砲火
「薩摩藩も諸兄も血眼になって暗殺者を捜している」外松が言った。諸兄とは彼らのもといた海援隊である。
「壬生の浪士が見当たらぬ。姿をついぞ見かけなんだ」内心、一戦交えようと楽しみにしていた新居浜。
「街道を幕府軍が進軍しておった。半端な数ではない。おそらく新撰組も従軍しておる」天谷が、新居浜の疑問に答えた。
「幕軍が?」東夷の目がつりあがった。
「幕軍はどこへ向かっているンだ」陸が口を挟む。
「判らん」
情報収集に散っていた中間達が戻ってきた。口々に己が見てきたことを語った。
どうやら、暗殺者捜しどころではないようだ。幕軍はどこへ向かっている? 嫌な予感がしたのは東夷だけではない
突如、何の前触れもなく、自国領土内に布陣した幕府軍に、広島藩は猛烈に抗議した。が、いくら抗議しても、その大軍が撤退することはなかった。長州との国境沿いに陣をかまえると、銃口を、大砲の筒を芸州口避難民収容施設へ向けた。
香枝はまどろみの中にいた。浅いその眠りのなかで、夢を見た。どこか知らぬ、小さな川のほとりで、小一郎を前に立っている。小一郎も、自分も、出会った頃と同じ顔をしていた。良太と千鶴を後ろに立たせ、彼女は誇らしげに言う。
「どう、小一郎様。わたし、頑張ったのよ」小一郎がその大きな手のひらで、彼女の頭を頬を撫で、よく頑張ったと言う。辛かったろう。と言う。その言葉に夢のなかで泣きながら責めた。「どこをほっつき歩いていたのですか」
地鳴りのような音に、夢は途切れた。ハッと彼女は身を起した。また聞こえた。もう夕暮れ時だ。いつのまに寝てしまったのだろう。それよりも今の音は?
再び、今度はもっと近くで。大地が揺れる。
表へ飛び出した。あたりいちめん土煙でいっぱいだった。空を見上げると大砲の弾が飛んできて家々の屋根を砕き、白煙舞い上げていた。
一瞬にして、何が起こっているか理解した。いや、解ってなどいない。けれど、彼女のとる行動はひとつだけだ。
「良太あっ!!」彼女は必死で叫んだ。
火矢が放たれている。きな臭いにおいと、ぱちぱちとはぜる音がどこからか聞こえてきた。遠く屋根の上で舞う火焔が、ちらりと見えた。
「良太あぁっ!!」声をからして叫んだ。路地を駈けながら。土煙。前が見えない。火の手がすぐそばまで来ている。駈けながら声を限りに叫んだ。
おっ母っ。砲火の奥で遠く聞こえたその声を、彼女が聞き違える筈がない。
「良太ぁっ!!」声の聞こえた方へ駈けて行く。銃弾の音が絶え間なく響き渡る。崩れた家から土煙が舞いあがる。人々が逃げ惑う。土煙を吸いこみ叫べない。むせて声が出ない。が、土煙のなかにかいま見えた我が子の手を見間違うことはなかった。その手を必死でつかんだ。
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