その弐拾四:完全に表情を消せるのってよっぽど心の強い奴か狂人だけだと思う
「お前っ………!」
イリスは言葉を失った。自分の目が信じられなかった。
厳重に鍵をかけて、他の奴らと一緒に閉じ込めておいたはずの茶髪の青年が、今この部屋の中に立っている。歯を食いしばり、目をぎらぎらさせて、彼は部屋の中を見回した。その視線が椅子に縛りつけられたマサオと、リオルが手にしているバズーカ砲に向けられると、青年の顔が凶暴な怒りに歪んだ。
「テメェ!汚ェ手で人のもんに触ってんじゃねェよ!!返せよ!!」
そう怒鳴るなり、沖田は刀を振り回してリオルに飛びかかった。
リオルはわずかに眉を寄せた以外、ほとんど表情を変えなかった。沖田の怒りの一太刀をひらりとかわすと、テーブルの上を躍り上がってマサオの座っている側に降り立つ。それとほぼ同時に、リオルの座っていた椅子が真っ二つに斬り割られた。
沖田のバズーカ砲はまだ、リオルの手の中にあった。
「隊長!」
山崎が刀を手に、部屋の中へ飛び込んできた。───それに続くようにして、黒服の男たちがぞろぞろと入ってきた。
「な!?なっ、何なんだよ、お前らはっ?」
イリスは思わず後ずさりして叫んだ。ギルザも目を見開いた。さっき捕まえて閉じ込めておいた奴らの中に、こんな男たちはいなかったはずなのに………一体、どこからわき出したと言うのだ?
男たちの後から、銀時・新八・神楽・お妙、ネネとトオル、さらには定春と野原一家までが部屋に入ってきた。
定春の足元には、二匹の白い犬がぴたっと寄り添っていた。両方ともお互いにそっくりな姿形をしているが、片方は首輪をしており、もう片方はきれいな空色の目をしている。
空色の目をした白犬の姿を見つけた途端、イリスの瞳がカッと見開かれた。
「テル………!」
その声には、明らかに怒りと憎しみがこもっていた。ギルザも嫌悪に顔をしかめて、テルをにらんでいる。テルは全く動じず、まるで身構えているような格好のまま、じっと二人を見つめ返していた。
リオルが、不意に笑い出した。
「あれ?なんか、急にお客さんが増えたみたいじゃないか。イリス、ちゃんと鍵かけとけって行っただろ。」
リオルに呼びかけられると、たちまちイリスはびくっと緊張した。
「い、いえ!ちゃんと鍵はかけたはずですよ!!」
「じゃあ何でこの人たちが外に出てるんだい?」
「───俺のおかげだよ。」
「えっ───?」
何となく聞き慣れた声と共に、部屋の中にゆらりと現れた人影を目にして、イリスたちは凍りついた。リオルでさえ、明らかに驚いた表情をした。
イリスが震える声で呟いた。
「リンド………!」
頭のてっぺんから爪先まで、しんのすけとそっくりな姿をした少年がそこにいた。───ただし、その顔に浮かべている表情には、しんのすけらしいところはなかった。いつもイリスたちがイライラさせられてきた、へらへらしたものでもなかった。………分かりやすく言えば、世話の焼ける子供を前に苦笑いしているような、そんな大人の笑みを口元に浮かべていたのである。
「リンド………お前………」
リンドはますます苦笑を深くして、イリスたちを見つめた。
「まったく………あの人たってのお望みとあって頑張ってきたが、色々大変だったぜ。バレないように情報も集めなきゃならないし、野原しんのすけらしく極力振る舞わなきゃならないし。」
口調まで、前までとはがらりと変わってしまっている。
その時ようやく、リオルが口を開いた。声が震えている。リオルがこんなに怒りをあらわにするところを、イリスとギルザは初めて見た。
「貴様………ずっと僕たちを裏切ってたんだな?この恩知らずが!僕がいなきゃ、お前は今こうしてここにいないんだぞ!」
「残念だけど、そりゃ違うね。」
あっさりと言われて、リオルは一瞬口をつぐんだ。
「………違う?何が違うんだ?あの博士がいた時のニセモノは、もうルビーしか残っていない。ちゃんと確かめてあるんだ。だからお前は………」
リンドが薄く笑った。
「その通りさ、リオル。でも何しろニセモノは数が多過ぎる。だからこっそり俺が紛れ込んで、お前側のニセモノのふりして博士側のニセモノを倒し、ずっとお前らのことを探ってたってことなんか、知る由もなかったってわけだ。」
「お、おい、ちょっと待てよ。」
イリスは我慢できなくなって割り込んだ。
「その言い方だと、お前は博士側のニセモノでもリオル様側のニセモノでもないってことになるじゃないか。でもそんなはずないぜ。───俺たち以外にニセモノを作ってた奴がいたとすれば、別だが………」
リンドはいよいよ本格的に笑い出した。
「ご名答だよ、イリス。でも残念ながら、お前らが知るはずもないが、俺はどちら側でもないんだ。厳密に言えば、魔虞蛇博士に作られたのは確かだが………」
「えっ、グダグダ博士!?」
ポカッ!
