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白薔薇の剣 ―最後の王女の物語― 作者:葵れい

<第1部>

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 第7章 鴉の躯 -4-


  ◇

 馬車に揺られながら、オヴェリアは思う。
 叔父である、アイザック・レン・カーネルに会ったのはいつ以来かと。
(多分あの時)
 叔父の婚儀の折。
 ……先代の領主、オヴェリアにとって祖父に当る人物が病を患い、慌てて娶ったのがソフィアだった。
 令嬢であった。その時オヴェリアは12歳。年上の娘はとても美しく、アイザックと並ぶ姿に、幼心に、自分との決定的な違いを見せ付けられた気がした。
 それは歳か。それとも身分か。
(叔父上)
 結婚し領主となる前は、よくハーランドの城にも遊びにきてくれた叔父。
 若い彼を、オヴェリアは兄のように思っていた。
 ……いつからか淡く恋心を抱き、あの日はかなく散るまで。
(アイザック叔父様……)
 今、行きます。
 オヴェリアはそう堅く思い、車窓を見た。
 そんな彼女を、向かいに座るカーキッドは黙って見ていた。
 狭い馬車、彼の隣とオヴェリアの隣には兵士が乗っている。武器は奪われてしまったが、今ここで。奪う事も逃げる事も彼からすれば簡単な事だった。
 だがそれをしなかったのは、ひとえに招かれた事。この先の顛末を見てみたいという衝動と。
 オヴェリアの顔が。
「……」
 少し切なかったから。
 ――お前の生涯は剣によって生き、剣によって生かされる。そして――。
(くだらねぇ)
 かつて言われた言葉。
 吐き捨てる、思い。
 だが同時に。
「……オヴェリア」
「……?」
 車窓を眺めていた彼女が、ふっと、彼を見た。「え?」
 その顔は、一瞬、カーキッドの知らぬオヴェリアの顔であった。
 だから。
「鼻」
「?」
「朝飯のトマトソース、ついてるぞ」
「!? え? え? ウソっ」
 顔を真っ赤にして鼻をこするオヴェリアに、カーキッドは頷いた。
「ああ、ウソだ」
「……もう、カーキッドっ!」
「私語は慎め」
 ついでにカーキッドは自分の服の襟を上げる仕草をして無言で彼女に訴える。「顔を隠せ」と。それにオヴェリアはまた、頬を膨らませた。
 その顔を見て、カーキッドは笑った。彼がよく知る、オヴェリアの顔だ。
 それでようやく、城まで眠ろうと思えた。

