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白薔薇の剣 ―最後の王女の物語― 作者:葵れい

<第2部>

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 第10章 水の魔術師 -2-


  ◇

「助かりました、改めて礼を申します」
「いえいえ、それはこちらの方でございます。危ない所を本当に。あなた方がおらねばどうなっていた事か。良き方たちと乗り合わせました」
 老人はそう言って笑ったが、オヴェリアはどうだろうか? と思った。もし自分たちがいなかったとしても、この老人ならばどうにかしたのではないだろうかと。横目でカーキッドを見たが、彼はそ知らぬ顔で料理をつついていた。
町である。
 老人と少年、そして後に他の乗客とも合流してここまで至った。盗賊の事を駐屯の兵士に伝えた後、オヴェリア達は宿を探し、とあえず濡れた衣服を脱いだ。今は宿で借りた部屋着を身にまとっている。
 それから、老人に誘われ共に食事をしているのだが。
 カーキッドがさっきからクシャミを連発している。風邪を引いたのかもしれないと、オヴェリアは心配そうに彼を見つめた。
「大丈夫?」
「……で? あんた何もんだい?」
 オヴェリアの視線を無視し、カーキッドは肉を頬張りながら聞いた。
「どこぞの名だたる魔術師か?」
「そんな大それた者ではございません」
 老人は薄くなった頭部を掻きながら、苦笑を浮かべた。
「ここから南西にある町で、子供達に魔術を教えている者です」
「へぇ、魔術の先生かい」
 そんな大業な物でもないですがね、と老人は笑った。
「申し送れました。私はレトゥ。この子はマルコと申します」
 少年は顔を上げたが、オヴェリア達と目が合いそうになるとすぐにまた下を向いた。
「あなたも魔術を習っているの?」
 下を向いたまま無言で頷いた少年を、オヴェリアは少しの間眺めていた。
「しかしこのご時世、魔術を子供に説いてやる輩がいるとはね」
 魔術。
 大地のことわりを理解し、その力を特殊な媒体式に乗せて形成、具現化させる呪術である。
 その方式は様々。神父デュラン・フランシスのように言葉や言語を紙に書く方法もあれば、大地に刻む方法もある。
 音、文字、形、数式、天候あるいはある種の道具。
 多々ある具現方法においてもっぱら難易度が高いとされるのが音による方法。特にある一定の言葉を口から放つだけで術を成り立たせる事ができるのは、相当の達人と言える。そしてそれが短ければ短いほど、その術者の力量が伺える。
 ただしこれにも、個々の相性は存在する。
 いかに秀でた術者とて、音と相性が悪ければ口頭での術の発動はできない。同じ術でも、音では無理でも文字にすれば使えるという事は多々ある。
 そして、昨今、術者育成に一番力を入れている機関は教会である。
 北方ガリオスの地に総主教庁を置く宗教組織。聖母サンクトゥマリアを崇め、ハーランドの国教でもある宗教組織である。
「私自身はガリオスで学んだ身でありますが、学びたくてもそこは敷居が高いのが実情。子供たちの可能性が広がればと思い指導を始めた次第です。実際には魔術の指導よりも大陸の歴史や経済、土地の成り立ち、この世の理などを説いておりますかな。どれほど学びの心があろうとも、魔術を操る才があるのは極々稀です」
 ハーランド王家にもお抱えの魔術団はある。だがその数は極々少数。数は騎士団には到底及ばない。
 魔術を操る事、言語を理解し世界を理解し、そして自分が最も相性のいい媒体を見つけけ技を極める。
 華々しい世界ではあるがその道はあまりにも険しい。生涯を尽くしても極めつくせる物ではない。
「レトゥ様は言語のみで術を操ってみえた。相当の使い手とお見受けしました」
「カイン様も魔術を?」
 オヴェリアは老人と少年に、カイン・ウォルツと名乗っていた。
「幼少の頃、両親の勧めで少しだけ。でも才がありませんでした」
「そうですか……ですがあなた方は私の術に動じなかった。普通ならばもっと驚かれた事でしょう。どこかで魔術を見た事が?」
 その問いにオヴェリアとカーキッドは顔を合わせ、「ちょっと、な」と言った。
「それで、カイン様とカーキッド様はこれからどちらへ?」
「所用でエンドリアへ向かってる」
 エンドリアはここから北にある港町。そこからさらに北へ向かったその先に、2人が目指す場所がある。
 ゴルディア――黒い竜が現れたと言われる場所が。
「エンドリアですか……近郊で先日竜巻があったと聞きました。道が少々荒れてるかもしれません」
「ジィさんたちは? 南西の町から来たって言ったよな?」
 その問いは、話のついでにカーキッドが何気なく聞いたものであったが。
 それには答えず、レトゥはただ一つニコリと笑った。
「この町の滞在は?」
「明日食料調達して、遅くても明後日の朝には発とうと思ってる」
「左様ですか。……荷物整えたら早々にこの町を去りなされ」
「……?」
「雨が迫っております。直に嵐が来るかもしれません」
 レトゥはまた少し笑った。
 それにオヴェリアは曖昧に笑って返したが、彼女が気になったのは老人の横に座る少年。
 彼はずっと、睨むように皿の料理を見ていた。
 手をつけるわけでもなく、そして顔を上げる事もせず。