いきなり話の腰を折ったしんのすけは、みさえのげんこつを食らう羽目になった。
「黙って聞きなさい!」
しんのすけは頭を抱え、むすっとしてもう何も言わなくなった。
それにはかまわず、リンドは腕を組み、何か思い出すような口調になって話を続けた。
「俺は、博士がこちらの世界に来る前に作られた、ただ一つの成功作のニセモノなのさ。」
「局長、大丈夫でしょうか?」
「あいつのことか?大丈夫さ、ちゃんとやってくれるだろう。」
「そうですか………」
「………何だ、じっと見つめてきたりしやがって。俺の顔がそんなに面白いか?」
「いっ、いや、そんなわけじゃありやせん。ただ………ちょっと………」
「ちょっと、何だ?何でもいいから言ってみろ。借金と告白意外なら聞いてやる。」
「………局長って………本当に、お人好しですね。」
「魔虞蛇博士がなんでこんなことをしようと思ったのか、その辺のことは俺にも分からない。」
部屋は静まりかえっていた。空気までもが息をひそめ、リンドの話に聞き入っているかのようだった。
「ただ博士は───多分腕試しかなんかのつもりだったんだろうな───『踊れ!アミーゴ!』の映画を見て、それを参考に一体のニセモノを作り出した。」
それが俺だったんだと、リンドはしらけたような顔で言った。
「博士は俺も一緒にこちらへ連れて行くつもりだった。でもある日、俺はちょっとしたことで博士の機嫌を損ねちまって、地下の秘密部屋に閉じ込められたんだ。もちろん一日で出してやるつもりだったんだろうが………」
と、リンドはここでまた苦笑いした。
「ちょうどその日の夜に、こいつらが博士の家に乗り込んできたのさ。」
指さされた山崎たちは、ちょっとびっくりしてお互いを見つめ合った。
「俺は博士が子供殺しをやってたことなんざ、これっぽちも知らなかった。だから地下室の中で、一体何が起こったんだって思ったのを覚えてるよ。突然足音がどやどやして、何かをひっくり返すような音もして………それからしばらくはずっと、上で色々ごそごそやってるのが聞こえてた。」
とにかく、このままではずっと閉じ込められっぱなしだ。リンドが監禁されていた場所にはトイレがあっただけで、出る方法を見つけなければ飢え死にするのは明らかだった。
「でも鍵のかかった上げ戸は天井にあって、とても俺の背じゃ届かない。それに鋼鉄製だったから、どっちみち壊すこともできそうになかった。もうダメだって覚悟を決めかけていた、ちょうどその時に………
……近藤さんが、見つけて出してくれたんだ。」
「………誰だって?」
「あぁそうか、お前らは知らないんだよな。魔虞蛇博士がここに来る前にいた世界では、ここでいう警察みたいなことをやってる奴らがいてな、そのリーダーがあいつだったんだ。………えっと、新星組だっけ?」
「真選組です。」
山崎が律儀に訂正した。
「魔虞蛇博士が前にいた世界?………あれのことか。」
「リオル様、知ってるんですか?」
「一度聞いたことがある。何とか言う漫画の世界から、特殊な道具を使ってここに来たって………。デタラメだと思って、聞き流してたんだけど。」
「でも残念ながら、デタラメでも何でもないんだよな、これが。」
リンドが笑った。
「だってこいつらも、その漫画の世界から来た奴らなんだぜ?」
「何だって………?」
イリスとギルザは目を見開いて、銀時たちを一人一人眺め回した。
しかし、リオルはそちらに目を向けようともしなかった。ただひたすらに、リンドをにらみ続けていた。
「………それで。」
リオルの声が、もう一段階低くなった。
