挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
白薔薇の剣 ―最後の王女の物語― 作者:葵れい

<第2部>

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

51/179

 第12章 賢者の森 -3-

「だから、どうして」
 何度目かわからぬその言葉と、憮然ぶぜんとするカーキッドの顔。
「だから言っているでしょう? ピュミラを積みに行くのだと」
「俺も行く」
「お前は留守番だ」
「だからッ、どうして」
 デュランは呆れた様子で大きすぎるため息を吐いた。「何度言えばわかる」
「呪いが回る。お前は動くな。ここで大人しくしていろ」
「森を歩くくらいッ」
「ダメだ。お前に掛けられた呪いは、私が想像していていた物より強い。下手に動くと回りが早まる可能性がある。お前はここにいろ」
「カーキッド殿、子供達を頼みます」
 オヴェリア、デュラン、そしてレトゥ。
 支度を終えた3人に何度もそう説得されるが、
「るっせぇ!」
 簡単に納得する男ではない。
 カーキッド・J・ソウル。剣士として、自らの腕に誇りを持っているこの男が。
「剣を抱えてガキのおりしてろってのか!!」
「そうだ!!」
「……!!」
「お前のために言っているのだ、わからんのか」
 ちょっとこっちにこい、とデュランがカーキッドを促す。
「お二人はここでお待ちください」
 そして建物の裏手に回った。
 井戸が一つだけあるひっそりとした所だった。辺りに人の気配がない事を確認し、デュランは深々とため息をいた。
「お前が憂慮しているのは、あの連中の事だろう?」
 カーキッドの眼光が鋭くなる。
「刺客……最後に会ったのはいつだ?」
「……フォルストだ」
 うむ、とデュランは頷く。
「正直言えば、あの折の事を私はあまり覚えていない。意識が朦朧としていた。刺客に襲われていたオヴェリア様を救う事ができたのは、ただ運が良かっただけだ」
「……」
「カーキッド、改めて問う。奴らは何者だ? これまでに何度襲われた?」
 カーキッドは不機嫌そうに答えた。
「3度。何者か俺にわかるわけがない」
 ただ、と彼は続ける。
「狙いはわかってる。オヴェリアだ」
「何と」
「フォルストで襲われた時奴らの1人を吐かせた。オヴェリアをゴルディアには行かせないだとさ」
「それは一体、」
「知るかよ」
「……いや、カーキッド、それは問題だぞ」
 風がうら寂しく二人の間をすり抜けて行く。
「オヴェリア様がゴルディアに向かう理由は1つ」
「竜退治か」
「黒竜討伐の件は、聖教会上層部では知られている事。無論、白薔薇の騎士の正体も然り」
 当然だろうな、とカーキッドは思う。王から剣を授かったあの場にどれだけの人間がいたのか。彼らは剣士の正体を見ているのだ、王に高らかに呼ばれたその名と、与えられた責務を。
 オヴェリア・リザ・ハーランド。1人の少女が受けた定めを。
