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白薔薇の剣 ―最後の王女の物語― 作者:葵れい

<第1部>

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 第5章 鈴打ち鳴りて、閉眼の錠 -6-


  ◇

「……あーあー、やっちまった」
 ため息を漏らしながら。しかしカーキッドは満足そうにそう呟いた。
「お前はまったくよぉ」
 斬るな斬るなと人に言うのに、おいしいトコは持って行くじゃねぇかよ。
 ……そう言おうとして、気づく。
 カイルを斬ったオヴェリアは、地面に膝をついたまま動かず。
「ハァ、ハァ……」
 荒い息をしたままじっと、地面を見つめていた。
 その背中が語ってる。苦痛と、
 ――覚悟。
「……」
 カーキッドはそれを見つめ、やがて鼻から長く息を吐いた。
 そしてその肩をポンと叩いた。
「お疲れ」
 ……カーキッドは今倒れたばかりの獣人を振り返る。
 体に密集する針のような体毛を見、そして頭部を見る。閉じられた双眸とその顔は、だがむしろ穏やかに見えた。
 ――そう見たかっただけか? それは、生者のエゴか?
「カイル様……」
 そしてその亡骸を前にランドルフは。
 呆然と。へたり込んだまま末路の姿を見ていた。
 頭を垂れるその姿に、カーキッドは目をそむけた。
 腹立たしい思いはある。ここでぶっ飛ばしたい気持ちもあった。
 だがそれ以上に。
 見たくない。そう思った。
 目をそむけたカーキッドの代わりに、デュランがそっとランドルフに近づく。「ランドルフ様、」
「項垂れるている場合ではございますまい」
「……」
「あなたには、すべき事があるでしょう?」
 ゆっくりと諭すその瞳が、すっと向けられた彼方。
 馬車の傍で、膝を付いて。テリシャは泣いていた。
「姫」
 慌てランドルフは彼女へ駆け寄る。
「やれやれ」呟きながら、デュランは今度はカーキッドを見た。
「貸しだ」
「……あん?」
「先ほどの援護」
 デュランはニコリと笑って、地面に落ちた護符を拾った。
 カーキッドは心底嫌そうに顔を歪め舌を打つと、デュランに背を向けて剣を鞘に収めた。
「オヴェリア様、大丈夫ですか?」
 デュランがオヴェリアに声を掛ける。
「……大丈夫」
 テリシャがランドルフに肩を抱かれるのと、オヴェリアが1人で立ち上がったのは同時だった。
 彼女は立ち上がると最初に、カーキッドを見た。
 彼は仏頂面のまま、少し面倒くさそうに頬を掻いた。

  ◇

 それからすぐに、カイルの遺骸はそこから移される事となった。住民にこの有様を見せるわけにはいかなかった。
 デュランはその様を一部始終見届け、オヴェリアもそれに倣った。
 ……ひとまずラーク家の屋敷に移された所で、
「テリシャ様に、お話が」
 改め、デュランがそう言った。



