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白薔薇の剣 ―最後の王女の物語― 作者:葵れい

<第1部>

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 第8章 共闘烈火 -3-


  ◇

 服を剥ぎ取るなり、カーキッドは舌を打った。
「何だこりゃ」
「カーキッドッ……!」
 オヴェリアは息を呑んだ。「こ、これは……」
 デュラン・フランシス。
 血まみれの服を脱がして改め見たその姿は、目を覆いたくなるような状態であった。
 全身に及ぶ生々しい傷。しかもその傷は、
(刀傷じゃねぇ)
 傷を見れば大概、それが何によってできた物かカーキッドにはわかる。その上でカーキッドは思う。これは刀傷ではない。
「オヴェリア、こいつの腕押さえてろ」
「……」
「早くしろ!!」
「は、はい」
(刀傷ではない、そして)
 普通の刃物でもない。
(えぐられている)
 刃物ならばやり方によっては、皮膚をうまく元のようにつける事もできるだろう。だがこの傷は、わざと再生できないようにしているかのように、傷口がえぐられていた。
 それが全身。
「布を噛ませろ」
 カーキッドは懐から瓶を取り出した。酒瓶である。ドーマが用意してくれていた馬車に積んであった物で、旅の楽しみにとカーキッドが懐に忍ばせていたのだが。
 おもむろに口に含み、一気にそれを傷に向けて吹きかけた。
「ぐぁぁああ!!」
「我慢しろッ!!」
 痛みに悶えるデュランを叱り、出来る限り布で縛り付けていく。
 だが手当てのために持ち歩く布など、大した量ではない。
「これも!」
 オヴェリアが差し出すマントをカーキッドはひと時考え、受け取り引き裂いた。
(血が止まらねぇ)
「カーキッド、デュラン様はッ」
「……」
「大丈夫、ですよね?」
 震えるその声に。カーキッドは返答しなかった。
 代わりに、
「……最後に見たのは、昨晩だな?」
 オヴェリアは頷いた。
「フォルストの牢獄」
 ドーマ宰相の傍らに彼は立っていた。
 導き出される結論は1つ。
(昨晩、俺たちが去った後、何かあった)
「カーキッド、デュラン様は」
 オヴェリアも、同じ結論に至る。
 唇が震えている。青い瞳がいつもより大きく見えた。
「う……」
 その時、デュランが一つ呻き、ゆっくりと目を開けた。
 オヴェリアはすぐに気づき、大きく彼の名を呼んだ。
 彼女の姿に一瞬デュランは眉間にしわを寄せたが。
「オヴェリア……様、……カーキッド、か」
「……」
 デュランはひと時2人を見つめ。
 やがてぼんやりと、空を眺めた。
「しくじり、ました……」
 木々の間から見える空には、綿のような雲が1つだけ浮かんでいた。
「デュラン様、これは一体」
「オヴェリア様……ご無事で、ございましたか?」
 オヴェリアはふるふると首を横に振った。「大事ございません」
 刺客に斬られたオヴェリアの傷は、カーキッドが一番に手当てし血も止まりかけていた。
 しかし、鎖帷子の上から傷を負わせるとは。
(しかも相手はオヴェリア)
 その剣技は、無論カーキッドもよく知っている。
「それはよかった」
 だがデュランはそういった事は省き、とても嬉しそうに笑った。垂れた目尻に安堵のしわが寄った。
「ご無事で、何より」
「あなたのおかげです」
 オヴェリアの頬は涙に熟れて赤かった。
 そんな彼女を見て、デュランはもう一度優しく笑う。
 それからカーキッドに視線を向け、
「すぐにここを去れ」
「……」
「この街にいては、ならぬ」
「宰相と同じ事を言うんだな」
 カーキッドの言葉に、だが視線を変えず。デュランは続ける。
「カーキッド、姫を連れて逃げろ」
「何があったか言え」
「……」
「誰にやられた」
 デュランは瞬きもせず、カーキッドを見つめた。
 やがてカーキッドの方が根負けしたように、深く息を吐いた。「俺の一張羅のシャツ」
「てめぇの傷を塞ぐのに使った。オヴェリアのマントもだ。見ろ。台無しだ」
「……すまん」
「これで貸し借り、なしだ」
 言って、カーキッドが鼻を鳴らすと。
 デュランは苦笑にもなりきらないような弱弱しい笑みを浮かべたのである。
(このままだと)
 死ぬな、とカーキッドは思った。
 血が出すぎている。今流れ出ている量に加えて、ここに至るまでにどれだけの量が流れ出たのか。
 顔にはありありとした死相も出ている。
(こいつは死ぬ)
 そしてこいつはそれを悟っている。
 だから微笑む。
 涙で潤むオヴェリアの頬に、そっと手を当て、笑ってる。
 この笑顔は自分のための物ではない。
 ――残る者のためだけに。
 笑顔を見せる。
「……」
 カーキッドは彼のその様を、ぼんやりと見ていた。
 何度も見てきた、こういう場面を。
 ――数々の戦場で。
 カーキッドは立ち上がった。
「ザマァねぇな」
 それだけ言い放ち、ズボンのポケットから煙草を取り出した。
 だが生憎とそこには1本もなく。カーキッドはまた、舌を打つ。
 ――その時だった。鴉の鳴き声がしたのは。
 ガァゴ、ガァゴ
 低い声音だった。
「……れは、」
 デュランの目に、驚愕が浮かぶ。
 ガァゴ、ガァゴ、ガァ、ガァア、ギァ、ギグァ
 連なり出す、その声に。
 カーキッドとオヴェリアも空を仰ぐ。
「……んだ、ありゃ」
 そこに雲はなかった。
つい今しがたまで見えていたはずの青い空は黒く蠢き。代わりに存在したのは。
 無数の鴉。
 カーキッドは剣を抜いた。
「オヴェリア!!」
 一体何羽いるのか。
 3人の頭上を飛び交っていたその群れは、徐々にその色を変えていく。
 黒から赤へ。
 まるでその身、火の玉になるかのごとく。
 ギャァギャァと叫ぶ、空が真っ赤に燃えていた。
「へへへ」
 カーキッドは鼻の頭を掻きながら、小さく笑った。
「何だありゃ、神父様」
「……魔術」
 オヴェリアも剣を手にする。
「暗黒魔術の波動」
「化けモンか」
「……間違いは、ない」
 言い、デュランはオヴェリアの手を掴んだ。
「お逃げください」
「……」
「ここは、彼に任せて」
 早く。
 カーキッドは物言わず空を眺めている。
「姫」
「……デュラン様は、私の事、ご存知だったのですね」
「……」
 デュランは答えなかった。ただただ一心に、彼女の目を見つめた。
 残り最後の力を振り絞って。
 だがそれを受け止める瞳は。
「逃げません」
「……何ゆえ」
 強く、眩く。
「意地を張っている時では、ありません」
 気高く――まるで。
「意地ではありません」
「では一体、」
「……ただ、あなた方を置いて行きたくない。それだけです」
 太陽みたいだと、デュランは思った。
 そしてオヴェリアは白薔薇の剣を持ち、ゆっくりと立ち上がる。
 デュランの目に映る世界は、赤い空よりも森よりも。
 ただ、決意みなぎらせ空を仰ぐ2人の姿(シルエット)
 ――嗚呼とデュランは思った。
(まだ、死ねぬ)
「来るぞ」
「はい」
 2人の背中。
 デュランは再び思う。
 今はまだ、死ねぬと。
 だから。