  ◇

 レイザランの領主ラーク公の屋敷は、屋敷であり城といった物ではなかった。
 だが今目の前にあるのは確かに「城」である。
 ここに入るという事は、ハーランドの城以来の、「登城」という事となる。
 オヴェリアもカーキッドも、慣れた様子で兵士の後を着いて行く。
 オヴェリアは当然として、カーキッドが堂々としているのは単純に、周りの建物・兵士一切に興味がなかったからである。
 しかし要所は無関心を装いながらも、きちんと見ていく。いざ逃げるとなった時、姫を頼っているようでは心もとなすぎる。
 そんな2人は兵士に挟まれ歩いていた。前に3人、後ろに3人。計6人。周りからすれば物々しい有様ではあったが、カーキッドからすれば少ないとしか思えなかった。
「この部屋にてしばし待て」
 謁見の玉座かとカーキッドは思ったが、生憎ただの簡素な部屋だった。来客用の部屋でもなさそうだった。特に調度品もなかったゆえに。
「何だここは」
 2人を残し、兵士たちは外に出て行く。兵士が出きった後はガチャリと錠がされた。
「……罪人扱いだな」
 しかしカーキッドは、どこか面白そうだった。
 対してオヴェリアは不安げに呟いた。
「やはり、死者を斬るなど……あってはならぬ行為でしたか……」
「あぁ? でなきゃこっちが死んでただろうが」
「しかし……ここフォルストは昔から信仰の深い土地です。死者の冒涜行為として罪を問われるやも」
「何が冒涜だ、阿呆臭い」
 言いつつカーキッドはあの時の戦闘を思い出し。
 ついでに、あの時のオヴェリアの姿も思い浮かべてしまい。慌てて首を横に振った。
「? どうしました?」
「んでもねぇよ!!」
 そもそもは、オヴェリアが扉を開けろと言わなければ。屍人と向かい合う事もなかったのだが。
 ……あの時助けた者は今頃教会で安静にしている。デュランの手当てが早く一命は取り留めた。
「しかしデュランの野郎……逃げやがったな」
 教会に城からの使者が来た時、気づけばデュランの姿は見当たらなくなっていた。
「デュラン様が逃げられたのは幸い」
「俺らはこうやって連行されたのに、か?」
「せめてもの、です」
 ……カーキッドはため息を吐いた。
「まぁいいさ」
 デュランは言っていた。2日ほど教会に滞在しろと。方は自分でつけるからと。
(真っ平ごめんだ)
 そんな、つまらん役回りは。
 暗黒魔術だ? 身が危険だぁ?
(上等じゃねぇか)
 面倒事は嫌だが、それが身を焦がすような戦いならば話は別。
 まぁ魔道師を相手にするのは骨が折れるがなと、カーキッドは苦笑も浮かべた。
 ――そして間もな錠が外れる音と共に、扉が開いた。
「お待たせしました」
 現れたのは、鼻の下にひげを蓄えた小男。
「私はフォルストの宰相、ドーマと申します」
 特に際立った殺気があるわけでもなく、いかにも役人と言った容姿のその男に。
 カーキッドは少し、拍子抜けの気分になる。

  ◇

「昨夜教会にて立ち回っていたというのはそなたら2人か」
 ドーマはカーキッドを見、そしてオヴェリアに目を留めた。
「屍人を大量に斬り殺したと」
「それおかしいだろ」
 間髪入れず、カーキッドが言う。
「屍人は、元々死んでる」
「……斬ったというのはそなたらだな」
 だとしたら? とカーキッドはニヒルに笑った。
「死者は尊厳をもって丁重に扱うもの。教会の教えにはそうある」
