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73章  砂漠の戦闘
「スゲぇ……。こうやって見ると壮観だな」
 砂漠を飲み込む黒い影のような軍勢に、一度大きく身体を震わせた。
「怯んだか?」
 背後から声をかけられ、振り返ると小さく驚きの声が漏らす。
 鈍い輝きを放つ、金の胸当を身に着けたカムイ王の姿があった。
 その傍らにはオツランの姿。
「カムイ王……。いえ、今のは気が早ったあまりの身震いです」
 男が白い歯をニヤリと見せると、カムイは満足げに頷いた。
 自身を囲む男たちをグルリと見回し、良く通る声を張り上げる。
みな、聞け! 皆も知ってのとおり、今日の戦いは明日を左右する総力戦だ。我々は、何としてもこの場所で彼の敵を食い止める。城壁には決して近づけるな!」
 そこで一度視線を巡らせると、神妙な面持ちで全ての者が小さく頷く。
 その瞳は、燃えるような輝きを放っている。
「見よ――」
 カムイは腰の幅広曲刀シャムシールを引き抜き、前方を指し示した。
「帝国軍の数は我々を圧倒する。だが、案ずるなっ! その実、その数は我々の三倍にも満たない。それがどういうことか分かるか?」
 言いながら周囲に視線を配った。
 しかし答える者はいない。
 カムイの言わんとせんとしていることが分からず、その顔に困惑の色が浮かぶ。
 その顔色を見て、カムイは自信に満ちた笑みを見せた。
「簡単なことだ。三人……一人が三人倒せば我々の勝ちだっ! そして我々砂漠の民は、この地で三人ごときに遅れを取ることはない――」
 カムイは息を大きく吸い込み胸を張ると、シャムシールを天に向かって突き上げる。
「臆するなっ! 我等は誇り高い砂漠の民! その命尽きようとも、砂漠の魔人と化して戦え!」
 直後、カムイを中心に、波紋のように広がる熱気と雄叫び。
 その声は、大地の砂を揺れ動かした。
 
 
 
「小生意気な。どうやら討って出るつもりらしいな」
 前方に見える砂漠の民の軍勢に、ハマンが口を歪めて笑った。
 その横で、細身の男が低い笑い声を漏らす。
「まさに、決死の覚悟というやつですね」
「自ら近付いて来るとは好都合だ。捻り潰してくれるっ! 各団長に伝えよ。第一の突風が去り次第、予定通り総攻撃をかける。いつでも進軍出来る準備をさせておけ!」
「はっ!」
 意気揚揚とする二人に、離れた場所から向けられた冷やかな視線。
「アジー・ワイ。彼らは討って出るつもりらしな」
 そう声をかけられ、アジー・ワイは視線を二人から外した。
「賢明な判断とは言い難い。この戦闘に破れれば、どちらにせよディアドは落ちる。ならば、守るべき者を直に背にした方が士気も高まろう。それを、ここまで離れてしまっては……」
「愚かな王……ということか?」
 アジー・ワイは鋭い視線を前方に向けた。
「分からん。だが砂漠の民は、我々に劣らぬ勇猛な魂を持つと聞いた」
「なるほど。では手強いのだろうな」
 そのとき、不意にアジー・ワイが視線を落とし、足元を凝視する。
「どうしたアジー・ワイ?」
「砂が……」
 足元の砂が緩やかに流れ始める。
「来る。風が吹くぞ」
 
 
 
「風が吹く……。抜刀お!」
 カムイの号令に、全ての者が腰のシャムシールを引き抜いた。
「オツラン。死ぬな、とは言わんぞ。成し遂げろ」
 カムイが肩越しに言うと、オツランは笑みを浮かべて頷いた。
 直後、激しい風が砂漠の大地に吹き荒れる。
「機は熟した。第一陣、出撃!」
 カムイが腕を振り下ろすのを合図に、男たちが怒号と共に駆け出した。
 
 
 
「くわあ!」
 今だ慣れぬ突風に顔をしかめ、ハマンが唾を吐き出す。
「ハマン総団長!」
 その呼び声と同時に、ハマンの耳に地鳴りのような怒号が届いた。
 慌てて顔を上げ、前方を見やる。
「くっ! ヤツらめ、自分達から仕掛けてくるか!」
 ハマンの目に、砂煙を上げるディアドの軍勢が飛び込んで来た。
 突風の中を走り、距離を詰めていたディアドの軍勢が、矢先のような陣形を保ちながら向かってくる。
「いかがされますか!」
「いかがも何もないわ! ええい、防衛陣を張れ! 迎撃せよ! 蹴散らせ!」
 その声に反応し、各団員に指示が飛ぶ。
 離れた場所の敵が眼前に迫っている。
 あの突風の中で移動出来るという事実が、帝国兵を浮き足立たせた
 長槍を構えた兵たちが、もたつきながらも三列に並び、やっとの思いで壁を作り上げる。
「始まったな。アジー・ワイ、指示を」
 拳先突剣ブンディ・ダガーを引き抜きながら言った男に、アジー・ワイは首を振った。
「焦ることは無い」
 
