが許可を出したところで、今後シゲルたちは、水の大精霊はマニュスディーネということになった。

 そして、メリヤージュに続いてふたり目の大精霊にも名をつけることになったシゲルだが、この時すでに他の大精霊にもつけることになるのだろうかと心配することになるのであった。
折角綺麗な光景を見れたのに、最後の名づけで全部持っていかれた感があります。
ちなみに、覚えにくそうな名前ですが、きちんと意味はあります。
ディーネは当然ウンディーネから取っていて「水」を意味していますが、さてマニュスは何でしょうか?w
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