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白薔薇の剣 ―最後の王女の物語― 作者:葵れい

<第1部>

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 第3章 碧の焔石 -3-

 何たる脚力か。
 町の端で、戦士達はその男に完全に捕らえられた。
 まず一刀横薙ぎに飛んできた剣圧に、戦士の一人はどうにか避けたが、転がるのを止められはかった。
 そうなったら全員が足を止める。向き直る。抜刀する。
 全員が息をあからさまに荒げる中で、あれだけの疾走の後にも関わらず、カーキッドは息を乱さず。ただニヤリと笑って見せた。
「盗んだもん、出しな」」
 誰も答えぬ。いや答えている。
 剣が。
 いいぜ? とカーキッドは唇を舐めた。わかりやすい返答だ。
 愛刀である黒の剣を構える。相手は6人。全員が鎧を身にまとっている。だがカーキッドは防具をまとっていない。剣1本のみ。
 だがそれでも圧している。その剣圧と剣気が。
「石ころ1つと己の命」
 天秤にかける勇気ある者がいるのならば。
「来い」
 ――1人目が、奇声と共にカーキッドに斬りかかってきた。
 彼はそれを笑いながら避け、軽く受け流した。
 そこへ2人目が剣を振りかざす。ガキィーンと、音が反響した。その音に、目覚めた瞳がギラリと光る。
 横から脇を襲ってくる剣をひねってかわす。その傍らで正面にいた一人の懐に入って、剣の柄を思い切り叩き込んだ。
 呻きながらよろめいた男をそのまま蹴飛ばすと、後ろに控えていた1人が巻き込まれた。
 その最中に上から降り数された剣を受け止め、弾き返したその返す刀で、喉元を掻っさらおうとした刹那。
「斬るな、カーキッド!!!」
 飛んできたその声に。カーキッドは顔を歪めた。
「またかよッ!!」
 オヴェリアも剣を抜く。荒い息のままザッと腰を低くしてブレーキをかけると、足元に薄く砂埃が立った。
 白き剣を構える。薔薇の刻印は戦士達を一望する。
 カーキッドはその背に背を合わせるように立ち、こちらも男達を不敵に笑って睨み付けた。
「教訓は、生かされないか?」
「何が」
「先日の盗賊」
「話が別です」
 低く呟き、オヴェリアは息を必死に整えながら言った。
「盗んだ物を出しなさい。さもなくばただでは置きません」
 男達は答えない。見た所は傭兵のようにバラバラの格好をしているが、面相を隠していない点、そしてその構えが一様に同じ点から、導き出されるのは一つの結論。
「何の価値があるってんだい? あの碧い石」
 返事をしない彼らに、カーキッドは「さながら、」
「天地を揺るがす、石だとか?」
「――ッ」
 ド素人が、そんなに簡単に顔色を変えてどうする。カーキッドは笑い、ジリと足場を変えた。
「邪魔をするな」
 するとその中の1人が初めて声を出した。すべての事象を突き返すような声だった。 オヴェリアは少し双眸を潜めた。この男は昨晩食堂にはいなかった。
「我ら、密命を帯びている」
「密命ってぇのは、」
 声の主を見やり、トントンと靴先を叩く。
「ホイホイと、人に話していいもんじゃねぇ」
「……」
「そして密命だろうがなんだろうが、人の物を盗むのは良くねぇな」
 その言葉に、オヴェリアが同意した。
「見逃してはくれぬか」
「愚問」
「ならば、」
 仕方がない。空気が変わる、剣気が変わる。
 途端にふわりと舞い上がった砂吹雪と同時に、密命だと言った男が上段から剣を繰り出した。
 オヴェリアがそれを受け止める。男の剣は重い。ギィンと鳴った剣と同時に、彼女はたまらず膝を落とした。そこへ2人同時に襲い掛かるが。
 カーキッドがいる。彼が、オヴェリアに黙って剣を向けさせるわけがない。わざと足場を払い砂埃を上げ、体制を崩した1人を横に薙ぐ。
 峰で打ちつけた。しかしカーキッドの剣である。その技は早くそして重い。鎧の上からだろうが、まともに食らって無傷でいられるわけがない。吹き飛んだその体を駄目押しに回し蹴りし、そのまま刀を回転させて、オヴェリアと剣を合わせていた男に打ちかける。
「てめぇの相手はこの俺だ!!」
 男は飛び退ってそれを避け、剣を構え直す。
「サーク、行け!!」
「ランドルフ殿、」
「行け!! 命令を遂行せよ!!」
 させねぇ。カーキッドは倒れこんでいる剣士の剣を拾い上げると、今まさに逃げようとしている剣士に向かってぶん投げた。
 それをランデルフと呼ばれた男がガキンと弾き飛ばす。カーキッドは「お!?」とむしろ目を輝かせた。
 そして彼が剣を構えると、その間に他の者達も逃亡をはかった。オヴェリアとカーキッドは後を追おうとしたが。
「通さぬ」
退け」
「行かせぬ」
 こいつは強い、とカーキッドは舌を打った。だが顔は喜色満面。
(面白ぇ)
 口の端を歪め目をぎらつかせ、今にも飛び掛る狂犬のごとく剣を構えた。
「何ゆえ」
 オヴェリアはそれを制するように、1人残った男に問うた。
「あの石を」
「……答えぬ」
「何のために」
「貴殿らには関係ない」
 その時向こうから笛の鳴る音が響いてきた。警備の兵士だ。
 邪魔が入ったと思ったのはカーキッドの方だった。そして彼が舌を打ったその隙に、ランドルフは他の者の後を追い逃げた。
 追いかけようとしたが、気づいた時にはもう姿は森へと走りこんでしまっていた。

