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26章  初代の遺産
 重厚な造りの扉を兵士が二度ほど叩くと、少し間を置き扉が開かれた。
 開いた扉からオツランが顔を出し、頷いて見せると兵士は一度礼をして去っていった。
 オツランはネイとルーナに笑顔を向け、部屋の中へと二人を招き入れる。
 室内は王の部屋とは思えないほどの書物に溢れ、無数に置かれた棚には数え切れないほどの書物が並んでいた。
 本来煌きらびやかな装飾品はほこりを被り、その輝きを濁らせている。
 扉の正面、大きな両開きの窓の前に高価そうな机があり、そこの椅子に深く腰を掛けてカムイ王は二人を待っていた。
 その机の正面からわずかに横にズレた場所にアシムも立っている。
「むさ苦しい場所に呼び出して悪いな」
 カムイ王はそう快活に声をかけてきたが、ネイは何と答えて良いのか分からず、ただ頭を軽く下げただけだった。
 するとカムイ王は、二人に対して近くに来るように手招きをする。
 ネイはルーナの肩に手を置き、カムイ王の前まで歩み寄った。
 カムイ王は顎に手を当てて低く唸ると、前に立つ二人を交互に見据える。
「困ったものでな。アシムにここまで来た経緯とおまえたちのことを尋ねても、しばらく置いて欲しい、の一点張りだ」
 ネイはアシムをチラリと視線を送ったが、アシムは口を固く結んで前を向いたままだった。
「そこでネイ、君に尋ねたい――」
 カムイ王はやや身を乗り出すようにし、射抜くようにネイを見据える。
「君たちは一体何者だ? そしてその娘は? どう考えてもその娘に旅は不釣合いだろ。なのに、どういった理由でその娘を連れて旅をしている?」
 ネイは迷った。一体どう説明するべきか。
 なぜこの国に来たかは説明が出来る。
 しかし、ルーナに関して言えば自分たちも何一つ分かっていないのだ。
 迷いを見せるネイに、カムイ王は一度大きくタメ息をついた。
「率直に言おう。こう見えて私も一応は一国を預かる身だ。何も分からない状態では、いくらアシムの仲間と言えども助けてはやれない。事情が話せないと言うのなら――」
 カムイ王が一度言葉を切ると、その視線に凄みが増した。 
「すぐに出て行ってもらうことになる」
 ネイは喉を鳴らし、もう一度アシムにチラリと目をやった。
 今度はアシムもネイに顔を向けていた。その表情は、話したくなければ話さなくていい、そう言っているようだった。
「俺は……」
 だが、ネイはアシムのその表情を見て全てを話すことを決めた。
 自分がギルドの人間だということ。そしてルーナとの出会いの経緯。
 ここにルーナを連れ、アシムたちと一緒にいる理由を全て話した。
 話始めたとき、アシムは多少驚いた表情を見せたが、そのまま何も言わずに再び前を向いた。
 ネイの話を聞いている間、カムイ王は黙って目を瞑りながら耳を傾けていた。
 その様子から、話を聞いてどう考えているのかは全く判断出来ない。
 ネイが長い時間を掛けて全てを話し終えても、カムイ王はその状態のまましばらくジッとしていた。
「カムイ王?」
 心配そうにオツランがネイの背後から声をかけると、カムイ王は瞼を上げて長い吐息を漏らした。
「では君たちは、モントリーブで罪人扱いになっている可能性が高いということだな? それもかなり重大な……」
 カムイ王の問いに、ネイははっきりと首を縦に振る。
 ネイの無言の返事にカムイ王はがっくりと肩を落とした。
「アシム、おまえは久しぶりに会ったと思ったら、とんでもない荷物を持ち込んでくれたようだな」
「申し訳ないと思っています」
「ズラタンと言えば、モントリーブの最大の権力者だぞ? その人間が追っている罪人をかくまったとなれば、それは国家間の問題になる」
 アシムが沈痛な面持ちで頷き、カムイ王は眉をひそめて頭を掻いた。
「おまえ達を引き渡す――」
 その言葉を聞いた瞬間、アシムの右拳が強く握り締められる。
「父上!」
 オツランがカムイ王に詰めより、机を強く叩いた。
「アシムと父上は旧知の仲ではないのですか? その人間を売り渡すなどと!」
 唾を飛ばしながら、噛み付かんばかりの勢いでまくし立てるオツランに、カムイ王は身を仰け反らせた。
「待てっ! 落ち着け! 最後まで人の話を聞け!」
「……」
 その言葉にオツランも口をつぐむ。
 オツランが黙ると、カムイ王はもったいつけるように一度咳払いをした。
「引き渡す……それが問題なく事を済まし、尚かつ筋の通ったやり方だ……。だが、私はそうはしない」
「カムイ王!」
 オツランが喜びの声を上げた。
「よろしいのですか?」
 アシムが眉間にシワを寄せ、戸惑う表情を見せた。
「構わんさ。私もズラタンは嫌いなんだ」
 カムイ王は白い歯を見せたが、すぐに何かを思い出したように顔を思い切り歪める。
「あのクソったれはリーゼに色目を使いやがったんだ」
 カムイ王はそう言うと、憎々しげに机を思い切り叩いた。
 
