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番外編―仲良きことは美しきかな
(10)お節介

 幼い子どもの声はよく似ている。だが、息子の声を聞き分けられない母親はいないだろう。

「僕のせいじゃない! そいつらがパパの悪口を言って、ママを泣かしたんだ!」
「この花はみんなで準備したんだぞ! なんでバラバラにするんだよっ」
「エコ・カーニバルなんか、なくなったらいいんだ!」

 遊戯室に飛び込むと、愛実もそこにいた。
 給湯室の流し台の前で別れて十分くらいしか経っていない。だが、さっきと違って彼女の瞳は真っ赤だった。
 遊戯室に飾り付けられた紙の花を北斗が手で引き千切っている。
 愛実はそんな北斗を止めようとするのだが、別のことに気を取られているのか、力が入っていない。
 北斗と向かい合うように大樹が立ち、紙の花を取り返そうともみ合っている。

「ごめんね。ごめんなさい……おばさんがちゃんと直すから、怒らないでね、大樹くん」

 今にも取っ組み合いのケンカが始まりそうなふたりの間に入り、愛実は大樹に謝った。
 すると、

「なんで謝るの? ママもパパは来ないって思ってるんだ。僕のことも、ママのことも大事じゃないって! こいつら、みんな、パパとママの悪口ばっかりだ!」

 “こいつら”の中に加えられたのが悔しかったのか、大樹は言い返した。

「僕は悪口なんか言ってない! 北斗のお父さんが来ないのは本当じゃないか。僕のお父さんだっておんなじ『しゃちょう』なんだからな。でも、ちゃんと来てくれるよ。それに、なんで花にあたるんだよっ」

 大樹は北斗の手から花を奪った。
 だが、北斗はさらに飾られた花に手を掛け……。ふたりは正面からつかみ合う。

「ふたりともいい加減にしなさいっ!」

 万里子は叫んだ。


~*~*~*~*~


 数時間後――。
 千代田区にあるホテルのロビーラウンジに万里子は立っていた。彼女に向かってひとりの男性が歩いてくる。美馬藤臣だった。

 
『明日もきっと来られないわよ。ご家族を大切にされるイメージじゃないもの』
『さっさと上のお子さんともども、この学校を辞めてくださればいいのに。父兄が逮捕なんてことになったら、学校の知名度が下がってしまうわ』

 万里子が仲の良い保護者に聞いたところ、準備の終わった遊戯室の中でそんな会話が聞こえてきたという。『他にも色々話されていたようだけど……よく聞こえなくて』そんなふうに言葉を濁していた。それは多分、聞くに堪えない内容だったのだろう。
 それを、愛実と北斗のふたりが聞いてしまった。
 北斗は『なんでママを泣かせるんだ!』そう言って遊戯室に飛び込んできたという。
 黙りこんで答えない大人たちに業を煮やし、彼は飾りの花を壊し始めた。

 愛実は気丈にも最後まで残って花を元に戻し、手伝った万里子に礼を言って帰っていったが……。
 万里子は責任を感じていた。子どもたちのために良かれと思い、卓巳と藤臣の協力を提案したのだが、それは愛実にとって負担だったのではないだろうか?
 卓巳のことは強引に引っ張り出したが、もし本当に藤臣が来なかったら、噂を肯定することになってしまう。

『すみません。やっぱり、私たちはこの学校に合わないのかもしれませんね。明日、もし主人が来なくても、ご迷惑は掛けないように代わりの人は頼んでますから……』

 今にも消えてしまいそうな笑顔で、愛実は言っていた。
 
(愛実さんの様子だと……来れないっておっしゃってるのかも)

 愛実はどうもひとりですべてを背負い込んでしまうタイプに思える。
 せっかく知り合えたのに。子どもたちも……長男同士は、美月も含めてあんなに仲が良いのに。今は仲の悪い次男たちだが、ふたりは同じ誕生日なのだ。このままいくと、万里子の四男・立志と愛実の長女・忍も同じ学年になり、この先十年以上のお付き合いになることは間違いない。

 そして万里子はおせっかいを承知の上で、藤臣に会うことを決断した。


「はじめまして、藤原万里子と申します。このたびはお忙しい中、お呼び立てして申し訳ありません」
 
 必死に気持ちを落ちつかせながら言う。
 こういった形で初対面の男性と話をするのは初めてだ。いや……はるか昔、夫の卓巳と初めて会った日に、ホテルのレストランの個室でふたりきりになった。そこまで戻らなければ万里子には思い当たらない。
 とはいえ、ここはロビーラウンジ。個室ではないので周囲に数え切れないほどの人がいた。

