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白薔薇の剣 ―最後の王女の物語― 作者:葵れい

<第3部>

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 第36章 戦士の墓場 -4-

 おとぎ話にあるよ。竜の血を浴びた人間は、不死身になれるんだって。
 ……そう言われたカーキッドは、鼻で笑った。
「だったらお前らが浴びておけ」
 ザークレストは軽く笑って、「結構だ」と言い。
 チサは。
「悪趣味」
「俺も必要ない」
 黒くなってしまった剣を振ってみる。
「死ぬときは死ぬまで」
 ――死の恐怖から逃れられたら、もう、強くはなれないから。
 目指す場所は、ここではないから。


  ◇

 エリナ砂漠勝利。だがそれは例外、各地の劣勢は続いた。
 その中で1つ明るい話題があった。カーキッドの事である。
「竜を倒した男」
 その話題はエッセルトをにわかに活気づけた。
 ただし本人はそれを真っ向から否定した。
「ガセだ、阿呆」
 興味本位で近づいてくる輩を一蹴していた。チサはそれに心底不思議そうに尋ねた。
「何で? いいじゃん。英雄みたいで」
「馬鹿が。広めたのはお前か」
「さぁ? 知らない」
 だがニヤニヤ顔を見ていれば、当たらずとも遠からず。
「あれは、俺1人でやった事じゃねぇ」
「顔に似合わず謙虚だな」
 ザークレストも驚いた顔をする。
 ……エリナ砂漠以来、3人は行動を共にする事が多くなった。
 分隊は存在しない。一緒にいる必要はないが、今日も3人で酒場に繰り出した。
「うるせぇ」
 カーキッドも、知らずそれを受けて入れていた。
「私たちがいたから竜を倒せたって? いい事言うじゃん。意外といい奴」
「黙れ、馬鹿女」
「レディに向かって口の利き方も知らない、馬鹿男に言われたくない」
「んだと!?」
「……周りが見てるぞ」
 竜を倒した事を茶化されると怒る。それはカーキッドの照れ隠しであり。
 3人で戦ったと主張したいカーキッド、それを茶化され怒るのも、やはり照れ隠し。
「かわいいやつ」
 キヒヒと、チサは笑う。それにいよいよカーキッドは怒った。本人知らず、顔を真っ赤にして。
「とにかく、次は西だな」
 西の隣国。レセルハイムとは別の国。だがその隣国も必ずレセルハイムの力が働いている。
 ここで一気にエッセルトを落としにくる。
「そうはさせんさ」
 静かに、ザークレストが呟いた。
「エッセルトに平静を取り戻す」
 ……酒場はかろうじて開いている。だが、客は軍人しかいない。カーキッドたちが戦場へ向かっている間に、人々は国からの脱出をはかっている。
 人が減っている。暮らしてきた、すべてを捨てて。
「美味い酒が飲めなくなるのは困る」
 焼けるようなこの酒。カーキッドは一気にあおった。
 体が燃えるような感覚。実際に、竜の炎を浴びた火傷の傷は生々しく残っているが、構わなかった。
 次の出陣を待つ。
(ここを救いたい?)
 カーキッドは自分自身に問いかけた。
 エッセルトという国。この国に来てまだ時間は経っていない。国に愛着が出るほどではない。
 だが。
(こいつらと、)
 チサとザークレスト。
 笑い合う、この空間は悪くない。
 不思議な感覚だった。
(俺は、これを……)
 守りたいなんて。
 思いかけて、首を振る。本当に思ってしまったら、とてもじゃないが笑いをこらえられそうにないから。