 例え姫の名を知らずとも、その姓が導いている。その娘の出生を。
「姫様の事を私が知ったのは旅の中でだったが……噂は瞬く間に広がる。今この国で、どれほどの者がそれを知っているのかはわからぬが」
「その中に、竜討伐を良しと思っていない奴がいると?」
「オヴェリア様が王女と知ってなお、だ」
 上目遣いに見たデュランの目と、カーキッドの目が重なる。
「これは、尋常な事ではない。国をも揺るがす事になるやもしれぬ」
「……」
「オヴェリア様が竜の討伐に向かっているという事、その剣が聖なる剣であるという事、そして何より黒竜という存在を知り得て尚、滅ぼす事を良しとせぬ者」
 何が導き出される、カーキッド? と無言の中に尋ねる。
「黒竜と言えば子供の絵本にも出てくる。国を丸ごと滅ぼしたとされるしゅだぞ」
「……この国を、滅ぼそうとしてる輩がいる?」
 カーキッドの脳裏に1人の男の姿が浮かぶ。
「アイザック・レン・カーネル……」
 オヴェリアの叔父でありフォルストの領主。だが男は言っていた、この国を滅ぼしたいのだと。
「あいつが刺客の送り主か?」
「いや、恐らく違う。あの者が本当にオヴェリア様を狙うなら、もっと違う方法を使ったはず」
「じゃあ?」
「……気になるのは奴の事。ギル・ティモ」
 ともかく、とデュランは改めてカーキッドに向き直った。
「カーキッド、無理はするな」
「……」
「この先何が起こるとも知れぬ。だが確かなのは1つ、この先にお前の力は必ず必要となる。こんな所で倒れている場合ではない。……今は呪いを解く事、それまでは安静にする事が肝要かんようだ」
 デュランの言葉が、カーキッドの中で別の言葉を呼び起こす。
『これ以上、大事な人がいなくなるのは真っ平です』
「……チ
 カーキッドは舌を打った。苦々しげに、今ここにいない少女を思って。
「案ずるな。もし道中何かあっても、私がお守りする」
「できんのかよ、てめぇに」
「誰に向かって言っている」
 言い、デュランはフンと鼻を鳴らした。
「行って戻って2日だ。大人しくしていろ」
「……2日?」
「ああ? レトゥ様が案内してくれるが、今から発っても目的の場所に着くのは夜だ。今夜はテントだ」
「……」
「何だその顔は」
 何でもねぇ、とカーキッドはデュランに背を向けた。
「何かあったら、ただじゃおかねぇぞ」
「ははは、レトゥ様も一緒だから。何もせぬよ」
 即座、カーキッドはデュランの胸倉を掴んだ。
 だがデュランは変わらず涼しげに微笑んでいた。
「もしもの事あらば、全力でお守りする」
 お前の代わりに。
「……絶対だぞ」
「二言はないさ」
 胸倉を掴んでいた手を、デュランはポンと打った。
 それが、約束の印。
 ……そして間もなく、オヴェリア達は森に入って行った。
「カーキッド、すぐ戻るから。じっとしててね」
「わーったわーった、さっさと行け」
 3人を見送り、カーキッドは煙草に火をつけた。
 見上げると空はひたすら青く。そこに一筋、風が吹くのと同じ方向へ向かって、雲が長く伸びていた。

