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白薔薇の剣 ―最後の王女の物語― 作者:葵れい

<第4部>

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 第43章 あの日から、-1-

 フェリーナは涙を流した。
「できません」
 その手を、オヴェリアは掴んだ。
「お願い」
 温かい手。だがそれ以上に感じるのはその強さ。
「お願いよ、フェリーナ」
「姫様」
「あなたにして欲しいの」
 あなただけに。
「あなたがずっととかしてくれた」
「……」
「ずっと、きれいだって言ってくれた髪」
「……姫様」
「時間がないわ。お願い。ね?」
「……」
 ――埋葬される父と共に。永遠に、共にいるから。
 髪を。
 フェリーナは泣いた。
 だが今度は泣きながらハサミを掴んだ。
「うわぁ」
 叫びながら、切る。
 バサリと、落ちて行く。
 美しい髪が、金の糸のような髪が。
 女の命だと、言われ続けてきたそれが。
「……姫様……」
「ありがとう、フェリーナ」
 辛い思いをさせてごめんね。そう言ってオヴェリアはその肩を抱きしめた。
 ギュッと、強く。
「ありがとう」
 もう一度礼を言って。
 彼女が、泣き止むまで寄り添った。




「姫様――」
 オヴェリアの姿に、すべての者が絶句する。
 あれほど長かった髪が、肩の上で遊んでいる。
 こんなに短くしたのは生まれて以来の事で。軽いというか、心もとない。
 さらに、集まる視線が不安を強める。
 でも、決めた事。
「オヴェリア、髪どうした」
 オヴェリアの姿に気づいたカーキッドが言った。女の髪型など普段は気に留めぬ彼だが、さすがにこの変化には気が付く。
 その視線に、ドキリとオヴェリアは視線を泳がせて。
「……変、かしら……」
 もじもじと問うた。
 するとひと時カーキッドは沈黙をし。
 やがて、返事の代わりにオヴェリアの頭に手を置いた。
 くしゃくしゃと、かき混ぜる。
「きゃっ」
 何をするの、やめてと言っても聞かず。
「こりゃいい」
 と、嫌がるのをいい事にカーキッドはなおもオヴェリアの髪を嬉しそうにかき回した。
 ――やがてそれを見つけたフェリーナによって、「姫様に何をするか無礼者ッ!!!!!!!!」と蹴飛ばされるまで。




  43


「まったくあの男はッ……」
 ブツブツ言うフェリーナの姿に、オヴェリアは思わず笑った。するとフェリーナは目を見開き、「何ですか?」と言う。
「ううん、何でもないわ」
 クスクス笑いながら手を振ると、フェリーナは少しむくれながら続ける。
「本っ当に、姫様はあの者たちと旅を?」
「ええ、そうよ」
「よく我慢できましたね」
 オヴェリアはキョトンとする。
「我慢?」
「ですから、」
 フェリーナは多少イラつきを顔に出しながら、オヴェリアの前にパンケーキを差し出した。
「美味しそうだわ」
「私だったら、我慢できません」
 シロップをたっぷりかけて、上からホイップを乗せる。シロップはフェリーナの特製の物だ。
「やっぱり美味しい」
 とろけるような甘さ。思わず笑顔になってしまう。
「フェリーナも食べればいいのに」
「……姫様は、私が思っている以上にお強い方だったのですね……」
 ガックリと頭を垂れるフェリーナの姿に、オヴェリアは思わずクスリと笑みを漏らし、そっと紅茶に口づけた。
 ローズティー。香る。少しうっとりとそれを堪能する。
「最初は、無理だと思ったわ」
 オヴェリアの言葉に、フェリーナも顔を上げる。
「勢いで城を出た……でもすぐにわかった。甘かったって」
「……」
「1人では、私は一歩も行く事できなかった。ゴルディアはおろか……城に戻る事さえできなかったかもしれない」
「姫様……」
「我慢させたのは、私の方よ」
 オヴェリアの口から出たその言葉に、フェリーナは驚いた。
「そんな事は、」
「美味しい」
「…………」
 愛する姫が、美味しそうにパンケーキを食べている。フェリーナは思った。それ以上に何を望むのかと。
 彼女の体に残る傷跡も見た。それに陰で泣いた。だが生きて帰ってきたのだ。
 一回りも二回りも、大きくなって。
「……私もご一緒してよろしいでしょうか」
「もちろんよ。一緒に食べましょう」
「はい」
 オヴェリアがこの旅で何を見てきたのか、フェリーナには想像もできない。そしてオヴェリアはきっと生涯、それを語る事はしない。
 何に苦しみ何に嘆き泣いたか。
 悔しくも、それを共有できたのはあの男たち。
 でもと、フェリーナは思う。
(今このひと時は)
 私と姫様だけのもの。
 これを、あの男たちが共有できる事はない……過ごした過去も同じ。
 泣いてはいけないと、フェリーナは固く思った。
 そして彼女も嬉しそうに自分が作ったパンケーキを口に運ぶ。
「美味しいです」
「ええ」


