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貴女の為なら・・・
作:祈雪


「おじい(お爺)。おはなしきかせて」

急に後ろから聞こえてきた少女の声。その声にお爺と呼ばれた人物は振り返った。
二十歳前後だろうか。とてもお爺と呼ばれる年齢ではなさそうである。
短く切った金髪に一流の職人によって作られたような人形のように整った顔立ち。なによりもサファイアのように澄んだ碧い瞳が見る者の眼を引き付ける。

「今日はなんの話にしようかね?」

 青年はそう呟いて首を傾げた。

「んっとね、んっとね。ゆうしゃ様と、まおう様のおはなしがいい!」

「またそのお話かい?
んむ、前も同じ話をした気がするんだがね〜」

「それでもいいの。だってそのおはなし好きなんだもん!」

青年の言葉を聞いた少女は頬を膨らませて、ぷんっといった表情で答えた。

少女の澄み切った瞳は青年の大切な人に重なる。彼女も機嫌が悪くなるとすぐに頬を膨らませてた

昔のことを思い出し、彼は僅かに口元を緩め、そして謡うように話し始める。

もう幾度口にしたのだろうか・・・・・

それは勇者と呼ばれた孤独な英雄と
魔王となった哀しき少女の物語・・・・・



* * * *






「終わった・・・・の・・・?」

少女の小さな呟きが聞こえ、となりの青年はゆっくりと頷いた。

青年は血に塗れ、身体は傷だらけ。
みるからに痛々しい姿であったがそれでも笑顔で少女の手をギュッと握った。

彼女にとって青年はとても大切な人だった。
その大きく暖かい手も、心を包み込んでくれるような優しい笑顔も・・・・・

「もう終わり。けどこれからもずっと一緒だ」

そう言うと空いている方の手で少女の頭を優しく撫でる。
その動作に少女は一瞬顔を赤くしたが、すぐにその手を振り払うと頬を膨らませた

「もう、そうやってすぐ子供扱いする!!」

青年はそんな少女を見て小さく笑う
自分の凍り付いた心をその日だまりのような笑顔で溶かしてくれた愛しい人・・・・
・・・・これからは二人、ずっと一緒に・・・・・・・・・・






