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おんぶして

作者: 天川ひつじ

※ホラーではありませんが、雰囲気が怖いところがあります。

「はい、ヒッヒッフー、ヒッヒッフー」


今、まさに出産中。


母は私。

40歳をひょいと超えた高齢出産。第二子ではあるのだけど。


ヒッヒッフー、ヒッヒッフー



まずい、気が遠くなりそう




***


暗い道。見慣れた道。

そうだ、今は深夜。深夜残業した帰り。

20代の私。


私は、コンビニでインスタントの食料を買って、歩いて帰っている。


あの日。


***


深夜残業の帰り道。

もうバスも無くなって、20分の道を歩いて帰る。

一応大通りだけど、人気は無い。

20代の女性に危険とは分かってるけど、変な人も居ないし大丈夫。


黙々と歩いていたら、道の真ん中に子どもがいた。しくしく泣いている。


「どうしたの?」

と尋ねたのは私。


その子は振り返って私に言った。白い装束を着た小さな子。

「おんぶして欲しい」


「うん、良いよ」

と私は答えた。


あんまりにも残業続きで疲れていた私は、断るのが面倒だったから。


***


私の背に、その子がバサっと負ぶさってきた。でも、それ以上構うのが面倒で、黙々と歩く。


「・・・・・」


「・・・・・」


ズン、と、その子の重さが倍以上になった。


「・・・・・なんで重くなったんですか」


「これがオレの仕事だから」

と、背中の子が言った。


***


背中の子が重くなる。嫌がらせだ。やっかいなのを背負ってしまった。

でも今更「降りろ」とか言う方が面倒。背中の子と言い合いになりそう。

というか、仕事するなら他の事をしてほしいよ。


背負って歩きながら、

「ついでに肩もみでもしてくれませんか」


「やだ」


「じゃあ肩たたきとか」


「やだ」


「じゃあ私の健康を祈ってて」


「やだ。重くなるのだけが、オレの仕事だ」


なんでよ。


***


もうなんだかどうでも良くなって、私は黙々と歩き続ける。


黙々黙々。


「・・・・・・」

背中の子も黙っている。


黙々黙々。


「・・・・・・」


黙々黙々。


「・・・・・・」

何だか、背中の子がもぞもぞと動き出した。

無言続きで、居心地が悪くなってきたのかもしれない。


***


背中の子の方が声をかけてきた。

「ねぇ、ねぇ」


面倒くさいし疲れているから放っておこう。


「ねぇってば!」

肩を乗り越えて、モゾっと硬い、犬の毛のような感触が頬を触った。

さすがに、なんだろうと思ってそちらに顔を向けると、背中の子の、まるでオオカミみたいな顔があった。頬が裂けていて、見事に尖った歯並びを見せてニッカと笑う、背中の子。


だけど、何度も何度も言うけれど、とにかく私はもう疲れていろんな事が面倒だった。

「・・・・・・・・・・・・・・・ふぅん」


背中の子はビクっと体を震わせた。

私の投げやりな返答が、予想外だったのだろう。


ごめん、もう驚く元気がない。


***


黙々と。黙々と。


「…オレ、もう降りる」

ついに、背中の子が私を見放した。


驚かなかったから、私が背中の子の存在意義を否定しちゃったのだろうか。

言動が、いわゆる都市伝説的な存在っぽいし。


***


だけど私は、とにかく『現状維持』でいたい。

変化に体力を使うのが惜しく、真面目に考えるのも嫌だ。

それもこれも、現在進行中の『深夜残業:連続5日×3週間』のせい。


『もう降りる』と宣言した背中の子どもに、私は大人気なくこう言った。

「えぇ~・・・ 降りるの?」

実に、嫌そうに面倒そうに。


すると、背中の子はまたビクっと震えた。


それから少し経って、恐る恐る、私に尋ねてくる。

「えっと…オレが降りるの、嫌なの?」


うん、嫌で、もう、降ろすのが面倒くさいんだ。


***


私が降ろすのを本当に嫌がっていると知ると、途端に背中の子がワクワクしだした。


キャッキャと喜んで、はしゃいでいる。


よく分からないけど良い事をしたみたい。


それは良いけど、重いから暴れないで。

と言いたかったけれど、残業で疲れ果てている私には、それを言う元気がない。


***


背中の子は上機嫌だ。

急に色々おしゃべりをしだした。


私は相変わらず黙って黙々と歩くだけ。


「ねぇねぇ、知ってる? オレのほかにも5人も背中に乗ってるんだゼ」


いつの間にそんな事に・・・。


「未来のアンタの子どもたちだゼ。プフフ」


というか5人って多くない?


「プフフフフフ、フフフフ」


背中の子は楽しく騒いでいる。


それより、えーと、子どもが5人って、将来、甥っ子や姪っ子含めて5人できるって意味?