 
 
 部屋に戻ったネイたちを、セティとビエリが不安の表情で向かい入れた。
 しかし、アシムの口から説明を聞くと、二人の表情が安堵の色に変わる。
「…ヨカッタ……」
 言いながらビエリがルーナの頭を撫でる。
「さらに朗報です。我々の現状と、ルーナについても情報を集めてくれるそうです」
「やったじゃない! さすがに追われてる身で情報は集めづらいものね。それに腐っても王様、調べられる範囲も遥かに広がるわ!」
「腐っても、というのは余計ですよ」
 セティの言葉にアシムが苦笑いを浮かべた。
「そういうわけで、俺たちは情報がある程度集まるまではここに滞在することになる」
「やったわ! ああ……お城で生活するなんて乙女の夢だわ……」
 セティが両手を組み合わせてウットリとした表情を浮かべると、ネイが鼻にシワを寄せた。
「その顔はなに? なんか文句ある?」
「い、いや……じゃあ、おまえはその乙女の夢とやらを存分に堪能しててくれ」
「ん? ネイ、あんたは違うの?」
 セティが小首を傾げると、ネイは首を振った。
「俺だけじゃない。ルーナもだ……」
 ネイはカムイ王に持ちかけられた話をセティに説明し始めた。
 最近になり、ディアドが建国された当時の王、つまりこの国の初代の王が、死の間際に宝を残したと記してある書物が見つかった。
 場所は、この街より西にある地下遺跡らしい。
 しかし、そのことは血族である王妃にも伝えられていなかったらしく、それが事実なのか、そしてもし事実なら、その宝とは一体何なのかが現在では全く分からないという。
 そのため、何度も調査隊を編成して遺跡に足を踏み入れたが、結果は毎回同じものだった。
 宝は何か? という以前に、そもそも宝の有りかすら見つけることが出来なかった。
 当初、国外の遺跡専門家に調査を依頼するという案も上がったが、もし書物が真実なら、初代王の宝の情報を国外に漏らすのはまずい、ということでその案は却下された。
 そういったこともあり、現在でも事実かどうかの確認が出来ていない。
 そこでカムイ王は、ネイが盗賊ギルドということを知り、その遺跡調査を依頼してきた。
 もちろんネイは遺跡についての知識など無かったが、素人には見破れない盗賊ならではの何かを感じるのではないか……そう期待してのものだ。
 そして、ネイはそれを快諾した。
 もちろん、しばらく厄介になるという負い目もあったが、何より盗賊として王家の宝という物に興味が湧いた。
 そんな物はギルドの人間でも滅多にお目に掛かれないからだ。
 そしてルーナについては、ルーナを連れている事情を周りが知らない状態で、これ以上人目に付くのはあまり良くないという結論に至った。
 銀色の髪と紅い瞳は、やはりあまりに印象が強すぎる。
 事情を知らない者がルーナを見て、悪意は無いにしろ、どこで情報を漏らしてしまうか分からない。
 そこで、遺跡調査には日数がある程度かかることと、今までの調査から危険は無いだろうと判断し、ルーナを一緒に連れて行く運びとなった。
 
 
 