「はじめまして。美馬です。家内から話は聞いています。いつもお世話になってるようで……」
「いえ。こちらこそ、先日はうちの大樹が北斗くんに怪我をさせてしまって。申し訳ありませんでした」
「怪我……ああ。……いえ、お気になさらず」
 藤臣の目に一瞬だが疑問の色が浮かんだ。そのことに目ざとく気づいた万里子は、愛実が怪我の理由すら話していなかったことを知る。 
「しかし……瀬崎の奥さんが藤原本社に勤めていたことは聞いてましたが、まさか、社長夫人から連絡があるとは思いませんでした」
「厚かましくてすみません。どうしてもお会いしていただきたくて、瀬崎さんの奥様にお願いしました。どうか、お叱りにならないでくださいね」
 
 太一郎に輪をかけて……といった卓巳の言葉から、藤臣に対して危険な男性という印象を持っていた。だが、万里子の目の前にいる藤臣は洗練された好男子に見える。
 それだけじゃなく、身に纏う雰囲気は卓巳によく似ていた。おそらく、企業のトップに通じるものなのだろう。
 
「それで、幼稚園か小学校で何かありましたか?」
「え? 用件を瀬崎さんの奥様からお聞きになられたんですか?」
「いえ。でも、デートのお誘いじゃないでしょう?」

 わずかに相好を崩し、藤臣は親しげな笑みを作る。そして、先代社長逮捕の件で愛実と子どもたちがいじめに遭ったことを話してくれた。
 万里子も思い切って、今日の出来事を藤臣に伝える。
 彼は万里子が話し終わるまで黙って聞いてくれた。その様子はとても家族を大切に思っていない男性の姿には見えない。
 
「余計なことをしているのはわかっています。仕事を放り出して幼稚園の行事に出てくれなんて、非常識な話だと思います。でも、ほんのわずかな時間でも、美馬さんが行事に顔を出されるだけで、愛実さんの立場は変わると思うんです。お子さんのお父様に対する信頼にも応えられるんじゃないかと……」

「よくわかりました」
 藤臣はひと言答えると伝票を手に席を立った。
「申し訳ありませんが、もう時間がないようだ……」

 彼の視線の先を見ると、秘書らしき男性がロビーラウンジの入り口でこちらを見ていた。彼が香織の夫、瀬崎であろうと察し、万里子は軽く会釈した。向こうも丁寧に頭を下げる。
 万里子もバッグを手に取り、藤臣の後をついて行く。

「わたしもすぐに失礼いたします。でも、話を聞いていただけて良かった」
「どうしてですか?」
「詳しくは聞いておりませんが、主人と大学が同じだったとか。長男の入学式でもご挨拶できなかったので、避けられているのかと思っていました」
「ああ、それは……」
 藤臣は軽く笑うと、
「避けているのは私ではなく、ご主人のほうでしょう」
「それはやっぱり……女性問題ですか?」
 万里子の言葉に藤臣は咳き込んだ。
「そんな話をご主人と?」
「いえ。偶然、一条先生のお宅で耳にしてしまって」
「ああ、弁護士の。……昔の話です。あの頃は彼が羨ましくてね。子どもだったんですよ」
「羨ましい?」

 藤臣の言葉に万里子は驚いた。
 大学時代の卓巳はただの苦学生。かたや藤臣は美馬家の御曹司として……聞こえ良く言えば、大学生活を謳歌していたはずだ。

「成績は常にトップで、教授も舌を巻くほどの論客。金もブランドネームもなしで、多くの女子学生が難攻不落の男を落とそうと躍起になってましたよ。悔しくて少しばかり悪さをしたこともあったが……」
 藤臣は少し懐かしそうな声を出し、
「今はもうわかっています。私じゃ彼に敵わない。だから、同じフィールドで戦うのは止めにしました。私は私ですから……」
 姿勢を正して、あらためて万里子に向き直る。
「妻のことを気遣ってくれてありがとうございます。お帰りは? タクシーなら、うちの車に送らせますが」

 藤臣が予想以上に礼儀正しい男性であったことと、卓巳を褒められたことで万里子は気分がよかった。
 だが、かなり慎重な性格なのだろう。最後まで明日のイベントに関して明言を避けていた。それでも、藤臣なら愛実や北斗のために、短い時間でも参加してくれると信じたい。

 万里子が礼を言い、彼の気遣いを断ろうとしたとき、信じられない声がそれを遮る。

「妻に対する必要以上の気遣いは不要だ」

 ロビーに冷たく響いたのは卓巳の声であった。

 
 
御堂です。
ご覧いただきありがとうございます。

「愛を教えて」の改稿&作品引き下げについてのご案内を、活動報告にUPしています。
お手数ですが、目を通していただけましたら幸いです<(__)>
(活動報告はこちら⇒ 
http://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/36400/blogkey/340531/ )

勝手を申しますが、何卒、ご了承くださいませ。
引き続きよろしくお願いいたします。
拍手&メッセージお待ちしております。


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