荒れ野の戦い・其の二
「なんじゃ?? こりゃあ!?」素っ頓狂な声を上げたのは天谷である。
「石合戦をしちょる・・・。わけではなさそうじゃな。ライフルを持った奴が沢山いる」間延びした返事をしたのは新居浜だ。
「そうじゃあ!! えれぇもんに出くわしたっ。お前の言うとおりこの嵐のなか出てきて正解じゃった」荒れ野を街道から見下ろす二人組み。説明するまでもない萩へ向かう途中の天谷と新居浜である。
「おい、よく見ろ、あそこじゃ」新居浜の声に目を凝らしてみれば、
「なんと! 狗の娘子ではないか」言うと同時に抜刀した天谷。新居浜も己が得物を握り締めた。両名、子供のようにはしゃいでいるように見える。
「助太刀するぞ」そういった時には斜面をくだり降りている。
「行かいでか」ずざざざざ、斜面をくだり大混乱の荒れ野に踏み込んだ。
えい、や、それぞれの得物で賊打ち倒しながら駆けたが、思わぬ事態に難渋した。
「あいたたたたた」
「まずいぞ。石を避けながら進め」雨のごとく降る投石に身をかがめて進んだ。
「でだん、かなわん」賊と切り結び、また石を避け、斬り伏せた賊の身を盾に突き進み、二人は千鶴のもとへ参上した。
「赤い筏見参」賊突き殺して、新居浜麻毘。
馳せまわり、襲い来る敵軽くいなしながら、天谷虎之助。
「倒幕過激派赤い筏、狗の娘に助太刀いたす」
吹きすさぶ嵐のなか、思いもかけぬ味方の名乗りあげに、思わず、
「ありがたい」かすかに涙ぐむ千鶴。
さても、その二人、値すること兵百騎。
天谷の刀には反りがあまりない。直刀(無反り)である。短めで肉厚(重ね厚い)(東夷の刀はさらに短めで鎬高い片切刃造といったところ。彼の場合刀剣よりも喧嘩が主なためその選択が自然である)。天谷虎之助は歴戦の兵。泥にまみれて戦ってきた経験がある。日本刀がいかによく切れる刃物であるといっても、人間五人も斬れば、その油で自然切れ味は鈍る。結局、切れなくなれば突くしかない。突きが彼の剣術の基本だ。敵と切り結び、刃を合わせながら寸隙ぬって突き繰り出すには、少し短めの刃の方が良い。
その歴戦の勇者が馳せ回る。一人の敵と二太刀交えたかと思うと、次の瞬間には敵は倒れている。また駆けて、次の敵と太刀交えるが、あっというまに敵の体は崩折れる。魔法のようだ。
新居浜の得物も突きのみである。打ちかかる敵の刃を棒で払えば、敵は得物を取り落とす。次の瞬間には胸板貫かれ、尖った鉄の棒の餌食となる。
パーンと敵の刃を棒で弾き飛ばすと、次々突き殺していく新居浜。ふん、と鼻をならし、懐から東夷にもらった拳銃取り出すとパンパンパンと敵を撃つ。当たってはいないが威嚇のつもりだろう。
その二人、まさに値百騎の兵。
加えて、一万の民衆の抵抗。旗色悪しと賊は退きはじめた。その時、一瞬だった。一角が崩れ落ちると蜘蛛の子を散らすようにきびす返して逃げはじめた。
「勝った・・・・・・?」千鶴はにわかには信じられなかった。だが現に、逃げ惑う賊を鉈や斧を手にした群衆が追い回している。荒れ野にどよめきがひろがる。それは徐々に勝利の雄たけびへとなった。その喊声、荒野を揺るがし嵐を突き破らんばかり。雨がやんでいる。
すでに賊の姿はない。すべて打ち倒されたか逃げ出した。荒野には鉈を手斧を奪った刀をふりあげ勇ましく叫ぶ人々。涙する女たち。
唐突に、街道に、百名ほどの幕兵が現れた。隊列を組み。その長らしき者が、馬をおり、嵐のなか良く通る声で言った。
「ここにおる者ども、善良なる良民を殺害、または傷つけたるものとして、全員、捕縛連行することとする。これは、萩におわす征長総司令官豊永志功殿の下命にて、たむかう者はその場で手打ちにいたす」云々。
書状を読み上げる声はまだ続いていたが、千鶴らは信じられない面持ちで耳を疑った。良民・・・? あの賊どもがか? いや、納得できないことはない。筋が通る。それは、もうひとつの事実も指し示している。賊は豊永志功手の者だったのだ。故に、これだけ早く幕軍の捕り方がやってきた。
「首謀者はまず前へ出よ」街道上から大きな声で呼ぶ幕兵の長。
千鶴はそばの少年亮太から背嚢を受け取った。が、すぐに奪い返された。
「前へ出るんだろ。だったら一緒に行くよ」意味ありげに笑った。
天谷、新居浜がかんらかんらと笑いながら、
「首謀者ということであれば、是非にとお願いしたい」とあとに続いた。海が割れるように人々は道をつくった。そのなかを進んでゆく、四人。中心に泥だらけの水夫服のうえに鎖帷子をはおった少女。その後ろに少年。両脇に壮年の男と長身の男。街道のうえへあがった。
風がやんだ。ぱっと陽光がさし、青空が頭上に広がった。台風の目に入ったのだ。
「貴様が首謀者か?」
現れた少女に多少面食らいながらも、隊の長は言った。
無言でうなずく千鶴。
「ひっ捕らえい」命を受け彼女の体を捕らえようと、両脇から兵が来る。すばやく腰の拳銃を抜き腕を交差させ撃った。
「あがらうかっ!!」隊の長がそう言った時には、千鶴の撃った銃弾が彼の額を割っていた。立て続けに撃つ千鶴。ライフルをかまえる兵ら。飛び出す天谷と新居浜。少年が弾を込めた人消しを渡す。すかさず撃ってまた渡す。威力に兵がひるむ。押し寄せる一万の群衆。鉈や手斧で兵に立ち向かう。兵は瞬く間に殺され、生き残った者は蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。
再び起こるときの声。群衆は渦巻くように千鶴を取り巻いている。陽光が彼女を照らす。何かにとりつかれたように、彼女は口を開いた。
「聞いて・・・・・・」
静まりかえる群衆。
「わたし達は勝った・・・・・・。わたし達は勝てる」
いまや皆、耳をそばだて、この小さな娘子の声を聞いている。
「みんな・・・・・・、みんなで萩へ行こう・・・・・・」知らず、彼女の頬を涙が伝う。
「みんなの手で、萩を取り戻そう・・・・・・」
瞬間、沸き起こる歓声。一揆の声が高らかに上がる。嵐のなかで産声をあげた萩奪還の一揆の咆哮。
その様子を、街道離れた場所から見ていた者がいる。英国通事アーネスト・サトウと写真家のベアトである。荒れ野の騒動の一報を聞き、写真を撮るため駆けつけたところだった。
「この国では、民衆の蜂起を一揆と呼ぶ」日本語に精通し、候文まで読みこなせるサトウがベアトに説明した。
街道脇の丘のうえ、朝日を浴び、強風に黒い鎖帷子をはためかせ、二人の侍を従えた少女。サトウは、四百年前 英仏百年戦争末期に登場し、オルレアンを解放せしめたフランス少女の姿をそこに見た気がした。
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