世界には魔王が存在し、青年は勇者と呼ばれていた。

別になりたくて勇者になった訳ではなかった。ある日突然勇者になっていただけ。

朝、腕の痛みに目を覚ませば、そこには見たこともない痣。この世では勇者に印されるとされた伝説であった。

その日から彼は人ではなくなった。
よく遊んだ友人も、小さな頃から一緒だった幼なじみも、そして親でさえ自分を名前で呼ばなくなった。

 『勇者』


それが自分を示す唯一の記号となった。



望んでもない力と使命に何度涙したことだろう。

人を助ける為に剣をふるえば、人が抱く感情は喜びよりも恐怖。

それも当然なのかもしれない。

人を喰らう化け物を一瞬で切り裂き、殺すそれ以上のバケモノ。彼等にとって自分はもう人ではないのだから。


・・・・・そんな旅のなかで彼女と出会った。

運命や奇跡なんて有り得ないと思っていた。でも、彼女との出会いはまさにそれだと信じている


自分が勇者だと知らせたとき、彼女は一欠けらの恐れも抱かずにいてくれた

「君は君だよ」
そう言って、微笑んでくれた

世界でたった一人だけ自分を名前で呼んでくれた小さな少女。


・・彼女と一緒なら・・・・


その数年後の現在。

少女と青年は魔王と呼ばれたものがいた部屋に立っている。


人が魔王と呼ぶ魔物を倒し、勇者の存在は意味のないものとなった。

これからは二人で平和な暮らしを・・・・
そう思うと彼の頬は自然と緩んでいた。


穏やかな瞳で少女を数秒見つめる。
「さあ、帰ろう」そう言おうとした・・・・その時だった。


今まで気にもしなかった奥の扉。そこから発っせられる魔力に気付いてしまったのは



少女を見ると、彼女も自分と同じ方向を睨んでいた

その扉の奥。自らを待ち受ける悲劇を・・・


何かにひかれるように青年は歩きだす。
その目線の先には先程の扉。

それは、この城には似つかわしくなく感じられた。
彫刻の類もなく、所々欠け、全体が錆び付いている小さな扉。
そこから染み出ている魔力が青年の気分を悪くする。


気がつけば、扉は目の前。少女も、傍らに存在し、震えながらも、懸命に手を握ってくれていた。

「大丈夫だよ」
そう微笑ってあげると、より強く手を握り返してくれた。



彼女と共に、震える手をそっと扉へと添える。
扉から滲み出るように、不快な力が身体を覆う。


「「見たくない」」
頭の中ではその想いが反芻された。


((見なくてはならない。))
心のどこかで響く言葉が、無理矢理にでも身体を、腕を、その扉へと向かわせた。






・・・・・そこには、暗闇が広がっていた。

いや

それは正確には暗闇とは言えないものであったかもしれない。

彼らの目線の先に灯る小さな紅い光り。それがこの部屋を暗闇と呼べない理由であった。

僅かに輝いてはいるものの他の一切を照らすことなくそこにあり続ける存在。唯一つ確かなのは、この悍ましい感覚がそこから届いているということ・・・・・



それを見た瞬間だった。隣にいた少女が急に震えだしたのは。
顔は青ざめ、両の手で身体を抱くようにして、座りこみ、歯をがちがちと鳴らしている。
その姿は、余りにも弱々しく、今にも消えてなくなってしまいそうで、青年も、また動揺させられた。

「・・・・わ・・・たし・・・・・の・・・・・・・・」

呟いた言葉は、いつもの彼女からは想像出来ないほど小さく、苦しげなものであった。

数秒の沈黙



震えの中、彼女は何か暖かいものが自分を包み込むのを感じた。

「大丈夫」


それは誰であろう、少女が思いを寄せる青年で・・・


・・・暖かい・・・・・

彼の言葉が、仕種が、眠りについた心を揺り動かしてくれる。ゆっくりとだが、確実に心に染み込んでくる彼への想い。
いつしか、少女にとっても掛け替えのない存在になっていた。

