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39章  金獅子
 背後から怒号を上げながら迫ってくるヴァイセン兵。
 矢らしき物がネイたちの足元に突き刺さるが、それが本当に矢なのか確認する余裕は無い。
「っ! 国境よ!」
 前方に国境を示す吊り橋と関所が見えてくる、逃げ切るにはまだ距離がある。
「とても逃げ切れそうにないな!」
「あんた達が時間も稼がず、とっとと逃げるからよ!」
 それにはネイとアシムも返す言葉がなかった。
「キキッ!」
 アシムの肩に乗るユピが何かに反応し、同時にアシムもその気配を感じ取った。
「前方から何か来ます」
「なに!」
 アシムが言った通り吊り橋の向こう側、何かが向かって来るのがかすかに見えた。
 初めはボンヤリとしていた輪郭も、吊り橋を渡り切る頃に徐々にはっきりしてきた。
 馬だ――人を乗せた灰色の馬が向かって来る。
 真っ直ぐに向かってくる馬は見るみる内に大きくなり、目ではっきりと確認できる距離まで近付いて来る。
「なんだあのデカい馬は? 真っ直ぐ突っ込んでくるぞ」
 ネイが言うとおり、その馬は並の馬よりもかなり大きく、ネイたちを弾き飛ばさんばかりの勢いで一直線に向かって来た。
 ネイたちは慌てて左右に別れ、向かってきた馬は疾風のようにその間を通過していく。
 そしてすれ違い様に、ネイは馬にまたがった大柄な男の姿を確認した。
 灰色の馬がそのままヴァイセン兵にも向かって行くと、慌てたヴァイセン兵が地面をすべる様にして立ち止まった。
 そして馬はいななきと共に前脚を上げると、突如としてその進行を止め、ネイとヴァイセン兵の間に立ち塞がる。
 呆気に取られるヴァイセン兵。
 周囲に沈黙が広がり、馬の乱れた呼吸音だけが聞こえる。
 そして呆然とするヴァイセン兵に向かい、馬上の男が口を開いた。
「おう、おう、おうっ! 武力で名高いヴァイセン帝国の兵が、揃いも揃って嬢ちゃん達を追いまわすたあどういう要件だ!」
 威勢の良い声で馬上からヴァイセン兵を一括する。
 男は金色の髪を逆立て、動物の毛皮と金で装飾された真紅の鎧を着込んでいた。
 腰には黄と黒の横縞よこじま模様の布を斜めに巻き付け、膝の辺りまで垂らしてある
 そして他にも耳や首、背中まで伸ばした後ろ髪などにもジャラジャラと銀製の装飾品を付けている。
「な、何なの? あの派手なヤツは……」
「どうやら手助けしてくれるようですが……」
 思わずセティたちも立ち止まり、その男に目を奪われる。
 ヴァイセン帝国の兵士も、突然に目の前に現れた大きな馬と、それに乗る異様な格好をした大柄な男に気圧され、その歩みを止めていた。
「ななな、なんだ貴様は! そこをどけ! さもないと斬り捨てるぞ!」
 一人の兵士が歩み出てそう怒鳴ると、男はニヤリと口の端を上げて馬から降りた。
 大地に立つと、その身体の大きさがよりはっきりと分かる。
「――斬り捨てる?」
 男はあごに手を当てると、怒鳴る兵士を見下ろすように顔を傾けた。
 そうして値踏みするように兵士を見回すと、小さく鼻を鳴らす。
「道を空ける気はねえし、かと言って斬られるつもりもねえな」
 言いながら、馬鞍から槍のような物を取り外した。
 正確に言えば、槍の刃の根元にもう一つ、扇型の刃が付いている槍斧ハルバートと呼ばれるものだ。
 ただ、通常のハルバートと比較するとかなり長く、『斧』の部分は大きかった。
 そして何より異質なのが、柄が木製ではなく鉄製で太いという部分だ。
 見るからに重量のあるその武器を、軽々と肩に乗せるとヴァイセンの兵士たちが一瞬たじろぐ。
「おう! 俺を斬るつもりなら死ぬ覚悟を決めてから掛かって来い! 俺は鬼のようにぇぞ」
 高らかに声を上げ、男は不敵に微笑わらった。
 
 
 
