空き地にたたずむ骨女
「あー……っ! もう嫌っ」
お風呂上がりに体重計に乗るのはダイエットをはじめたばかりの、最近のあたしの日課。
「マジ信じらんない。全然減らなーい」
ダイエットしてるっていうのに全然効果がない。運動もちゃんとして、大好きな油ものや、甘いジュースやお菓子だってちゃんと控えてるのに。
多少、無理しないとダメかなあ……。あーあ、楽な方法ないかしら。
「……ってゆーワケなんだけどさぁ、なんかいいやり方知らない?」
「もう、マイったらまたダイエット? この前も貧血で保健室に行ったばかりじゃない」
「あれは、朝礼が長かったから……」
「『朝ご飯ぬいた』って言って、キョーコ先生に叱られたのは、誰だったかなー」
ハルカがにやにやしながら軽口を叩いた。
そういえばコイツに付き添われて保健室に行ったんだっけ。二人して保健室で説教食らったのを思い出した。
「そうよ。マイは太ってないわよ。今のままでいいじゃない。そう悩むことないって」
その言葉に、あたしは噛みつく。
「トモエにはわからないよ。……あんた、痩せてんじゃん。うらやましいよ」
「ご……ごめん」
そう、トモエは痩せてる。もともと胃弱で食が細いために太れないのだ。
彼女が、その事で悩んでいるのは知っている。身体が弱くて、他人よりも痩せてることにコンプレックスを持ってる事も。
わかってたはずなのに。
八つ当たりだ。あたしって、なんて嫌なヤツ。あたしは自分の舌を呪った。
「ごめんね。トモエ。でも、痩せたいの」
あたしは、決まり悪さを誤魔化すように、無心にトマトジュースをすすった。
「ねえ、マイ。そんなに痩せたいのなら、『ホネミさん』に頼んでみる?」
「ホネミさん? 何、それ」
「知らない? けっこう噂になってるんだよ。学校の近くに出るんだって」
ハルカは嬉々として話し始めた。どうやらその、ホネミさんってのは『トイレの花子さん』みたいな学校の怪談的な噂話みたいだ。
赤色のワンピースを着た女の姿で、彼女に会えば痩せさせてくれるらしい。
「バカバカしい。神頼みならぬ妖怪頼み? あたしそんなの信じないよ」
「いるわよ。ホネミさん」
ハルカは声を潜め、まるで内緒話するみたいに顔をこちらに近づけた。
「トモエが見たんだから。ねえ?」
急に話を振られ、戸惑いながらトモエが頷いた。
「うん……見た。学校の近くの空き地で……」
「それ、何時くらい?」
「ピアノ教室の帰りだったから……十時くらいかな。顔はわかんなかったけど、赤いワンピースがはっきり見えたわ」
「ほら、行くだけ行ってみなよ。あたしも行くわ」
あたしは戸惑った。でも、ハルカならともかく、トモエが嘘をつくのは考えられない。
それに、会うだけで痩せられるという『おいしい』言葉に、心が揺らいだ。
痩せたい。絶対に痩せたい。楽に痩せれるんなら、その方がいいに決まってる。あたしは前言を撤回した。
妖怪頼みだっていいじゃない。
「行くわ。あたし」
「じゃ、決まりね」
その次の日、あたしたちは空き地に行ってみた。
夜の十時っていっても、ジョギングしてる人もいるし、近くにコンビニだってある。怖くなんかない。
「このあたりだったんだけど……あ、あの人かな? あたしが見たのと同じ」
トモエが指差した先には、赤いワンピース姿の女の人。後ろを向いてるから、顔は見えないけど、この人は生きてる人間じゃない、って、はっきりわかった。
まるでそこに張りつけられたみたいに、夜目にもはっきりと浮き上がって見えたから。
「普通の人じゃ、ないよね」
「だと、思う」
少し怖くなったけど、今さら後にはひけない。
「行ってみようか」
空き地に一歩足を踏み入れたとき、『その人』はゆっくりと振り向いた。
一瞬、息が止まった。やっぱり、人間じゃなかった。幽霊とも、思えないものだった。
ホネミさんには、顔がなかった。いや、なかったという表現は当たらないかもしれない。
目鼻にあたる部分は、ぽっかりと黒い穴があいていて、肉も皮も削げ落ちているガイコツ。
それが、ホネミさんの顔だった。ホネミさんは、歯だけの口で笑った。
『ナアニ?』
軋るような声だ。ゴクリと唾をのみこみ、言った。
「あ、あの、わたし痩せたくて……」
『ナゼ? アナタハジュウブンキレイジャナイノ』
しゅうしゅうと音漏れがする声は、よく聞き取ることが出来ず、聞き返そうとしたときだ。
ホネミさんは、こちらに手を伸ばした。
「ジブンノカラダガ、キニイラナイノ? ソレナラワタシニアナタノカラダヲチョウダイ! ソノ顔、ソノ腕、ソノ身体。ワタシニチョウダイ!」
「きゃーっ!」
腕をつかまれるところを、すれすれでかわしてあたしたちは逃げた。走って、走って、近くのコンビニに飛び込み、はあはあと息をついた。
驚いた顔の店員さんが、何があったのかと聞いてきたけど答える気力もなかった。ただ、
「……ホネミさんが…………」
っていうのが精一杯。それでもわかってもらえたらしくて。
「ホネミさん? ああ、うちの妹も言ってたっけ」
「知ってるんですか?」
「あの子は空き地にしか出ないのよ。あなたたち、ちょっかいだそうとしたんでしょう。早く帰りなさい」
それから、数日がたった。空き地にはあれから行く気がおきないけど、あれは三人でみた夢だったのかな。
「夢じゃないと思うよ」
トモエがぽつりとつぶやいた。ハルカも、彼女に似合わない神妙な顔でうなずく。
「あれから、考えたんだ。ホネミさん、なんであんな姿ででてくるんだろ、って。……ホネミさん、もしかしたら自分の容姿にコンプレックスがあったんじゃないのかな」
「コンプレックス……」
「あたしも、そう思う」
トモエも頷いた。
「骨になってしまえば、太ってるも痩せてるも、美人も醜いもないもの。ホネミさん、自分の姿が嫌いだったか、周りから心無いこと言われたりしたんじゃないかしら」
切ない顔で、トモエは続ける。
「昔、読んだ本に載ってた絵にね、骨女ってのがあるの」
着物を着た女のガイコツだという。スタイルこそ違うけど、この前のホネミさんにそっくりだ。
骨女というのは、はじめから妖怪だった訳ではなく、元は人間だった。あまりに醜い容姿のため周りから蔑まれて、それを苦にして死んだが、骨となってよみがえり村中をさまよった挙げ句に、荒れ寺の前で崩折れたという。
ちょっかいだそうとしたんでしょう、という店員さんの言葉が脳裏によみがえった。
「悪いこと、しちゃったね」
現代の骨女、ホネミさんも容姿のことで苦しんでいたのだろうか。
これからも多分、空き地には行けない。なんだか申し訳なくて。
あたしは今も、ダイエットしてる。なんだかんだ言っても、やっぱり痩せたいもん。でも、もう貧血で倒れるような無理も、もちろん神頼みも、もうしない。