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白薔薇の剣 ―最後の王女の物語― 作者:葵れい

<第1部>

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 第5章 鈴打ち鳴りて、閉眼の錠 -3-


  ◇

 オヴェリアとカーキッドが宿に戻ったのは、デュランと別れてから少し後の事であった。
「飲みすぎるなよ」
 何度も何度もそう言ったお陰か、今日は自分の力で宿まで戻れたオヴェリアであったが。
 部屋に戻り、カーキッドが汗を流すために浴室に入り……出た頃にはもう、彼女は寝台に突っ伏すように寝入っていた。
 その様は到底、姫様とは思えぬ。
 カーキッドは嫌そうな顔と苦笑の中間を行ったり来たり表情に浮かべ、仕方なくきちんと寝台にその身を横たえてやった。
 着替えはさせない。そこまでは知らん。受け持てない。
「……ったくよぉ」
 呟きながら、彼ももう1つの寝台に足を組んで座る。寝息を立てる姫様を眺めながら、カーキッドは思った。
(今日は)
 オヴェリアは酒をうまいから飲んでいたというよりは、無理に飲んでいた、そんなふうに見えた。
 少し考え、やがてカーキッドも横になった。
 窓から月が見えた。今宵は半月だった。
 それを逆さに眺め、目を閉じた。
 ラーク公の元へは明日の朝行こうと決めた。
突然の面会に会えるかどうかはわからないが。
(なるべくなら、オヴェリアの事はさらさずに進めたいが)
 多分無理だろう。王女の来訪という理由がなければ会えない。
 あの石は何だったのか。そしてなぜ盗んでまで手に入れたのか。
 カーキッドは、自分たちが関わる事ではないとも思っている。しかし理屈ではない、ただ、におうのである。無性にきな臭い、……言うなればそれは嫌な予感。
 ――眠りに落ちる間際までカーキッドは考えていた。
だが彼の場合嫌な予感も、胸を躍らせる一つの欠片。眠りに落ちる彼の口元は、ほんのりと笑みを浮かべていた。
 面倒ならばぶった斬る。単純明快な考えしか彼の中にはなかった。



 そして、異変はカーキッドが浅い夢の中を漂っている最中に起こった。
 まず最初、彼は音によって目覚めた。
 戦場を寝床としてきた彼の眠りは常に浅い。音一つ、気配一つで彼の意識はすぐに覚める。ましてここに至るまでのあの奇襲。油断できるわけがない。聞こえた音にカーキッドはすぐさま目を覚ました。そのまま辺りの気配を探る。部屋には……侵入者の形跡はない。
 だが音の出所はすぐにわかった。オヴェリアだった。
 何だこいつの寝言か……と一瞬肩をおろしかけて、すぐにカーキッドは気づく。
「うぁ……ああぁ……」
 うなされている。
「オヴェリア」
 彼女は眠りの中にいる。呼んでも気づかない。だが彼女は呻いているのだ。
「いや……いや……ぁぁあ……」
「おい、オヴェリア」
 その様子が尋常じゃなく、カーキッドは彼女を覗き込んだ。
「オヴェリア、おい、オヴェリア」
「ぅぁ……ぁぁ……」
「オヴェリア、」
「ぁ……ははぅぇ……」
 母の名を、彼女は空ろに呼んだ。
 その閉じられた瞳から涙がこぼれた。カーキッドはそれを見、目を細めた。
「オヴェリア」
 肩を掴んで無理矢理揺り起こそうとした時、ハッと、彼女の目が見開かれた。
 月の明かりだけでもその瞳は青に光を放ち、カーキッドは一瞬時が止まったようにそれに見入った。
 ……だが。
 夜、2人だけの部屋。
 目を覚ましたら目の前に男がいて。それも自分の肩を掴み覆いかぶさるようにしていたら。
「かっ、」
 オヴェリアが驚かないわけがない。そしてカーキッドも次の瞬間、自分の置かれた現状を悟り、顔を引きつらせた。
 風呂場で平手打ちにあった頬はまだ痛む。
「い、いやっ」
 彼女の口元からまたしても叫び声が上がろうとしかけたその時。
「――待て」
 と、カーキッドはその口を乱暴に塞いだ。
「!?」
 男の大きな手。それにオヴェリアは目を白黒させたが。
「……何か、聞こえる」
「?」
「……笛の音か?」
 確かに、オヴェリアの耳にもピー……という音は届く。外からだ。
 そして、何やら走るような音も。
「何?」
 カーキッドの手がどけられると、ほんのり顔に寒さを感じた。彼の手が随分と温かかったと気づく。
「夜周りの警備兵か?」
「何かあった?」
「さぁ?」
 だがすでにカーキッドは身支度を始めている。その顔は薄く笑っている。彼のその様子にオヴェリアは少し呆れた。
「放っておけばいいのに」
「まぁな。お前はここで残ってろ」
 そうしたいのは山々だけど。
「行きます」
「物好きだなお前も」
「……あなたに言われたくありません」
 それに、とオヴェリアは心の中で続ける。
 ――今夜はもう、眠れそうにない。
 体がジトリと濡れている。その感触と、胸にこびり付いた映像。
「カーキッド、」
「あん?」
 剣を手に取りながら、オヴェリアは尋ねた。
「……私、何か言ってましたか?」
「あ?」
「……いえ、」
 うなされてた事を、カーキッドは口にしなかった。
「行くぞ」