彼に話そう。

ずっと近くにいたかった・・・・・
氷の中で生きてきた自分が初めて手に入れた温もりをただ放したくなくて、ずっと隠してきた過去。
でも、彼なら信じられる。

すう決心した少女の瞳は欠けらの曇りもなく、じっと青年を見つめていた。






「少しだけ聞いてくれる?」

少女から向けられた、視線と言葉。それに、青年は戸惑った。深い深い、悲しみと恐怖を湛えたそのひとみは青年が少女と過ごしてきた中で初めて見るものだったから

それでも小さく頷いたのは彼が感じたからだ。いつもと違う少女の雰囲気に何かとても大切なことを伝えようとしているのだと・・・・・・・・・



「あれは、私の心臓なの・・・・・・」

そう言って指差した先には先程の紅い光があった。

困惑した青年を余所に彼女はゆっくりと話し出した



*****



少女の生まれはごく小さな村であった。

村の子供達と野山を駆け回ったり、親の仕事を手伝って過ごしていた。

けっして裕福ではないが、毎日が幸せで。
その小さな村が少女の世界、その全てだった。


たが、その時間は永遠には続かなかった。
村が大量の魔物に襲われたのだ。
彼らは言う


どこにいるのだ

宿命を持つ者は

我等を産みし母なる者は

魔王となりし存在は



次々と殺されていく
友達も、両親も殺された。目の前が紅、一色に染まり、遺されたのはただ一人になったとき、彼らは少女の前に降り立った。

そして言葉を紡ぎだす。



我等の母なる存在よ・・・


魔王の宿命を持つ者よ・・・


心を捧げよ・・・・


貴女だけでは産めぬ・・・


心持たぬ者しか生めぬ・・・


母なる者よ・・・


魔王という名の存在よ・・・




神が遣わし我等の糧よ・・・


我等は傷つけぬ・・・


貴女の永久を阻まぬ・・・


貴女の永久は我等の永久・・・


心を捧げよ・・・


我らに貴女の心を・・・・・・・




そこで、少女の記憶は途切れた・・・・・・・


*******



「そして、目が覚めた私の前にはもうなにもなかったの。
壊された家もみんなの、皆の亡きがらも・・・・・・・」

 ただ・・・・

巡らない血が、存在しない心臓がそれは夢ではなかったと告げていた

そして、わかったことが一つ。

「さっき倒したのは、ただの力の強い魔物。
・・・・私・・が・・・・私が魔王・・・・なの・・・」


彼女は笑顔でそう告げた
今にも泣きだしそうなそんな笑顔で

気づけば少女は青年に、抱きしめられていた。少しだけ震えながら、それでもつよくつよく

「君は、君だ。
他の誰でもない。俺の唯一の掛け替えのない人だ」

それは、過去に少女が青年に掛けた言葉で


頬に熱いものが伝うのを感じた

彼は、こんな自分を認めてくれた。魔王だと告げても必要としてくれた。
ただそれが嬉しくて、瞳から流れる雫を止める方法が思い付かなかず、ひたすらに泣き続ける。

今だ自分を包みんでいる彼の腕は父親のように力強く、母親のようにやさしくて・・・・そして誰よりも暖かかった。


* * * *


「それでね、ここからが大切なの」

いつしか泣きやんでいた少女は、そう言っては青年から身を離した。

彼女に先程までの揺らぎはなく、なにかを決意したときの真剣な表情であった。

「私が生きている限り、魔物は生まれ続けるの、だから」

自らを奮い立たせるように小さく息を吸い込み、続ける。



「私を、殺して。」

彼女ははっきりとそう告げた。
そこには、自嘲も悲観もないただ真っすぐな瞳があって・・・・・・・

だけど

目の前に立つ青年は首を振り、拒否を示していた

「なんで・・・・・・!!」

もう、決めたのだ。
世界を救うのだと。

なにより

自分を必要としてくれる人がいて、その人が幸せに暮らす為になるのならと・・・・・・・


それは、青年には認められなかった。
彼女の性格からして、そう言うのはわかっていた。
この少女は他人のことを一番に考える人間だ。

それが、自分なのか世界なのかはわからない、でも、少女は自分を犠牲にして護れるものがあるなら、そうするだろう。

それでも・・・それでも、自分にとって最も大切なのは彼女なのだ。自分の命より、他人の命より。

それが、例え世界に敵対することだとしても、この少女を護りたかった。


「俺には・・・出来ない・・・・・・」

「それでも・・・・
私が生き続けるなら、魔物はいなくならないのよ!!
君が殺さなくても、いつかはきっと殺される。
人がいる限りそれは変わらないよ・・・・・・」


・・・・・だから、せめて君に・・・・

いつでもその首筋に剣を振り下ろせるようにと、そっと身を横たえながら・・・




ふと、思い出した言葉があった。


それは、自分が勇者となった夜に見た夢。

そこにいる何者かが自分に贈ったた言葉


≪お前に力を与えよう、それは大いなる滅びの力だ。

何を残し、何を消すかはお前の自由。

邪神となるか、英雄となるかはお前が決めろ≫



滅びの力ではなくて、護る力が欲しかった。
幾千の魔物を殺しても、大切なもの一つ守れやしない。