「……Обещание、」


 ――その瞬間、天より鴉が舞い降りた。
 いやそれは、そんな生ぬるいものではない。
 弾丸のごとく。
 オヴェリア達目掛けて無数の鴉が、頭から飛び込んでくる。
 カーキッドは剣を構えた。
「――ッッ!!」
 まず一羽目を、カーキッドは真っ二つにした。
 が。
 グギャァ!
 二羽目に向かおうとする彼に、斬ったはずの炎が両横から襲い掛かってくる。
「ッ」
 それもどうにか斬るが、すぐさままた2つの炎となり、カーキッド目がけて突っ込んでくる。
「んだよこりゃ!!」
 そしてその手ごたえは、まるで布を切っているよう。
 オヴェリアもまた、白薔薇の剣を振り乱すが。切れば切るほど数が増していく。
「何、これは」
 剣の腹で叩きつけると、打ち付けられた木に炎が燃え移る。
 だが木々に映る炎はそれだけにあらず。鴉は辺りに炎を撒き散らし、喚きながら狂ったように飛んでいた。
 あっと言う間に、辺りは火の海となった。
「チッ」
 やべぇなとカーキッドは思った。
「ケホ、ケホッ」
 オヴェリアがむせこんでいる。「煙を吸うな」と言うが、カーキッドもそれは同じだった。
「まじぃ」
 これは本気でやべぇかな? とカーキッドは思う。
 だがその顔は笑っている。だからこそ彼は笑っている。
 これは、残る誰かのための笑顔ではなく。
 言うなれば、
 ――死神どもに、見せ付けるために。
 鴉の一群混じりあい。
 1つの炎の玉となり、オヴェリアとカーキッドに向けて堕ちて行く。
 カーキッドはオヴェリアの前に立ち、剣を構える。
 オヴェリアは瞬間思わず目を閉じたが。
 その耳に。
 炎の轟音でもなく、鴉の奇声でもなく。
 水のごとき流れ聞こえた、一つの声。
「ラウナ・サンクトゥス」
 オヴェリアはハッと目を開け、デュランを見た。
「あ」
 彼が見開くその双眸は。
「ラウナ・サンクトゥス」
 先ほどまでの今にも消えそうな光ではなく。
 (たた)え持つ、強いほどの力宿りし。
「ミリタリア・タセ、」
 生者の瞳。



