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白薔薇の剣 ―最後の王女の物語― 作者:葵れい

<第2部>

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 第11章 死の呪い -1-

 ゴルディアには、かつて行った事がある。
 その時から思っていた。
 ……いつ何時、どうなっても。それはそれで本望なのだと。
 まじない師の言葉なんぞ、クソ食らえだと。


  11

「マルコの様子は?」
「眠っております。大丈夫。いずれ目を覚ましましょう」
 もう一度「大丈夫」と言い、レトゥは腰を下ろした。
「それにしても、昨日に続き助かりました。しかしなぜがあそこに?」
 宿である。
 山から戻ったオヴェリア達はマルコを寝かせた後、宿の奥にある食堂に集った。
 聞かれオヴェリアは気まずそうにカーキッドを見、決意したようにレトゥを見た。
「申し訳ありません。偶然お二人が宿を出て行く姿を目にして。少し……気になってしまって」
「俺はやめとけつったんだけどよ」
 他人事の顔をして言うカーキッドを、オヴェリアは恨めしそうに振り返った。
「どの辺りが気にかかられましたか?」
 だが老人は気を悪くした様子になく、むしろ面白そうにオヴェリアを眺めた。
「昨晩からのマルコの様子が」
 あの怯えたような顔が、とは言わない。
 だがレトゥは察した様子で頷いた。
「我らは……もうお察しかもしれませんが、あれを処理するためにこの町に参りました」
 食堂に彼らの他に人はいない。
「町長に内々で頼まれまして、くれぐれも町の者に気づかれぬようにお願いしたいと。知れれ大混乱になりますゆえに」
 オヴェリアが蟲の存在を知ったのは旅に出てから。
蟲により人が被害に遭っているという現状……この国で何が起きているのか。あのような物がこの世に存在していた事すら想像できなかった。
「蟲は、並大抵の火ではかえって孵化を早め凶暴化させる恐ろしき存在です。人には過ぎる存在。ゆえに時折、助けを求める声が寄せられる。これまでにも何度か駆除に参りました」
「マルコは初めてだったのでは?」
 核心を突くオヴェリアの問いに、レトゥは少し神妙な顔をした。
「そう……マルコに供をさせたのは今回が初めて。あの子が蟲を前に術を成すのは、先ほどが初めてす」
「そうでしたか……」
「あなた方は初めてではないのですね? あの異形を前に迷いなく向かって行かれた。どこかで蟲を斬った事があるとお見受けしましたが」
 オヴェリアの顔に影が落ちる。だが次の瞬間、彼女の目には強い光が宿っていた。
 その目を見てレトゥは双眸を細めた。
「あなたは何者ですか……? カイン・ウォルツ……いや、オヴェリア殿?」
「なぜその名を」
「失礼ながら、先ほどカーキッド殿があなたをそう呼んでみえた」
 あ、とカーキッドは声を漏らした。すぐにオヴェリアがカーキッドを睨む。
「申し訳ありません。理由(わけ)あってカインと名乗っております。確かに私の本当の名はオヴェリア」
「オヴェリア様……」
「それ以上は申せません。ですが確かに私も旅の道中蟲を斬りました。その実態も見ております。ゆえに、あなた方が成している事は素晴らしい事だと思います。蟲に滅ぼされた村は……悲惨な物でした」
 カーキッドが長く息を吐き、目の前に置かれた珈琲に口付けた。湯気が香り立ち、オヴェリアの鼻もくすぐられた。
「近年、蟲が南下しているのはご存知か?」
 老人の問いに答えたのはカーキッドだった。
「ああ? 蟲は元々もっと北に生息していた。アステル近郊から、バジリスタにかけてが主な生息地だったはずだが」
「そう。蟲の生息地域は近年徐々に南下を進めている。ハーランド城下近郊にまで及んでいる様子」
 オヴェリアは唇を噛み締める。確かに彼女が初めて蟲を目にしたのは、城下からまだ近い頃だった。
「その数もどんどん増している……食い荒らされる人里は多い。何処いずこからかやって来、誰にも知らぬ間に卵を産み付けて行く。蟲が一度に落とす卵の数もまちまち。生体は未だはっきりとわかってはおりません」
「ギョウライチュウの変異だという話を聞いたが?」
「固体としては似通っています。だが一体どのような経緯であれだけ巨大化・凶暴化したのか。研究も進まぬままに、数と被害ばかりが増しているのが実情。……王はどう思っているのか……この事態をいかに成すつもりか」
 その言葉にオヴェリアの心臓がズキリとした。
 彼女の表情を何と思ったか、レトゥはため息を吐き、「少々言葉が過ぎました」と言った。
「ともかく、今回の一件はどうぞ内密に。事が知れれば住人は混乱する。土砂崩れも後で確認に参らねばなりますまい」
「マルコは……良いのでしょうか?」
 体の事以上に、オヴェリアが言いたいのは心の事である。
「今回の供は、あの子自身が望んだものです」
「え?」
「蟲の退治には危険が伴う。未熟な魔術師を連れて行くわけにはいかない。……ですが今回はあの子自身がそれを望んだ。乗り越えなければならないと思ったのでしょう」
「……それは?」
「マルコは蟲に会うのは今日が初めてではないのです」
 レトゥが次の言葉を口にしようとした時、食堂の戸口が開いた。そこにいたのは先ほどレトゥたちを案内していた町の男だった。
「先生、少しよろしいでしょうか。町長が」
「わかりました。……申し訳ない、少し留守にします。マルコをお願いできませんか?」
「わかりました。お気をつけて」
 レトゥはカーキのマントを翻し、宿を出て行った。
 それを見送りオヴェリアはカーキッドを見た。
 彼は知らん顔でクシャミを3つ連続でした。


