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白薔薇の剣 ―最後の王女の物語― 作者:葵れい

<第4部>

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 第51章 深淵 -2-


 書を石の箱から取り出す。
 デュランの手は少し震えている。
 彼がその書に触れたのはいつ以来だろうかと、オヴェリアは考える。
 そしてその考えを封じ込める。要らぬ事だと。
 彼の思いは、わかっている。
「これが、禁断の魔術書……正確には、写しです」
 かつて西の賢者と呼ばれた男がいた。ラッセル・ファーネリア。デュランの師である。
 彼が託され、守ってきた書。そして密かに解読を試みてきた物……かつてデュランはそう言っていた。
 だが志半ば、西の賢者は殺され、原本は奪われる事になった。
 残った訳書を頼りにデュランは、西の賢者の娘を助けようとしたが叶わず。
 後に書を大教会に預け、自身は仇を捜す旅に出たのだと。
「お前はそれを全部読んだんだったか」
 その問いにデュランは一瞬考え、小さく首を横に振った。
「読める所は全部読んだ。あの時私は必死だった――だが、どうしても読めない部分があった」
「読めない部分?」
「この書は不完全だ。章として完結している部分もある。そこは、師の翻訳が叶った部分なのだろう。だが未完の部分は殴り書きに等しい。文章を組み立てる事も難しい部分が幾つもあった。あの当時、私はそれほど魔道に精通してはいなかった。意味のわからない単語も多かった……未熟だった。そしてこの書はあまりにも遠い高みにある物で」
「……」
「……いや、理解を拒んだ自分もいたかもしれぬ……それほどの書だった」
 オヴェリアは息を呑み、聞くべきではないかと思いながら尋ねた。
「何が書かれているのですか?」
 悪魔の書。
 悪魔との契約。
 その先に得られる物。
 この世に封印された幾多の魔術。
 『禁忌』。『禁断』。言うのは易い。
 だが果たしてその実は?
 本質は……手に取ってこそわかる。
「かつて大きな戦争があった……ご存じでしたね? 戦争によって魔術者は、他をしのぐためにあらゆる方法を駆使し、新たなる物を生み出そうとしました。正攻法では届かない、正規の論理ではとても至れない……人間の心理は、極限に至った時初めてその真価を試される。正義と悪の判断は、平生に下すものではない。……いえ、私はこう考えます。白と黒はある意味表裏だと。すなわち、同義」
「……」
「戦争を有利にする、他をしのぐ、自軍に勝利をもたらす――そんな崇高な物ですらなかったかもしれない。あの当時の研究者の中にあったのは、純粋な興味だけだったのかもしれません。戦争のためだけに生まれた幾多の魔術。それはもちろん、人を死に至らしめるためのものです。それも1人や2人じゃない。国を亡ぼすための術。……魔道は決して奇跡の技ではない。普通の概念では、そんな事が成せるわけがない。火のない所に火を生み出す、それは幻術でもなければ奇跡でもありません。自然の概念を理解し、万物に存在する様々な物を使って生み出す。空気の中にある爆発要素、この目で見る事すら叶わぬものを魔術者は引き出し、別の見えない力と結び繋いでいく。地道な作業なのです。実際には、マッチで火を起こす方が楽で単純で、〝炎〟と呼ぶのにふさわしいものなのでしょう」
 ペラペラとめくる。彼の瞳には何が映っているのか。
「……だが、その概念を覆す方法が生まれた……魔術の中にも、やっていい事と悪い事は暗黙にあるのです。例えば、いかに魔術で水分が必要だからと言って、目玉の水を使うような事があったらどうなりますか? ……そういう事です。だがその当時の魔術師たちは……そんな事幾多も思いついたのでしょうな」
 人道に反する。
 いかにむごく苛むか。
「戦争終結後、当時の魔術の多くは封印されました。世にあってはならない、燃やし尽くすべきだ。……この書庫にあるのは、その戒めたる残骸。見る事も知る事も、愚かと恥じるべきでしょう」
 そして、とデュランは続けた。
「この書に書かれていたのは、その中でも最大級の禁忌。恥ずべき結論。……契約を成した者の記録です」
 デュランはパサリと書を置き言った。
「書かれているのは……生きる上での概念を覆す様々な事です。詳しくはお伝えしたくありません。ただ、ギル・ティモはそれを安易に使って何かを成そうとしている」
「あいつはそもそも、何者だ?」
 カーキッドは手近にある書を引き出した。
「水の賢者ゼクレトル・フレイドの弟子……それ以上の事は知らぬ。師がいれば何か聞けたかもしれぬが」
 デュランは以前レトゥの元を訪ねた際、捜索を協力してほしいと頼んだのと言っていた。だが断られたと。
「先生……」
 マルコが複雑な顔をする。時々手紙を書いているのをオヴェリアは知っていた。だが今マルコがここにいる事を、レトゥも想像していないだろう。
「ともかく、少し時間をいただけたらと思います。師の写しと、書庫の書を一から見てみようと思います」
 そのために来たのだ、否定するわけもない。
 しばらく、デュランをそっとする事にした。
 それぞれの思いで、時を過ごす事になった。