  ◇

森は、先へ行こうとする者をよしとしない。
踏み分け入った途端に取り囲む草木は柵となり、檻となって行く手を阻む。
「オヴェリア様、大丈夫でございますか?」
 レトゥに問われ、少女は辛うじて答える。
「大丈夫です」
 こういう道は初めてじゃない.。人の及ばない森を歩く事が簡単ではない事は知っている。突き出た枝に身を打たれ、裂かれる事もある。尖った草も容赦なく彼女を襲う。
 敵意ではない。それは摂理。
「もう少しです」
 出立したのは朝。もう日が暮れかかっていた。
 先頭を行くのはレトゥ。その後をオヴェリアと、一歩遅れてデュランが続いた。
「オヴェリア様はお強いですな」
 オヴェリアが振り返ると、さすがのデュランも少し参ったような顔をしていた。
「大丈夫ですか?」
「こうした道は不慣れで」
 お恥ずかしい限りでございます、とデュランは苦笑した。
 だがオヴェリアは思った。恐らくデュランは、あの時の傷がまだ完全に癒えていないのだろうと。
 あの時彼は、限りなく死に近い場所に立った。普通に考えても、傷が塞がるためにはもう少し時間が掛かるだろう。
 フォスルトの事を思い返すと、オヴェリアは堪らなくなる。
「少し休みましょう」
「いえ、大丈夫でございます」
「この先に川があります。そこで今日はテントを張りましょう」
 レトゥの言う通り、遠くない場所に川があった。
「ここまでこればあと少しです」
 だがその頃には完全に日が落ちてしまっていた。これ以上真っ暗な森を進む事は不可能だった。
 夜営の準備を始める。レトゥは慣れたもので、オヴェリア達が手伝う間もなく、テントと焚火を一人で作り上げた。
 彼はオヴェリアの父であるヴァロック王よりも年上に見えたが、体もよく動く。オヴェリアが感心した様子で見ていると、レトゥは少し照れた様子で「慣れていますので」とはにかんだ。
「食事の支度をいたしますので、少々お待ちを」
「手伝います」
「いえ、オヴェリア様は休んでいなされ。デュラン様も」
「面目ない」
「いえいえ」
 言い置き、火だけ起こしてレトゥは森の中へと消えて行った。
「凄い方だわ」
「ですな」
「私の父はもうあのようには動けない」
 思わず呟いてしまい、オヴェリアは困った様子でデュランを見た。
「ハーランド王は石病を患ってみえるのでしたな。まだ民には伏せられていますが」
「ええ……内密にお願いいたします」
「無論、承知しております」
 デュランの笑顔に、オヴェリアはホッとする。
「デュラン様とレトゥ様はお知り合いなのですよね」
 彼は変わらない笑顔で「はい」と答えた。
「レトゥ殿が以前魔術の講師をしていた頃に、少々お世話になりました」
 レトゥ殿は我が師の友でしたゆえに、とデュランは言葉をつづける。
「デュラン様のお師匠様は……どのような方だったのですか?」
 オヴェリアにとって、それは何気ない一言であったけれども。
 一瞬、デュランの顔に影が差したのを。焚き火の明かりの中でオヴェリアは見てしまった。
「わが師は……とても厳しい方でした」
 闇の中から紐解くように、手繰り紡いで行く映像。
「私は未熟ゆえに、いつも怒られてばかりでしたよ」
「デュラン様が?」
「ええ。……私は半端者で」
 愚かで、甘かった。
 だから――デュランは思う。
「師は、私を許さないでしょうな」
「?」
 それは? とオヴェリアが尋ねると。
 デュランは微笑み、そっと目を閉じた。
「オヴェリア様、お怪我をされておられる」
「あ……」
 さっき枝をに引っ掛けて切った物だった。腕に刻まれたそれを見て、デュランはそっと手をかざした。
「治癒の魔術は、それほど得手ではないのですが」
 ――ラウナ・サンクトゥス、ラウナ・サンクトゥス、ミリタリア・タセ・エリトモラディーヌ
 唱え終わるとその途端、ほわりと光が灯った。光は彼女の腕を包み、傷口をゆっくりと塞いで行く。
 それを見ながらオヴェリアは、「きれいな音ね」と言った。
「え?」
「デュラン様の呪文」
「……」
 ラウナ・サンクトゥス。
「とてもきれいな音」
「……この術を編み出したのは、我が師でございます」
 かつて、西の賢者と呼ばれた男が生み出した言葉を胸に抱き、デュランは微笑む。
「オヴェリア様」
「え?」
「ありがとうございます」
「……?」
 無垢なその瞳は。
 少しだけ…………彼女に似ていると。デュランは思った。



