番外編
next generation「聖夜の奇跡(前編)」
藤原結人、十五歳――父は国内最大コンツェルン、藤原グループの総帥である。
彼は五人兄弟の長男として、周囲から過大な期待を背負って育った。その理由は、父親そっくりの容姿だろう。だが中身は、母親からそっくりそのまま受け継ぎ、慈愛に満ち溢れていた。しかも成長するごとに磨きが掛かり、末は神父か牧師……いっそ僧籍に入っても、などと言われ始めている。
藤原美月、同じく十五歳。
結人の又従妹にあたる少女だ。互いの父親が従兄弟同士である。生年月日はわずか一日違い。幼い頃の一時期、家庭の事情で一緒に暮らしたこともあったが……残念ながら、彼の記憶にはない。
一七〇センチ弱の結人とそう変わらない身長。並んで歩くと必ず「お姉さん?」と聞かれる大人びた容姿で、しかも美人……いや、美少女だ。更に、中学では入学から常にトップの成績を修め、教師からも一目を置かれた存在だった。
なのに……塾はおろか家庭教師も断わり、本人はピアノやバレエに精を出している。決して得意そうでも、好きでやってるようにも思えないのだが、絶対に止めようとしない。
加えて、天然パーマでふわふわの髪を、ストレートパーマできっちり伸ばしていた。軽く校則破りになるが、入学以来ずっとなので周囲はストレートだと思い込んでいる。
結人にとって美月は、捉えどころのない、よく判らない少女だった。
その美月と二人きり、月光が射し込むだけの薄暗い一室にいる。しかも今日はクリスマスイブ。後二時間ほどで日付が変わる――聖夜だ。
ぴったりと体を寄せ合い、身動ぎもせずにいると……結人の中に不思議な感情が込み上げてくる。
「イブに二人きりなんて……初めてだよね」
「……そうね」
「美月ちゃんは寒くない?」
「こんな時に何だけど、〝ちゃん〟付けは止めてくれない?」
「でも、昔からそう呼んでるし……父さんも母さんも」
「親はいいのよ。でも、この歳で同級生の男の子に〝ちゃん〟なんて……寒気がするわ」
「風邪かな? やっぱりここは寒いよね? 毛布とか貰えないかな? 聞いてみようか?」
結人がそう言った時、背中合わせに縛られている美月が肩越しに振り返り……
「どこの世界に、人質に毛布を寄越す誘拐犯がいるの!? ちょっとは危機感ってものを持ちなさいよっ!」
押し殺した、それでいて怒気を含んだ声に「ご、ごめん」と謝る結人であった。
~*~*~*~*~
コトの起こりは今日の午後。
いつもなら一学年下の結人の弟・大樹も登下校は一緒だ。しかしこの日は三年生だけ残ることになり、大樹は先に帰ってしまった。
二人は大樹を送って帰った車が戻って来るのを待っていたが……。
そこに、藤原家から緊急連絡が入る。
それにより、自力で帰る必要の出来た結人は電車を選ぶ。だが、それがそもそもの間違いだった。焦った結人は美月が止めるのも聞かず、駆け込み乗車してしまい……。二人は家から遠のいてしまったのである。
次の駅で電車を下り、タクシーを選択した二人の前に一台の個人タクシーが停まった。それに乗った結果……二人は更に、家から離れることになる。
そこは、都心から少し離れた場所だった。閉鎖した工場で、屋根は所々穴が開いている。機械もすでになく、全体的にガランとして肌寒い。二人は工場の二階にある事務所らしきスペースに閉じ込められた。
だが、逃げるチャンスは何度もあった。何と言っても犯人は、六~七十代の老人独りだ。
「黙ってついて来ないなら、ナイフを持って幼稚園に押し入り園児たちを殺すぞ!」
と訳の判らない脅し文句を言う。
美月は、「勝手にやらせれば」と言うが、結人にはとてもそんなことは言えない。
それに、
「工場が潰れて、何もかも失った。全て藤原のせいだ。傘下に入るなら悪いようにはしない、と言いながら……。うちの製造技術を盗みたかっただけなんだ! 技術社員と会社の特許を奪って、工場の連中を切り捨てた。お前たちの父親は鬼だ!」
と、誘拐犯の老人は泣くように叫んだのである。
