挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
白薔薇の剣 ―最後の王女の物語― 作者:葵れい

<第3部>

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

95/179

 第30章 「剣を立てろ」 -2-

 呪文。
 術。
 魔術の陣。
 ……描く事が出来れば、まだ少しは時間が稼げるのに。
 無力だ、とマルコは思った。



 蹴られた。
 喉から酸っぱい物がこみ上げた。
 もう立っているのもやっとだ。
 でも転がったら最後だ。
 重い剣を抱え、マルコは走ろうとした。
 そこに背中から衝撃が飛んできて吹っ飛ぶ。
 何が起こっているのかわからない。
 ただ、目の前に光のような物が幾度も見えた。
 剣を振り回してみるが、重すぎて地面に弧も描けない。
 でも放り投げる気にはならない。これは、託された物。
(死守)
 姫様を助ける事。
 この剣を渡す事。
 ……全身の痛みの中マルコは思った。それだけは絶対。
 何としても。
 でなければ、デュランに顔向けもできない。
(父さん、母さん)
 殴られて、血反吐が飛んで。
 半身を起こそうとした瞬間にまた飛ばされて。
 願っても願っても。だが心に反してもう体は言う事を聞かず。
 いよいよ、マルコは倒れそうになった。
(もうダメかもしれない)
 朦朧とする意識の中マルコは思った。
 仕方がないんだ……僕は弱い。弱いってわかってる。
 ……涙が出る。
 やっぱり僕は。
 ――そう思って背中からマルコは崩れようとして。
 その瞬間、何かに倒れる事を阻まれた。
 固い感触だった。驚いて見上げると。
 太い柱。
 天に伸びるその木の上に縛り付けられているのは、オヴェリア。
「姫様……」
 転がり飛ばされ最後に彼がたどり着いた場所は、オヴェリアの真下だった。
「姫様ッ……」
 ごめんなさい。
「オヴェリア様……」
 アズハという黒頭巾が近づいてくる。
 その手には短刀が握られている。
 殺される、これが最後かもしれない。マルコはそう思った。
 もうマルコは、剣を構えてはいなかった。
 ただ最期の瞬間がやってくるのを待ち。
 ただ、ただ、何かに謝り続けていた。
「ごめん、なさい……」
 僕はみじめだと思った。
 やっぱり僕は……と、思いかけた時。
 その声は、鳥の鳴き声ように辺りに響き渡ったのだ。




「剣を立てろ」




 一瞬、マルコは息を止めた。
 幻聴だと思った。
 頬を流れた涙が、首に伝った。
「まだ終わっちゃいねぇ。剣を握れ」。
 マルコの目から、一層の涙があふれ出た。
 だが今度は悲しみではなかった。
 全部の思いを飲み込む。唾やら血やら感情やらを喉の奥へ押し込む。ゴクリと音がした。
 その音に、まだ自分は生きてると感じる。
 そして目の前の黒頭巾も、動きを止めて。
 マルコはゆっくりと、剣を持ち上げた。
 両腕で力を込めなければ持てない剣。振り回すなんて到底無理だ。
 初めてこの剣を持った時に思った。この剣の持ち主は、どれほど腕を鍛えているのかと。
 自由自在に鳥のように跳ね回る、そこに至るまでに、どれだけの戦いを経てきたのかと。
 何を背負い、何もって戦い、
「貴様はッ」
 彼は強く、強く。
 ――アズハがマルコに向かって駆け出した。
 斬られる。そう思ったが、マルコは剣を構え続けた。
 目はつぶらなかった。
 そして叫んだ。
 最後まで叫んでやろうと思った。
 そして、ギンという金属音が鳴り響いた。
 ……次に聞いた声は。
「いいぜ」
 視界に滑り込んできた、巨大な男の背中。
「いい度胸だ」
「カー、」
「ただし、泣いてなきゃだな」
 皮肉に笑うその声は。ずっと聞きたいと思っていた男の物。
 そして、
「ディア・サンクトゥス!!」
 聞こえた声と、閃光と。
 体だけじゃなく、心を熱くするような炎の気配。
「マルコッ!!」
「デュラン様……」
「何とひどい怪我だッ……!!」
 2つの姿に、マルコは全身の力が抜けた。
 嬉しくて。半笑いを浮かべてしまう。
 そんな少年を抱きとめ、デュランは力強く頷いた。
「来たぞ」
「デュラン様……」
「よくやった」
 その言葉を聞きたかったのだと、マルコは初めて気づき。
 泣きたくないから顔を歪める。くしゃくしゃと撫でられる手の心地に、マルコは一層、たまらない思いがあふれ出るようだった。


