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Jently Kiss
作:南条武都


 かつて空さえ掴もうとしていた街の廃墟を見上げるのは、感情を自在にコントロールできるよう訓練を受けた身でも、憂鬱な気分になる動作だった。
 ツォンは崩れ重なった瓦礫を慎重に下り、地面の上に立つ。そこから見上げた魔晄都市はかつての威容など見る影もなく崩れ去り、それまで上層の人間にしか許さなかった空を見上げる事を、最下層の人間にも容認していた。
「不思議なものだ」
 聞く者がいない安心からか、独り言がこぼれ落ちる。
 ジェノバプロジェクトから始まった未曾有の危機は、人類から魔晄という新エネルギーを奪い、便利な暮らしに安穏としていた人間達を追い散らした。もはやここは何も生まれず、ただ朽ちていくだけの場所でしかなかった。
 しかしそれでも、ツォンがここに至るまでに出会った人間達の、何と多かった事か。
 かつてピザの上で神羅の恩恵を浴びるほど受け、その旨味を忘れられずに、さながら栄光の残骸でも見つけようとするかのように、瓦礫の中をさまよい歩く人間も、いるにはいた。
 が、このスクラップの山で生活をしている人間の大半は、かつて下層で貧困にあえぎ、神羅の横暴を影に隠れて罵っていた者たちだ。
 身よりがなく、またどこかへ移動する金も無いという者も多かったが、しかしその事情以上に、彼らはこの街を離れがたく思い、新生神羅と協力して街の復興に全力を注いでいた。
 ツォンがここへやってきたのは、その復興のために行っている土壌調査だ。ひところ神羅の裏仕事を幅広くこなしていたタークスの仕事としてはあまりにも脳天気で、思わず苦笑を浮かべる。
「これも仕事、あれも仕事、か」
 調査器具はまだ到着していなかったので、とりあえず膝をついて土に触れた。
 8基もの炉で集中的に魔晄をくみ上げていたため、ミッドガルの土地はひどく痩せていて、雑草一本生えないような、からからに乾いた土ばかりだと思っていた。
 しかし改めて調べてみると、範囲は狭いとはいえ、農業に転用できそうな生きた土もそこかしこに存在しており、ツォンは調査を行うたびに、あらためて自然の生命力に感嘆する。
「……生きる事をやめないんだな、この星は」
 感慨深く呟いたその時、ふ、と風が軽やかな香りを運んできた。
「?」
 以前どこかで嗅いだ匂いだ。そう思って顔を上げたツォンは、目を大きく見開いた。
 柔らかい光を身に纏ったエアリスが、彼の顔をのぞき込んでいる。
「エ……ス?」
 驚きのあまり、声が喉に詰まる。光のエアリスは在りしの日の時と同じように無邪気な顔で、声を出さずに笑った。
 そして身をかがめて手を伸ばし、彼の頬にふれ、ゆっくりと顔を近づけてきて―ついで、唇で彼の額にふれる。
 ふわり、と先程の匂いが体を包み込んで気が付いた。そうか、これは彼女が育てていた花の匂いだ。
 ツォンは、知らないうちに目を閉じていた。
熱のない口づけがどれほど続いたのか分からない。
仄かに甘く優しい匂いに包まれるのが心地よくて、ずいぶん長い事、そうしていた気がする。
 やがておそるおそる、というよりも渋々目を開けると、そこにはもはや少女の姿はなく、素っ気もない瓦礫の山が積み上がっているだけの空疎な空間に戻っていた。
だが、足下を見下ろしたツォンは見つける。乾ききった土を割るようにして、小さな小さな若葉が、顔をのぞかせているのを。
「……ありがとう、エアリス」
先程の笑顔を思い出して謝辞を述べると、思いがけず視界が歪んだ。ツォンはまばたきをして目元を手で払うと、ゆっくり立ち上がった。自分も年をとったな、と呟く。














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