「だから何? 藤原がどれほどあくどい商売をしているの知らないけど……。パパとは何の関係もないわ。どうして私が誘拐されなきゃいけないの?」
「それは、ゴメン。でも、美月ちゃんだって子供が殺されたりしたら嫌だろう?」
「あの老人に幼稚園児が殺せるとは思えないわ。それに、〝ちゃん〟は止めて」
「まあまあ……。もし、藤原が悪事に関わっているなら、他人事じゃないよ。クリスマスなんだし、のんびり行こうよ」
「ちょっとでも早く家に帰りたいって言ったのは誰っ!? こんなトコでのんびりしてて良い訳ないでしょ!」
「す、すみません」
再び謝る結人であった。
~*~*~*~*~
「お前たちの父親はどうなってるんだ!? それどころじゃない、と電話を切りおったぞ!」
誘拐犯の老人が激怒した様子で事務所に入ってくる。
(まあ、そうだろうな)
結人はそんな感想を抱いたが、口にはしなかった。
「あの……三浦さん、僕はいいけど、彼女のロープを解いてあげてくれませんか? それと……毛布を一枚彼女に」
老人は結人の言葉に怪訝そうな顔をする。
「彼女? あんたたちは姉弟じゃないのか?」
「違います。話せば長いことながら……」
「赤の他人よ」
美月は横からスパッと言う。
「それは言い過ぎだろ? 六親等までの血族は親戚になるんだし」
結人が法律を持ち出すと、
「ギリギリ親戚になる程度の遠い関係よ。――誘拐犯のおじいさん、うちのパパは藤原の百分の一程度の会社に雇われてるだけのサラリーマンだし、あの無駄に大きいお邸を相続する権利も持ってないの。私を誘拐しても無意味だと思うわ」
「……」「……」
美月の理路整然とした台詞に、老人だけでなく結人まで声を失う。
「あ、でも、母方の資産は? 全部受け継いだら結構な額になるんじゃ……」
結人に悪気はない。ただ、思いついたままを口にしただけだ。
しかし、美月は呆れた様子で、「それは私のほうが金になるって言いたいわけ?」と睨みつけた。
その直後、老人は急に二人の縄を解き始めたのだ。
結人は驚いて尋ねる。
「あの、僕らのこと、どうするんですか?」
老人は薄く笑うと首を左右に振った。
「子供を誘拐して、胆をつぶすような思いをさせてやろうと思ったんだが……。冷酷な経営者ともなると、我が子が誘拐されても何でもないようだ。悪かったな……どんな親でも子供には罪はない。巻き込んで済まんかった」
老人はクルリと背中を向け、鉄製の階段を一段ずつ降りて行く。結人は鞄を掴み、急いで老人の後を追うのだった。
「あの、これからどうするんですか?」
「警察に行くよ。自首せんとならんだろう」
「父は冷酷な経営者かも知れませんが、卑怯者じゃありません。正々堂々と戦って叩きのめすのと、人を陥れて足蹴にすることは違います。僕が父に話しますから、だから三浦さんも早まったことは……」
結人の言葉に老人は、不思議そうな表情で顔を上げた。
「そう言えば……わしは名前を名乗ったかな?」
「あ、それは」
「三浦鉄工。事務所に社名入りの封筒やら請求書やらが落ちていたし、門柱に傾いた看板が下がっていたもの」
結人が答えるより早く、美月が説明した。
いつものことなのでそれ以上は言わず、結人は、
「さっきのタクシーで僕らを送って行ってくれますか? ちょっと待って貰えたら、父も必ず話を聞いてくれると思いますので」
「それは……構わんが。君らは本当に中学生かね?」
階段を下まで降り切った時、老人はそんな質問をする。
それに結人が答えようとした時、工場内に爆音が轟いたのだった。
御堂です。
ご覧いただき、ありがとうございます。
皆様からご希望の多いお話を書こうとしたら…すみません、十五年も未来になってしまいました(爆笑)
パパとママから良い所を貰った長男は、とっても優しい少年です。
あ……結人くんと美月ちゃんのロマンスには発展しませんので、念のため(^^;)
後半はパパたちも出て参ります。
明日更新予定です。
ではでは皆様、メリークリスマス(^^)/
拍手&メッセージお待ちしております。
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