 斬るなど、持っての他。
「しかし、街の者が襲われていました」
「……」
 オヴェリアが一歩前に出る。
「死者を丁重に扱う、それは存じております。尊き教えです。ですがそれにより、生者が虐げられるのは良しとせよと?」
「……よって、夜間の外出はせぬようにと触れを出しておる。それを守らぬ者の事まで関知はできぬ」
「夜出るな、それが根本的な解決とは思えません。問題は、何ゆえそのような事が起こるのか、そこではないのですか?」
 む、とドーマはたじろいだ。カーキッドは面白そうに笑った。
「だわなぁ。俺もそう思う」
「死者が蘇る事はない。まして動く事もない。それが動き彷徨う、人を襲う、これは」
「……天よりの差配」
「馬鹿な。何者かの意思。だがそれは、神にあらず」
「……」
 神は答えぬ。
 乱しもせぬ、正しもせぬ。
 万事、偶然と、
(人の意思にて)
 世界は回る。
「ドーマ宰相に尋ねたい事があります」
「……何だね」
 ……ここに至る道で、カーキッドはすでにオヴェリアに注意していた。
 碧の焔石の事だ。
「レイザランの領主、カイル・グルドゥア・ラーク公の事はご存知でしょうか?」
「……もちろん。何せレイザランとフォルストは距離も近い。行き来する仲だ」
「では。半年前この地にやってきたカイル様に、あなた方は何をした!?」
 石の事は極秘だと。切り札は、最後まで取っておく物だと。
 ――声を荒げるなオヴェリア、目でそう呟いたが、彼女には伝わらなかった。
「何、とは」
「彼の成れの果て、ここでお聞かせいたしましょうか?」
「……結構」
 ドーマは明らかに、脇を固める兵士の存在によりその話を嫌っている。
「ならば、赤子の呪いは?」
「……そなた、」
「レイザランに送りつけられた書状には、あなたの名前で印がされておりましたぞ!?」
 落ち着け、オヴェリア。
 だが猛った彼女は止まらない。
「カーネル卿は存じている事なのか!?」
 赤子の呪い。獣人化した領主。徘徊する屍人。
 そして、
「答えよ、宰相ドーマ」
 碧の焔石――。
「私はヴァロック・ウィル・ハーランドの娘、オヴェリア・リザ・ハーランド」
 ドーマは目を見開いた。
 兵士たちも言葉を失う。
 そしてカーキッドは。額に手を当てた。
「姫、様」
「そなたが求める石、」
 私の手の中に――そう言って懐から石を出そうとしたその刹那。
「ハ……ハッハッハッハ!!!!!」
 ドーマは。その小さい体からは想像できないほど大業な声を上げて笑った。それは周りにいた兵士たちも驚くほどだった。
「姫!? オヴェリア王女様!? 馬鹿な!! なぜ姫がこんな所にいる!!」
「……ッ!」
「しかも供もつけずに? あり得ぬ。馬鹿らしい」
「ドーマ!!」
「我が名を呼ぶな、汚らわしい!! 姫の名を語るなど言語道断、持っての他じゃ!! 問答無用。これ以上の質疑応答一切不要」
「ッ」
「この者たちは死罪とする。牢に閉じ込めておけ!!」
「ッ!! ドーマ!!」
 ……後は。
 兵士は2人を乱雑に取り押さえ、地下へと連行する。
 ただ不気味だったのはカーキッドが神妙だった事。
 彼の事を良く知る者が見たら口をそろえてこう言うだろう。
 間違いなく、天変地異の前触れだと。
 ……カーキッド・J・ソウル。その男が、抵抗する事もなく牢屋に入っていくなど。

