番外編
next generation「聖夜の奇跡(後編)」
工場正面のシャッターを開け、四台のバイクが入って来た。改造を施しているのは間違いなく、爆撃でも受けたような音が工場内に反響している。
「亨! ここに来ちゃいかん、と言っただろう!」
誘拐犯の老人――三浦は、男の名を呼びながらバイクに近づいた。
「いるのね。今でもこんな暴走族……だったかしら?」
美月が呆れたように言う。
「……そうだね。しかも、あのおじいさんと知り合いみたいだ」
結人は嫌な予感を覚えたのだった。
~*~*~*~*~
「ねえ、もう放って帰りましょう。携帯も取り上げられてないんだし、早く連絡を取ったほうが無難よ」
美月の言うことは正しい。
仮にも誘拐されたのだ。クリスマスイブの夜、しかも家で予定外のことが起こったこの日に、である。結人と美月が帰らないとなれば、どれほど心配しているか知れない。
しかも、美月はか弱い少女なのだ……とてもそうは見えないけど。きっと、別の心配もしているだろう。
「そう……だね。じゃ、外で連絡をしよう。父さん、怒ってるだろうな」
「おじ様より、おば様に知られた時のほうが大変よね、きっと」
その言葉に結人はゾッとした。
もし、今、母がこのことを知れば……。
「と、とにかく、早く連絡だけでもしようか」
「無駄に焦らないでね。また繰り返すのはごめんよ」
すでに三浦に対する警戒心は解いていた。あの老人は最初から結人らを傷つけるつもりはなく、藤原のオーナーを脅かすことが目的だった。それが判った以上、父が動く前にこの茶番を終わりにして、誤解を解く必要がある。
「きゃっ!」
その時、結人のすぐ後ろを歩いていたはずの美月が悲鳴を上げた。
ハッとして振り返ると、バイクに乗っていた一人が美月に抱きついている!
「亨、やめんかっ!」
どうやら美月の動きを封じている男が亨というらしい。おそらく十代か二十代前半、血縁者なら老人の孫だろう。
「お前ら、あの藤原グループの子供だって?」
亨と呼ばれた男が偉そうに質問するが……。
「あなたって馬鹿? 藤原グループは総称よ。社名ですらないわ。第一、私たちが子会社に見えるの?」
「み、美月ちゃん、もうちょっと友好的に話したほうが」
羽交い絞めにされながらも、口の減らない美月に結人のほうが心配になる。
「どっちでもいいんだよ! すげぇ金持ちで、ジジイの工場潰した悪党なんだってな。ジジイが誘拐したってんなら、オレが後を引き継いでやるよ」
「亨……」
叫び声が途切れ、ガッと言う音が聞こえた。三浦老人は工場の床にうずくまる。残った三人にうちの一人が、老人の肩口を殴って動きを封じたのだ。
「三浦さんっ!」
結人は老人の名を呼び駆け寄ろうとしたが、
「動くな! ほら坊や、いい子にしてこの女と一緒に上に戻るんだ」
男同士には殴り合いも必要だと思う。でも、女性と子供とお年寄りには絶対に手を上げるべきじゃない。
しかも、亨という男は美月の胸元を覗きこみ、「お前、中坊なのか? 発育いいじゃん」などと言ったのだ。女性に対するその手の発言が、結人は何より嫌いだった。
結人は廃工場の床に鞄を下ろした。制服の上着を脱ぎ、ネクタイを解く。
「お前……何やってんだ?」
「彼女を放して下さい。さもないと、痛い目をみますよ」
そう言いながら結人はスタスタと美月に近づく。
男は呆気に取られつつも、嘲るような笑いを顔の端に浮かべる。直後、ローファーの踵が男の向う脛にヒットした。美月は自力で男の拘束から抜け出す。
「借りは作りたくないの。でも、後は任せるわ。時間を稼いでね」
男は悪態を吐きながら、美月の長い髪を掴もうと手を伸ばすが――。
その手首を結人は捕らえた。肘を極めると同時に、男の体が宙に舞う。護身用に習ってきた合気道だ。幸か不幸か実戦経験は多い。
「結人、来るわよ!」
美月の声に顔を上げると、三浦老人を囲んでいた三人がこちらに向かって来た。全員がナイフを手にしている。
なるべく美月から離れなければ。あまり好きではないが、骨をへし折る必要が出て来るかも。もし拳銃を向けられたら、出来る限り時間を稼いで……結人がそんなことを計算していた時だった。
建物全体が小刻みに震え始める。それは次第に大きくなり、地響きと轟音が聞こえ始めた。
刹那――工場の全ての窓から、落雷の如き閃光が射し込んだのである!
