陽動作戦
広島藩は、民間人に対する戦闘行為を激しく非難し、幕府軍の即時撤退を求めた。抗議の声は英国からもあがった。英国総領事パークスが、大君への面会を求め、今回の虐殺行為を非難した。
それに対し幕府側は、現在、あの非難民収容所が反政府組織の温床となっていること。反政府的思想の輩が、子供等に反政府的思想を説き、また、自身らの浪士隊へ引きこんでいる、うれうべき状況であることなどを、今回の武力行為の理由として回答した。
三度笠を深くかぶった男が、芸州口へ向かっていた。まだ、かの地の悲劇は知らない。男は長州中を、人を捜して旅している。今、芸州口へ向かう途中だった。が、前方から次々と避難民のあらわれ、何事か事変の起こった只事ならぬ様子に気付いた。一目で戦禍を逃れてきた人々とわかる。
男は歩みを速めた。街道はごった返している。流れに逆らい歩を進めるがなかなか思うに任せない。
背後から、凄まじい勢いで奇兵隊本隊が進軍してきた。全ての戦力を集結して向かっていると思われた。何事が起こったのか。心がせく。
その馬群の丁度反対側を、香枝が良太の手を引き、すれ違っていった。
洋上。軍艦オテント丸は西へ針路をとっていた。東夷は船のへさきに立ち、腕を組み前方を炯炯と鋭く睨み据えている。怫然とした顔つきで殺気を孕んでいる。幕軍の卑怯な行為を許せない。既に、芸州口攻撃の報は聞き及んでいる。その先の奴等の狙いが見えた。卑劣な陽動作戦。 芸州口攻撃に奇兵隊は全戦力を結集して戦地へ向かった。幕軍の本当の狙いは、下関。
わずか数キロの海峡を挟んだ小倉藩には小栗が大軍を駐留させてある。手薄になった下関を狙う筈。
今、オテント丸は、芸州口沖合いを走っている。猛火に包まれた町並みが遠く見えるが、東夷は目もくれない。下関まで、あとどれだけかかる。間に合わない。
船室では、天谷はじめ外松、新居浜、陸が膝つきあわせて今後自身らのたどる運命を語り合っていた。
「まず、間違いなく下関へ突っ込むつもりだ」眉根を寄せて外松が言う。頷く天谷。
「頭となって多少圭角とれたとはいえ、まず間違いないだろう」
「俺達四人だけでか?」新居浜が聞き返す。言葉と裏腹に、なにやら愉快げな口調だ。
「五人だ」新居浜の勘定にまたも自分が入っていないと気付いた陸が抗議する。
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