「でも、卓巳様は相変わらず、万里子様には弱いですよねぇ」
猫舌の雪音は冷めた紅茶をひと口飲むと、ふふふっと笑い、万里子をからかうように言った。
一方、万里子は新しく淹れたダージリンティーの甘く強い香りを楽しみながら、ゆっくりと口に運びつつ……。
「いやだわ、そんなふうに見える?」
「ええ、もちろん!」
「もう、雪音さんたら」
万里子はティーカップをソーサーに戻すと曖昧に微笑んだ。そんな仕草に、長い付き合いの雪音は何かを感じ取ったようだ。
「あの……何か、あったんですか?」
「ええ、実は、ね」
エコ・カーニバルは毎年行われる。
出し物はその都度、実行委員や父兄たちが考えたものでよい、となってはいるが……それはタテマエというもの。実際は年少・年中・年長と分けられ、遊び・販売・飲食コーナーと担当が決められている。去年は実行委員ではなかったものの、万里子は販売コーナーを手伝った。牛乳パックに可愛らしい布を貼り付け小物入れを作ったり、古いタオルを持ち寄り雑巾を作ったりした。
飲食コーナーは、実行委員が中心に行う喫茶コーナー、あとはカレーと焼きそばが定番になっている。隣のクラスがカレーに決まったので、自動的に万里子のクラスは焼きそばになってしまい……。
『卓巳さん……焼きそばなんですけど。できそうですか?』
もし難しいようなら、万里子も一緒に手伝おう、そう思って尋ねた。
だが、意外にも卓巳は、
『ああ、問題ない。焼きそばだろうが、たこ焼きだろうが。私にできないことはないよ』
爽やかな笑顔で答えたのだった。
「まあ、だったら問題ないじゃありませんか。さすが、というか……。ダテに苦労はしてないってことですよね」
雪音は感心したようにうなずいている。
万里子も最初はそう思った。『卓巳さんに任せておけば安心だわ』と。だが、話はそれだけでは済まなかったのだ。
数日後――
万里子は念を押すように卓巳に確認した。
『前日の金曜日に準備があるんですけど……』
『ああ、大丈夫だ。心配しなくていいよ』
万里子は準備まではムリだろう、と思っていたので、卓巳の優しさに感激する。
『卓巳さん。本当にありがとう。わたしと子どもたちのために、忙しい時間を割いてくれて』
『それだけじゃないぞ。当日は岡山の蒜山からプロを招いたから、楽しみにしておいてくれ』
『……プロ、ですか?』
『ああ、なんとかグルメという大会で優勝して、美味しいと評判の焼きそばだ! 専門家が最高の味を提供してくれる。スタッフ十人ほど連れて来てくれることになったから、私たちは見ているだけでいい。これなら美馬には負けんだろう!』
『た……卓巳さんっ!』
誇らしげに宣言する卓巳に、万里子のカミナリが落ちた。
雪音はお腹を押さえ、堪えきれずに笑っている。
「そんな予算はないと言ったら、全部自分で出すって言うのよ。そういう問題じゃないのに……」
テーマはエコロジー。それについて意識することが目的なのだ。
私立の幼稚園、しかも都内でも有数の高級住宅地にある。通っているのは上流階級の子弟がほとんどだった。当然、新品同然でも制服のリサイクルなど論外。幼稚園バッグやハンカチなど高級ブランドの名前がついている品物も多い。
でもだからこそ、環境について率先して考えていかなければならない、と思い、始めたことと聞いている。今年で十回目になるという。
提供する食べ物は手作り。幼稚園の施設を使って作れるよう、保健所からは毎年許可を取っている。来場者はそれぞれ皿や箸、スプーンを持参。持ち帰りは厳禁で、その場で食べてもらうことになっていた。販売価格もマイルドセブンひと箱より安い。
「パパやママが作ってるってことに意味があるのに。それを卓巳さんたら、勝ったの負けたのって」
「でも、納得はしてくださったんでしょう?」
「まあ、それはそうなんだけど……」
きっちり、前日の準備から手伝いに入ってくれるよう、万里子はあらためて約束を取り付けたのである。
~*~*~*~*~
エコ・カーニバル前日。
愛実はベビーカーを押して幼稚園にやって来た。そんな母親の姿を見つけるなり、北斗は駆け寄ってくる。
「ママ!」
「北斗くん。遅くなってごめんね。今日は北斗くんもお手伝いしてくれるのよね」
「うん。年長さんだからね。ママ……パパはやっぱり来れないんだ」
落ち込んだ北斗の声を聞き、愛実はいたたまれない気持ちになるが――。
朝、愛実が確認したとき、
『明日? ああ、そんなことを言ってたな。今日は面倒な集まりがあってね、明日はその件で役員を召集する予定になってる。まあ、問題なく進めば明日の予定はなくなるが……』
『じゃあ、ひょっとしたら……』
『交渉相手が藤原卓巳だからな。ヤツとは少なからず因縁があるんだ』
“藤原”の名前が出たことに愛実はドキンとした。
『藤原さんとは、特別に仲が悪い……とか?』
『というか、どうも嫌われているらしい。まあ、卑怯な手で潰しにくるようなヤツじゃないが』
『あの……大地は藤原さんの結人くんや美月ちゃんと仲が良いんですけど』
愛実がおずおずと口にすると、藤臣は軽く笑い飛ばした。
『子どもは子どもだ。気の合う相手と仲良くすればいい。親が何者か、なんて関係ないさ。それとも、君が気になるのか?』
『い、いえ、まさか。結人くんのママは……あ、藤原さんの奥様ですけど、私にも気軽に声をかけてくださって、仲良くしていただいてるんです。明日のエコ・カーニバルでも一緒に実行委員をしているので』
なかなか言えなかった“藤原”の言葉がすっと言えて愛実はホッと息を吐く。
思い切って、明日のエコ・カーニバルで卓巳と一緒に焼きそばを焼いて欲しい。そう伝えようとしたとき、
『藤原とは大学が一緒だった。当時のヤツは苦学生でね。私は父から、ヤツが藤原の御曹司だってことを聞いて……。羨ましくて、コトあるごとに突っかかってた気がする。立場だけじゃなく……どう足掻いても、成績では足もとにも及ばなくて。それも悔しかったな』
浅からぬ卓巳との因縁を聞き、愛実はそれ以上言えなくなる。
ましてや、今日の午後から準備があるなど、口にすることができない愛実であった。
御堂です。
あけましておめでとうございます。
なんと言いますか…
色々やられた卓巳にすれば忘れられないことだと思います。
でも、やった藤臣にすれば…
さて、どっちが悪いんでしょうねぇ(苦笑)
ではでは、今年もよろしくお付き合い下さいませ(^^)/
拍手&メッセージお待ちしております。
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