☆ほんの少しだけR15のラブエッチです、苦手な方はご注意ください。
番外編―仲良きことは美しきかな
(6)妻の交渉―愛実
愛実が生後四ヶ月の忍を抱え、リビングを往復していたとき、ふいに扉の開く音が聞こえた。
「ただいま、愛実」
声の主は藤臣だ。
ここしばらく、午前様が続いている。秘書の瀬崎も同じく帰りが遅いと妻の香織が言っていた。
「あ、お帰りなさい。全然気がつかなくて……」
愛実はボンヤリと昼間のことを考えていて、車が停まる音や玄関の開く音にも気づかなかった。
「遅くまでご苦労さまでした。お腹は空いてませんか? 何か作りましょうか?」
「いや、それより……夜泣きか? 私が変わろうか?」
ついさっきまで大声で泣いていたが、今は少し落ち着いている。動きが止まるとぐずり始めるのだが、こうして歩き回っていると、しだいに眠ってくれるのだ。
藤臣はスーツの上着を脱ぎ、ソファの背もたれに掛けると袖を捲り上げた。
「あ、でも、お疲れでしょう?」
「だからこそ、忍の顔を見てると落ち着く。本当は上ふたりとも遊んでやりたいんだが……」
愛実から忍を受け取りつつ、藤臣は優しい顔で娘に微笑みかけた。
「よかったね、しーちゃん。パパはしーちゃんの顔を見てるだけでいいんだって」
ちょっと拗ねた感じで愛実が言うと、藤臣は苦笑いを浮かべて、
「もちろん、ママの顔が一番だ」
愛実の頬に軽く口づけ、次に、唇を重ねたのだった。
静かになった娘をベビーベッドに寝かせた。
ベビールームは夫婦の寝室と続き部屋。上のふたりは三階にそれぞれの部屋がある。
長男の大地はともかく、次男の北斗は母親と離れて眠るのを嫌がったものだ。でも、三歳になると同時に父親から専用のベッドを与えられ……。北斗は渋々ではあったが、兄と同じ部屋で寝るようになり、東京に来てからはひとりで寝られるようになった。
愛実にすればまだ幼稚園なのに、と思う。だが……。
『いつ何どき、親が守ってやれなくなるかわからないんだ。どんなに小さくても、たとえ独りになっても、しっかり生きていける強い心を育ててやりたい。とくに、男の子はそうでないと……。大人になったとき、あの子たち自身が悔しい思いをすることになる』
藤臣は自分の味わった“悔しさ”を、息子たちにだけは経験させたくないと思っている。
娘の忍は、彼にとって亡くなった妹の代わりだった。一歳の誕生日を迎えることなく、やせ衰えて餓死した藤臣の異父妹。そのときの彼は、今の大地とそう変わらない年齢だったという。母が亡くなり、母の夫は実子である娘と継子の藤臣を置き去りにして姿を消したのだ。藤臣はたったひとりの家族が守れなかった自分を今も責めている。
親からもらえなかった愛情と教育。それらを手探りでも我が子たちに与えようとしていた。
愛実には藤臣の必死さがわかる分だけ、反対することなどできない。
(でも……本当にこのままでいいのかしら?)
