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白薔薇の剣 ―最後の王女の物語― 作者:葵れい

<第1部>

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 第9章 さらば、愛しき人よ -6-



  ◇


「この度は、本当にありがとうございました」
 次の日の夜。
 オヴェリアたちはフォルストの教会にいた。
 丸一日。フォルストの民のために奔走したオヴェリアたちであったが。あれだけの炎にも関らず結果として建物がほとんど燃えていなかったのが功を奏した。救助活動は思ったよりも楽に終わった。
 中には体調を壊す者や息絶えた者もいたが、半分以上が、意識を取り戻すと普段の生活へと戻っていった。
 確かに、近親者を亡くした者の悲しみは計り知れなかったが、それでも、結果としてアイザックの犯した事や犯そうとしていた事を誰も知らなかったのは、人々の心への負担からしても大きな事であった。
「いえ。司祭様もご苦労様でした」
 亡くなった者たちの葬儀は合同で執り行われたが、それを成したのは司祭であった。彼もまた、呪いをかけられていた1人であった。
「私は成すべき事を成しただけでございます」
 オヴェリアたち3人、3日前に別れて以来会った司祭は、髪が真っ白になっていた。
「本当に、ありがとうございます――オヴェリア姫……」
 司祭はその白髪の頭を深々とオヴェリアに下げた。
 司祭だけには、オヴェリアは自分の正体と事の顛末を話した。
 その上で礼を言う司祭に、オヴェリアは一切笑みをこぼさず。ただ目を伏せた。
「いいえ。私は結局、何もできなかった」
 アイザックは魔導士によって連れ去られた。行方はわからない。
 ただわかったのが、彼が成そうとしていた事と、彼が抱えた心の闇だけ。
(この国を滅ぼす……)
「……数日中には王都より兵も参ります。しばらくのご辛抱を。その後、また何かご不自由をおかけするかもしれませんが、」
「いいえ。命がある。それだけで充分でございます」
 風呂を借りても、もう、髪をとかしてくれる者はいない。
「フォルストのすべての人間に代わり礼を申します。オヴェリア様、カーキッド様、デュラン様、あなた方のおかげで皆助かった。ありがとうございました」
 オヴェリアは少しだけ笑った。
 でもその笑みはほろ苦かった。
 でも笑おうと思った。
 司祭が笑っていたから。
 街の人々は笑っていたから。
 知らぬからとか、知っているからとか、そんな理由はどうでもよく。
 笑顔を向けられた。
 だから。
 オヴェリアは笑った。
 泣きたくとも、苦しくとも。
 笑って見せた。