  ◇


「デュラン殿か」
 名を呼ばれ、デュランは丁寧に一礼をした。礼の作法は、師に徹底的に仕込まれている。
「お呼びでございましょうか」
「ああ。朝早くからすまんな」
 文大臣コーリウス・ロンバルトの部屋である。今はそこに、武大臣グレンも顔をそろえている。
 早朝、部屋に使者が来た。コーリウスからの呼び出し。相手はデュラン1人。
 その時点で、内容は薄々わかった。
「教会の事だ」
「……」
 やはり、かとデュランは一瞬視線を流した。
「情勢は? 何か進展がございましたか?」
 2人の大臣が一瞬、視線を交わす。
「……未明に知らせあり。第一王子ディザイを破ったズファイ軍が、バジリスタ王都に帰還。各地に散らばった傘下の兵団が王都に続々と向かっている様子」
「軍備を整え、来るか、来ぬか」
 否、結論はもう見えている。
「……教会は乗るか?」
 バジリスタがハーランドに攻め入るとして、軍を繰り出すとして。
 教会がそこにくみするか?
「教会には神聖騎士団が存在する。それもバジリスタ軍に加われば、これは憂慮すべき事態になる」
「……教会は永世中立。どこの国にも属さぬがならい」
 デュランが、慎重に言葉を選び弾いていく。
「私は、その教えを受けてきました。点在する強国、どこに重きを置く事もない。教会がどこか一点に力を預ければ、それは世の均衡を崩す事となる。教会は本来、サンクトゥマリアの教えを説き、その存在を伝え讃えるのみの存在。武力にくみし、教えを捻じ曲げる事があってもならない。教えとは本来平等。それにより人の心を強制するものでもない。人の心のよりどころであるべき所が、心を支配する事があってはならない」
 と、デュランは言葉を切り、
「これは我が師の教えでもあります」
「西の賢者か」
 ラッセル・ファーネリア。
「偉大な方であった」
 ラッセル・ファーネリアは元はハーランドの出身。20年前のバジリスタとの抗争の際、同盟を結ぶ際、ハーランド側の使者として立っている。それを頼んだのはコーリウスであった。
「古き、友だ」
「そうでしたか」
「……苦労をされたな、デュラン殿」
「恐れ入ります」
「ラッセル・ファーネリア亡き後、教会の内部はいかように?」
「教皇、そしてその直下の枢機卿ドルターナ・ウィグル――ドルターナ卿が中心となる、カルドと呼ばれる集団があります。現在カルドは25名。それからその下に、総大司教、大司教、司教、司祭、そして神父。神聖騎士団はドルターナ直下、正式にはカルドの一人・〝天目〟の異名を持つ者の指揮下となります」
「その規模は?」
「5の騎士団と15の大小隊。分隊を含めれば数は膨らみます。各地に派遣の者を入れれば、おおよそ1000」
一端いっぱしの兵団だな」
「問題はそれに加えて、魔術部隊が控える事です。教会は率先して魔術・魔道の指導をしてまいりました。最高位の親衛魔術部隊から、その下の各分隊を配備されれば恐ろしい事に。その力は、確実に一国が抱え持つ魔術部隊を凌ぐでしょう。ハーランドには魔術部隊は?」
「王室付きの魔術団はあるが、実戦配備などされた事はない。この国は剣に重きを置いてきた。魔術はそれを支える物に過ぎんと」
「バジリスタも元来は同じ風潮であったでしょう。だが今は違う。ズファイが頂点にいるとなると、おそらく今までの考え方で捉えていては足元から覆される」
「……今一度聞く。教会は、それらすべての兵力を出すか?」
 きたるバジリスタが起こすハーランド戦線に。
 兵でもって、同調の意志を示すか?
「……」
 デュランは熟考した。
「……わかりません」
「……」
「正直申せば、教皇の意志がわからぬ」
 今まで見てきたのは、すべて、枢機卿の意志だ。
 枢機卿がバジリスタと繋がっている。……否それも、ギル・ティモという魔導士を介した上で。
 そしてギル・ティモは言った。教会が竜を呼び戻さんとしたと。マルコに執拗に竜の事を問うたのも枢機卿だ。
(教皇の指示か?)
 だが……と、デュランは腕を組んだ。
「……これは内々にしていただきたいが……ここの所、妙な噂が立っておりました」
「噂?」
「教皇の姿を見た者がおらぬと……」
「……」
「確かに、この数年教会の式典ことごとく顔を出されておらぬ。言葉は文面で届けられている。だが……」
「……」
「教皇が健在で、その意思が反映されるならば、バジリスタに同調する事はないと考えます。あの方はそういう方ではない、私が神職についたのも、そのご意志に惹かれたゆえに」
 復讐という闇の中に堕ちたデュランが、その時唯一見た光が教皇の言葉だった。だから矛盾しながらも今の職に就いている。
「この戦線に教会が賛同するのならば、それはもう平和と中立を説く聖サンクトゥマリア大教会には非ず」
「左様か」
 グレンが唸った。
「オヴェリア様を差し出せとの文も、果たして、枢機卿であったな」
 今更ながらデュランは思った。外に目を向けるのではなく、もっと内を見ておくべきではなかったか?
 自分が属していた教会という組織、そこで何が起こっていたのか――。