 そこまで説明すると、セティの目がキラキラと輝いているのがはっきりと分かった。
 やはり盗賊としては、王家の宝というのにかれるのだろう。
「あたしも行くわ!」
 威勢良く右手を挙げたセティに、ネイは渋い表情を見せた。
「う〜ん……それはどうかな? 宝への経路を知る者は、出来るだけ最小限に止めたいだろうからな……」
「そこをあんたが何とか言いなさいよ」
 ネイは意見を求めてアシムを見るが、アシムは肩をすくめるだけだった。
「カムイ王の許可はもちろんだが、一緒に行くオツランとリーゼが納得するかだな……」
「げっ、リーゼぇ? あの女も行くの?」
「ああ、もう調査済みの遺跡だからな。俺とルーナ、それに王家の人間であるオツランとリーゼ、後は兵士が数人だ」
 ネイの説明を聞くと、急に白じんだようにセティが鼻を鳴らした。
「あっそ。じゃあ、あたしは行かない」
 あっさりと引き下がったセティに、ネイが目を丸くする。セティにしては珍しい。ましてや宝がらみだ。
「いいのか?」
「あんな感じの悪い女と何日も一緒にいたら、それこそストレスで肌が荒れるわ。あたしの肌は王家の宝よりも価値があるのよ」
 そう言ってセティは不機嫌な表情で腕を組んだ。
 代わって、様子を窺っていたビエリがおずおずと手を挙げる。
「ジャア、オレ、イク。イイ?」
「一緒に来たいのか?」
 ビエリが自分から申し出たことに驚いたが、どうやら本気らしく、ビエリはコクリと素早く頷いた。
「ビエリか……。まあ、確かにおまえの腕力なら何かの役に立つかもな」
 ネイの言葉にビエリが晴れやかな表情を浮かべる。
「よし、じゃあビエリは一緒に行こうぜ。俺が上手く言っておいてやるよ」
 ビエリは満面の笑みを浮かべ、何度も首を縦に振っていた。
 
 
 
 二日後の朝早く、ネイたちはオツランのはりきった声に叩き起こされた。
 寝ぼけまなこの状態にも関わらず、無理矢理に身支度をさせられるとそのまま城の西門まで連れて行かれた。
 門ではすでにリーゼが待っていて、冷やかな視線をネイたちに向けてくる。
 本来はあと三人、城の兵士が労働力として同行するはずだったが、ビエリを連れて行くことが決まり、十二分な労働力を確保出来たために三人は必要無いということになった。
 もちろん、その提案をしたのはネイだ。
 ただでさえ王家の人間が一緒だというのに、兵士まで一緒となるとさすがに息が詰まる。
「労働力としてならビエリ一人で充分」
 ネイの言葉をオツランは快く尊重し、リーゼは渋々とだが了承した。
 遅れてきたネイたちにリーゼは何か文句を言って来たが、それは軽く聞き流す。
 出だしからリーゼの態度を気にしていては先が持たない。
「これで行くのか?」
 そう言ってネイが指差したのは、背中にこぶのような突起のあり、がっしりとした体つきの動物三頭と、その三頭に引かれた馬車のような乗り物だった。
 ただ、馬車と決定的に違うのは、車輪の代わりに左右に一本ずつ、V字型の鉄棒が取り付けられている点だ。
「我々は砂上船さじょうせんと呼んでます。砂地では車輪は邪魔になるだけで、この方が能率良く移動できるんですよ」
 オツランの補足に、ネイが感心したように頷いた。
「デモ、サンドウォーム、ドウスル?」
 ビエリの疑問にもオツランは余裕の笑顔を見せる。
「それも大丈夫です。この動物はラクファローといって、非常に鈍重で大人しく、危険を察知するとその動きを止めます。人間が喰われても、逆にこの子たちは生き残るくらいですよ」
 オツランは誇らしげに、ラクファローの頭に伸びる大きな角を擦った。
「よそうぜ、ビエリ。ここでの生き抜き方はオツランたちの方がよほど詳しいんだ。俺たちが心配し
ても仕方がないさ」
「そうです! 僕にまかせてください」
 意気揚揚とするオツランに、リーゼは冷ややかな視線を送るとさっさと砂上船に乗り込んだ。
 それをオツランは呆れ顔で見て、気を取り直すように咳払いをする。
「では行くとしましょう。僕は運転席に乗るので、三人は中へどうぞ」
 オツランはそう言ったが、ビエリは砂上船の中にルーナを入れると、そのままオツランの横に座った。
「良いんですか? 外は慣れていない人間にはかなり暑いですよ?」
「オレ、ヘイキ……」
 オツランはどういうことかとネイを見たが、ネイも肩をすくめただけで中に乗り込んだので、それ以上は何も言わなかった。
 そして全員が乗り込んだのを確認し、オツランが声をかける。
「では行きます」
 その声と共にラクファローがゆっくりと動き出し、砂上船は砂地を進み始めた。
 危険が無いはずの遺跡へと……
 
 
 
 つづく
 
 


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