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番外編―仲良きことは美しきかな
(2)藤原vs美馬

 藤原邸から直線距離で五百メートルほど離れた場所――同じ町内に美馬邸はある。
 美馬財閥の流れを受け継ぐ東武グループの本丸といわれた美馬邸だが、今は百坪の敷地も残ってはいない。かつては藤原グループと遜色ないほどの権勢を誇ったが、三年前に先代社長、美馬一志のインサイダー取引が発覚。それに伴い、グループの結束は弱まり、系列会社は細かく分割されたのだった。
 現在は、美馬家の当主として一志の庶子である美馬藤臣が屋敷を守っている。
 美馬家に経営権の残った貿易部門を中心に、社名も東部日本貿易と変更し、力を取り戻しつつあった。

 そういった事情から、今、藤臣の置かれている状況は非常に厳しい。可能な限り、家のことで彼を煩わせたくはない。
 愛実はそう思っていたのだが……。
 
 八年前、愛実が藤臣から逃げ出してまで産もうとした子供……長男、大地は先月七歳になった。
 彼は物分りのよいおとなしい子供だ。自分が母親のお腹の中にいたころ、愛実がどれほど苦労したか知っているかのようである。夜泣きもせず我がままも言わず、すぐ下に弟が生まれたこともあって、甘えることもできなかった。愛実はそんな大地の心の発育に不安を覚えたこともあったが……。病院では『問題はない、彼の個性』といわれホッとしたのを覚えている。
 問題は次男の北斗であった。母親である愛実の目には、様々な事情から孤立することの多かった家族を必死で守ろうとしているのがよくわかる。でも、他人は違った。
『お兄ちゃんはあんなにいい子なのに……北斗くんはどうしちゃったのかしらねぇ』
 そう言って周囲にため息を吐かれるほど、北斗は言葉より先に手が出てしまうのだ。  
 ニ~三度、父親の藤臣が息子を叱って手をあげたことはある。無論、暴力というほどのものではない。その場は落ち着くのだが、結果的に北斗の乱暴は直らなかった。カッとなればおもちゃを床に投げつけたり、物を蹴飛ばしたり……。ガラスを蹴り、足に三針縫う怪我したこともあるくらいだ。
 藤臣は北斗の乱暴を自分の責任だと思い込んでいる。落ち込む藤臣を見たくなくて、愛実はしだいに北斗が問題を起こしても夫に話さなくなった。


「環境が変わって、北斗もだいぶ治まってきていたのに……。大地が小学生になった途端、いろいろ問題を起こすようになって……。私が、未熟な母親で至らないから」
「それは違いますよ、奥様。ほら、ちょうど二月に忍ちゃんがお生まれになったじゃないですか? きっと、北斗くんはお母さまを取られた気持ちなんですよ。子供にはよくあることです」
「でも……大地のときは、そんなことは全然……」
「それが個性というものですわ」
 香織は優しく微笑みかけてくれた。
 そんな香織に愛実は思い切って口を開く。
「あの、香織さん……実は相談があるのですけれど……」


~*~*~*~*~


 同じ町内だが道路を二本ほど挟んでいるので班分けが違う。それに、“美馬”の名前を聞くと卓巳が良い顔をしないため、万里子も親しい付き合いはしてこなかった。
 古さで言えば、美馬家は代々この地に住んでいるようだ。
 藤原家は卓巳の祖父がこちらに移ってきたと聞いた。そのせいか、どの家にも劣らないようにふんだんに資金を投入し、豪奢な西洋風のお屋敷を造らせたという。ステンドグラスや暖炉など、実際にヨーロッパから輸入したというのだから驚きだ。
 美馬家の周囲には建設途中を含め、新しい家が建ち並んでいた。まだ更地の場所もある。
 庭は手のかかる樹木は伐採し、芝が敷き詰められている。どうやら、職人の手が入っているようではなかった。
 車も以前は玄関前まで乗り入れていたようだが……。今は、門の脇に数台分の駐車場が設置してあるくらいか。
  
 万里子の来訪に出てきたのはこの家の女主人、愛実だった。
「すみません、藤原様にわざわざお越しいただいて……」
 そういって、彼女自身がお茶を淹れ、万里子の前に出してくれた。
「いいえ……こちらこそ。事故が起こったのは昨日でしたのに、お詫びにうかがうのが遅くなってしまって。本当に申し訳ございません。北斗くんのお怪我はいかがですか?」
 万里子が頭を下げると愛実は静かに首をふった。
「そんな、暴れはじめたのは北斗が先と聞いています。止めようとしたお子さんとぶつかったとか……。藤原様のお子様だったなんて。大樹くんにお怪我がなくて何よりでした」
 愛実の言葉に万里子は気がついた。
 どうやら、幼稚園側は藤原の名前すら出さなかったようだ。

 現在、藤原グループの力は日本経済界で敵なしだった。
 この地域に住む多くの人間が財界に属する。そのせいか、彼らは皆、滑稽なほど藤原の名前に気を遣った。幼稚園にしてもそうだ。多額の寄付をする藤原家に気を遣い、逆に、藤原と敵対関係にあった美馬グループの生き残りである彼らに冷たくあたる。
 万里子が望んでいるわけでもないのに……幼稚園や小学校のPTAでは、藤原を頂点としてグループが出来上がり、愛実をのけ者にしている印象があった。
 万里子は卓巳に気遣い、なるべく愛実と関わらないようにする一方で、周囲には「園や学校と会社の対立は別」と言ってきたのだが……。
 
(きっと、大人の事情が子供たちの関係に波風を立たせているのだわ。これ以上……卓巳さんの気持ちを優先していられない)

 万里子はそんな覚悟を決めて、美馬家を訪れたのだ。
「“様”なんて呼ばないでください。同じ園児の父兄じゃありませんか。……子供たちに仲良くなってもらうためにも、わたしたちがもっと仲良くなったほうがいいと思うんです」
「……でも、主人は」
 躊躇う愛実の動作で、すぐに気がついた。愛実の夫も卓巳と同じような不満を口にしているのだろう、と。
「会社は会社、わたしたちとは何の関係もありません。どうぞ、万里子と呼んでください。えっと……愛実まなみさん?」
「いえ、愛実いつみと読みます」
「長男同士も同じ学校にいるのに、こうしてお話するのは本当に初めてね。これからもっと、仲良くしてくださいね、愛実さん」
「……はい……」
 愛実は少し不安そうに、それでいて母親らしい強さを見せて微笑んだ。


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