 数日後、出兵の命令が出た。
 そこからはもう、宿舎には帰れない戦いが続いた。
 カーキッドたち3人は、傭兵隊を2つに分けた一分隊として西の橋防衛に回された。
 すでにエッセルトの国境は地図を引き直す必要がある状態になっていた。山1つ、町2つを西に攻め入られている。
 敵は1つ1つの戦力は大した事はなかったが、数が圧倒的に勝っていた。
 そしてエッセルト側は最初のラヴァ集落を皮切りに兵力をそぎ続けていた。
 だが今度は川だ。川ならば、戦いようがある。
 そしてこちら側にはザークレストという男がいた。
 カーキッドが知る中で、〝軍師〟という言葉が似合う男は彼以上にいなかった。
「迎え撃つにはここ。この急流の滑りがいい」
 彼は指揮官に提言する。その案は誰もが唸った。
 彼の進言は的確で、実際に防衛に成功。斥候の第一陣を完璧に跳ね除ける形となった。
「お前、ここに来る前どこにいたよ?」
 第二陣への備え待機中、カーキッドはザークレストに尋ねた。
「北かな」
 と彼ははぐらかして笑ったが、カーキッドはこの男はただ者ではないと睨んでいた。
(どこかの軍人崩れか)
 流れの傭兵にしては、空気が違う。
 ましてその剣さばきである。一介の傭兵にしては太刀筋に無駄がない。隙がないとも言える。
 それは彼の動きにも言える。相手に気配を悟らせずに動く。それは並大抵でできる事ではない。
 どこかで何かしらの指導を受けている。そしてそれは、大きな部隊が絡んでいる。
 だがだとしたら、なぜ彼はここで傭兵をしているのか?
「そうかい」
 そこにはあえて踏み込まなかった。
 誰にでも語りたい過去と、語りたくない過去はある。
 そしてそれはチサにも言えた。
 女の身で傭兵を生業にしている。そこには必ず、大きな理由がある。
 それもカーキッドは問わなかった。
 3人の関係は戦場で繋がっている。
 それでいいと思った。




 川を死守した部隊は、そのまま指揮官の指示の下西へ向かった。
 奪われた町の奪回。
 それは敵側の戦略でもあった。
 川での戦いはエッセルトの戦略勝ち。
 逆に、訪れた町には西側の陣が引いてあった。
 恐るべき敵兵の数。
 容易には落とせない。向こうにも切れ者の軍略家がいるのは明白だった。
 だが、斬った。
 昼中、豪雨、夜陰、夕闇、暁の中。両軍無茶苦茶に戦った。
 カーキッドも先陣をきるように走った。
 だが、ある日敵側は恐るべき戦略を取った。またしても住人を使ったのである。
 その町に住んでいた者たちは、西側に捕えられていた。その者たちを小出しにして、エッセルトに突きつけた。
 ――人質、否、ある時はそれ以上に。
 きれいな戦争などない。無力な町の者たちは盾とされ並べられ、その隙間から敵軍はエッセルト軍に火矢を浴びせた。
 狂気の沙汰だ。こちらの砲火はすべて町の者へ吸い込まれる。踏み込むには、彼らを退けるしかない。
 そして、時には爆薬を括り付けられ放り込まれてくる。
 女、子供、老人。
 戦闘が進めば進むほど、まともな思考回路ではいられない。戦いは正攻法ではなくなっていった。
 戦いに慣れているはずの傭兵でさえ、体はもちろん精神的な疲労が積み重なる。
 兵の疲弊と減少。だが援軍は期待できない。
「一気に畳みかけるしかない」
 町の住人の命を賭しても。
 ……エッセルト軍は、残った全軍を一気に町へと差し向けた。
 小賢しい西側の策を。何が襲い、何が駆けてこようとも。
 ――何のために戦うか。その究極の天秤の上で。
 カーキッドたちは、向かい来るすべての事象を斬って行った。
 結果として西側は町を撤退。エッセルトは領地を取り戻したが。
 そこに住まう人々は? ラヴァ集落と同じ。
 ……灰塵と、無。
「私たちは、何のために戦ってるのかな……」
 取り戻したはずの町。だが達成感よりも胸を強く掻き毟られるものが残る。
「人あっての、国じゃないのかな」
「知るか」
 茫然としたチサの言葉に、そう答えるしかすべがない。
 答えはカーキッドにもわからなかった。
 ただ、彼にしても珍しく陰鬱な気分になった。
 ――そして彼らにはその感傷に浸る暇もなく、次の戦地が告げられる。