死ぬことでしか、安らぎを得られぬのなら、せめてこの手で・・・・・・



剣を握る手は震えていた。一番恐れていることを自らがやろうとしているのだ。

・・・・・ただ
全てを受け入れ、安らかな微笑みを浮かべる彼女だけが全ての救いだったのかもしれない。



そっと、腕を持ち上げる。苦しむことのないよう、確実に。

「ありがとう・・・・」

彼女の頬に流れでた一筋の雫が、余りにも悲しげで美しくて・・・・






カン・・・・・・・・





かわいた音が部屋に広がる。

そこに血の紅が現れることはなかった




・・・俺には無理だ


剣の先は、少女の首筋から僅かに離れていた


「・・な・・んで・・・」

戸惑う彼女の手を強く握る。

そうだ、この温もりを失うくらいなら・・・・


「貴女を護る為なら、俺は邪神になろう。
君と幸せになる為なら世界だって滅ぼそう」


そう言って彼が笑った瞬間だった・・・・


     ・・・世界は光に包まれたのは。






光が消えた世界には、植物も魔物も変わらずに存在していた。

その中で人だけが忽然と消えさっていた

・・・ただ二人を除いては・・・・・・・・・・






この話に正義も、悪も存在しない


魔は種族を愛し


人は家族を愛し


二人の世界の生贄はただ互いを愛し続けた・・・・





そう、これは・・・・


哀しみ宿命を背負った青年と少女の・・・・・・

苦しくて・・利己的で・・・・・・


・・・・それでも美しい、愛の物語・・・・






* * * * *






「そして、彼らは一から人をつくり始めた。神が創った遺伝子に間違いなど起こる筈もなく。
そして、魔王の血をひく人は魔物に襲われたることもなくなり、段々と数を増やしていった。



逆に、少女が心臓を取り戻した為か、代を重ねる毎に魔物は小さく弱くなり、今は獣と呼ばれる存在となった。


最後に青年と少女は私たち人間に『始まりの人』と呼ばれるようになりました。とさ」


謡うように話し続けていた青年はそう締め括り、にこりと少女に微笑む。
この後はいつもと同じ少女の質問だ。

「ねぇおじい、ゆうしゃ様とまおう様はしあわせになれたの?ずっといっしょなの?」

いつもと同じ問いに頷いて答えてあげると、少女は顔を輝かせた

話の内容など半分程しか理解してないのだろう
少女が知りたいのは勇者と魔王が互いを愛し、幸せであったこと


「アタシも、アタシもね、あったかくて、だいすきな人とずっといっしょにいるのが夢なの」

そう言って顔を赤らめながら腰を僅かにくねらせる少女。
それを笑いながら見ていた青年が声を掛ける


「そうかい、それじゃあ彼が君の大好きな人かな」

彼が指す方向に目を向けた少女の顔がさらに赤くなる。
視線の先では少女と同じくらいの歳の少年が手を振っていた。

「ち、ちちちちがうもん!!!!アタシがすきなのはもっとカッコイイ人だもん!!!!!!」

「ほぉ〜」
と言いながらニヤニヤ笑ってみせると、頬を膨らませて少年の方へ駆けていった。
が、しばらくするとトテトテとこちらに戻ってくる

「ぜ、ゼッタイだれにも言いっちゃダメなんだからね!!!!」

そう告げると、また少年の方へと行ってしまった。





「可愛い子ね」

急に聞こえた声に振り向くと、そこには一人の女性が立っていた。

「なんだい、イヴ?
子供が欲しいなら今夜あたり頑張ってみる?」

「そ、そんな意味じゃないわよ!!!」

そう言いながら彼女は頬を膨らせる。
昔からその仕種だけは変わらない。

「それより、今度ちょっと旅行にでもいかない?」

「どこへ?」

そう聞くと、彼女はう〜ん、顎に指をあてて考える振りをする。 最初から行きたい所がなければこんなこと言わないくせに

「海!!」

その言葉はさすがに予想してなかったのか青年は驚きを覚えながら女性を見つめた。
ここは大陸の調度真ん中。海へは徒歩で数ヶ月、馬でさえ数週間は掛かる、とてもちょっとの距離ではない

「ダメかな?」

そう、上目使いで尋ねてくるイヴ。
額に手を当てていた青年は立ち上がると彼女の頭をワシワシと撫で、家のほうへ向かってゆっくりと歩き出した。

「ちょっと、どこいくのアダム?」

「旅仕度だよ。
海、行きたいんだろ?」

イヴは目を輝かせながらアダムの後についていく。

「でも、遠いよ?疲れるよ?」

不安そうな彼女の頭にポンッとのせられた手は優しさに溢れていた


「行きたいんだったら、どこにだって着いてってやるさ」






・・・・そう、貴女の為なら・・・・・・


この小説を読んでいただき、ありがとうございましたぁ〜!!!!短編ですが私の初めての小説です。思い起こせはこの作品、『トテトテ』という擬音を書きたいという願望から始まった作品でして・・・・・・・まぁ、そんなダメ人間な作者ですが、次回作がでたらできればまた読んでやってください。それではさよ〜なら〜






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