 
 
「うおおお!」
「ぐわあああ!」
 獣のような咆哮と、苦痛の絶叫。
 突き出された長槍をかいくぐり、シャムシールで重装備の隙間を斬りつける。
 その切先は、一列目の兵士の首を的確に捉えたが、間髪入れずにその後ろから長槍が伸びてきた。
 その槍を肩口にくらい、顔を歪ませる。
 同じように周囲に響き渡る咆哮・叫び・金属の擦れ合う音。
 その度に血がこぼれ落ち、砂地に赤黒いシミを作る。
「押し返せええ!」
 浮き足立っていた帝国軍も、いざ戦闘が始まれば平静さを取り戻す。
 そのことが、永きに渡り、争いを繰り返してきたという事実を物語っていた
「敵は重装備、動きでかく乱しろ! 足を止めるな!」
 ディアド兵も闘士を剥き出しに、帝国兵に襲いかかる。
「ぐうう! 痛ぇ……」
 脇腹を刺され、膝をつくディアドの兵士。
 その者を立たせようとする同胞。
 次の瞬間、二人の身体は一本の長槍で貫かれた。
「くっ!」
 その凄惨な光景に、オツランが歯軋りをする。
 その一瞬の隙を突き、襲いかかる帝国兵。
 オツランは慌てて後方に飛び退き、バランスを崩しながらも、手にしたシャムシールを相手の喉元に突き出した。
 帝国兵の口から漏れる、ゴポリという不快な音。
 それと同時に倒れ込んでくるが、バランスを崩していたオツランは避けることが出来ず、そのまま下敷きになってしまった。
「うっ!」
 覆い被さる身体を押しのけようとするが、重装備の身体が重く圧しかかる。
 そのとき、自身を覆った影に気付き、オツランの表情が凍りつく。
 顔を上げると、長槍を構えた帝国兵の姿。
 その意味を理解する余裕もなく、オツランに向かい長槍が振り下ろされる―――が、振り下ろされたのは『腕だけ』だった。
 オツランの身体に、槍に代わって鮮血が降り落ちてくる。
「があああ!」
 両膝を突き、苦痛の叫びを上げる帝国兵。
 その肘から先が、長槍と共に自身の後方に落ちていた。
 肘から先を失った切り口から、おびただしい量の血が噴出す
 オツランが目を白黒させた直後、無常な刃の一閃。身悶える帝国兵の頭と身体を斬り離した。
「大丈夫ですか?」
 サーベルに付着した血を振り払いながら、ミューラーがオツランに手を差し出す。
 オツランは慌てて首を縦に振り、その手を掴んで立ち上がった。
「いいですか? 注意を払うべきは倒れた仲間ではありません。立っている敵です――」
 そう言い聞かせるミューラーの背後、襲い掛かろうとする帝国兵の姿。
 オツランが声をかけようとしたが、それよりも早くミューラーは身体を反転させ、襲いくる刃を避けると同時に相手の喉元を斬りつけた。
「でないと生き残れませんよ」
 事も無げに言ったミューラーの背に、オツランが口を結んで頷いた。
「もう大丈夫です。今度僕が倒れたら、ミューラーさんも構うこと無く見捨ててください」
 ミューラーは肩越しに振り返ると、真剣な眼差しのオツランに苦笑して見せた。
 
 
 
「見たか、アジー・ワイ」
 訊かれ、アジー・ワイが頷いて返す。
「実に自然に人を斬る男だな……」
 今見た鷲鼻の男の身のこなしに、アジー・ワイが感嘆の声を漏らした。
「何をやっておるか! 貴様たちも行かんか!」
 ハマンの側近、細身の男が金切り声を上げる。
 アジー・ワイはその男に一瞥いちべつをくれると、同胞に目で合図を送った。
 
 
 