大地は何も言わない子だが、北斗のほうはたまに母親に泣き言を言う。
『パパは僕よりお兄ちゃんとしーちゃんが好きなんだ。お兄ちゃんのときは、入園式も入学式も出てるのに。僕の入園式には来てくれなかった。お兄ちゃんが年少のときは、一緒に運動会だって……』
網走では自由の利く仕事内容だった。大地が幼稚園に入った年は、結婚して最も安定していた時期かもしれない。
だが、ちょうど北斗が幼稚園に入る直前、美馬グループの事件が起こったのだ。
藤臣の父、一志がインサイダー取引で逮捕され……。藤臣はとても子どもの幼稚園行事に出るどころではなくなった。
愛実はそのことを北斗に話して聞かせるが、やはり寂しさは消せないのだろう。大地の運動会の映像、クラス対抗父兄リレーで藤臣が一着になるシーンを何度も見て、悔しそうに涙ぐんでいる。その姿を見るたび、愛実のほうが悲しくてたまらない。
だが、そんな愛実の涙を見ると、
『ごめんなさい! もう言わない。僕、へっちゃらだから……ママは泣かないで!』
北斗は本当に母親思いのいい子なのだ。自分から人を傷つけて、平気でいられる子どもではない。
こんなときこそ父親と息子の間に入り、うまく家族を繋いでいかなくてダメなのに……。それを考えると、忍の夜泣きがなくても愛実には眠ることができなかった。
「愛実……どうしたんだ? 何かあったのか?」
「え? あ、いえ、あの」
ハッと気がつくと、愛実は洗面所と脱衣所の間に立っていた。
忍を寝かせたあと、シャワーを浴びるという藤臣の着替えを用意しながら、ボーッとしていたらしい。
「ひょっとして、また、イジメに遭っているのか?」
藤臣の言葉に愛実はドキンとした。
ふたりが網走に行ってすぐの頃、愛実はひどいイジメに遭った。
週刊誌で『援助交際の挙句、妊娠。美馬氏が責任を取って結婚』といったことをたくさん書き立てられたせいだ。その結果、大きなお腹で買い物に出るたび、愛実は矢面に立たされたのである。
だがそのときは、ふたりが我慢すれば済むことで――。
美馬家から逮捕者を出したとき、子どもたちはふたりとも幼稚園に通っていた。愛実たちはふたたび、白い目で見られることになる。そしてそれは、子どもたちまで巻き込むことになってしまい……。
「子どもたちがイジメられてるなら、私が園か学校に出向いて話をしてこよう」
藤臣は心配そうに愛実の顔を覗き込み言った。
二年前、会社と美馬の親族との話し合いでくたくたの藤臣に、愛実はイジメに耐えられず八つ当たりしてしまったことがある。泣いて文句を言う愛実の言葉を藤臣は黙って聞いてくれた。そして幼稚園に出向いて、理不尽なイジメはやめるように指導して欲しいと訴えてくれたのだ。
(あのときみたいに、心配や迷惑は掛けたくない!)
「そ、そうじゃないの。北斗が幼稚園で……はしゃいで、少し怪我をしてしまって。あ、ひどくはないのよ。私の目に届かない所で怪我をして、包帯を巻いて帰ってきたから……ちょっとショックで」
愛実が懸命に言うと、藤臣も緊張が取れたように笑って答えた。
「男の子なんだ。多少の怪我ぐらいはするさ。人に迷惑をかけたり、弱い者イジメをしたり。とにかく“悪いこと”をしない限り、気にすることはない」
藤臣は手を伸ばし、愛実をギュッと抱きしめながら言う。
彼の胸の中は愛実にとって唯一の安全地帯だ。そのまま、何もかも忘れるようにして体を預ける。
すると、
「……シャワーから出るまで待てそうにない。今日は……このまま構わないか?」
普段はこの上なく優しいパパになった藤臣だが、男に戻ったときは昔のままだ。愛実を困らせるほど求めてくる。
今このときも、彼の手はすでにネグリジェの裾をたくし上げていて……。
愛実は心の内で苦笑しつつ、
「今日はこのままでも平気だけど……お疲れじゃないの?」
「疲れてる。君を抱かないとエネルギーが切れそうだ」
「私はパパのエネルギー源なだけ?」
「君の前では“パパ”じゃないぞ、愛実」
「じゃあ……藤くん。私にも元気をちょうだい」
愛実は自分から藤臣の首に手を回し、キスをねだった。
(明日の朝、なんでもないフリをしてエコ・カーニバルの話をしよう。藤原さんのことは言わずに。ただ、行事に出て欲しいとだけ……)
藤臣の指先と吐息を肌に感じながら、愛する人の熱を体の中に受け入れつつ――そんなことを考える愛実であった。
御堂です。
ご覧いただきありがとうございます。
「~花嫁」の藤臣は飼いならされた大型犬のようになってしまいましたが、「~愛人」の藤臣は野生のままです(爆笑)
いや、ちょっと待て君たち、ここではゲストなんだから、コレ以上やったら駄目……ということで抑えさせていただきました(^^;)
年内、もう一回更新したいな、と思っております。
よかったらお越し下さいませ。
拍手&メッセージお待ちしております。
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