  ◇

 暗い。
 湿気ている。
 なぜか床には水溜りもできている。
 牢屋だ。
 こんな場所、もちろんオヴェリアは初めて来た。当然ながら入れられるのも初めてだ。
「本当に、事か欠かねぇな」
 だが不思議と。
「盗賊に暗殺者に蟲に獣に、屍に? その上牢屋かよ」
 怖くはなかった。
「……まぁ、この城に来た以上名乗らにゃならん瞬間があるとは思ってたが」
 あの局面かねぇ?
「……間違い、ですか?」
「さぁね? でもありゃ、名乗りって言うより啖呵(タンカ)だな」
「……」
「事にはなぁ、お姫様。順番ってのがあるんだよ」
 常に、「面倒臭いから斬る」と言っている男の発言とは思えなかった。オヴェリアはあからさまに眉を寄せた。
「でも」
「まぁいいや。とりあえず体休めとけ」
「……」
 言うなりカーキッドは、牢獄の壁に背をもたれさせた。
「……ごめんなさい」
「んあ?」
「私が、名乗ったから」
「……」
「だから、」
 こんな場所に。
「……泣くな」
「泣いてなどいません」
「そーかい。……ただでさえ湿気た場所だ。これ以上水気はいらねぇぞ」
「……泣いてないって言ってるでしょ」
 ――怖くはなかった。けれど。
 申し訳がなかった。
 猛っていた心、今はすっかり静まり返っている。漣一つない、水面のごとく。
 だがその水面から水が一滴、二滴こぼれてくる。
 何が悲しくて、何が辛くて。
 何がたまらなくて、何が悔しくて。
 なぜ涙が出てくるのか。
 ……全部、何もかも、オヴェリアにはよくわからなかったけれども。
「泣いてなど、おりません」
 ただ、出てきた。止められなかった。
 でもそれをカーキッドには知られたくなかった。見せたくなかった。彼女はスッと彼に背を向けた。
「泣いてなど」
「あー、もー」
 カーキッドはバリバリと頭を掻き、立ち上がった。
 そして牢獄の真ん中にへたり込んで座っているオヴェリアまで寄ると、バッと彼もそこに座り込み。
「泣いてるじぇねぇかよ」
「だから、これはっ」
「うぜぇ」
 おもむろに、その頭を胸に抱き寄せた。
「地べたは濡れてるつってるだろうが! これ以上濡れた場所増やすんじゃねぇよ」
「……」
「だから女は嫌なんだよ」
 牢屋に入れられたぐらいで、ピーピー泣きやがって。
 ……そうブツブツ言いながらも、カーキッドの腕は優しかった。
 優しく強く、オヴェリアの頭を抱き寄せ、それから体も抱き寄せた。
 髪は甘い匂いがした。
 少しそれが鬱陶しく。
 だがそれを勝る、カーキッドは、
「……うぜぇ」
 ズキリとした。
 何か、言いようなく。
 どこかを淡く、斬られたように。
 いや、ズシリと深く斬られたような?
 ……金の髪に、顔を埋めた。
 鼻先を少し下へたどると耳がある。冷たかった。
 誘われるようにカーキッドの口が開く。甘噛みしかけて。ハッと我に返って寸前で、何とか止める。
(いかんいかん)
 カーキッドは大きく息を吸い込み、吐いた。
 そしてオヴェリアの背中を撫でてやった。
「牢屋ごときで、泣くな」
「……でも、私のせいで」
「こんなもん。どうって事ねぇよ」
「剣も、ないし」
「はは。まぁ奪い返せばいいさ。……ってか、お前の剣はどうした?」
「馬車で兵士に渡しましたけど……預かるって言われたから」
「おいおい。持てないのにどうやって預かるってんだ? あの剣今頃どうなってんだ?」
 カーキッドが背中をさすってくれる。それはとても心地よく。
(ああ)
 とオヴェリアはその腕の中で息を吐いた。
(暖かい)
 目を閉じる。
 このぬくもりは、まるで母上の胸の中のよう。
 でも違う。汗のにおいとか、堅い胸とか。
(男の人)
 でも優しい。
 ……その温もりが、少しだけ彼女に、今までとは違う涙を流させたけれども。
 すぐに、すべてを包み吸い込んで。
 涙は止まる。
 カーキッドの胸の中で。
――カーキッドに抱きしめられるのはこれで2度目。
 男の人の腕。胸。
 彼女を抱きしめた男は、彼で3人目。
 父ヴァロック・ウィル・ハーランドと、叔父アイザック・レン・カーネル。
(叔父様……)
 叔父より分厚い胸板は、叔父より少し苦しくて。
 暖かいというよりは。熱いくらいの。
 でもその熱は、心地の悪い物では決してなかった。



 ……しばらくして。
 泣き疲れて眠るお姫様を、濡れてなさそうな壁際に連れて行く。
「俺はお守りじゃねぇってのに」
 自分も壁に座り、肩を枕にするように、姫様をもたれさせてやった。
 それにしても、牢屋だろうが眠れるこの神経。
「どこでも眠れるってのは、戦士の最低限の条件だけどな」
 こいつはまた、ちょっと違うだろ。
 只者じゃねぇ。そう思いつつ、もう一度眠る彼女の顔を覗き込んだ。
 涙の跡が光ってる。
 一滴、垂れ落ちようとしたそれを。手ですくってやろうと思ったが。面倒だったので口で吸ってやった。
 仄かに塩辛いその味に、姫様だろうが、涙は一般人と同じなんだなと思った。
「ただの女か、」
 明後日を見たまま彼はそっとその頭を撫でてやり、自身もそっと目を閉じた。


 安穏たる闇が、少しばかり優しく2人を包み込む。

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