 ◇

「一体……」
 駆けつけた警備兵に事の次第を説明し、オヴェリアとカーキッドは市へと戻った。
 場はまだ騒然としていたが、テントはすっかり片付けられていた。
「あ、あんた方!」
 問題の石を扱っていた老人は、戻ってきた2人を見つけるなり駆け寄った。
「石は!?」
「すまねぇ、逃がした」
「……そうか……」
 老人は落胆した様子だった。
 そしてそれとは別に、違う感情がその顔には浮かんでいた。
 それは言葉にするならば、恐れに似たような。
「なぁ、じぃさん」
 声を掛けられ、老人はハッと顔を上げた。長い眉の隙間から覗く瞳は、明らかに動揺していた。
 それを確認確認しカーキッドは尋ねた。「あの石」
「まじないの道具だって言ってたよな?」
「……あ、ああ……」
「あの石、偶然手に入れたつってたけど。どこで手に入れた?」
「……」
「まさか、とは思うが」
 あの石は。
「〝あお焔石ほむらいし〟とか言わねぇだろうな?」
 その言葉に。老人は目を驚愕のあまりこれ以上ないくらいに見開いた。
「ま、まさかッ」
 オヴェリアにはわからない。だが何か大変な事が起こってる、それだけは2人の様子から見て取れた。
「そんな、あれは魔術師が使う、魔力増強の道具だと、」
「誰にもらった?」
「知らぬ、旅の途中で会ったまじない師からもらっただけだ」
 旅のまじない師。その言葉に。カーキッドは「へぇ」と片方の眉を上げた。
「カーキッド、一体」
 なんなの? 問うてくるお姫様に。
 彼は目だけで頷き、「宿に戻るぞ」。
 そう言って歩きかけたカーキッドに、「待って」とオヴェリアは止めた。
「あの、ご主人。……先ほどのルビーの短剣はお幾らでしたか?」
「は? え? あれは……50で出しておりましたが」
「550でいただきます。よろしいですか?」
 おい! とカーキッドが止めるのも聞かず、彼女は手持ちの金貨入れから銭を出し、サッと老人に渡した。
 老人は呆然としている。「ま、まいど……」
「ありがとう。良い買い物をさせていただきました。どうぞ息災に」
 そう言ってニコリと微笑む。
「カーキッド、行きましょう」
「……馬鹿かてめぇは」
 言われたが、オヴェリアは満足そうに笑うのである。
 カーキッドはため息を吐いた。