 その後。
 オヴェリアは礼拝堂にいた。
 サンクトゥマリアの像の前に立ち、じっと彼女を見上げていた。
 夜ゆえに、飾るステンドグラスを照らす物は月より他にない。
 そしてその空に鴉が鳴く声はついに1度も聞く事なかった。
「……」
「何か答えてくれたか?」
 そんな彼女の背中に語りかけたのはカーキッドだった。
 彼は手近の椅子にドカリと座り込み、足を組んだ。
「いいえ、何も。……でも」
「でも?」
 オヴェリアはサンクトゥマリアを見上げる。
 石造。それが真実に彼女の姿そのものかを知る者はいないだろうが。
 彼女は薄く微笑んでいる。それを見てオヴェリアは答えた。
「笑っていろと、仰せです」
「……お気楽な女神さんだな」
 鼻で笑うカーキッドに、背を向けたままオヴェリアも少し笑った。
「それにしても問題は……あいつらがどこへ行ったか、だな? 神父様?」
 言いながらカーキッドは胸元から煙草を1本取り出した。
「左様。アイザック卿とギル・ティモの行方」
 扉の脇に立っていたデュランはそう答え、2人向かって歩み寄った。
「だが奴らは必ずまた姫様の元へ現れましょう」
「石か」
「……」
 オヴェリアは懐からその石を取り出した。
 碧の焔石。竜の命が宿るという石。
「結局やつらは何の目的でその石を探していたんだ?」
 それに答えたのは、デュランだった。
「割れば炎が大地を包む……だがそんな単純な物ではなさそうだ」
 ボロボロだったその身なりは、すっかり整えられている。
「というと?」
 カーキッドもそれは同じ。司祭が用意してくれたおかげで身なりだけは、3人とも整っていた。
 オヴェリアのマントも茶の皮製ではあるが、前よりさらに軽く強度のいいラシルという材質の物であった。これは市場で中々見かけられる物ではない。カーキッドはそれを見てしきりに唸り続けていた。
「暗黒魔術の書には……絶対に紐解いてはならない部位がある。すべてがそうだ、だがその中でも禁断の秘術、単純に理論を覚え呪文を唱えてもできない魔術がある。ある種の契約をせねばできない魔術」
「契約?」
「ああ……悪魔との契約だ」
 悪魔、突拍子もないその単語に、カーキッドが口笛を吹いた。
 だがデュランはいたって真顔のまま、虚空を眺め言った。
「その中の魔術に……あるのかもしれん。あいつが何をしようとしているのか」
「……」
「私は一度、教会の総主教庁へ戻ります。暗黒魔術の書について、調べてみたいと思います」
 オヴェリアはデュランを振り返り、頭を下げた。
「色々と世話になりました」
「いいえ。それはこちらです。姫様、今回の一件は誠に」
 静かに微笑む神父。だがその体が傷だらけなのをオヴェリアは知っている。
 カーキッドもそうだ。服はきれいだ。だが体は切り刻まれボロボロだった。出ている部分は所々白い布に覆われている。
 そしてオヴェリアも。痛みがないわけではなかった。
 それでもデュランが施してくれた治癒薬が効き、随分と楽になった。カーキッドも同じであろう。
「私とカーキッドは、王都からの返事を待って出発致します」
「……ではここでお別れですな」
 少し寂しそうにデュランが言った。オヴェリアも同じような顔をした。カーキッドはそっぽを向いたままであったが。
「デュラン様……ならばここで改めて、お話しておきたい事があります」
「は?」
「カーキッドにも。……あの場で話していた事です」
「……」
「母の、事です」
 カーキッドが。火を点けずにくわえていただけの煙草を少し口から離し、また改めて口の中へと押しやる。
「白薔薇の剣……父の前にその持ち主たる〝白薔薇の騎士〟の称号を持っていたのは、私の母ローゼン・リルカ・ハーランドでした」
 それはこの国最大の秘密。
「ですが公にはされなかった……それは、先刻叔父が話していた通りです。祖父が亡くなった折、父は剣に選ばれなかった。だが国を継げる者は父しかいなかった。民衆を結果的に欺き、父は王となりました」
「……その後、母君が剣を手にしたと?」
「どのような経緯であったかは存じません。ですが母はその剣を持つ事ができてしまった、選ばれてしまった。ゆえに、ハーランドへと嫁ぐ事になった。婚約者がいたのも本当です。すべて断ち切られ、母は父の元へ参った」
 カーキッドは興味なさげに、明後日をぼんやりと見ている。
「そしてその後母は……父の代わりに〝白薔薇の騎士〟として振舞いました。公で〝白薔薇の騎士〟が剣を振るわねばならない瞬間もある。戦もあったそうです。そこで母は白い鎧を身に着け、面をして兵士の前に立ったそうです。父の代わりとして。……父と今の武大臣グレンの2人は母を補佐して……父は一介の兵士として母を守り、共をしたそうです」
「……」
「剣を持った事なかった母は、白薔薇の剣を手にしたその時から、剣の腕を磨く事となりました。父は御前試合で常に上位に行くほどの剣豪。その身代わりをしなければならない……母の苦労は、並大抵の物ではなかったでしょう」
「……」
「そして現実、母は、戦で人を斬った事もあると申されていた……確かに母の運命はこの剣によって歪められたのかもしれません。剣に選ばれなければ生涯、剣を持つ事もそれで誰かを斬る事もなかった」
 初めて人を斬った痛み、オヴェリアもわかる。
 母はその時何を思い、どうやって乗り越えていったのか。
 母が持った痛み。
 母が抱いた思い。
 そして父の思い。
 すべてをつなぐ物、それこそが。
 白薔薇の剣。
 ――だから。
「私が御前試合に出たのは……どうしてもこの剣に会いたかった……。父と母の思いを知るあの剣に、どうしても」
 会いたかった。
 本当は、誰にも、渡したくなかった。
 あの剣はオヴェリアにとって、2人そのものだから。
 幼くして亡くした母の姿を追い求めて剣の腕を磨き。
 動く事叶わなくなってしまった父の思いを抱く剣を。
 例えそれにより、大変な使命を背負わされる事となろうとも。行く手に幾多の試練が待ち受ける事となろうとも。
 でも、彼女にとっての白薔薇の剣は。
 他の誰にもわからない、特別な特別な、2人の両親の、剣。
 唯一の剣だから。
「あなた様がその剣を持ち戦うのは、父母の意志を継ぐものだと」
 オヴェリアは頷いた。
 その脳裏には、アイザックの言葉が過ぎった。
 お前の母は父によって殺されたのだと。
(そんな事はない)
 あるわけがない。
 父を信じている。
 母を信じている。
 それが唯一今、できる事だから。
「そんな理由で持つもんかねぇ、剣ってのは」
 カーキッドが欠伸をしながら言った。
「所詮は殺生の道具だぞ」
「カーキッド、無礼だぞ」
「ああ悪いな。俺は生まれてこの方お上品だった事がないんでね」
 言い捨て、彼は立ち上がった。
「でもまぁ、お前らしいといえばそうか」
 そう言い、彼は教会の外へ出て行った。
 デュランはその背中を呆れた様子で見ていたが。
 オヴェリアは思った。
 ――姫にとってアイザック卿はどのような方ですか?
 城で、叔父の元へと向かう最中デュランに問われたその言葉に、オヴェリアはこう答えた。
 ――優しくて、強くて、何でも知ってて、意地悪な所もあるけれども、でも頼りになって。
 その答えは、まるで。
「……」
「まったくあいつは……。……? どうされました? 姫?」
「デュラン様、カーキッドはね、料理が上手なんですよ」
「は? 料理? あの男が??」
「ええ。あの人が作ってくれる物は、皆とっても美味しいの」
 半信半疑で、カーキッドが去った方向を見つめるデュランに。
 オヴェリアはクスクスと笑った。

