☆先日はアンケートにご協力いただきまして、ありがとうございました。
感謝を込めまして、番外編の第一弾――卓巳&万里子の温泉旅行編です!
(まったく! なんでこんな重要な所でミスをするんだ!)
卓巳は社長室のデスクをコンコン指で叩きながら、目の前に立つ男を眺めていた。
首を折れるほど下げ、スーツの背中を丸めて身を縮こませている。ちょうど半年目を迎える秘書・熊谷一平であった。年齢は三十歳、卓巳より一つ下で独身だ。
実直だが、秘書としては気弱そうな見た目がマイナスポイントか。言われたことだけを滞りなく行う、という宗と似た面もあった。ただ、宗の場合は遊び心が満載だが、熊谷の場合は気が回らないだけに思える。
「私は全て貸切にしろ、と言ったはずだが」
「は、はあ……。でも、露天風呂の貸切はしておらず、温水プールの貸切なら可能と言われましたので……」
「誰が風呂を貸切にしろと言った。全館だ!」
「しかし、すでに予約の客が」
「それを考えるのは旅館の役目だ。お前のすべきことは、その手配を含めた金額を旅館に提示させることなんだ!」
卓巳の叱責に熊谷はおどおどした様子で口を開いた。
「あの……どうやって?」
卓巳は怒鳴りつけようと思って止めた。時間の無駄だ。どのみち、明日の予定で今からの変更は不可能だろう。こんなことなら、まだ中澤朝美に任せたほうがよかったか……。彼女が仕事に目覚めるか、無難に結婚して職務に専念してくれれば言うことはないのだが。
会社の人間ではなく、やはり個人秘書を雇うべきかも知れない。この熊谷では、宗が戻るまで卓巳の神経が持ちそうにない。
そんなことを考えつつ、
「もういい。私は二日間休みだ。君もしっかり休んで、せめて一を聞いたら五か六くらいは判るようになってくれ。それ以下なら……君はかなり長い休みを取ることになる」
なるべくソフトな口調で嫌味を言う。
だが、婉曲過ぎて伝わらなかったらしい。
「いえっ、とんでもありませんっ! 二日間もお休みをいただければ充分です!」
熊谷はお許しが出たと思ったのか、ホッとした表情で卓巳に向かって笑ったのである。
……卓巳が挫けそうになったのは言うまでもない。
~*~*~*~*~
箱根の小田原――都内から二時間も掛からない。
そして、露天風呂から桜が見えるという旅館の話を聞いた卓巳は、ある計画を立てた。
ちょうど四月に、万里子は二十四歳の誕生日を迎える。
十一月の結婚記念日は出産直後ということもあり、何かと落ち着かなかった。正月も遠出は出来ず……。そんな中、三月に雪音が邸を離れてしまったのだ。めでたい話なので文句も言えないが、万里子も寂しくないと言えば嘘だろう。
そんな万里子の心を少しでも和ませたかった。
卓巳は急遽宿を取り、一泊旅行に誘ったのである。
『じゃあ、忍。結人くんのことお願いね。千代子さんとも仲良くしてね。何かあったらすぐに電話ちょうだいね』
旅館に到着し、部屋に案内されて一番に万里子がしたことは家に電話を入れたことだった。
携帯で散々連絡しているだろう――なんて野暮なことは、この頃の卓巳は言わない。万里子は、生後半年の息子が可愛くて仕方がないのだ。生涯母親にはなれないと諦めていた彼女にとって、至福の存在なのだろう。
この箱根には赤ん坊連れに最適な旅館もあった。だが、卓巳はこちらを選んだ。それは……七割方奪われている万里子の視線を、独占する為の可愛いヤキモチである。
「ベビーシッターでも良かったんじゃないか? 忍さんを呼んだら、お義父さんが困るだろう」
「大丈夫よ。一日だけですもの。千代子さんはお祖母様のお世話で大変だし……。若いメイドさんは新しい方ばかりで。臨時雇いのベビーシッターさんにお願いするのは嫌だから」
万里子の口から出たのはほんの小さな不満だ。それでも、卓巳は不安に駆られる。
「勝手に旅行を決めたこと……怒ってるのかい?」
「いいえ。どうして?」
「久しぶりに夫婦で、と思ったんだが……。やっぱり結人と一緒のほうが良かったのかな?」