 ◇

「それで? 碧の焔石とは一体?」
 部屋に戻り開口一番、姫はカーキッドに尋ねた。
「知らねぇか」
「知らないから聞いているのです」
 そりゃまぁそうだなと肩をすくめるカーキッドに、オヴェリアは身を乗り出した。
「碧の焔石……別名を命の石と言う」
「命の石?」
「ああ。東の地で主に採掘される石さ。東の地にある……竜の墓場と呼ばれる所でな」
 オヴェリアは目を見開いた。
「竜の墓場……」
「今より遡る事数千年前、この世界には数多くの竜がいた。長くこの地は竜によって支配され、その中で人の子孫は細々と暮らしていたわけだが。その時何があったかは知らねぇ。ただ天変地異か神の悪戯か、突如襲った世界を揺るがす何かにより、竜はその多くが滅びたとされる。代わりにこの地を支配したのが〝人〟。一部生き残った竜の末裔は、人の及ばぬ未開の地にひっそり暮らすようになったと」
 カーキッドは、どこかつまらなさそうにそう話すと、懐から煙草を取り出した。
「そして幾時間かが経ち、滅びた竜の亡骸は土へと還った。だが無数の時の果て、この地に君臨した人の一族が、進化の過程で土を掘り起こし、偶然にもその亡骸を見つけたのが事の始まり」
「……それで?」
「そこから掘り起こされたのが、骨と化石となった竜の残骸と……1つの石」
「……」
「竜の心臓だ」
「竜の心臓……」
「そう。主が死してもまだ光を放つ石。本来心臓があったであろう場所に、まるで凝縮されたかのように小さな輝きを放つ石があった。碧の中に炎のようにきらめくその石を、人は〝碧の焔石〟と呼ぶようになった。竜の魂さ」
 慣れた様子でマッチに火をつける。それを一度カーキッドは、オヴェリアの前にかざして見せた。「命の炎を宿す石さ」
「それが、昼間見たあの石だと?」
「さぁ? 俺も実物を見た事がないからな」
 ただ、とカーキッドは呟く。
「あんなの、初めて見た」
 それはオヴェリアにとっても同じ事。王宮で毎日きらびやかな物に囲まれてきた。宝飾品も様々見てきた。それ1つ1つに彼女が興味を持っていたか否かは別として、確かにこれまで、あのような不思議な光を放つ石は見た事がなかった。
 焔のよう、確かにそう言えなくもなかった。あの石の中できらめく光は、不思議な揺らめきを放っていた。
「噂では、石は持ってる者を火と水の災いから守ってくれるんだと。そしてもう1つ」
 そう言ってカーキッドは一服吹かす。「真実はわからねぇが」
「もしもその石を真っ二つに割る事ができたら。その時は……中から炎があふれ出すんだと」
 え、とオヴェリアは顔色を変えた。それには構わず、カーキッドは続ける。
「竜の魂という炎を宿した石。それが割れたら、そこから炎が飛び出し、大地は火の海と化すと」
「……それは、」
「知らねぇよ? 真実か否かは。ただそういう噂があるっていうだけ」
 まぁ実際に、謎の業火で滅びた村や町……果ては国がという話もカーキッドは聞いた事がある。ただし原因はわからない。その場にいた事がないからだ。
「まぁ、こけおどしのでたらめかもしれんがな」
 竜の心臓ってだけでも物騒な物だ。誰かがそんなオマケを付けて恐れ敬遠しても、おかしくはない。ハハハと軽く笑ったカーキッドに。
 だが、オヴェリアは。
「それは、大変な事ではないですか……」
 事を重大に受け止め。眉間にしわを深く深く寄せた。
「いやだからあくまで噂で。本当かどうかは、」
「しかし! 火のない所に煙は立ちません!!」
 もし万が一あれを盗んだ者達がその石を使って厄災を招こうとしているというならば。
「大変なことになるではないですか……!」
 カーキッドは思った。大変な事になろうとしているのは今、この日この時俺達の方ではないかと。
「待てオヴェリア。どっちにせよもう手遅れだ。奴らの行方はわからん」
「行方ならわかるかもしれません」
 言い放ったオヴェリアは、少し緊張した面持ちで続ける。
