第一話 予期せぬ旅立ち
俺の人生を変えたのは何の変哲もない自動販売機だった。
時刻は午後十時を少し回ったところ。十二月の寒さに勝てず文明の利器に温かさを求めた事が原因。
財布の中に小銭が入っていなかったので必然的に俺は千円札を取り出した。
コイン投入口とは別の、札投入口に金を入れて無難な無糖珈琲を選択しボタンを押したはず。
そう。本来なら黒いラベルの缶珈琲がゴトンと鈍い音を立てて落ちてくるはずなのに。
「……は?」
何故か俺はボタンを押したままの姿勢で広大な草原に佇んでいた。
それはもう、日本にこんな場所があるの?ってくらい広大な草原だ。
四方八方見渡してみても、草と見事に晴れ渡った空しか確認できない。
ちなみに俺が自動販売機のボタンを押したのは夜の十時。青空ではなく夜空のはずだ。
微妙に混乱する俺が徐々に落ち着いて最初に思ったのは、寸前の行為。
そう、確か――。
「俺の千円、返せよ……」
そんな場違いな心配事に返事をくれる人は当然ながら存在しなかった。
*****
いい年齢をして迷子、とは正に俺の事だろう。
あのまま草原に佇んでいるわけにもいかず、気の向くまま歩いてみたが
景色は明らかに不気味な薄暗い森が増えただけで地理が不明なのは変わらない。
むしろ澄み切った青だった空が茜色に染まり始めた事に危機感が募るばかりだ。
夜になれば月明かりだけが頼りになる事は容易に想像でき、大自然の脅威を感じざるを得ないだろう。
しかしこれだけ歩いて人に出会うどころか、電柱一本すら見かけないとはどういう事だ。
そもそも、ここは俺の居た現代日本なのだろうか。
自動販売機のボタンを押した直後に草原なんて、怪奇現象的な匂いがしてならない。
一般に言う、神隠しやタイムリープの類の可能性だって捨てきれないのだ。
とにかく、今は自分の安全を確保するのが第一だと思う。
知らない土地で一人など危険極まりない。というより寂しいから俺がヤダ。
とりあえず人と出会う事。それが現状の俺に課せられたミッションだと思う事にする。
ザクザクと枯葉と大地を踏みしめながら行く先もなく歩き回っていると、前方から人の声が聞こえた。
かなり遠くから聞こえていた声は互いに近づく事で徐々にだが正確に俺との距離を縮めている。
程なくして、聞こえていた声が途切れたと思ったら近くの茂みがガサガサと揺れた。
やっと出会える村人A(仮)に心が躍る。
ひゃっほーい!ついに深緑ばかりの森とはおさらばだ!!
「恭様っ、やっと見つけましたよ!」
村人A(仮)=キノコ狩りに来ていた老人 を想像していた俺は現れた人物に眉を寄せた。
草木を掻き分けるようにして出てきたのは赤髪に紫紺の和服姿の不良だったからだ。
年齢は恐らく俺より二つ下くらいだと思うが、何この人。和服なんか着ちゃって。
いや、街中歩いてても時々和服の人を見かけるけど、こんな森の中で不良が和服って。
アレですか。
近寄りがたい不良だけど実は茶道か何かの家元で普段は和服とか。
そしてこの森は家元の土地だったりするのかな。うわ、俺ってば不法侵入者だよ。
「勘弁してくれよ……」
「何言ってるんですか、ここまで来ておいて!」
えー!やっぱり不法侵入者?
ちょ、警察沙汰とかマジ勘弁して下さい。
情けないけど迷子なんです本当です。でも恥ずかしくて言えない!!
警察に突き出されるって事は森から出られるんだけど、一般の目から見てモラル的要素が激減だよね?
人が恋しい、会話したい!
でも捕まったら俺の将来お先真っ暗だ!わぉ、何この悪循環っ。
「何でこんな所に居るんだろ」
「ぅぬあああぁぁぁ!本当にやる気ありませんね恭様!
今日は我ら東の鬼一族を統べる東条家を訪ねる予定でしょう!?」
いや、俺は自動販売機ポチリ事件の事と俺の行く末を考えてたんだけどね。
口に出ちゃってた?ゴメン。
律儀に答えてくれてありがとう、絶叫付きだけど。
でも鬼一族って何。
鬼ってアレだよね。
昔話によく出てくる赤色青色で金棒持った角生えた筋肉ムキムキの。
もしかしてキミ人間じゃないの?
「我ら」って言ってたから俺も鬼なの?
ええええ。何その設定。
もしかして気付いてないだけで、角とか牙とか生えてるのかな。
「もうすぐ到着するのですから我慢して下さい!」
ぷんすか怒っている和服の不良が踵を返して先に進もうとする。
鬼という言葉に疑問だらけの俺は、確認すべく和服不良の赤髪に手を伸ばした。
着物の袖から覗く俺の腕が髪に触れる寸前で空を切る。
残念、距離が足りなかったか……んん?
着物の袖? 俺の腕は着物の袖から出てる?
え、確か俺、防寒抜群のコートを着てたはずなんですけど。
まさか歩き回ってる間にコートを脱ぎ落として来たとか。
いやいや、脱いでも着物なんか着てなかったし。
頭に疑問符を浮かべながら、くるりと今まで歩いてきた道を振り返っても
相変わらず不気味で薄暗い深緑の森が、紫苑に変わった空によって更に深みを増しているだけ。
気づかない間に服を脱いで、歩きながら着替えるという芸当をするはずもない。
おおお、そんな事したら変態のストリッパーじゃん。大丈夫か俺!
「ほら見えました! あとは一直線に森を抜けて城下を進めばお城に着きますよ」
「……デカイ城だな」
「当然です。何たって東の鬼一族を統一する長の城なんですから」
「へぇ」
ボケーっとしている俺を見て、和服の不良はわざとらしく大きな溜息を吐いた。
「しっかりして下さいよ? 恭様は我らの代表として顔合わせに参加されるのですから」
……何それ、初耳なんですけど。
いや、初耳でもないか。少し前に叫んでくれた様な気がするし。
どちらにせよ、俺があのお城に何か用事に行くの?何のために?
拝啓、現代日本で俺を愛してくれた皆様。(何か恥ずかしいな)
どうやら俺は意味不明な世界で、妙な事に巻き込まれているようです。
しっかり現状整理して報告すべきでしょうが、何だか面倒になってきたので流される事にしました。
まぁ、とりあえずですが。
お城に着く前に、何とか詳細な情報を和服の不良から聞き出す事に決めた俺でした。
へっぽこ拍手
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