その参:あたふたするより事実を受け入れろ
「はい?」
振り向いた新八は、目の前に巨大な鼻面が突き出されたのでぎょっとしてのけぞった。
「おーう、定春、帰ってきたか。」
「定春がまたしゃべったアル!」
「いえ、違いますけど。」
定春の後ろから、小さな人影が進み出た。定春がでっか過ぎて気づかなかったのだ。5、6歳ぐらいの男の子である。
「ああ、そうなんだよ。この子うちの犬なんだ、どうもありがとう。」
「どういたしまして。」
そう言って、少年が頭を下げる。年齢の割に礼儀正しい子だな、と、新八は感心した。
「にしても、大きい犬ですね。僕初めて見ました。」
それはそうだろう。
「ごめんね、連れてくるの大変じゃなかった?」
「いえ、別に。ここを通って帰ろうとしたらうろうろしてて、邪魔だからどいてよっていったらここに来たんです。だから僕が連れてきたわけじゃないですよ。」
「そうか…良かったですね、銀さ……」
言いかけて、しかし新八は口をつぐんだ。
銀時の顔が固まっている。神楽もお妙も真選組の三人も、みんなみんなその場に凍りついて、何も言わずに少年を見つめている。
何があったんだ?
戸惑ったのは少年も同じらしく、ちょっと後ずさりして、顔をしかめた。
「えー…あの、僕の顔に何か、ついてますか?」
神楽が叫んだのは、その時だった。
「風間くん!この子、風間くんアルヨ!!」
「はあ?」
「えっ?何で僕の名前を………」
少年が最後まで言い終わらないうちに、神楽が新八を押しのけて前に飛び出し、ぱっと傘を広げた。
「ちょっ………神楽ちゃん、何すんの!?」
新八は慌てて神楽を止めようと手を伸ばした。神楽の傘は、実は鉄砲になっている。彼女が少年を撃つつもりなのかと思ったのだ。
しかし、神楽の次の言葉は意外なものだった。
「サインちょうだいアル。」
「へ?」
新八と、少年の声が重なった。
「ここんとこに名前書いてほしいアル。風間トオルって。」
「あ、ちょっと待って、神楽ちゃん。」
突然お妙が割って入った。さすが姉上、姉御らしく神楽ちゃんを叱ってくれるのか…と思った新八だったが、間違いだった。
「ごめんなさい、私にもサインをいただけないかしら?紙がないから下駄の裏で…」
なんと少年の目の前に、自分の履いていた下駄を裏返して差し出したのである。
「姉上ェェェェェ!」
新八は大慌てで二人に飛びかかり、何とか少年の前から引き離した。
「何よ新ちゃん、せっかくサインもらおうと思ったのに。」
「邪魔はいけないネ。」
「いきなりあんなことしちゃダメでしょ、子供相手に!ほら、何か困ってるじゃないですか!大体あの子、誰なんです?」
「だから風間くんアル。」
「いや、僕知りませんよ、そんな人。」
「んもぉ〜、新ちゃんったら鈍いわねぇ。クレヨンしんちゃんの風間くんに決まってんじゃないの。」
「ええっ!?…でもクレヨンしんちゃんって……アニメでしょ?風間くんってあくまで架空の人物なんじゃ………」
「あーそうさ、でもここにいるんだからしゃーねーだろ。」
銀時がようやく言葉を発した。
「銀さん!まさか銀さんまで、この子を風間くんだと…」
「だってどう見ても風間くんだもん、この子。そっくりなんだもん。」
「ああ、間違いねぇ。」
「正真正銘の風間オトルくんでさァ。」
「トオルです。」
土方と沖田の言葉に、少年の怒った声が重なった。
「もう何なんですか、あなたたち。何で僕の名前知ってるんですか。クレヨンしんちゃんって何なんですか。とりあえず早く帰りたいんで、そこどいて下さい。」
「あっ、ちょっ…!」
新八が呼び止める間もなく、少年は銀時たちを押しのけてずんずん歩いていってしまった。神楽が名残惜しげに叫ぶ。
「ああーん、待ってえー。サインしてアル!」
「もうやめなよ、神楽ちゃん!怒っちゃったじゃないか。」