 その夜は平和に時が過ぎた。
 テントの中ではオヴェリアが眠った。元々オヴェリアのためにレトゥが持ってきた物であったが、彼女は最初頑かたくなにそれを拒んだ。
「私1人だけがそのような待遇を受けるわけには参りません」
 かと言って見張りは必要。そして、女性と2人でテントに入るわけにもいかなかった。
 最終的にオヴェリアが折れる形で、レトゥとデュランは外で過ごした。
 2人が話しているのを少しの間言いていたが、それほど経たないうちにオヴェリアは眠りに落ちた。
 そして夜が明けて間もなく3人は出発した。
 小1時間ほど歩いた所に、目的の物があった。
 一際大きい巨木の根元に生えた草。
「これがピュミラ……」
 ハート型の葉が4つ、きれいに並んだ草であった。葉の中に白い斑点があるのが特徴的だ。
 それをレトゥは手で丁寧に掘り下げて行く。薬の材料として重要なのは根の部分なのだ。
 傷つけないように丁寧に丁寧に、ゆっくりと。
 やがて土から掘り起こすと、レトゥはそれを大切に布にくるんだ。
「この巨木はこの地の守り神です」
 レトゥは木を見上げ手を合わせた。
「どうぞ、よき力を」
 オヴェリアとデュランもそれに習った。
「持ち帰って根付けできないのですか?」
「この葉はここでしか育たない……この木の根元で生まれ、朽ちていく」
 誠に不思議な草だと、レトゥは包みを大事そうにしまう。
「種がないのです。一つ朽ちて一つ生まれる。……何とかして増やせないものかとは思うのですが」
 中々難しいです、そう言いレトゥは苦笑した。
「さあ戻りましょう。帰りは下りが多い、夕刻には戻れるでしょう」
 ええ、とオヴェリアは微笑んだけれども。
 デュラン一人、少し険しい顔をしていた。
「デュラン様? どうかされましたか?」
「いや……何でもございません。急ぎましょう、カーキッドが待っている」
 ……予感がしたのである。何か妙な予感が。
 そしてその予感が現実の物となるのは、間もなくの事だった。
 昨晩の夜営地まではすぐに戻れた。川で再び小休憩する。
 オヴェリアは木陰に座り一瞬気を抜いたが。
「デュラン様?」
 デュランが焚き火の跡をじっと見ていた。
「どうかされましたか?」
「いや」
 言葉は濁された。
「少し、動いている」
「え?」
「レトゥ様、念のために川には近寄らないように」
 そう言ってデュランが振り向いた瞬間。
 レトゥの体に、刃が突き刺さった。
「――ッ!?」
 悲鳴を上げる間もなく、デュランはオヴェリアを突き飛ばした。彼女がいた場所に短剣が幾つも刺さる。
「刺客です!!」
「レトゥ様がッ!!」
「今は走って!!」
 樹々の間を走る。後方に黒い人影が垣間見える。その姿にはデュランも覚えがある。
 カーキッドの憂慮が当った。思わずデュランは舌打ち交じりに笑いをこぼしてしまった。
「デュラン様ッ」
 上から舞い降りる黒。短剣が、一直線にオヴェリア目がけて振り下ろされた。
 咄嗟に2人は転がって逃げるが、
 ――まずい。
 左右にオヴェリアとデュランが分断される。
 急ぎオヴェリアの元へ寄ろうとするデュラン目掛けて、別の刺客が短刀を突き出した。
 接近戦はデュランは不利。
「クッ」
 ――オヴェリア様の元へ。
 視界の端でオヴェリアが剣を抜いた。刺客たちが一斉に押し寄せる。助けに行きたくてもデュランを狙う刃も多数。
 デュランの得物は弓と術。その力を奮うには距離が要る。だがそのためにはオヴェリアから離れなければならない。
 ――約束したのだ、あの男と。
 そして刺客達の狂剣に追い立てられ逃げれば逃げるほど、オヴェリアとの距離が開いていく。矢継ぎ早の攻撃は避けるのがやっとで、呪文の詠唱も、まして矢を番える事もできない。
「ディア・サンクトゥス!!」
 短縮させてどうにか放った風の術は、狙いが定まらない。黒装束は簡単に避ける。
 しかし注意は引いた。その隙に一気に術を唱える。
「ラウナ・サンクトゥス、ラウナ・サンクトゥス、」
 森の中に金属音が木霊する。
「ミリタリア・タセ」
 刺客がデュランの顔面目掛けて短刀を振り下ろす。頬をかすめて何とかかわす。
「エリトモラディーヌ!」
 目の前にいた3人目がけて術を解き放つ。だが彼らは炎に包まれてもなお動きを止めない。身を焦がしそのままデュラン目がけて襲い掛かる。
「ディア・サンクトゥス!!」
 けん制入れながら矢を番え、放つ。
 ――守るぞ、カーキッド。
 必ず。ここは切り抜ける。
 神父は弓を番え、再び詠唱に入る。

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