☆本編最終章(7)~(8)くらいの間、卓巳と万里子のお話です。
「ねぇ、卓巳さん。明日、デート……しませんか?」
深夜、仕事から戻るなり、妻の万里子からそんなふうに誘われた。
「ああ……そうしたいのはヤマヤマなんだが。明日の日曜も朝から仕事で」
「明日の仕事は全部来週に回していただきました。宗さんにお願いして」
その言葉に卓巳は驚く。
どうりで、宗に明日の予定を確認したとき、
『明日の準備は整っております。ご安心ください』
などという言葉でかわされたはずだ。
ロンドンのハネムーンから戻って十日ほどが過ぎただろうか。
帰国しだい社長は解任。そういわれていたので、次の仕事と引っ越し先を探さなければならない。そう考えていたのが……。
会長で祖母の皐月が心筋梗塞で倒れた。卓巳には社長業だけでなく、会長の仕事までまわってきている。もともと心臓の悪い皐月は、ここ一年ほど取締役会にも出てきてはいない。完全な名誉職だ。しかし、すべての権利は皐月が持っている。これまで、決裁は皐月の名前で行ってきたが……。
今回、皐月は白紙の委任状で、その権利を卓巳に譲っていた。卓巳が不在、あるいは拒絶した場合、それは太一郎に移る。しかし、先に太一郎が拒絶してしまったので、今、藤原の全権は卓巳が握っていた。
朝夜と必ず皐月の病室に顔を出し、睡眠時間は毎日二時間あればいいほうだ。
そんな夫の体を心配して、万里子が秘書の宗に持ちかけた話であろう。
万里子は、
「おばあ様のために、というお気持ちは充分に。でも、卓巳さんが過労で倒れては、それこそ、おばあ様に心配をかけます。どうか、明日はゆっくりと休んで、その後、私とデートしてください」
たどたどしい仕草で卓巳の肘あたりに触れ、泣きそうな瞳で彼を見上げた。
スーツの上着はすでに脱いで万里子に預けてある。
卓巳はネクタイを外すところだったが、その手を止め、万里子の体を抱きかかえるようにした。
「きゃっ! た、たくみさん?」
「デートは明日だけかい? それとも……今夜も入ってる?」
一気に仕事を忘れ、卓巳の中にハネムーンのときの気持ちが甦った。
「ダメですよ、卓巳さん。今夜はちゃんとお休みになって。ね、デートは明日」
「OK。シャワーを浴びたら、いい子でベッドに入るよ。その代わり……万里子からキスしてくれたら」
「……どんどん、エスカレートしたりしません?」
「……」
見抜かれてる――卓巳はそう思うと苦笑いだ。
そのとき、卓巳の唇にふわっと柔らかいものが触れた。甘やかな香りに包まれ、自然と目を閉じ、卓巳は雲の……いや、綿菓子の中に体を委ねるような錯覚に陥る。
「大好きよ、卓巳さん。いい子で寝てくださいね」
万里子の唇が離れ、嬉しい言葉をかけられるが……。
卓巳は我慢できず、その唇を追いかけるようにキスを返してしまう。
「た、たくみさん……てば、もう」
「万里子、一緒にベッドに入ってくれるだろう?」
「ええ、もちろん。だって、私たちのベッドはひとつですもの」
「そのあとは?」
「卓巳さん、もう三時まわってるんですよ。ちゃんと寝てくださいっ!」
おねだりもやり過ぎると怒らせてしまいそうだ。
卓巳は降参して、万里子の添い寝で我慢したのだった。
~*~*~*~*~
(デートなんて、どこに行くつもりだろう?)