「だって本物の風間くんアルヨ。今度いつ会えるか分かんないアル。」
「だから、その子はアニメの中の人物なんでしょ?実在してるわけないじゃないですか。きっと偶然似てたか何かですよ。」
「でも名前も同じだったみたいだぞ。」
銀時が頭を掻きながら言った。
「あれは間違いなく風間くんだ。新八の眼鏡をかけてもいい。」
「何で僕の眼鏡!?かけるもの間違ってんだろーが!」
「でも確かに新ちゃんの言う通りだわ。」
「姉上!」
新八はほっとした。やはり姉はしっかり者だ。
「私もあの子はどう見ても風間くんだと思う。でもアニメの中の登場人物が目の前に現れるなんて、絶対にありえないことよね。一体どうして………?」
「サンタさんからの贈り物じゃねーのか。何ならネネちゃんもここに連れてきてくれよな。」
「何でクリスマスでもないのにサンタさんがプレゼントしてくれるんですか。もっと真面目に考えて下さい。まだここがどこなのかも分からないんだし…あ、あそこに電柱がある。もしかしたら住所が書いてあるかも知れないから、ちょっと見てきますね。」
「お願いね、新ちゃん。」
お妙が声をかけるより早く、新八は立ち上がり小走りで、電柱に近寄っていった。しばらくそこに書かれたことを読んでいたかと思うと、今度はますますわけが分からなくなったという顔をして戻ってきた。
「どうした?新八。」
「いやそれが、どうもここは江戸ですらないみたいなんですよ。見たこともない地名で。」
「だから、何ていうとこなんだ。」
「ええと、確か………春日部市、双葉町だとか。」
「な、何だとお?マジでか!?」
「本当アルカ、新八!」
「はあ…え、二人とも、何か知ってるんですか?」
新八は他の面々を見回して、またしても自分一人が、話についていけてないことを悟った。全員一様に驚いた顔をしている。
「説明してもらえませんかね。春日部って一体どこなんです?」
新八の問いに答えたのは、お妙だった。
「春日部は実在するけど、双葉町はね、新ちゃん。実在しないはずの場所なの。…クレヨンしんちゃんの、舞台になってる所なのよ。」
「………え?」
あまりに予想外な、そして理解しがたい答えに、新八は目を見開いた。
「冗談でしょう!?」
「本当よ。ねえ、銀さん。」
「ああ。」
「じゃあ…どうして…一体僕らは…?」
もはや新八、わけが分からなくなってきている。
「ここ、もしかしたら映画の中なんじゃないですかね、土方さん。」
沖田が発言したのは、その時だった。
「何だと?」
怪訝そうな表情をしたのは土方だけではなかった。銀時たちも一斉に、沖田の方を見る。
「いやですからね、ここはクレヨンしんちゃんの映画の中じゃないのかなァって…どうしてか知んねェが、俺たちが見てたあの映画の中に、引き込まれちゃったんじゃないんですかィ?」
「総悟…お前よく、そんなことを思いつくな。」
土方が感心とも呆れともつかない顔で、沖田を見つめる。
「でも俺はその考え、いい線行ってると思うぜ?」
銀時が言った。
「何でかはまるで分からねーが、多分俺たちはクレしんの映画の世界に入り込んじまった。だからここは埼玉県春日部市双葉町で、クレしんの中のキャラも実在してるってわけだ。」
「でも…どうして?」
「だから分からねーって銀ちゃんが言ってんだろーが!」
新八はいきなり神楽の肘鉄を食らって、地面に沈んだ。
「ううっ………おいっ、何なのこの理不尽な暴力は!?」
「イラッときたアル。何回もおんなじこと繰り返すからイラッときたアル。」
「とにかくだな、今から俺たちがやるべきことは…」
銀時が億劫そうに立ち上がった。
「…ネネちゃんのサインをもらいにいくぞ。」
「やらんでええわァァァ!!!」
新八、神楽、お妙の三人分のアイアンキックを食らって、銀時は夕焼け空をバックに3メートル吹っ飛んだのだった。 |