  ◇

「ではこれにて」
 それから2日後。
 デュランはフォルストを旅立った。
「道中お気をつけて」
「姫様も。カーキッド、オヴェリア様をちゃんとお守りしろよ」
「るっせぇ、俺はお()りじゃねぇ」
 まったく口の利き方を知らん男だ、とデュランは嘆息を吐いた。
「魔導士ギル・ティモの行方と共に、アイザック卿の行方も追います。いずれまた、道が重なる事もあるでしょう」
「その日を楽しみに」
 デュランは姫の手の甲に口付けた。その様を見て、カーキッドは機嫌悪そうにそっぽを向いた。
 その様にデュランは可笑しそうにニヤリと笑った。
「何だ、妬いてるのか?」
「あぁ?」
「お前もやるか?」
「……るっせぇ! 誰が!!」
 ますます不機嫌そうに眉を吊り上げるのだった。
「ああそれからカーキッド」
「……あんだよ」
「お前に、貸し2つだからな」
「は?」
 しれっと言って歩き出すデュランに、カーキッドは慌てて追いすがる。「ちょっと待て!」
「貸し借りはもう清算しただろうが! お前の傷を塞いだのは誰だッ!」
「私自身だ」
「……俺の一張羅を裂いて血止めしたんだぞ」
 しかもオヴェリアのマントまで引き裂いてッ……と言い募るカーキッドに。
 デュランは彼をじっと見た。
「まぁ最悪そこで一端チャラにしてもだ。なぁカーキッド。鴉の群れを倒したのは誰だ?」
「……」
「あの時、お前の剣では火の玉になった鴉を裂く事はできなかっただろう」
「それはッ! お前だって危険な状況だっただろうが!」
「それに。お前は知らんだろうが、お前がアイザック卿と交戦している最中、ギル・ティモが密かにお前に術を放とうとしていた。それを食い止めていたのは私だ」
「……」
「貸し2つで済ませてやる。いいな、カーキッド」
 言葉を失ったカーキッドが、次に吐いた音は。
「……畜生、覚えてろ」
「お前がな」



「行ってしまわれましたね……」
「……斬ればよかった……」
「何を言っているのですか、カーキッド」
「次に会ったら斬る。必ずだ。止めるなよ」
「ダメです、カーキッド」
「まーたお決まりの、斬るな斬るなのオンパレードか! ちったぁ学習はねぇのかお前」
「……もういいから、教会に戻りましょう。手伝いもたくさんありますし」
 呆れた様子でそう言って背を向けたオヴェリアに。
「待て」
 とカーキッドはそれを止めた。
「は?」
「お前、無防備すぎるぞ」
「……何が?」
「あんな神父に手を、簡単にッ」
「……? あれは、挨拶の、」
「それに敵の懐に潜り込むつってもだな、簡単になッ、抱かれてんじぇねぇよ!」
「……抱かっ………」
 オヴェリアが赤面してしまう。
「そんな、だって、叔父上はっ……」
「オヴェリア、てめぇは男に無防備すぎる。今後は旅先で顔出すな。声も出すな。近寄るな。いいな」
 無防備だろうか……? オヴェリアは首を傾げる。彼女自身は男性が苦手だし、充分警戒しているつもりなのに。
「あの、その〝近寄ってはいけない男〟にカーキッドは入るのですか?」
「……」
「じゃあ、今後は宿も別々の部屋ですね」
「……オヴェリア、『貧乏には勝てねぇ』って言葉を知ってるか?」



 とりあえずカーキッドがその後、オヴェリアの白魚のような手を取り、口付けをした……などという事は起こり得なかった。
 世界滅亡の日は今日ではなかったがゆえ。


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