  ◇

「今日はゆっくり眠れ。明朝出立する」
 食事を終えて部屋に戻るなりカーキッドは言った。
「え? 先ほど、明日は食料の調達をすると言っていませんでしたか?」
「気が変わった」
 レトゥとマルコも同じ宿であったが、オヴェリアたちは2階、彼らの部屋は1階の奥だ。
 そして例によってまたしても、2人は同じ部屋である。
「そんな……まだ2人にまともに挨拶をしていないのに」
「明日の朝すりゃいいだろ」
「……」
「……あんだよ、その目は」
 じっと見つめるその青い瞳に、異国で〝鬼神〟と呼ばれた男が一瞬たじろぐ。
「……何かある、そう思ったのでしょう?」
「あん?」
「あの2人の事です」
 少し眉にしわを寄せたカーキッドだったが、すぐに顔を背けた。
「知らねぇよ。いいからさっさと寝ろ」
 カーキッドは言うなりシャツを脱ぎ捨てた。それにオヴェリアが悲鳴を上げて顔を手で覆う。
「勝手に裸にならないでください!!」
「うっせぇ。俺がどこで脱ぎ着しようが、お前には関係ねぇ」
「充分あります!!」
 オヴェリアは赤面しながら布団に潜り込んだ。
「もうっ、嫌っ」
「そーかいそーかい。さっさと寝ろ」
 ニヒヒと笑って、カーキッドは布団に潜り込んだオヴェリアを見た。そして小さなランプの下で剣を抜き磨き始めた。
 隙間風だろうか、ランプの炎が仄かに揺れる。
 カーキッドは息を吐いた。それには炎はピクリともしなかった。
「……ねぇ、カーキッド」
「あん? 寝てねぇのかよ」
「そんなにすぐには眠れません」
 ゴソゴソと音がする。頭まで布団をかぶったまま、オヴェリアはカーキッドの方を向いた。
「そんなに寝て欲しかったら、子守歌を歌って?」
「……誰が?」
「ダメ?」
「……てめぇで歌え」
「それじゃ眠れません」
 剣が曇ってる。刃が少し欠けている。研ぎに出さなければならない。
 小さな光の中で切っ先を見極め、カーキッドは嘆息をく。
「カーキッド、」
「あん?」
「……」
「……」
 フォルストを出たのは3日前。
 かの地に王都より第一報が届いたのは、2人がデュランと別れてから2日後の事だった。書簡は城と、教会にいるオヴェリアの元へともたらされた。
 それを見届けオヴェリアたちは旅に出た。王都より兵が派遣されたのはその後の事である。
 オヴェリアたちの傷はまだ完全には癒えてはいない。デュランが2人のために置いて行った薬は魔術によるものか、普通より早く傷が癒えて行くようだった。それでもまだ2人の体には所々に布が巻きつけてある。カーキッドの右腕にも肘から手首にかけて、フォルストからずっと布が巻かれ続けていた。
 そして癒えぬのは体の傷だけではなく。
 ……アイザック・レン・カーネル。フォルストで戦った男。
 オヴェリアの叔父にしてフォルストの領主。その行方が知れない事と彼が言った言葉が、オヴェリアをずっと悩ませている事をカーキッドは知っている。
『お前の父は、母を殺したのだ!』
『私は父を信じます!』
 カーキッドはもう一度息を吐いた。諦めに似たような吐息だった。
「エンドリアは湾沿いの町だ。うまい食べ物がある」
「……」
「お前が見た事ないような魚もいるぞ」
「……魚?」
「ああ、それに交易港だ、食い物だけじゃない、色んな人や物で溢れてる。面白いぞ」
「……カーキッド、」
「明日発つ。食料を調達してそのまま行く。エンドリアに着けるのを楽しみにしとけ」
「……」
 あと……それから。カーキッドは言葉を探す。
「エンドリアから船に乗って北へ行けば、ゴルディアまでは目と鼻の先だ」
 そこまで言って一呼吸置き、決したようにカーキッドは言った。
「お前には言ってなかったが。……俺は実は、昔一度ゴルディアに行った事があるんだ」
 この沈黙と夜陰に紛れて。
 言ってしまおう、そう思ったけれども。
「……」
「……、オヴェリア?」
「……」
「…………寝てやがる」
 やれやれと、カーキッドは息を漏らした。
「てめぇなら、歌いながらでも眠れるさ」
 頭はかぶっているが、背中は丸々出ている。カーキッドはオヴェリアが眠る寝台に寄り、布団をかけ直してやった。寝息とあどけない寝顔が中から顔を出す。
「俺はお前の母ちゃんじゃねぇぞ」
「ん……」
「ったくよぉ」
 おやすみ、と呟き再び自身の寝台に戻り、剣を手にしかけ。
 カーキッドは、包帯を巻いた腕を見た。
「……」
 やがて剣を取りもう一度刃を見る。
 ランプはもう少しの間、男と、姫の寝顔を照らし続けた。



