暗殺
京都。街なかの茶店という茶店に、『長州はぎ 参拾七文』という看板が立っている。遠く萩の地で一軒の茶店が始めた長州はぎが、今、京の地で流行っている。勿論、買う時の「まけてくれ」「いいえ、はぎはまけません(負けません)」も、そのままに。京の人々は長州びいきだ。
他に流行っているものといえば、『ええじゃないか』。ええじゃないか、と言って踊れば何をしても許されるという。尾張地方から始まったこの、ある種静かなる打ちこわしないし一揆は全国に広がり、様々な噂が尾ひれをつけ飛びかっている。いわく、奇瑞が降ると言う。諸国神々のお札から始まり、米、大豆や小判に至るまで、人々が踊り狂うと空から降ってくると言う。田植えから十六日あまりで穂が出たとか、十一月上旬に麦の穂が実ったとか、そういった類の奇瑞の話しもまことしやかに噂された。殆どが信じ難い話でただの噂であろうが、中には人々を扇動しようとして米やお札を降らせた討幕派浪士もいたかも知れぬ。
今、京の町並みは寝静まりつつある。家々の黒い影が夜空の下に沈んでいる。一軒の民家の、二階の窓が行灯の灯にほのかに照らされている。家人が階下の騒々しさに「ほたえなっ!(騒ぐな)」と大声で怒鳴りつける声が聞こえた。次の瞬間踏み込んできた刺客に、怒鳴り声をあげた男は頭を斬られた。男の刀は少し離れた所にある。男は倒れながらその刀を掴み、鞘を抜こうとした。そこを、二太刀目が肩から背中を斬り裂いた。それでも男は、気丈にも鞘も抜かぬまま手向かった。その鞘ごと頭を薙ぎ払われた。同じ部屋にいた今一人の男も、暗殺者数人に取り囲まれ、何度も刀を突き立てられている。既にその身体はぐったりして、虫の息である。もうよい、行くぞ。指揮官らしき者が言い、暗殺者達は去った。
男達はまだ息があった。頭をやられた男が、部屋の入り口へ這って行き階段の下に向かい「医者を呼べ」と言った。しかしその声、力なく、何処へも届かない。応ずる声もない。男は自分の頭をさわってみた。手に脳漿がベットリ付いてきた。男は柱に身をもたれ、
「中岡、おりゃあ、もうあかん・・・・・・。脳をやられちょる・・・・・・」童のように微笑み言った。それが最後の言葉となった。
それが、龍馬と、中岡慎太郎の最後だった。
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