「……このたびは、わが主のために、」
 客間に居並ぶのは、オヴェリア、カーキッド、デュラン。
 テリシャは深く頭を下げた。その顔は憔悴しきっていた。
 最後に部屋に入ってきたのはランドルフ。彼はテリシャの様子を見、心を痛めた様子で彼女の脇についた。
「それよりもテリシャ様、今一度お聞きします」
 ピシャリとそう言い放ち、デュランが口を開く。
「カイル様はいずこへ行かれた? どこより帰還した後、あのような事に? 手紙の主は誰でございますか?」
「……」
 だが尚も答えぬ姫の様に。
 デュランは少し、彼にしては珍しく苛立った様子で息を吐いた。
「ならば申しましょう。あなたの御子にかけられた呪い……あれは、禁じられた(いにしえ)の術法」
 テリシャが顔を上げる。その目をじっと見つめ、デュランは告げる。
「暗黒の魔術だ」
「……ッ」
「昨晩は簡単に申しましたが、私はこう言いましたね? 赤子にかけられた魔術は、徐々に喉が閉じて呼吸ができなくなっていく物だと。それが何を意味するかお分かりか?」
 息が、できなくなっていく。ジワリジワリと時間をかけて。
 この世界に溢れる空気を、搾り取るようにしか吸えなくなっていくその様。
 最後にあるのは、ただひたすらの苦悶。
 いわんや、
「かつて、拷問に使われた魔術ですよ」
「――ッ!!」
「……今から数百年前、魔術は栄えた。だが同時に生み出された物の中には人道に反する物も多くあった。その中から特に秘密裏に生み出され……際立って人道に反するとされた魔術。悪魔との契約によって得られた禁断の暗黒魔術。その性質がゆえに禁忌とされ、使った者は即刻死刑とされたその魔術の中の1つ」
 それが、あなたの赤子にかけられていたものですよ。
 テリシャとランドルフ、そしてオヴェリアもが言葉を失う。
「その上、ラーク公のあの有様だ」
 人を獣に変えるなど。
「それも、まさか暗黒の魔術?」
 オヴェリアの問いに、デュランは少し考え首を横に振った。
「悪魔をも、凌ぐかもしれない」
「……?」
「テリシャ様、再度再度お尋ねします。誰ですか? そのような魔術を、しかも赤ん坊にかけるような輩はッ」
 激しい怒りが。その声にはこもっていた。
 テリシャの全身が震え始めた。それをランドルフが支える。
「私は、私は」
「テリシャ」
 そんな彼女をじっと、オヴェリアが見つめた。
 その瞳は青く透き通り。
「あ」
 波立つ心臓が、……その光に、少し、落ち着きを取り戻して行く。
「我が殿が行かれたのは、」
 促されるように、テリシャは言葉をつむいだ。



「北の、フォルスト」



「フォルスト」
 その地名に、オヴェリアは目を見開いた。
「フォルストの領主は……五卿の1人、カーネル様」
「書状には、宰相ドーマ様の印が。ゆえにカイル様はドーマ様を尋ねてフォルストへ」
「……」
 唖然とするオヴェリアの隣で、デュランは唸った。
「御子の命、カイル殿の命、そしてあなたの命……すべてのために、石を探せと。そのドーマという者が命じたか」
 苦しげにテリシャは頭を下げた。
「それで問題の石は? まさかもう、」
「いえ……ただ、知らせを。昨晩のうちにすでに、早馬をフォルストに」
 現物はここに、と彼女は懐から包みを取り出した。
 布の中から出てきたのは、確かに市場で見た物だった。オヴェリアは少し安堵の息を吐いた。
「ならば追ってもう一報早馬を。石は教会に渡したとお伝えください」
 デュランの言葉に全員が目を見開いた。
「碧の焔石、竜の心臓……割ればそこから溢れた炎は大地を焦がすと言われている、そのような危険な物を、かような輩に渡すわけにはいかない」
 責任は我ら教会で追います。そう言って彼は手を差し出した。「こちらへ」
 その様をカーキッドは人事のように見ていた。
だがここに1人、人事では済ませられない者がいた。
「お待ちください」
 オヴェリア・リザ・ハーランド。ハーランド王の唯一の娘にして、
「その石、私が預かります」
 〝白薔薇の騎士〟。
 オヴェリアの言葉に、デュランは目を見開いた。「何と」
「何を申されるか」
「その石は元々(わたくし)の物」
「?」
「すでに商人より買い取っております。現在の持ち主は私」
 あの時、市場で。
 カーキッドが慌てて彼女を止めようとしたが、彼女は構わず続けた。
「その石をどうするかは、私が決めます」
「ならばオヴェリア様、買値の倍お支払い致します。お譲りいただけないでしょうか?」
 オヴェリアはデュランを無視し、テリシャに言った。
「早馬を立ててください。石は直接お届けすると」
「――ッ!? まさか、」
 この時一番驚いたのはカーキッドだった。
「私が直接参ります。行って事の真偽を確かめます」
「待て待てオヴェリアッ!!」
 誰よりも早く非難の声を上げたのは無論カーキッド。
「俺たちの役目は何だ!? オヴェリア」
 周りをはばからず、彼はそう言ったが。
「許せません」
 カーキッドに言葉を失わせるほど、彼女の目は怒りに満ちていた。
「あのような事。人を獣に変えるまど……しかも公爵を」
「オヴェリア、」
「カーネル卿は私の叔父です」
 その名を辱めるような真似、
「宰相ドーマ、私が直接問いただします」
 カーキッドは思った。最悪だと。
「それにカーキッド、私たちの向かうべきは北」
 フォルストも北。
「道は、(たが)ってはいません」
 カーキッド・J・ソウル。彼は決して筆まめではないけれども。ここで初めて、武大臣グレンに手紙を書こうか思った。
 ……面倒くせぇ事になりそうだぞ、と。
「わかりました。石はオヴェリア様に託しましょう」
 渋々といった様子でデュランは首を振った。
「オヴェリア様! しかしそれではあなた様が危険な目に」
 悲鳴を上げるテリシャに、だがオヴェリアは優しく笑うのである。「私は大丈夫」
「私には屈強な共がいますゆえ」
「……」
「カーキッド・J・ソウル。彼がいるから、大丈夫です」
 ……そんな事言われてしまっては。
「……クソったれ!」
 露骨に嫌な顔をしながらそっぽを向いた。
 だがその表情には半ば、諦めのようなそれも浮かんでいた。

