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番外編―仲良きことは美しきかな
(4)卓巳の思惑

 万里子は大樹の言葉に息を飲んだ。
 大広間の隅に置かれたソファ、脇にはメイドの千代子も立っている。彼女の顔も青ざめていた。

「大樹……“犯罪者”という言葉の意味はわかる? お友だちもわかっていて、口にしたのかしら?」
「う……ん。よくわからないけど、悪いことをした人って意味だと思う。みんな言ってたから、大地と北斗は“はんざいしゃいっか”だから、仲良くしたらダメって家の人に言われたって。でも、お兄ちゃんと大地は仲がよかったし……。お母さんが仲良くしなさいって言ったから、僕も北斗に言ったんだ」

 ――北斗のお父さんが悪い人でも関係ないから、仲間に入れてやるよ。

「そう言ったら、アイツ蹴ってきたんだよ。僕は仲良くしようと思ったのに」
 胸を張って言う大樹をみつめ、万里子は反省しきりだ。

 愛実がPTAに加わったとき、表面上だけ仲良くしたツケが回ってきたのかもしれない。こんなことなら、夫同士の過去や会社の問題など気にせず、最初からもっと踏み込んだ付き合いをしておけばよかった。
 ある意味、マイペースの長男たちは周囲の声など無視してやってきたのだろう。でも、ちゃんと周囲の声を聞く次男たちは、それに巻き込まれてしまった。

「あのね、大樹。北斗くんのお父さんは悪いことなんてしてないのよ。だから……」
「そんなことないもん! 僕……ちゃんと聞いたんだ!」
「お友だちにそう聞いたの? きっと、お友だちのおうちの方は勘違いをして」
「違うよ」
「じゃあ、誰が大樹にそんなことを言ったの?」
「……お父さん」
 
 さすがに、万里子の笑顔も引き攣った。


~*~*~*~*~


 六月のこの時期、株主総会を間近に控え、どこの会社も忙しい。それは藤原グループといえども同じだ。卓巳の帰宅は夜十時を回ることが多くなっていた。
 送り迎えのリムジンの車内、卓巳は傘下企業の総会資料に目を通す。
 と……隣で欠伸をかみ殺す秘書に気づき、声をかけた。

「眠そうだな。もう五人目の計画か? 私より先に作るんじゃないぞ」
「とんでもない! 子供は四人もいれば充分ですよ」
 本気で否定している宗を見るのが面白く、卓巳はさらにからかってみる。
「せっかくじゃないか。四人姉妹を目指してみたらどうだ?」
「三人姉妹で満足しております」
「男の子がひとりじゃ可哀想だろう?」
「社長宅のお仲間に入れてもらえたら……寂しくなんかありませんよ。下が欲しければ、社長の五番目の息子さんを可愛がれば……」
 地雷を踏んだことに気づいたのか、宗は急に押し黙った。
「息子だけでバスケットチームを作る気はない。来月には立志も一歳を過ぎるし、そろそろ……だな」
 
 次はもう少し空けましょうよ……そう万里子は言っていた。
 だが、春に美馬藤臣が淡いピンク色のおくるみに包まれた赤ん坊を抱いているのを見て、どうにも我慢できなくなった。
 男の子に不満があるわけではない。ましてや、子作りが競争でないことも充分にわかっている。
 ただ、大学時代に見た美馬の勝ち誇った顔だけが、十六年経っても卓巳の脳裏をよぎるのだ。

「そうですか。どうぞ頑張ってください。私はもう……息子の夜泣きで五人目どころの話じゃありません。娘たちはそうでもなかったんですけどね……雪音もイライラしてるし」
 本気で泣きだしそうな宗を見ていると、からかって悪かったかな、と思い始める。
「うちには保育士の資格を持った子供専用のメイドが三人もいる。四人とも連れてうちに泊まりにくるよう雪音くんに言ってやれ。万里子も喜ぶ」
「ありがとうございます。私もたまにはひとりでゆっくりしたいですね」
「わかってるだろうが……“ひとり”で寝るんだぞ」
「……人聞きの悪いことを言わないでください」
 慌てた様子の宗に苦笑いを浮かべる卓巳だった。

 十年前、宗とこんな話をする日がくるとは、夢にも思わなかった。
 それもこれも、すべて万里子のおかげだ。この総会続きの六月が終われば、夫婦ふたりの旅行を計画してもいいかもしれない。子供たちは夏休みに遊びに連れていけばいいだろう。
 そんな浮かれた気分の卓巳を待っていたのは……。



「おかえりなさいませ。……卓巳さん、お話があります」
 どんなに遅くなっても必ず万里子が出迎えてくれる。
 いつもは笑顔で『おかえりなさい』と言ってくれ、子供たちのいない遅い時間だとキスするのが決まりのようになっていた。
 だが、今夜はどこかムードが違う。
「ああ、ただいま。えっと……子供たちは」
「四人とも寝ました。もうすぐ十一時ですから」
「そうか……。その、話は……」

(万里子が怒ってる気がする。私はいつ、彼女を怒らせたんだ?)

 万里子の目が卓巳を責めていた。
 そのまなざしに、卓巳は思わず腰が引ける。


 去年の夏、立志が産まれた直後に事件は起こった。
 長男の結人が誘拐されそうになったのだ。大事には至らなかったが、問題はその後である。
 妻と子供たちの身を案じ、卓巳は警備員を増員した。屋敷の内外や家族たちの周囲を、厳重警戒させるようになったのだ。それも、若いメイドや子供たちが怯えるほどで……。
 卓巳のやり過ぎに、ついには万里子からクレームがきた。
『日常生活に支障が出ています。数人の使用人から辞めたいと言われました。卓巳さんが、わたしたちを案じてくださるお気持ちは充分にわかっております。でも、子供たちが普通に過ごせるようにしてやってください』
 それでも卓巳は応じなかった。万一のことがあってからでは遅いと思ったからだ。
 しかし――急遽増やした警備員に足もとをすくわれ、卓巳は思わぬピンチに陥る。
 なんと増員メンバーのひとりが窃盗グループに屋敷の見取り図を横流ししたことが判明した。しかもその直後、万里子に不埒な真似をしかけた警備員まで現れ……それも増員したメンバーだった。
 どうやら、若いメイドたちにはセクハラめいた言葉を口走り、万里子にも猥褻な視線を送っていたと聞き、卓巳は青ざめる。
 なぜ言わなかったんだ、と問いただす卓巳に、
『何度も申し上げました! 若いメイドや子供たちも怯えている、と。元の警備員に戻してくださいとお願いしたのに……』

(そうならそうと、もっとハッキリ言ってくれなければ、私にはわからないじゃないか!)

 普段であれば厳選されたメンバーをそろえているが、急ぎ増員したため質が落ちてしまったらしい。警備責任者の首を飛ばしたいところだが、取り急ぎ、数を揃えろと命じたのは卓巳本人だ。
 それに万里子にも言い分があった。
 彼女は必要以上に男性の視線を警戒する。その自覚があるため、思い込みで卓巳に報告することを躊躇った。遠まわしに、元に戻して欲しい、身元調査をやり直して欲しい、などと言ったらしい。
 それを卓巳は『調査は問題ない』で押し通してしまった。
 結局、万里子は怒って警備体制を元に戻すまで子供たちを連れて実家に戻ってしまい……。

 
 卓巳にとって万里子は最大の弱点だ。
 夫婦ふたりの旅行や五人目の子作り計画を横に置き、
「わかった。まず、話を聞こう」
 株主総会より慎重に、卓巳は気持ちを切り替えながら口を開いたのだった。

  
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