それとも私が5人産むの? それは無理そう。

まぁどうでもいいか。まだ結婚もしてない働き盛りの20代だし。


***


「おねーちゃん、おねーちゃんは、こんなに子どもを待たせて、まだ結婚しないのか?」


「・・・・相手がいないしね」


「そっか・・・そうだな、じゃあ、オレが手伝ってやる!」


「・・・・それはどうも」


よくわからないけど、背中の子はとても意欲的だ。

というか今更だけど、キミは一体なんなのかしら。


「あっ、ねーちゃん、ねーちゃん、あそこのヤツ、良いヤツだぞ! オレに手を振ってる!!」


「・・・・・」

一応目線を向けてみても、誰も居ない。


見えない人をお勧めされても困ります。


***


しばらくキャッキャとはしゃいでいたのに、背中の子は急に静かになった。

気にはなったけれど、そのまま黙々と歩き続けている。


「ねーちゃん、オレ、本当に背中に乗っていて良い?」


「うん、良いよ」

今更だ。それに、断るのも面倒だし降ろすのも面倒。


「でも、ねーちゃんには、子どもたくさんいるよ?」


「ふぅん」


「オレ、降りて良い?」


「降りるのぉ?」

面倒くさそうに嫌そうに言うと、背中の子は、ぎゅっと私に抱きついてきた。


あれ、どうしたの。


***


「ねーちゃん、オレ、約束する。また、戻ってくる」


「?」

よく分からない。


「オレ、ちゃんと来たくなったよ。今のオレじゃ無理だから、修行頑張る。頑張ってこっちこれたら、ねーちゃん、また、おんぶしてくれるよね?」


「・・・うん」

修行・・・? でもものすごく真剣な感じだから、そう返事した。


シュルン、と、背中の子が降りた。

降りたので、思わず足を止めて振り返ってみると、足元近くにその子はいて、その子のところだけスポットライトが当たっているように明るくなっている。


***


目を細めながら眺めると、その子は、平安貴族の男性が着てるような年代モノっぽい服を着てて、でも顔はオオカミっぽいケモノっぽい感じ。

物の怪、かな。と私は思った。

だけど、瞳は真っ黒ですごく可愛らしいと思った。つぶらな瞳。


「オレ、修行頑張ってくる。

 ねーちゃんも、良いダンナさん見つけるンだぞ」


大きなお世話だ、と思ったんだけど、それを言うのも面倒で、とりあえず

「うん」

と頷いた。


「子ども10人待ってるからな」

ニッカと笑うその子の、鋭く並んだ歯がギラリと光る。


「さっきより人数増えてますけど?」

疲れていたけど、思わず突っ込んだ。


さっき、5人って言ったじゃないですか。


***


朦朧もうろうとした意識で、それを夢のように思い出した。

それは夢だった。

でも、それは確かに昔あった、ある日の出来事だった。




オギャァ、オギャァ



出産で全身汗だく。



「男の子ですよ」


男の子、

・・・・・・・・・・あの子・・・・・?



オギャァ、オギャァ・・・


「これは・・・」

先生の戸惑う声。


何? どうかした?

疲れているけど、聞く。

「どう、しました?」


「いえ、あの・・・・・・・・・珍しい・・・・・・。・・・歯が・・・・・」


歯?

歯。


「まぁ・・・・・」

「初めて見ます・・・」

看護婦さんと先生たちが小さく囁いている。


私が心配そうに見るので、看護婦さんが私の胸元に赤ちゃんを乗せてくれる。

「大丈夫大丈夫、元気な赤ちゃんですよ~、は~い」


ワァワァ

泣いている、生まれたばかりの我が子の口元を見つめて、見つける。


通常、新生児は、歯など生えていない。

でもこの子は、歯が1本、もう生えかけ始めていた。


「ふふ」

嬉しくて笑う。


40を超えた高齢出産。異常かと、私に気付かれないようにいぶかる先生たちを他所に、私は笑う。


この子は、私に教えたかったのだ。

『自分だ』と、私に教えたかったのだ。証拠に、特徴ある歯を一本生やして生まれて見せた。


嬉しくて笑う。

なんて可愛く健気。


修行を一生懸命してきたのね。

私も40超えたけど、あなたを無事産みきったわよ。


胸元の赤ちゃんに囁いた。

「お互いギリギリだったけど、お互いよく頑張ったわねぇ」


甥っ子姪っ子あわせて、11人目の子どもの、あなた。


たくさん、あなたをおんぶをしてあげる。

たくさんの皆も、あなたをおんぶしたがると思うわ。


楽しみね。お誕生日、おめでとう。

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― 新着の感想 ―
[良い点] なんかほんわかした。 良い作品だ。
[一言] 大好きです。こうゆう作品。見ていてゾクゾクしました。
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