「あの剣士……ランドルフと呼ばれていましたか、あの人と打ち合った時、彼の剣にスズランの花の紋章があるのが見えました」
「スズラン?」
「剣に章を描くなど、特異。ましてあの者達の剣技は全員同じ型でした」
 その点にこいつも気づいたか。カーキッドは内心で薄く笑った。
「ましてあの言葉遣い。あれはただの剣士にあらず。鍛えられた技は、きちんと習いたしなんだもの」
 いわば、
「騎士のように」
「……」
「そして西のレイザランの地を治める領主・ラーク公爵は、家紋にスズランを抱いている」
 あーあーとカーキッドは思った。
「奴ら、その公爵様の所の騎士じゃないかと?」
「わかりませんが」
 難しい顔をするオヴェリアに、カーキッドは(かぶり)を振って否定をした。「待て待て」
「どちらにしたって俺達には関係ない事だ」
「しかし、」
「その石が何だろうが、その公爵様が差し向けた者だろうがなかろうが、俺達の任務には一切関係ない。いいかオヴェリア? 俺達の旅の目的は何だ? 焔石を見つける事か? それを取り戻す事か? あん??」
「……そうですが」
「もう忘れろ。第一に、その石を悪用するために盗んだかどうかだってわかってないくらいだぞ? 別の理由があるのかもしれん……たとえば、実は元々はその公爵の持ち物で、なくしてしまった物を探していただけかもしれねぇ」
「盗んでまで、ですか?」
「世の中には色々な奴がいるんだ。そういう方法しか取れん気の毒な奴だっているんだろうさ」
「……」
 カーキッドの言葉に、オヴェリアは黙り込んだ。その様子にカーキッドは小さく息を吐いた。これで議論は終わりだ。
「食堂行くぞ。たらふく食って明日からに備えるぞ」
 そう言って立ち上がり、戸口へ向かおうとした彼に。
 オヴェリアは、その背を振り向きもせず虚空を睨んだまま言った。「ねぇ、カーキッド」
「あん?」
「あなたが言いそうな事をここで私が言うとしたならば」
「?」
「私はお金を払いました」
 カーキッドは振り返った。彼女は彼に、真っ向、その青い瞳を向けた。
「先ほどの商人に、500リグ。私はあの石を買い取った事となる」
「……」
 その目はまるで、昼間見たあの竜の石のように。
「だから、あの石の持ち主は私」
「お前、」
「私の持ち物は、今現在、あなたの持ち物も同然なのでは?」
 あの石よりもっと青い瞳の奥に、輝く光がある。さながらそれは、炎のように。
「自分の荷物を取り戻しに行く。あなたは、奪われたままで平気なのですか?」
 カーキッドは言葉に詰まった。
「……お前が勝手に自腹切ったんだろうが」
「でもあなただって、本当はあれを譲ってもらおうと思っていたのでしょう?」
 やはりこの女、只者じゃないと思った。
 根負け。カーキッドはガックリと頭を落とした。
「……チッ。面倒くせぇ」
「決まりです。西へ」
「……はぁ。ったくよぉ」
「うふふ。では食事に参りましょう」
 完全にしてやられた。1本取られた。だがカーキッドはさほど悔しくない自分に気づく。
(あの男、)
 ランドルフと言ったか。
(もう1度あの男と剣を)
 まみえられるか……それは、この後の手間も石の真偽も押しやるほど、カーキッドの心を少し疼かせた。
(楽しみだ)
 しかしそれを口にする事はしない。オヴェリアに負けたと認める事になるから。



 そんな、2人の部屋の外の廊下に、男が立っていた。
 男は目を閉じたまま壁にもたれて息を吐くと。
「碧の焔石」
 これは。
「いかなる神の所業か」
 開く、その双眸。
 普段から笑っているように見えるその垂れ目勝ちの瞳が、一層ニッコリと微笑む。
 そのまま彼は身にまとう神官のローブを翻すと、階下へと消えて行った。
 姿が見えなくなる直前に、彼が呟いた言葉は、
「……白薔薇の騎士」

+注意+
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