  ◇


 戦士の墓場。
 ……その話題が出たのは、次の戦場へ向かう道の途中の事であった。
 移動の最中、一団は森で夜を迎える事になった。
 煙草が吸いたくて夜中、カーキッドは陣を抜け出した。
 しばらく歩くと湖に出た。一瞬海かと思ったが、ここは内陸部だ。海はもっと東に向かわなければならない。
 夜の湖面を見ながら、海か、とカーキッドは思った。
 しばらくするとチサが現れた。カーキッドを見つけると、彼女はひどく驚いた顔をした。
「何してんの」
「脱走」
「ふーん。奇遇」
「小便か」
「……あんた、本当に、レディに対する言葉知らないわよね」
 口の端だけでニヤっと笑う。チサも呆れ顔で、だがその顔は笑っていた。
「火傷、大丈夫?」
「お前こそ」
 チサは少し足を痛めている。竜と戦った時に打ちつけたものだ。
「私、無敵だから」
 と彼女は言ったが、戦闘の中ギリギリの局面も幾つかあった。そのたびにカーキッドやザークレストが、それとなく助けた。
「そうかい」
「そう」
 足を痛めている、だが彼女の動きは確かにいい。
 女だからと馬鹿にできる程度のものではない。……そうでなければカーキッドが、心を許すわけがない。
 どこでどんな修行をして。どんな経緯でここまで上り詰めてきたのか。並大抵ではなかっただろう。女の身でそれを成した。それならば、むしろ敬意を払う。女が弱い事はわかっている、だがだからと言って弱さと守られる事を主張する輩は気にいらない。
「海みたい」
 何となくチサを見ていた事に気づき、カーキッドは慌てて視線を湖面に移した。
「見た事あるのか」
「私の故郷は海の向こうにあるから」
 へぇ……と言いながら煙草を含んだ息を吐く。
 そして、
「戦士の墓場、って知ってるか?」
「?」
 チサはキョトンとカーキッドを見た。
「何それ」
「戦士が最後にたどり着く場所だ。海の向こうにある」
「……」
「戦い疲れた戦士は、最後、そこに剣を捨てる……俺の尊敬する剣士が言ってた。いつか、そこで眠るのが夢だって」
「何それ」
「さぁな」
 ……ふっと微笑み。
 だがその視線は、虚空を彷徨った。
「墓場、か」
 湖面は、揺れず。
 風も吹かない。
「……カーキッドは何で戦うの?」
 問われても、男はまともに答えなかった。
「さぁな」
 風にでも聞いてくれという口ぶりで、天を仰ぐ。
「私たちは、」
 そんな彼に向かって。チサは、その言葉を言った。
「私たちは……戦って戦って、狂うまで戦い続ける」
 ふと、カーキッドはチサを見た。
 月しか照らしてくれない顔。その目に光が宿っているかはわからない。
 でも。
「私……子供を斬った」
 前の戦闘。
 泣き叫びながら子供が走ってきた。肩から突き出した槍に押されるように。
 戦場だ、何があろうとも仕方がなかった。
 でも。心は簡単に割り切れない。
「いっぱい殺した。町の人も」
 何のために戦ってるのかと、戦闘が終わったその場所で呟いていたチサ。
「狂うまで、戦い続ける」
 狂わなければ強くなれない。カーキッドはそう思っていたけれども。
 本当に本当に、狂うという事はどういう事なのか。
「ねぇ、カーキッド」
 チサが呼ぶから。
 カーキッドは少し、心臓が跳ねた。
 その意味は、わからない。けれども。
 見えぬはずの表情が、見えた。
「もし私がこの先、……戦闘のその先で、もうどうしようもないと思えるような状態になってしまったら。迷わず、貫いて」
「――」
 何だよ、それ。
 しかしチサは笑ってた。
 微笑みながら、彼女は言った。
「竜を貫いたその剣ならば、私を貫くくらい簡単な事でしょう?」
「……」
 返事なんかできない。
 知らねぇよと。
 ……口ずさむ事さえできなかった。


  ◇


 エッセルトの戦闘は、いよいよ激化した。
 カーキッドにはすべての局面を知りようはなかった。
 ただ断片的に、どこが潰れた、どこが落ちたと。
 守った、抜けた、退けた……そんな話は聞こえてこなかった。
 戦局はやはり、最初の読み通りエッセルト劣勢。
 もしも反対側についていたらどうなっていただろうかと考える。
(そしたら俺は)
 何に悩んで、何にもがいていただろうか?
 ……いいや、それすらないままに。
 やはり、剣を振るのかと。
 ――竜はエレナ砂漠以来彼の前に現れなかった。どこかで現れたという話も聞かなかった。
 戦地にて彼らは、マリエル教信者の兵団を退けた。だがそれは、一般人が少し武装した程度だった。
 なぶり殺しはしたくはない。だがせざるを得ないほどに。
 彼らは狂信的に向かってきて、神の加護を主張した。
 それが侵略国の狙いだとも知らず。背後にある強国の思惑通り。
 人々は狂い、何かを主張し、何かを盲目的に信じ。
 すがって戦い。
 ……残酷な犠牲を遂げた。
 そしてその祈りは、兵士をむしばんで行った。
 彼らの死にざまは、恐ろしき剣となり、命を奪った者の心臓に突き立った。
 蝕まれていく。
 カーキッドでさえ疲弊する。
 その傍らで、チサも見る見るやつれて行った。
 見てられないと思った。これは女には酷すぎる。
 こんな戦いは……さっさと終わらせなければならないと。
 戦いを何より好んでいた男は。……切に、思った。

 
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