 宿から出て2人は町を走り出した。
 仰ぐと空は東から徐々に色を薄め始めている。日の出は遠くない。だが辺りは充分に暗い。 それでも通りが見えるだけましとも言える。カーキッドが走り出す方向へ、オヴェリアも懸命に走った。
 そして直に、建物の影に身を潜めるようにカーキッドが止まる。その向こうの通りを幾人か兵士の姿が横切った。
「あれは、」
「衛兵……か」
 様子を伺う2人の耳に彼らの会話が聞こえてくる。
「いたか!!」
「探せッ!!」
「急げッ!!」
 ただ事ではない。2人は息を呑んだ。
「一体何が……」
「行ってみるか?」
「どこへ?」
「ラーク公の屋敷だ」
 大まかな場所はもう宿で尋ねてある。方向はわかる。
「そう、ですね」
 彼女が答えるや否や、カーキッドは走り出した。
 その場所からラーク公の屋敷はそれほど遠くはなかった。町の中心に位置するその周りには、衛兵と同時に騎士服の者も多く集まり、開け放たれた門の向こうには爛々とかがり火も焚かれていた。
「……んだよこりゃ」
 周辺に漂う緊迫感にカーキッドは薄く口の端を釣り上げた。
「あ、おい見ろ」
 物陰からその様子を見る2人は、居並ぶ兵士の中に知った顔を見つけt。
「捜索の範囲を広げろ!!」そう叱咤していたのは、石を奪った戦士の1人。筆頭と言った方がいいのか。
「ランドルフ、だったか?」
 オヴェリアは目を見開いた。
 その時である。
「貴様ら、ここで何をしている!!」
 背後から飛んできた鋭い声に、瞬間、カーキッドは身を翻した
「……ッ! 貴様はッ」
「おっと、また、見覚えのある顔だな」
 カーキッドが答える間にも、相手は抜刀した。
 石を盗んだ戦士のうちの1人だった。
「お前も騎士だったか」
「貴様らッ、まさか我々を追って」
 打ち合い必至の局面で、オヴェリアは慌て咄嗟にそれを制する。
「待て! 一体何があった、これは一体どういう事だ」
「……ッ」
「我々はそなた達を追ってきた。しかしこの状態は何だ、一体何が、」
「問答無用ッ!!」
 襲い来る騎士に、カーキッドは舌を打ちながらオヴェリアを跳ね除ける。「邪魔だっ!!」
「カーキッド!!」
 それにしたたか壁に身を打ちつけながらも、オヴェリアは叫んだ。
「うるっせぇ!!」
 第一刀まみえ、返す刀で第二刀の金属音が通りに木霊(こだま)する。その音を聞きつけた衛兵達が驚いた様子で駆けてくる。
 それにオヴェリアは眉間にしわを寄せながら、「待て!!」と声を張った。
「我らに他意はない!! そなたらに危害を加える者ではないッ!!」
 だがそう言いながらも彼女の連れは、喜色満面で騎士と打ち合いをしている。その鋭い横薙ぎに、騎士はたまらず吹っ飛ばされた。
「サーク様!!」
 その様を見た衛兵が、刹那に抜刀する。オヴェリアにも打ちかけてくる。そうなってしまっては、彼女も不承不承剣を抜くより他にない。
「やめろッ!!」
 言いながらも叫ぶ。