 肌寒さで目が覚めた。
 朝かしら、とオヴェリアは重い目をこすって窓を見る。まだ外は暗かった。
 カーキッドは? 旅に出てからついてしまった習慣。起きて最初にカーキッドの姿を探す事。
 隣の寝台を覗く。そこに彼はいなかった。同時に剣もない事に気づく。
 オヴェリアは少し心配になり布団から這い出た。寒かった。
 置いて行かれたのかとも思ったが、剣の他の荷物は残っている。
 オヴェリアは戸口を見た。心臓がなぜか早鐘に打った。
(待っていれば戻ってくる)
 ここにいればいいと思う。……だが。
 何となく嫌な予感を覚え、オヴェリアは上着を手に取った。まだ少し湿っぽかったが構わず羽織る。
 そのまま部屋を出ようとしたが一瞬考え、立てかけてあった白薔薇の剣を振り返る。
(まさか、何事もないとは思うけれども)
 念のためにと掴んで部屋を出る。
 廊下は暗かった。
 城にいた頃は夜でも明かりが絶える事はなかった。だがここは城ではない。
 目は直に慣れてくる。
 洗面所は1階だ、輪郭と記憶を頼りに階下へ降りていく。
 じゅうたんの弾力に靴が少し弾む。
 もちろん城内や、オヴェリアの部屋に敷いてあったそれとは厚みも質も違う。
 それでも足に優しいと感じる。一枚敷いてあるだけでも足が喜ぶ。心がほっとする。
 私は変わったかもしれない……階段を下りながらオヴェリアは思った。
 旅に出て1ヶ月になろうとしている。
 生活は一変した。野宿もしたし、宿とは呼べないような場所でも寝起きした。
 城の中がいかに普通の人々とかけ離れているのか、町の者たちがどういう所で、どのように暮らしているのか。
 食べる物も住むところも境遇の何もかもが違う。
それでも人々は笑っている。たとえそれが王族、貴族とかけ離れた生活であろうとも。
人々は自分の生活の中に幸せを見つけて生きている。
 ……宿の階段はあっという間に下へとたどり着く。いい匂いがする。焼き立てのパンの匂いだ。
 生活の匂い、そして日常の音。
 朝が、今日がまた始まろうとしている。
 窓の外の空が先ほどよりは白んできているように見えた。
 パンの匂いに誘われるように、オヴェリアのお腹が鳴った。
 ここにフェリーナがいたら「まぁ大変! 少々お待ちくださいませ姫様!」と大騒ぎして、厨房に朝食の用意をせっつきに走るだろう。もしかしたら自分でパンケーキを焼いてくるかもしれない。
 トレイを持って部屋に駆け込んでくる姿が浮かんで、オヴェリアはクスクスと笑った。
 ――フェリーナは元気かしら……。
 フォルストにいた時、父へのふみと共にフェリーナにも手紙を書いた。返事はそれより数日後ハーランドからの使者によってもたらされた。