「くそっ! 次から次へと……キリが無いぜ!」
 眼前の帝国兵を斬り倒しても、再び立ち並ぶ兵士の数に愚痴が漏れる。
 ディアド兵の当初の勢いも、次第に衰えを見せ始めていた。
「くっ! ミューラーさん、そろそろでは!」
 帝国兵を斬り倒しながらオツランが叫ぶと、ミューラーが口許を押さえながら周囲に視線を走らせた。
 倒れる亡骸の数は帝国兵のものが多い。
 しかし、その数は先刻とあまり変わっていないように見える。
 代わって、ディアドの兵士が倒れこむ姿が増え始めていた。
「確かに頃合ですね」
 ミューラーの返事に、オツランは顔についた返り血を拭って腕を高く上げる。
 声を発しようとした直前、それを阻止するかのように、帝国兵が作る壁の後ろから、無数の黒い影が宙へと飛び出した。
「なっ!」
 驚きの声を上げるオツラン。
 その黒い影は、ディアド兵と帝国兵の間に舞い落ちる―――と同時に、ディアドの兵が叫び声を上げて次々と倒れた。
 舞い降りた影―――アラハ族が帝国兵の頭上を飛び越えて姿を見せた。
「アラハ族! オツラン、引きなさい!」
 オツランは突如として現れたアラハ族に虚を突かれ、一瞬無防備となった。
 ミューラーの叫び声で我に返ったが、その反応が遅れる。
 オツランの前に降り立ったアラハ族の若者は、その機を逃せんとして弾かれたように突進して来る。
 身を低くしたアラハ族は一気に距離を詰め、手にしたブンディ・ダガーを構えた。
 踏み出した前足に体重を乗せ、鋭く突き出される死の宣告。
「させるか!」
 ブンディ・ダガーがオツランを仕留める直前、オツランの前に屈強な身体が立ちはだかり、自身の腹でその切先を受け止めた。
「ぐうう……」
 口の端から流れ落ちる一筋の鮮血。
 男は怯むこと無く、身を低くしたアラハ族に覆い被さるようになると、そのまま相手の腰に腕を回す。
 そして、アラハ族の身体を引っこ抜くように持ち上げ、逆さ吊りにして担ぎ上げる。
「っ!」
 愕然とし、身悶えるアラハ族。
「うおおお!」
 男は雄叫びと共に渾身の力を込め、担ぎ上げたアラハ族を頭から地面に叩きつけた。
 砂が四方へ弾け飛び、骨が砕ける鈍い音が響く。
 地面に頭から突き刺さるようになったアラハ族は、その身体をゆっくりと地面に倒していく。
 同時に、男が崩れるように両膝を突き、鮮血を吐き出しながら頭を垂れた。
 慌ててオツランが駆け寄ろうとすると、頭を垂れたまま右手でそれを制す。
「私のことより……早く御指示を……」
「何を言って……」
 そこまでだった。
 オツランが男に手を伸ばそうとすると、それを待たずに男の身体は完全に砂地へと崩れ落ちた。
「くっ」
 オツランが固く目を閉じ、男の背中に手を置く。
 身体を貫いた傷口。背中に滲んでいた男の血が、オツランの手を赤黒く汚した。
「すまない……」
 搾り出すように呟くと、オツランは立ち上がり右腕を振り上げた。
 
 
 
 オツランにアラハ族の若者が襲いかかろうとする。
 そのことに、ミューラーは一瞬注意を奪われた。
「他人を気にしている場合か?」
「っ!」
 不意に背後から声をかけられ、振り返るよりも先に前方へ転がり距離を取る。
 しかし予想に反し、相手は攻撃を仕掛けては来なかった。
 そんな胸の内を見透かしたように、ミューラーが体勢を立て直すのを待って男が口を開く。
「安心しろ。背後から襲うような卑劣な真似はせん」
 戦場には不釣合いな、落ち着き払った静かな声。
 男の左頬には、炎を模したような黒いタトゥーが彫り込まれていた。
「アジー・ワイ……ですか」
 ミューラーが名を口にすると、男はピクリと眉を動かした。
「知っているなら話は早い。おまえの相手は私がしよう」
「ぜひ遠慮したいのですがねえ……」
 笑みを浮かべるミューラーの頬を伝い、顎先から一滴の汗が落ちる。
「撤退っ! 全軍撤退!」
 良く通るオツランの声が後方で上がった。
 その声を背中で受け、ミューラーは内心で安堵の息を漏らす。
「指揮官はあの若者ようだな――」
 アジー・ワイはミューラーの背後、オツランに視線をだけを向けた。
「しかし、決断者はおまえだ」  
 再びアジー・ワイの視線がミューラーを捉える。
 ダラリと下げた褐色の両腕。
 その両腕の先には、腕の一部のようにブンディ・ダガーが伸びていた。
「そんな大そうな人間じゃありませんよ。私はどこにでもいる普通のオジさんです」
 引きつった笑みを見せるミューラーに、アジー・ワイがわずかに口の端を上げた。
「やれば分かる」
 言い終えるや否や、アジー・ワイが地面を蹴る。
「わわわっ!」
 ミューラーは慌ててサーベルを身構えた。
 
 
 
 小高い砂丘の上、老人が数回満足げに頷いた。
 視線の先、ディアドの兵が撤退を開始する姿が見える。
「始まったようですな」
 老人が振り返って言うと、砂丘の下に控えていたカムイが目を閉じながら頷いて返した。
「アシム」
 呼びかけると、傍らで膝をを突いていたアシムが、待っていたと言わんばかりに立ち上がる。
 砂地と同系色のフードを頭から被り、その裾が静かに揺れた。
「頼むぞ」
「大丈夫です。全て『ここ』に入っています」
 言いながら、こめかみを人差し指で軽く叩く。
 カムイの横をすり抜け、老人と行き違いに砂丘の頂上へと登る。
 そしてその場にしゃがみ込むと、通常の矢筒ではなく、木で作られた矢筒を砂地に突き立てた。
 少し遅れ、小さい鳴き声を上げながら、ユピが足元に駆け寄ってくる。
 ユピの口には、端に布を捲き付けた木の棒が咥えられていた。
「さあ、我々の見せ場ですよ」
 アシムが小さな頭を優しく撫でると、ユピは目を細めながらゴロゴロと喉を鳴らした……
 
 
 
 つづく
 
 
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