  ◇

 書庫は、本の海原だった。
 エンドリアの書庫も壮大なものであった。だが、ハーランドのこの場所に比べればまだ小さい。
 ――尋ね来て、マルコは固まった。吹き抜けの天井、書庫だけで城のどれだけの規模を占めていのか、伸びる階段の上からは吹き抜けの窓の光がこぼれ堕ち、階下も明るく見渡せる。
 書棚は、一体どれだけ続いているのか。書棚の数と、そこに埋まった本の数。
 一体何を頼りに、目当ての本を探すというのか……伸びきっていないその背では、書棚の上の方など手も届かぬし、背表紙すら見えぬ。
「一生かかっても、読み切れない気がする」
 そうは呟いたが、同時に少年の目は輝いていた。
 魔術書が見たかった。でもそれは二の次。
 手あたり次第に目が届く本を、ゆっくりと丹念に見て行く。
 途中、彼の姿を見止めた者が不思議そうにその姿を見る。マルコの熱心な視線を見止めれば、その視線はやがて、本を愛する同志に向ける物と変わる。
 愛している、文字の海。この空間。
 本だけが出す匂いと、空気。
 知識の森からはみ出してくる、圧倒的な力と。
 手招きする、優しい腕。
 ……わくわくと、マルコは本を眺めて行く。手に取った本の中には難しすぎて読めない物もあったが構わなかった。むさぼるようにして読んだ。
 そしてどれくらいそうして過ごした末か、彼はその海の中に見つけた。呼ばれたと言うべきだったのかもしれない。
『生命の探求・失墜した研究者』
「――」
 最初は何の本かわからなかった。でも手にした。
 読めない文字があった。でも。
 ……両親の名が刻まれているのだけは、わかった。
 ビル・アールグレイとアンナ・アールグレイ。
 恐る恐る、流し読んでいく。
 研究者たるビル・アールグレイ。生命の研究をし、最後には蟲の生成に関わった。
 その罪により、教会により死罪。
 妻アンナ・アールグレイは元は水の賢者の弟子であったが、晩年は夫を支え、同じくその研究に関わり処刑。
 生命の探求は深きもの。そして一歩間違えば罪深きものとなる。
 神の領域、人が望んではいけない聖域。
「……」
 そんな事が淡々と書かれていた。
 読んで、マルコは。
 悔しかった。
 知っていた。でも、本当に両親はこんなふうに。捻じ曲げられて語られて。
 蟲なんか作ってない。
 父さんと母さんが目指したのは、竜。
 それも……そして、それは、あんなものじゃない。
 もっと高貴で、もっと気高くて。
 人間なんて、遥か遠く届かない。
 孤高かもしれない、でももっと絶対的な存在を。
 幼き頃に父が出会って魅入られた、そんな存在を。
 ただ、もう一度見たくて。それだけの事で。
 憧れの。
 ……なのに。
 姫に付き従ったゴルディアで見た巨大な竜。
 それは魔術でよって生み出された存在。圧巻に魂が震えるほどだった。
 でも、2人が望んでいた存在じゃない。
 魔導士は言っていた……それは、人の命をつなぎ合わせて作ったものなのだと。
 そんなの、生命じゃない。そんなの、許される事じゃない。
 そんなのは…………。
「父さん、母さん……」
 2人が残した研究が使われたのか。あれは、2人が作った物となるのか。
 竜は飛び去った。
 蟲は、2人が生み出した物ではない。でももしもあの竜が人家を襲い町を焼くような事があったら、その時は本当に2人の罪になってしまうのか。
 もう、その研究を世の中に出してしまった事事態が罪の一つだというのならば。
「……」
 これ以上は。もうこれ以上は。
 残されている、この手で。
「……絶対に、守るから」
 本を本棚に返す。
 静かに他の本の間に戻っていったその姿に向かってマルコは言った。
「あの竜は、僕が倒すから」
 いつか絶対に。
 あんな物、この世にあっちゃいけない。あんな物が残っていてはいけない。
 必ず。
「……必ず」
 幼きその手を握りしめ、誓う。
 食い込む爪で刻み込む。



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