「な、何をしてる! 行け、行けェ!」
 ヴァイセン兵の最後尾、鼻の下に髭を蓄えた男が金切り声を上げる。
 しかし、その命令に反して誰の足も前には進まなかった。
 その様子を見た大柄の男がつまらなそうに口許を歪めた。
「どうした? 誰も来ないのかい?」
 男は挑発するように鼻で微笑わらって見せる。
 男のその態度を見て、最前列にいた五人が怒りを露にし、剣を振りかざすと叫び声を上げながら男に向かって行っていく。
「そうこなくっちゃな!」
 男は腰を低くすると、肩に乗せたハルバートを片手で軽々と横一閃になぎ払う。
 その際、『斧』の部分は向かって来る兵士とは逆側に向けていた。
 しかし、鉄製の柄でだけでも十分な威力を発揮し、風圧で砂埃を上げながら五人の兵士を軽々と弾き飛ばした。
 巻き上がる砂埃の中、悠々と再びハルバートを肩に乗せる。
 弾き飛ばされた五人は、気を失った者、うめきながら地面を転がる者といたが、一様に身に着けた鎧がひしゃげていた。
「一応言っておくけどな、今のは死なねえように『加減』してやったんだぜ」
 その言葉と仲間の姿を見て、後に続くことが出来る者はいない。
「オズマだ……」
 兵士の中で誰かが呟き、すぐにどよめきが起こる。
 その様子を、男は目を大きくしながら意外そうに眺めていた。
「ほお……しばらく派手な戦争が無いもんだから、すっかり忘れられちまってると思ったが、どうやらそうでもないらしいな」
 男はあごを擦りながら、感心したように顔を上下させる。
「オズマって……『金獅子オズマ』か! 初めて見たぜ……」
 遠巻きに様子をうかがっていたネイが呟く。
「知っているんですか?」
「名前だけはな。三百人相手に一歩も引かなかったとか、そんな信じられないような武勇伝が数多く在る傭兵さ」
 ネイの説明にアシムが納得のいった表情で頷く。
「あの気配から察するに、そんな噂が立つのも頷ける話ですね」
 オズマの威圧感にヴァイセンの兵士たちは明らかに動揺していた。
 恐怖が伝染し、ネイたちを追って来たときの勢いはすでに見る影も無い。
 目の当たりにした強烈な一撃もそうだが、『金獅子オズマ』の名が恐怖を増長させている。
 一応は剣を構えてはいるが、その腰は引けていた。
「ええい、オズマとはいえ同じ人間だ! たった一人に恐れをなしたとあっては国に帰れんぞ!」
「……」
 鼓舞も虚しく、それに応えられる者はいない。
「だったら自分で行けば良いのに。何でああいうヤツって、必ず一番後ろから威張るのかしら」
 離れた場所で、セティが呆れたように冷ややかに言う。
「お前たち! 敵前逃亡、任務放棄は重罪だぞ! 早く行かんか!」
「うげえ、最低ぇ!」
 セティは鼻筋に思い切りシワを作って舌を見せた。
 しかし、兵士たちには効果的だったようで、目の前の『恐怖』と国に戻ってからのからの『恐怖』、どちらを取るかを天秤てんびんに架けて葛藤かっとうしているのがありありと分かった。
 はっきりとしない部下の態度に対する焦りと苛立ちから、髭の男は一人の若者を前に押し出した。
「貴様が行け! 命令無視で審議にかけるぞ! このまま国に帰れても重罪犯だ!」
 始めは戸惑いを見せていた若者も、最後の言葉で決意を固めたようにきつく口を結ぶ。
 そして声を上げると剣を振りかざしながら、勇ましくオズマへと向かって行く。
 オズマは嬉しそうに目を見開くと、振り下ろされる兵士の剣をハルバートの柄で軽々と受け止めた。
 剣と鉄製の柄――二つがぶつかり、甲高い音を響かせる。
 その衝撃に若い兵士は顔を歪め、オズマは笑みを浮かべた。
「青年っ! 他人の意思で振る剣は重くはないかい? 切っ先が鈍ってるぜ」
「黙れっ! 傭兵のような戦闘狂に何が分かる!」
 若い兵士は力を込めて必死に押し切ろうとするが、ハルバートで受け止められた剣はビクともしない。
 その様子を見て髭の男が部下に指示を出す。
「ク、ク、クロスボウを構えよ!」
 その言葉に他の兵士は一瞬戸惑ったが、慌てて剣をさやに戻すとクロスボウに持ち替えた。
 
 
 