  ◇


 オヴェリアが縛られたその下に、ついに彼らは再び集った。
「へへへ」
 取り囲む黒い群衆。それは、エンドリアに訪れてからずっと戦ってきた者たちと同じ様相。
 そしてその中に同じ黒として佇むその者。
 今まさにマルコに斬りかかったその者に、カーキッドはニヤリと笑いかけた。
「まさかこんな所にお前がいるなんざ」
 黒い刺客。この旅でずっと付きまとってきたその姿。
 それが今目の前にまたいる。
「カーキッド、こいつは、」
「デュラン、マルコとオヴェリア頼むぞ」
 そう言ってカーキッドはニヤリと笑う。
「貴様らッ」
 黒い群衆の中から数人、前に歩み出る者がいた。
「黒髪の剣士と術者……貴様らか、作戦の邪魔をする者は」
 カーキッドはそちらをチラリとだけ見て、だがすぐに視線を一点に戻した。
 その先にいるのは無論、黒い刺客である。
「何でお前がここにいる?」
 答えはない。
 そして遮るように、黒い刺客との間に幾重の戦士たちが流れ込んでくる。
 八方を完全に囲まれた。
「まずいな」
 視線を走らせ、デュランも思わず呟くが。
 カーキッドはただ笑った。
「カーキッド、」
 マルコがその背に向かって手を伸ばした。
「剣を」
 差し出された剣を、カーキッドは一瞥し。
 そしてグイと掴む。
 手になじむ、自分の剣。
「何でお前が持ってんだよ」
 だがその顔は笑っている。
「伝言があるよ。完璧に仕上げたって」
「……」
 そうかい、そう呟いて。
 カーキッドは一つ目を閉じた。
 そして次に開いた時は、斬りかかってきた者目がけて一閃を下ろす所だった。
 手になじむ感触。重みと振り速度。
 これは他の剣では味わえない感触。思わずカーキッドは不気味に笑ってしまう。
「ありがとよ」
 虚空に向かって呟く。
 そしていよいよ、カーキッドの足に力がこもった。
「相手してやる、かかってこい」
 それを合図にするかのように、大量の戦士が流れ込んでくる。
 斬りかかって行ったカーキッドの背とは反対方向をデュランは振り返り、単発の詠唱を始める。
 剣撃と爆音の中、デュランは打ち立てられた柱の上を振り仰いだ。
「オヴェリア様ッ!!!」
「眠らされてるんだ」
 オヴェリアの代わりにマルコが答える。
 デュランが舌を打つ。
 柱は四方の縄によって支えられている。
 縄を切るしかない。だがその間にも敵は襲い掛かってくる。
 数が多すぎる。八方から襲い掛かってくる戦士をけん制するには、デュランだけでは事が足りない。
 その上、デュランの鼻先に嫌な風が吹いた。
 そして次の瞬間、地面からの轟音と共に、炎が噴き出したのである。
「術者がいるか」
 デュランは即座に詠唱を打つが、一歩遅い。
 マルコを背中に回しかばう。
「グハッ」
 デュランの悲鳴に、マルコも悲鳴を上げた。
「カーキッド!」
 カーキッドもまた幾多の戦士に囲まれている。
「姫様ッ」
 マルコが叫ぶ。その後ろからも黒い戦士は襲い掛かってきた。寸前でデュランの術が弾き飛ばすが、その間にも魔導士の繰り出す術が襲い掛かる。デュランは防戦一方である。
 マルコが慌てて陣を描こうとするが、体がうまく動かない。
 カーキッドは剣を打つ合間にその2人の様子を見ている。縄を斬らねばならない事はわかっているが。立ちはだかる戦士たちが思うように動かせてくれない。
 いや、黒い戦士たちだけならば時間の問題で伏せる自信がある。だが問題は、その奥に控えている例の刺客。
 彼は今は戦士たちの後ろで沈黙を守っている。
「デュラン、オヴェリア何とかしろッ!!」
「うるさいッ!! こっちも考えてるッ」
 吐き捨てられる言葉と言葉。
 全員の一念が、オヴェリアに向けられているが。敵の攻撃は止む事なく続く。
 そしてデュランから見てマルコの傷は、あまりにも重傷だった。
 ……その決断を出す瞬間は、苦渋だった。
「カーキッド、一端退くぞ」
「馬鹿野郎」
 カーキッドは叫んで一刀斬り伏せた。
「マルコがまずい」
 援護をしようとしていたマルコの目がもう開いていない。呼吸が肩を上下させている。
「このままでは、マルコが」
「――」
 頭上にオヴェリアがいるのに。そこにいるのに。
「オヴェリアッ!!!」
 カーキッドが呼んでも彼女は答えない。
「馬鹿野郎、クソ!! 返事しろ馬鹿女ッ!!!」
 ――そして。
「クソったれッ!!! デュラン!!!!」
 カーキッドが叫んだ。
 それを合図に、デュランはマルコを背負い走り出した。
 目の前に立ちふさがる敵に、術を放つ。焦りのために威力が出ない。だがもう道だけ開けばそれでいい。
 カーキッドもその後を追いかけようとするが、させぬと言わんばかりに戦士たちが立ちふさがる。
「退け」
 斬る、斬る、そして斬り。
 走り出すその胴に一撃が入った。
「……ッ」
 カーキッドが呻き、その体制が崩れた。
 その瞬間をつき、横から降るような気配を感じた。カーキッドは紙一重でそれをかわす。
 剣撃の主は、あの黒い刺客。
「てめぇと遊んでる暇はねぇッ」
 剣を構え直し、カーキッドは一歩踏み込む。
 それをサラリと受け流し、下から顎先に向かって刺客が切っ先を滑らせる。
 どうにかかわすが、首筋に赤い線が走る。
(強い)
 笑いたい衝動に襲われるが、今はそれどころではない。
 その間に刺客は喉元目がけて剣を突き出してきた。
 その瞬間、呼子が鳴ったのが聞こえた。
「放て――ッ!!!!」
 合図と共に、空を幾つもの矢が飛んできた。エンドリアの兵士だ。
 刺客が一歩退いた瞬間に、カーキッドはデュランの後を追いかけた。
 もう一度だけ振り返る。黒い戦士たちは撤退をしていく。
 そしてオヴェリアが沈黙と共に空に向かって打ち立てられていた。
「オヴェリア」
 すまん、すぐに行く。
 必ず行くから。
 待ってろ。そう叫び、彼は走った。

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