「我々はッ!!」
 だが一気に押し寄せる5人の兵士に、言葉呑み込み、オヴェリアは目尻にしわを寄せた。
 だが5人だろうが何人だろうが。雑多の兵士に彼女が捕らえられるわけがない。
 その剣は、目下、この国最強の称号を持つ物。
 疾風の一薙ぎ。風が吹いたとしか思えないその一閃に、5人のうち3人はたたら踏んだ。
「!?」
 そして何が起こったかわからないままに、己の皮の鎧に深くくっきりと剣戟の跡がついている事に気づく。
 残り2人はそれをかわしたが、次の瞬間、下から斜めに振られた剣に足を取られる。肩を取られる。
 刃を立てていなくても。疾風たる彼女の剣で無傷でおれるわけがない。
 兵士があげる悲鳴にオヴェリアは一瞬ビクリと肩を揺らしたが、どうにかこらえて、剣を構える。
「退けッ!!!」
 この場、ここで彼らと戦う理由はない。
(退かせる一手は一つしかないか)
 オヴェリアは目を細める。
「聞けッ!! 我はハーランド王が娘、」
 正体を明かすしか――そう思い、高らかに言い放とうとした時。
「全員退けッ!!!!!」
 彼女に代わって、彼女よりも大音量で叫ぶ者がいた。カーキッドではない。驚きオヴェリアが振り返るとそこには。
「ランドルフ様……」
「全員剣を収めよ。この2人、剣を交える相手にあらず!!」
「……てめぇ」
「そなたもだ、黒の剣士」
 言われ、この場で一番剣を振るっていたカーキッドにランドルフは言った。
「剣を収めよ。各自持ち場に戻り、捜索を再開せよ。急げッ!!!」
 ランドルフの言葉に、その場にいた兵士達は去っていく。怪我人も担がれ、屋敷の中へと走り去って行った。
 その場の事態は収まったが、カーキッドは面白くなさそうだった。
「また会えたな」
「……そなたら、」
 ランドルフはカーキッドを見、そしてオヴェリアを見下ろした。
「何の騒ぎだこりゃ」
「……貴殿らに関わりはない」
 そう言って2人に背を向けた彼に、オヴェリアが問うた。
「ランドルフ殿。先日の石が関係しているのか?」
「……」
 男は答えなかった。
 だが彼女は構わず続けた。「これは尋常ではない」
「何を探している?」
「……何度も申し上げませぬ」
「この地で何が起こっている!?」
「……」
「答えよ、ランドルフ」
 オヴェリアは言った。その口調は王位のそれだった。
 ランドルフは彼女を向き直り、居を正した。
「やはり、あなた様は……屋敷へご案内致します。わが主の元へ」
 ――ランドルフの後を追い、ラーク公の屋敷の中へ向かう。
 オヴェリアは神妙な顔なれども、カーキッドはいささか不満げだった。その顔にははっきりと、彼の心が浮かんでいた。
 公爵様の謁見なんぞ面倒くせぇだけだ。それより今はやっと(まみ)えたこいつと、剣を交えたいのに……と。


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