「ラウナ・サントゥクス、ラウナ・サントゥクス、ミリタリア・タセ、エリトモラディーヌ!!!」



 瞬間、彼が掲げた腕から光がほとばしった。
 それは天を貫く1本の刃となった。
 その光に触れたそばから、鴉は塵となって消えていく。
 苦悶の声も光がすべてを飲み込んで。
「ラウナ・サントゥクス、ラウナ・サントゥクス、」
 デュランは立ち上がる。
 先ほどまでは口を開くのも億劫な様子だった彼が。腕を、鴉目掛けて振りかざす。
「ミリタリア・タセ、エリトモラディーヌ!!!」
 彼のその姿をオヴェリアは歓喜で、カーキッドは半ば呆れ顔で見つめた。
「この鴉は魔術。剣では斬れぬ」
 しかもそれは並のものにあらず。
「暗黒魔術の1つだ」
 言う傍から術を放ち。デュランは鴉を消し去った。
 カーキッドはどこかつまらなさそうに舌を打った。
「てめぇで治せるなら、最初からやれ」
 俺の服を返せ。そう言う彼に、デュランは最後の鴉を仕留めて言った。
「今私がこの身に使った術は、禁だ」
 鴉が消えたと辺りに立ち込めた炎も、静かに煙となって消えうせた。
「あん?」
「少し特殊な術だ。……姫様、私がこの術を使った事は、御内密にお願いいたします」
 言いながら、デュランは笑って見せる。その笑顔は、安らかなものであった。
 オヴェリアは頷いた。「承知いたしました」
「とにかく、我らの居場所が知れた今、ここにいるのは危険。早急にこの場を離れましょう」
 3人、満身創痍のまま。
 見えぬ敵から逃れるように、走った。



 ――走り走った末に、丘までやってきた。
 この景色には、見覚えがあるとオヴェリアは思った。
 ああ、最初に見た光景だ。レイザランからフォルストへたどり着いた、最初に歩いた道。
 この丘を登ればそこからは、フォルストの街が一望できるはずだ。
 少し安堵の表情を見せるオヴェリアの背後で。
「本当は、1人で片をつけたかったのです」
 あなた方を巻き込みたくなかった……言い、デュランは歩を止めた。
 オヴェリアは振り返る。先頭を歩いていたカーキッドは歩を止めただけで、デュランを見る事はしなかった。
「だから、私は1人で城に潜り込んだ。そして宰相ドーマの傍についたのでございます」
「それで、」とオヴェリアは言ったけれども。
 本能が、この先の話を聞きたくないと。
 けれども理性が。聞かねばならぬと。
「デュラン様はなぜ……ドーマ様は、どうされたのですか?」
「ドーマ宰相は、」
 デュランはぐっと目を閉じ、やがて地面を見据えて呟いた。
「亡くなられました」
「――」
 ――笑ってた。昨晩、彼は。
「なぜ?」
 オヴェリアの口から出る声は。かすれて今にも消えそうだった。
「何ゆえに」
 涙は。
 後からになってこぼれだすのだ。
 その時ふとオヴェリアの耳の端に、悲鳴のような音が届いた。
 彼女はハッとし、走り出した。
 カーキッドを越え、丘の頂上に至った時。
 彼女はその現実を目にする。



「オヴェリア様、カーキッド殿」
 ――燃えていた。
 丘から望む光景、フォルストの街は。
 建物、紅蓮の炎と化し。
 赤い海が包み込む世界に。
「1人で片をつけたかった。しかし、私1人では……力及ばず」
 呆然と立ち尽くすオヴェリアの横で、デュランは無念に顔を歪ませた。
「ゆえに。……無礼承知で申し上げます」
 お2人の力を、お貸し願えませぬか?
「今何とかせねば、この街は……否、この国は」
 ――世界が。
 炎に包まれ滅ぶ事となる。
 眼下で炎上する、この場所を皮切りにして。
「デュラン様」
「……は」
「この一件の首謀者は誰でございますか?」
「……」
「レイザランの子息、領主ラーク公の獣人化、奴隷……ドーマ様が関わっていた。ドーマ様が手を引いていたと思っていた」
「……」
「でも、あの方が死した今……本当の首謀者は、誰ですか?」
「……」
「お答えください、デュラン様」
 ――白薔薇を背負い、白薔薇と共に生きる。
 彼女の定めは。
「ドーマ様をも、操りしは。誰か」
 言ってくださいませ、オヴェリアはデュランを見た。
 彼は少しためらった後に。
「暗黒の魔術を操りし、まじない師と」
「……」
「領主、アイザック・レン・カーネル」
 ――。
 オヴェリアは目を伏せた。
 そしてただ一言、「そうですか」と言った。
「行きましょう。街を救わねば」
「……火の海に飛び込むってか?」
「当然です」
 叫ぶ声がした。
 声がある以上、まだこの街は死んでいない。
「――行きます」



 3人、共に。
 烈火の海へ。

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