  ◇

 カーキッドは退屈そうである。
 オヴェリアは本棚を眺めている。
 そしてマルコもまた、本棚の中を歩いていた。
 背の高い棚、ほとんどが彼の手からは遠い所にある。
 だがその光景を見るだけで少年は少し満足感を思えた。
 そして脳裏に師の顔が過った。さっき話題に出たからだ。
 ゼクレトル・フレイド――通称レトゥ。
 マルコの師だ。どちらかといえば、レトゥの名の方が彼にはしっくりとくる。
 この大教会で水の賢者と呼ばれていたなど、彼にとっては少し遠い話。
 そんな事を思っていた矢先、本棚の中にその名前を見た。ゼクレトル・フレイド著『生命の根源』という本だった。
 先生の本がある――マルコは嬉しくなった。そして同時に、身近だった師がまるで遠い人のように感じられた。
 開いて読んでみようと思ったが、何が書いてあるのかよくわからなかった。デュランに聞こうにも、彼は没頭している。
 今手が空いていそうなのは……オヴェリアも本を読んでいる。そうなると1人だが。
「……」
 何となく、聞くべき相手ではないような気がした。読める範囲で、自分で読もうと思った。
 水と生命の起源が書かれているようだった。元々この星には水がなかった。雨が降って水が生まれた事によって、生命は誕生した――一つの生命誕生がきっかけとなり、それから爆発的な数の生命体が生まれたのだと。
 命の根源は水にある。……あまりよくわからなかった。
 そういえば以前、先生が授業でそんな事を言っていたなと思い出す。
「水、か……」
 自分の母親も水の魔術師だったと知ったのは、オヴェリア達に会った後の事だ。
 自分の中にある水の才能。そして想像すらできない、魔術を操る母の姿。
「……」
 レトゥの本は難しかったので棚に戻そうとした。
 だがその時、本の中から一枚紙が飛び出している事に気が付いた。
「?」
 何となく引っ張ってみる。
 刹那、少年は驚愕でその場に固まった。
『ゼクレトル・フレイド様』
 そう書かれた封書の、送り主の名が。
 アンナ・アールグレイ――母の名だったのだ。
「あ……」
 少年は咄嗟に封書を胸のポケットにしまいこんだ。
 ――母さんの、手紙……。
 ゴクリと喉を鳴らした時。
「何か妙な音がしねぇか?」
 不意に、退屈そうに腕を組んでいたカーキッドがそう声を上げたのである。



「音?」
 『ハーランドの歴史』を読もうとしていたオヴェリアは、カーキッドの言葉に首を傾げた。
「……何も」
「時々妙な音がする」
 だがカーキッドは譲らなかった。
「壁から伝ってくるみたいだ」
 デュランも顔を上げる。
「こんな地下に?」
「この辺、どうなってんだ? 地下の構造は」
 問われてデュランは戸惑う。
「知らぬ……禁書を扱うこの書庫と、先ほど通った地下施設くらいしか」
「この下は?」
 思ってもいなかった事を言われ、デュランは目を丸くした。
「この下?」
「下から聞こえる気がする」
「馬鹿な……この場所より下など、」
 言いかけ、だがデュランは言葉に詰まった。
「何もない……はずだ。私は知らぬ」
 座り込んでいたカーキッドが立ち上がった。
「どうする気だ?」
 問われたがカーキッドは返答をしなかった。
 代わりにゆっくりと歩いていく。その様はまるで、猟犬のようでもある。
 オヴェリアは本を戻し、彼を追いかけた。
「どうしたのですか」
「気になる」
 オヴェリアには、カーキッドに聞こえるという〝音〟は聞こえない。
「やっぱり下だな。立っていると感じない」
 デュランが床に座り込むのが視界の端に見えた。
 オヴェリアも座ってみる。……だがわからない。
「あ」
 声を上げたのはマルコだった。少年は、今さっきカーキッドがいた場所に、地面に聞き耳を立てるように横になっていた。
「聞こえます! 何か、振動が」
 デュランが慌ててマルコの元へ向かう。
「下?」
 オヴェリアはカーキッドを振り返る。男は何を探しているのか。
 その時彼は、思い立ったように振り返った。驚くオヴェリアを無視して、書庫の外へと駆けて行く。
 木箱の空間を抜けて、外へ。
「カーキッド、」
 デュランとマルコもそれを追いかけた。
 出遅れたオヴェリアは、3人の元へ向かおうとした刹那、ふと壁に妙な絵が掛けられている事に気が付いた。
「……?」
 昼間彼女は、上の世界で様々な天使の像や絵画を見てきた。
 そして美しき聖母サンクトゥマリアの姿を。
 ……だが、部屋の隅にまるで追いやられたようにして飾られていたのは、黒い空に浮かぶ女の姿……悪魔に取り囲まれたその姿は、
「……堕天使……?」
 なぜこんな絵がここに……? もう少し詳しく見ようとしたが。
 それよりも、3人の事が気になった。絵は後回しにして、とりあえず追いかける事にした。
 オヴェリアが部屋を出ると、男3人が回廊にしゃがみ込んでいるのが見えた。
 ここに来るまでにあった2つの扉のちょうど真ん中の辺りだ。
 カーキッドがしきりと床を叩いている。
「……何かあるか?」
 デュランが戸惑ったように問う。
 最終的に、カーキッドは無言で顔を上げた。そして、
「これは、お前の専門分野じゃねぇのか?」
 そう言って、デュランに場所を開ける。
 ランタンを置いて膝をついたデュランは、注意深く地面を見て。そして最後、ハッと手を止めた。
「まさか」
「どうされました」
「……鍵穴があります」
 指を立て、声を出すなと全員に知らせ、持っていたピンを滑り込ませる。
 鍵が開く音は最小限に殺す。
 小さなくぼみが生まれる。そこに指を入れ、上へと持ち上げると。
「隠し階段……」
 そこが、深淵の入口である。
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