  ◇

 出立間際。
「これを。道中でお召し上がりください」
 宿に戻り荷をまとめ、もう一度ラーク家の屋敷に行くと、テリシャから包みを渡された。
 オヴェリアはそれを嬉しそうに受け取った。ふんわりと中から甘い香りが漏れてきていた。「必ず御子の元凶、断ち切って参ります」
「オヴェリア様、」
 テリシャは何とも言えない顔をした。
 その傍らでデュランが、
「私も御子の呪いを解いた後、フォルストへ向かいましょう」
 不満顔のカーキッドにできたのは、
「来んな」
 デュランにそう言う事くらいなものだった。
「オヴェリア様」
 いよいよ出発というその段階で、テリシャはオヴェリアに問うた。
「あなたはなぜ、そんなにお強いのか……」
 意味がわからず、オヴェリアは首を傾げた。
「向こうは、人智を超えた術を使う輩」
 御身とてただでは済まないかもしれないのに。
「あなたはなぜそんなにお強いのですか?」
 ――羨ましいほどに。
 そう呟き、テリシャはすでに歩き出している傭兵の背中を見た。
 強く、そして自由に。
 その様子にオヴェリアは首を傾げてこう答えた。
「確かに私は、強さを求めて剣の技を磨いてきました。でも、手に入れたのは強さではなかったかもしれません」
「?」



「責任です」





「不思議なお方だ」
 オヴェリアが先に歩く傭兵を追って駆けて行く。
 2人が町を去って行く。
 その背を眺め、テリシャの傍らでデュランは呟いた。
「取り急ぎこちらは術払いの儀を行いましょう。カイル様亡き今、御子にどのような術がなされるかわからない」
 対魔術防衛の陣を張り、
「御子に対するでき得る限りの防御をして後、私もフォルストへ向かいます」
 私とて、捨て置けませんゆえ。
 ……言い置き、神父は屋敷へと消えて行った。
 残されたテリシャとランドルフは、彼方の空を眺めた。
「泣いてはおれませんね」
「……」
「私たちも戦わねば」
 そして彼女は「ランドルフ、」と言った。
「殿の埋葬の準備を」
「は」
「……ランドルフ、この後も、」
 私についてきてくれますか?
 無言でそう問いかけるテリシャに、ランドルフは頭を振った。
「このランドルフ、生涯、テリシャ様にお仕えいたします」
 あなただけのために鼓動打ち。
 あなただけのために剣を振るう。
 あの2人のように、肩を並べて歩く事はできないかもしれない。
 だが、
「行きましょう」
 テリシャはランドルフに微笑みかけた。



 消え行く姫の姿に背を向け。
 あの人のように強くなろうと、誓う。
 その鈴が、鳴り止むその日まで。
 秘めた思いを、胸に抱き。

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