~*~*~*~*~
結人はこれまでに四度、誘拐事件に巻き込まれた経験があった。今回で五度目となる。
当初、父は息子たち、特に標的になり易い結人には大人数のボディガードを付けた。だが、目立ち過ぎる点が問題となり、人海戦術は取り止めとなった経緯がある。
代わって取り入れたのがGPSと護身術。特にGPSは最新式の物を使い、ピンポイントで位置を割り出す。しかも、結人自身も何処に幾つ所持しているのか不明なほどであった。
護身術も戦い方だけではない。駆け引きを含めた交渉術も学んでいる。金が目的でない、今回のようなケースではそれが有効に働いたといえよう。四人の男たちさえ現れなければ……。
男たちは馬鹿な考えを起こしたばかりに、警察用の装甲車両に囲まれ、あっという間に逮捕されていった。三浦老人も同様に逮捕されてしまったのが心残りではあるが……。
「美月! 美月ーーっ!」
入れ替わるように飛び込んで来たのが美月の父、藤原太一郎だ。結人にとっては従叔父。なぜか、結人の母の実家・千早物産の重役をしている。家族思いで娘に死ぬほど甘い父親、というのが彼の印象だ。
「パパ!」
美月の顔にパッと灯りが点った。そのまま、父親に飛びつき……。
「大丈夫か? 怪我はないか? 酷いことはされなかったか?」
「ええ、大丈夫よ。結人くんが守ってくれたから」
結人に対する口調とは百八十度方向転換した、見事な化けっぷりだ。
太一郎は娘を下ろすと、今度は思いっきり結人の手を握り、
「ありがとう! さすが結人だ。おじさんは信じてたぞ! ホントにありがとなっ」
まさに、泣かんばかりに感激している。
「は、はあ……」
「あ、表でヘリを止めて卓巳が待ってるぞ。早く行け」
「え? ヘ、ヘリ?」
「万里子さんがお前がいないことに気付いて、自分はいいから結人を助けてくれって。とにかく、お前を連れて病院に戻らないと」
卓巳は父、万里子は母の名だ。
「はいっ! あの、あとお願いしますっ!」
結人は外に向かって走り出した。
~*~*~*~*~
「美月ちゃんに怪我はないんだな?」
「ないよ。もちろん」
「だったらいい。――早く乗れ」
母には甘い父だが、息子には厳しい。というか、長男に一番厳しいと思うのは、結人の僻みだろうか。それでも、父親参観や運動会などには全部出席してくれた。長期休暇ごとの家族旅行も必ず計画してくれる。厳しくても、嫌われていると思ったことは一度もない。
母は決して人の悪口を言わない人だ。結人はそんな母が大好きだった。
その母を、大切に大切にする父を見て彼は育った。〝女性を大切にすること〟それは結人の中で、不変のルールとなっている。
「あの……母さんは、まだ?」
「ああ、まだ、だ」
「僕のせい?」
「心配するな、多分もうすぐ……」
その時、ヘリの無線に一報が入る。
『おめでとうございます、社長。二十五日の零時一分にご誕生しました。予定より三週間早かったですが、母子ともに問題なしだそうです』
長年父の個人秘書を務める宗の声だった。
「それは良かった。二人が無事なら言うことはない。だが、報告はそれだけか?」
『ああ、そうでした。残念ながら……男子バレーボールチームの結成は無理なようです』
「え? 女の子? 妹なわけ?」
父より先に結人が叫んでいた。これまで「弟か妹が出来る」と四回言われたのだ。でも今回は、「弟が増える」と、父に聞こえないように兄弟は言い合った。
『はい。結人様もご無事で何よりです。十五歳離れた妹様のご誕生ですよ』
宗に言われ、結人はくすぐったい感動を覚える。まるで、娘が産まれたと言われたような……。いや、作るような真似もしたことはないが。
そして隣の父を見上げた瞬間、結人は声を失う。
「……良かった……。万里子に娘を持たせてやれて……本当に……良かった」
父の肩は小刻みに震えていた。ずっと、父自身が女の子を欲しがっている、と思っていた。でも、本当は……。
「父さん!」
「結人!」
感極まった二人は、ひしと抱き合い、飛び跳ねて喜びを表現しようとして……。
「ヘリで暴れないで下さい!」
……パイロットに叱られたのだった。これは、母や弟たちには永遠に内緒である。
後日、三浦老人は不起訴で釈放され、工場は再建に向けて動き始めたという――。
妹の寝顔を見ながら、安堵の息を吐く結人であった。
~fin~
御堂です。
ご覧いただきありがとうございました。
苦節(?)十五年、六人目にしてお姫様を授かることが出来ました。
さぞや甘いパパでお兄ちゃんたちになることでしょう(笑)
またいつか、番外編を書いた時はよろしくお願い致します(^^)/
拍手&メッセージお待ちしております。
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