万里子を前にすると、卓巳は〝借りてきた猫〟になってしまう。
その時、万里子がスッと立ち上がった。電話の前から彼の後方に回る。どうしたのだろう、と思った瞬間、万里子の腕がふわっと卓巳の首に巻かれた。万里子は負ぶさるように、卓巳に抱きついたのだ。柔らかい髪が卓巳の顔に掛かり……。
卓巳は一瞬で、ベビーパウダーとシャンプーの香りに包まれた。
「ま、万里子?」
「卓巳さんたら……。わたしだって、二人きりになりたい時だってあります。結人くんが可愛い一番の理由は、大好きな卓巳さんの子供だから……。わたしにとって世界で一番大事なのは、卓巳さんだもの」
耳のすぐ後ろに万里子の熱い吐息が掛かる。
外はまだ明るい。カーテンを閉めても、電灯が要らないほどの明るさだ。だが、二人きりの時間は限られている。やはりこのチャンスは何が何でもモノにすべきだろう。
卓巳は万里子の手に自分の手を重ね……。
「……万里子……」
本館の離れに作られた特別室だ。
十畳と四畳半の和室に三畳程度の茶室、バルコニーのような月見台、専用の中庭まである。もちろん、檜の内風呂つきであった。
春の風に白いレースのカーテンがそよいだ。
残念なことは、中庭には桜の木がないことだろうか。だが、月見台越しに見える新芽の柔らかい緑は、まるで一枚の絵のように美しい。
「万里子、愛してるよ」
振り向いた卓巳の肩越しに、二人の唇が微かに触れた。
特別室が、甘い空気で満たされようとしたその時――。
「失礼致します。女将でございます。藤原様にご挨拶に参りました」
玄関口から聞こえる声に、床を叩きたくなる卓巳であった。
~*~*~*~*~
「じゃあ、結局、温水プールを貸切にしたんですか?」
「ああ、エステのコースもあるらしいが……どうする?」
卓巳の問いかけに万里子は笑って首を振った。
全身のエステは肌を見せないとダメなので、万里子は苦手らしい。フェイスエステは付き合いで何度か行ったというが……。
(これ以上、美しくなる必要はない。いや……美しくなりようがない、か)
結人を産んでから万里子は更に美しくなった。母性を湛えて、内面から輝きが溢れ出している。だが、最大の理由は『夫に愛されている』という自信であろう。
「でも……温泉と聞いていたので水着は」
「大丈夫だ! それは私に任せてくれ!」
「卓巳さん?」
「君に喜んでもらえるような、ピッタリの水着を用意したんだ!」
新婚当時のことが頭に浮かんだのか、万里子の頬は少し引き攣っている。
「プールサイドで押し倒すのはダメですよ! それに……キスもなしです」
おそらく……監視カメラの存在を心配したのだろう。
卓巳はそれを察すると、胸を張って万里子に答えたのだった。
「心配はいらないよ、万里子。プール内の監視カメラは全て停止させたからね」
「たっ、卓巳さん、そんなこと止めて下さいっ! 何かしますって言ってるようなもんじゃないですかっ!?」
万里子の指摘に卓巳はハッとする。
「もうっ! 卓巳さんのバカッ!」
「ま、まってくれ、万里子。カメラは動かすように言ってくる。本当に泳ぐだけにするから……ね、万里子」
背中を向けた万里子を、必死で追いかける卓巳であった。
【後編に続く!】
御堂です。
ご覧いただきありがとうございます。
さあ、問題です(笑)
卓巳が用意した水着はなんでしょう?
(1)「プールサイド~」の夢をもう一度!モノトーンフリルビキニ!
(2)やっぱりこれも見てみたい!ピンクのフリル紐ビキニ!
(3)いやいや、もっとステップアップ!豹柄のセクシービキニ!
(4)永遠の乙女は男のアコガレ?スクール水着!?
(5)今度こそ愛のレッスン?カメラはオフで何もなし!
答えは明日(明後日かも)の後編で(^^)/
引き続き、よろしくお願い致します!
拍手&メッセージお待ちしております。
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