 それからオヴェリアたちは早めの昼食兼朝食を済ませ、マルコの部屋へと向かった。
 マルコはまだ眠っている。
 オヴェリアはその寝顔をじっと見つめている。それを見ながら、カーキッドは戸口に背をもたれさせた。
「重ねるな」
「何を、」
「そいつに自分を」
 蟲退治に、マルコは自分で志願した。
 レトゥは言った。少年には乗り越えなければならない物があるのだと。
「重ねるなど、」
 してませんとは。結局言えなかった。
 確かにオヴェリアも竜を退治するためにこの旅に出た。そこには色々な意志が伴っている。
「ただ……この子くらいの時だったなって。母上が亡くなったのは」
「……」
「あの時の私に……あんな異形と戦う勇気なんか持てたかしらって」
 オヴェリアの言葉にカーキッドは少しだけ鼻で笑う。
「でもお前も、その時分には剣を振り回してたんだろう?」
「……少しだけ」
「なら、同じじゃねぇか?」
「……」
「必要となれば、お前は戦ってたさ」
 小さかろうが大きかろうが、戦う事に、老いも若きも関係ない。
 意志があるか。
 立ち向かうべき物があるか、そしてあるならば。
 誰であろうといつであろうと、振るう力はある。
 生きている限り。誰もが拳を持っている。
 今オヴェリアの目の前にあるマルコの寝顔に怯えはない。
 彼女は少し安堵の息を吐き、布団をかぶせ直してやった。
「あなたは?」
「あん?」
「カーキッドはこれまで……何のために戦ってきたの?」
 何を目指して。
「は? あんだよそりゃ」
 剣を振るい身体を鍛え、技を磨く。上へ上へと目指すその理由。
「あなたも何か目指している事があるの?」
「……さぁな」
 そっと視線を逸らし、彼にしては珍しくあからさまに話題を変えた。
「それより蟲だな。前の村といい、あのじぃさんの言う通りやっぱり数が増えてる」
「そうだ、さっきはありがとう。遅くなってしまったけれど」
「あん?」
「マルコの術から、庇ってくれたでしょう?」
 いいや、今日だけじゃない。オヴェリアは思った。
 カーキッドはこれまでこの旅の中で何度となく、身を挺して自分を守ってくれた。
 俺はお守りじゃねぇと言いながらも。でもオヴェリアにはわかっている。彼が気に掛けてくれている事を。
「ありがとう」
「うっせぇ」
 ニコリと笑言う彼女に、カーキッドはボリボリと鼻の頭を掻いた。
「たまたまだ。別にてめぇを守ったわけじゃねぇ」
「そう。でも本当に、」
「そう思うんなら、俺に守られなくてもいいようになりやがれ」
 半人前は旅にいらねぇよ。そう言ってそっぽを向いたカーキッドに、オヴェリアは呆れた様子でクスクスと笑った。
「腕はまだ痛むの?」
「――」
「腕の包帯。時々痛そうな顔してる。さっきも地面に打ち付けてなかった?」
「……大丈夫だ」
 カーキッドの表情がサッと変わった。それは目にしたオヴェリアが驚くほどの変化だった。
「カーキッド?」
「……あのエセ神父の薬、大した事ねぇ。けど少しは楽になった。剣を握るにゃ支障はない」
 言いつつも、だが明らかにカーキッドはオヴェリアの視線から右腕を隠した。
 違和感。
 オヴェリアはカーキッドの傍に寄る。
「見せて、カーキッド」
「何でだよ」
「いいから見せて」
「……てめぇ、いつから医学の心得でも持ったよ?」
 皮肉げにカーキッドは笑ったが、オヴェリアの顔は真剣だった。
「見せなさいカーキッド」
「ダメだっつってんだろうが」
「どうして」
「理由なんか、」
 ねぇよ。
 言おうとしたその瞳を、オヴェリアが覗き込む。
 青い瞳。
 宝石……いや違う。これは。
 海だ。
「……」
 言葉に詰まる。
「カーキッド」