午前中いっぱい、久しぶりにグッスリ眠った卓巳が、ランチの後そんなことを考えていた。
そして万里子に手を引かれ向かった先は……。
裏庭にある“離れ”。
「万里子? デートってこんな近くでいいのかい?」
「ええ、結婚式の日、卓巳さんにキスしてもらったところだし……。去年もよくここでデートしたでしょう?」
言われて見れば確かに。
もともとが忙しい卓巳である。デートだからといってそう簡単に遠出はできない。婚約前の一時期、交際の実績を作るためにせっせとデートに励んだが……。その時間をひねり出すのはかなり大変だった。
結婚後、少しでも万里子との時間を持とうと、ビジネスランチ以外はほとんどこの家に戻り、一緒にランチをとった。
だがそれも、あとから聞いた話では少し様相が変わってくる。
いつ戻るかわからない卓巳のために、万里子のほうが合わせてくれていたという。毎日、途中で大学から戻り、卓巳を待っていたのだ。ランチを食べるという、ただそれだけのために。
「万里子、今年に入って大学には行ってないんだろう?」
「はい。取るべき単位はすべて取っていますから。卒論も提出済みですし……。もちろん、授業に出てもいいのだけれど、自宅にいたほうがどこからの連絡も受けやすいと思って」
万里子は控えめにいうが、皐月の容態が急変したときの連絡に違いない。
卓巳も大変だが、この家に慣れていない万里子はもっと大変だろう。皐月に代わって、女主人としての手配や付き合いをすべてこなしているのだ。結婚の祝い返し、新年の挨拶、皐月への見舞いに対する返礼……。
それらに加えて、年末に卓巳が起こした辞任騒動も人々の口の端に乗り、嫌な思いをさせているかもしれない。
そう考えると、卓巳は堪らなくなった。
「すまない、万里子。自分のことで手一杯で、君のことまで気が回らなくて。本当なら、僕がこうやって君に時間を作ってあげるべきなのに……」
反省すべき点は多々ある。
愛情を示しても示してもどこか的外れで、自分には恋愛適正がないのではないか、と思うときもあるくらいだ。
二階建ての“離れ”はそれほど洒落た建物ではない。外壁はコンクリートの打ちっぱなし、建物の半分は吹き抜けで、一階は土足で出入りする。結婚式のときは仕切りをして小部屋を作ったが、普段はマンションやビルのエントランスホールのような印象を受ける。ソファセットがいくつかあり、ちょっとした打ち合わせや休憩、窓とドアを開放すれば、小規模なガーデンパーティにも使えそうだ。
螺旋階段を昇った二階には来客用の部屋が二つ。コレがくせもので従業員がホテル代わりに使っていたのがバレ、厳重に施錠されるようになったらしい。
「卓巳さん……二階に上がってみませんか?」
反省中の卓巳をよそに、万里子はふたりきりがよほど楽しいのか、ウキウキした声で話しかけてくる。
「いや、でも鍵が……」
スッと差し出した手に、センスのない札に“離れA”と書かれた鍵があった。
「離れの二階は見たことがない。って言ったら、浮島さんが貸してくださったの」
若奥様の命令とあらば、執事の浮島はすんなり渡すだろう。
(こ、これは……二階でちょっとした真昼の情事……とは言わないか、夫婦だし。でも、そういうのを楽しもうというお誘いなのか?)
そんなイロイロを考え、卓巳の鼓動は高まるが、
(イヤイヤ、待て。万里子のことだ。本当に二階が見てみたいだけかも知れない。結婚式のときは二階を封鎖したままだったし……)
「卓巳さん、早く来て!」
カタンカタンと小さな足音を立てながら、万里子は螺旋階段を昇っていく。
白いブラウスとVネックのセーター、マキシ丈のスカートがふわりと広がり、細い足首が見えた。てきめん、一旦落ち着かせようとした心臓が早鐘を打ちはじめ……。
「万里子! ちょっと待ってくれ、僕も一緒に」
これまでの“離れ”のデートは手を繋いで口づけるだけで精一杯だった。でも今なら……。
新展開に期待を馳せ、万里子を追いかける卓巳であった。
御堂です。
先日は、サイト開設二周年のアンケートにご協力いただきまして、ありがとうございました。
まずは第一弾!
作品&ヒーローで第一位に輝きました本作のリクエストから♪
「卓巳と万里子のいちゃいちゃとか…ラブラブとか…」(笑)
ということで、まだ子供のいない時期のラブラブデートです。
後編は明日更新予定です。
よろしければぜひご覧くださいませ(^^)/
拍手&メッセージお待ちしております。
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