 慌てていたのだろう、文字は乱れていたが、小さな女の子らしい文字は確かにフェリーナの物だった。ひたすらにオヴェリアの安否を気遣う文章だった。
 城は変わりないから、とにかく無事に早く帰ってきて欲しいと。何なら今すぐにでも帰ってきてと。竜退治なんてどうでもいいからと。
 ――そうはいかないの、フェリーナ。
 竜を退治する、その目的で旅に出た。
 オヴェリアはもう一度思う。そうはいかないのだと。
 ――この国はそれだけではない。
 フォルストの顛末、レイザランの事……父王ヴァロック・ウィル・ハーランドにも書簡で伝えた。父も気づき始めている、この国で何かが起ころうとしている事を。
 ゴルディアには竜がいる。そしてオヴェリアの懐には竜の命を宿す石がある。
そしてそれを狙う者がいて、この国を滅ぼそうとする意志が生まれ始めている。
 ――何かが。
「父上、母上……」
 ぐっと目を閉じオヴェリアは思う。
『わしの代わりに世界を見よ』
 父からの手紙にはそう書かれていた。
 オヴェリアは、叔父が言った事を父には告げてはいない。
 告げてどうなる……今ここでその是非を問うてどうする……?
「父上……」
 呑み込む想い。
 腕の中にある薔薇を見る。
 白い薔薇の章。それが今唯一、目に映る真実であり事実。
 この薔薇の元に、
「母上」
 2人の意志がある。
 それだけが今は胸にあればいいと……そう願う。



ガタリと音がした。扉が開く音だ。
 カーキッドかと、オヴェリアは音の方を見やったが、開いたのは客室だった。
「先生……」
 聞こえた言葉に、オヴェリアは咄嗟に階段の影に隠れた。
「マルコ、よいな」
「はい」
 マルコ……あの2人だ。
「行くぞ」
 2人は宿の玄関に向かって歩いて行く。オヴェリアは息を止めて潜んだ。
 老人と少年は、共にカーキ色のローブを身にまとっている。老人も小柄だがマルコはそれよりもっと小さかった。
 その背を眺めるオヴェリアの脳裏には、昨晩凍ったように俯いていた少年の姿が過ぎった。
「何してんだお前」
 2人が出て行った頃、裏からカーキッドが現れた。
「あ、カーキッド」
「何だ? こんな所で何してる」
「あなたこそ」
「俺は裏で剣の鍛錬を……あん?」
 皆まで言わせず、オヴェリアは腕を掴んだ。
「行きましょう」
「は? どこへ?」
「わかりません」
「あん??」
 何かある。
 オヴェリアは戸惑うカーキッドを引っ張り、走り出す。
 マルコがしていたああいう目をオヴェリアはよく知っている。あれは何かに怯えた目だ。

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