 オズマに斬り掛かった兵士は、押し切れぬと見るや剣を一旦引いて身を低くし、オズマの足元を横払いに斬りつけようとする――が、それもハルバートの柄で止められてしまった。
 必死に剣を振る兵士。その攻撃を微笑を浮かべながら難なく受け止めてるオズマ。
 端から見ても実力差は明らかだったが、若い兵士は諦めることなく剣を振り続ける。
「お前みたいなヤツは好きだぜ。だが――」
 オズマはそう言った直後、ハルバートを頭上で一回転させ、勢いそのままに兵士の肩口に刃先を振り下ろした。
「うっ!」
 振り下ろされた刃は鎧を簡単に裂き、若い兵は真っ赤な鮮血を上げながら膝を突く。
 呆然と己の身体を見下ろす若い兵は、鮮血を目に留めると我に返り、何かを左手に握り込んだ。
 それは、銀製のチェーンに付けられた首飾りだった。
 震える手を前方に伸ばしながら声にならない声で何事かを呟き、力尽きて前のめりに倒れ込む。
「――命の奪い合いで手加減はしねぇ……恨むなよ」
 オズマは倒れた兵を見下ろし、仁王立ちのまま呟いた。
「撃て! 撃てええ!」
 若い兵が倒れた直後、掠れるような必死の声が響き渡る。
 それに合わせ、クロスボウの矢がオズマに向かい一斉に放たれた。
 しかしオズマは動じることなく、手にしたハルバートを風車のように目の前で回転させると、向かって来る矢をことごとく弾き飛ばす。
 それには髭の男も目を丸くし、魚のように口をパクパクと動かすだけで声を上げることが出来ない。
「捨て駒かよ……。揃いも揃って腐ってやがるな」
 オズマはそう吐き捨てると、もう一度倒れた若い兵を見下ろす。
 きつく結んだ口許が、怒りのために微かに震える。
 オズマはゆっくりと向き直ると、再びクロスボウを構えようとする兵士に突進して行った。
 
 
 
 そこからはもう話にならなかった。
 完全に浮き足だったヴァイセンの兵士は、怒りをあらわに向かって来るオズマの前に何も成す術が無い。
 竜巻。形容するならばオズマの猛攻はまさに竜巻だった。
 ハルバートを回転させる度にバタバタと倒れていき、三十人程度いた兵士は瞬く間にその命を散らしていった。
 残り三人となったとき、その兵士たちは剣を捨てて尻餅を付きながら小刻みに震えるだけだった。
 そのうちの一人は指示を出していた髭の男だ。
 オズマはその男の前でハルバートを振り上げたが、その刃先を振り下ろすことはしなかった。
 その状況でも部下の陰に隠れようとする髭の男を、オズマはくだらない物でも見るような目で見下ろした。
 そして一度鼻を鳴らすと、悠然とした歩調でその場から離れていく。
 それを見て三人は我先にと、四つん這いのまま必死で来た道を引き返していった。
 
 
 
「こ、こっちに来るわよ」
 セティがネイの袖を引きながら声を上擦らせた。
「あぁ……」
 ネイもゴクリと喉を鳴らした。
 緊張はしていたがナイフを抜くことはしなかった。
『敵』というわけでは無さそうだし、何より仮にそうだったとしても、ナイフを抜いたところでオズマ相手には何の意味もな無いと思っていたからだ。
 アシムも緊張した面持ちではいるが、決して抵抗する素振りは見せない。
 ただいつでも矢を抜けるように、指先にだけは神経を集中させていた。
 オズマが近付き、自分たちの身がハルバートの射程に入いると、ネイとアシムの緊張が一気に跳ね上がる。
 それを知ってかオズマはそこで立ち止まり、ジッとネイたちを見据えると、おもむろに白い歯を見せて笑った。
「勝手とは思ったんだが、無骨な兵士に嬢ちゃんたちが追い回わされてるのは見るに耐えなくてな」
 それがオズマがネイたちに向かって発した第一声だった。
 ネイとアシムが顔を見合わせる。
 すると突然オズマは頬を真っ赤に染め、ネイに歩み寄るとその肩に太い腕を回して顔を近付けてきた。
「ニィさん、そこでだ……礼と言っちゃあ恩着せがましいが、そちらの神秘的なお嬢さんを良かったら紹介していただけないだろうか?」
 オズマはチラチラとアシムに視線をやりながら、ボソボソとネイの耳元で呟いた。
 ネイは驚いた表情をし、アシムを指差した。
 それを見てアシムが不思議そうに首を捻り、オズマは嬉しそうに首を縦に数回振った。
「あっ! も、もちろんあんたと『良い仲』だって言うなら話は別だ。俺はそんな野暮やぼじゃねぇ!」
 そう言って両方の掌を前に突き出し、慌てたように振って見せる。
「いや……別に俺は構わないが……」
 ネイがそう答えると、オズマはまるで光を当てたように表情を輝かせた。
 ネイがそっと振り返ると、セティとアシムが不思議そうに顔を見合わせて肩をすくめて見せる。
 正面に向き直ると、オズマは期待に満ちた顔で腰を低くしながら揉み手をしていた。
 その態度を見てネイは苦笑いを浮かべた……。
 
 
 
 つづく
 
 
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 番外編的な『裏レクイエム』の2章を追加しました。
 ちなみに『目次欄』等の下の方に『裏レクイエムへ移動』というタグを付けてみました。
 そこをクリックすれば『裏レクイエム』目次に飛びますので、本編を気に入ってくれた方、そちらも読んでいただければと……。
 もちろん読まなくても本編に支障はありません(9/3)


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