『カーキッド』


「――ッ」
 ――何で今、その声を思い出す?
 だがカーキッドの脳裏に、確かに〝その声〟がした。
 そして彼に生まれた隙をオヴェリアが逃すわけがない。彼女はサッとカーキッドの腕を掴んだ。
 逞しい腕。
「触るなッッ!!」
 だが、オヴェリアの手が腕の包帯の一端を弾くには充分であった。
 スルスルと、解き放たれた布は地面に滑り落ちて行く。
 そして白日にさらされた腕は。
「――」
 息を呑む、それ以上に。
「カーキッド、これはッ」
「…………」
 だから、と彼はボソリと呟いた。
「ダメだっつっただろうが……」
 カーキッドの腕は何度も目にしている。逞しい事以外に、目立つようなあざなどなかった。
 だが今ある彼の腕は……火傷とは違う、黒と赤が織り交ざった毒々しいほどの斑模様が、右腕の肘から手首にかけてびっしりと広がっていたのだ。
「何、これ……」
「……」
「いつから!? ねぇカーキッド、いつからこんなッ」
「……チ」
 カーキッドは観念したようにその場に座り込んだ。
「フォルストでの一戦。……痛みはあった。だが実際に痣が出てきたのはそれから数日後だ」
「デュラン様には?」
「奴は知らねぇよ。あいつが行った後だったから」
 この痣に、カーキッドは心当たりがある。
 ギル・ティモ。フォルストでの戦いの際、あの魔道師は去り際にオヴェリアに向かって何か放った。咄嗟にカーキッドは彼女を庇い。
 その時腕に痺れのような痛みは感じた。……あれが原因だとしたら。
 ――これはただの傷じゃない。
「まぁ大した事ねぇよ。最近やっと痛みも引いてきたし」
 言葉を失っているオヴェリアに、カーキッドは嘘をついた。
「俺が大した事ねぇって言ってんだ。それでいいだろ」
「……でもッ」
「それにしてもじぃさんはまだかよ。チ、今からじゃ出発できねぇな……明朝に延期か」
「カーキッド、本当に、」
「くどいぞ。だから見せたくなかったんだ」
「……」
「……一服してくる。てめぇはここでガキのお守りしてろ」
 包帯を拾いながら、そう捨て置き、カーキッドは部屋を出た。オヴェリアは追いかける事ができなかった。
 ……オヴェリアが来ない事を確認し、包帯を腕に巻いていく。幸い宿の外まで誰にも会わずにすんだ。
 空は明るい。雲の量は多いが、今すぐに雨が降るような天気ではない。
 煙草を取り出し火を点ける。無意識に太陽の場所を確認した。
 ――この傷……もしあの時あいつから受けた物だとしたら。
 ギル・ティモ。人を獣と変え、屍を操り、命を弄ぶ魔道師。
 そのような者が放った術。
 ――恐らくこれは、死の呪い。
 現実、黒い痣は日に日に広がって行っている。腕の痛みも同じく。
「へへへ」
 ――女を庇って呪いを受けて死ぬ、だ?
 自分のあまりの間抜けさに、虚しさよりも恐怖よりも何よりも先に。
 カーキッドは笑ってしまう。


 かつてカーキッドにこう言った者がいる。
 お前は生涯剣によって生き、剣によって生かされる。そして最後は、己が戦う本当の意味を知り、愛する女を守って死ぬのだと。
 俺の戦う理由とか意味とか、何だよ? とカーキッドは笑う。
 ――そんなもの、俺が、俺のためにしているだけの事。理由もへちまもありゃしねぇ。
 強くなりたい、剣客ならば誰もが描くその思念。
 そのために戦う、これ以上の意味があるかと。
 まして。
 ――俺は誰も愛さない。
 改めて胸に刻む。
 愛さない。……だから。
 やっぱりあのまじない師はヘボだと彼は思う。
 自分のために生きて、自分より強い者に会って死ぬ。
戦いの世界に他はない。それ以外はないのだ――。


 その夜。
「カーキッド、マルコが目を覚ましたそうですよ」
「へぇ、そうかい」
「ねぇ……カーキッド、その腕、医者に……せめて、レトゥ様に診てもらっては……」
「は? 何で魔術の先生に腕を診せなきゃなんねぇんだ? あのじぃさんは魔術師兼医者か?」
「いえ……でもッ」
「明日の朝発つ。いいな。もう寝ろ。俺の事はほっとけ」
「カーキッド……」
 布団にもぐりこみながら、カーキッドはオヴェリアに背を向けた。
 ――それ以外はないんだ。だからお前も俺に構うな。俺を気にするな。
 そして彼は自分自身にも言う。
 お前の一生は、お前だけのもんだと。
 痛みも苦しみも何もかも、俺は俺だけのもんだと。
 誰かにくれてやる命なんかないのだと。そう胸に刻んでいるから。
 だから無論カーキッドは、痛みで眠れないなどとは誰にも決して、言う事はない。


 雨が降り出したのを、カーキッドは聞いていた。
 打ち付ける音は時間と共に強くなって行く。
 レトゥの言葉を思い出す。嵐が来る前に出発しろと。
 魔術師は天気予報もできるのかと内心思ったけれども。
 隣の寝台にいるオヴェリアが、何度目かの寝返りを打った。
(眠れねぇのか)
 いつもは必要以上にさっさと眠れるじゃねぇかよと思いながらカーキッドもまた寝返りを打つ。
 結局2人、寝付けないまま朝を迎える事となる。
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