「面倒くさい話は抜きにして簡単に言ってもらおうか。その近藤とかいう奴に助けられてから、君はどうしたんだ?」
「ああ、そのことか。」
リンドは頭をかいた。
「まぁ俺を作ってくれた博士を裏切ることになるのは確かだけどね、何しろあいつは俺を地下室に閉じ込めて、餓死させかけたような奴だ。その点近藤さんは俺をそこから出してくれたばかりか、ちゃんと飯まで食わせてくれたんだ。………だから俺は、博士がやろうとしていたことをあらかた近藤さんにしゃべったのさ。」
「それって俺たちがいなくなった後かい?」
山崎の問いに、リンドは首をかしげてしばらく考え込んだ。
「………うん。そうだ、確かそうだったな。近藤さんが、三人も人手が足りないから大変だっていうみたいなことを、誰かに話してるのが聞こえたし。」
山崎はうなずいた。それなら辻褄が合う。近藤はうまく隠し事をできるような性格ではないからだ。
「………それで、そいつは君に、こっちの世界に入り込んで僕たちのスパイになれって頼んだわけ?」
リオルがほとんど聞こえないくらい低い声でささやいた。
「あれ、何で分かるの?頭いいな、お前。」
リンドは屈託がない。
リオルは表情を消していた。でもその無表情さを透かすようにして、新八は彼の顔に、激しい怒りの色を読み取った。怒りと、そして………屈辱の色を。
「そうして俺から得た情報と、博士が残してった装置を元に、近藤さんたちはこちらの世界に潜入して仲間を助け出す作戦を立てた………でも、俺が聞いてたよりも早く襲撃が始まっちまってな。こいつらがアジトに連れて行かれるまでに間に合わなかったってわけさ。……ま、どっちにしろうまく抜け道を見つけられたからよかったんだが。」
リオルの顔から、わずかに残っていた色すら消え失せた。
「………あの抜け道を、見つけたのか?」
「俺はお前の知らないとこで、こっそりここの構造とかを探ってた。だから抜け道がありことぐらいはとっくのとうに知ってたよ。中に何があるかまでは、調べる暇がなかったんだが…」
そこまで言うと不意に、リンドの顔から笑みが消えた。
「…リオル、お前は俺が裏切ったことで相当怒ってんだろ?確かにちょっとずるかったかも知れないが…少なくとも、お前にどうこう言われる筋合いはないと思うがね。」
「………」
リオルは何も言わなかった。代わりにすっと目を細くした。………まるで心に浮かんだものをそこから読み取られることを、防ごうとするかのように。
イリスが叫んだ。
「お前、一体何が言いたいんだ!?」
「なあ、お前さっき、俺に『恩知らず』って言ったよな?」
リンドはイリスのことを無視して続けた。
「さっき抜け道を通っていったら、そこで面白いもんを見つけたんだ。リオル、何だと思う?」
返事はない。
「俺に言わせりゃ、お前こそ本当の恩知らずだよ、リオル………自分を作ってくれた博士を、自分の手で始末しちまうとはよぉ。」
その時ようやく、リオルがわずかに反応を示した。血の気のない顔に、微かな笑みが浮かんだ。………さっきまでのからかうような笑いとは全く違う、かみそりのように冷たく薄い笑みだった。
「僕がやったという証拠でもあるのか?」
「ないさ、そんなの。」
リンドが肩をすくめる。
「でもニセモノたちを博士と一緒に指揮していたのはお前だった。他に博士を殺して利益になる奴がどこにいる?」
リオルは答えなかった。イリスとギルザは今や、唇からも血の気を飛ばしてじっと見つめていた。………リンドでも、銀時たちでもなく、リオルを。
「それに比べりゃ俺がやったことなんざ、ずいぶんおとなしいもんだと思うぜ?少なくとも俺は、ちゃんと近藤さんの恩に報いてる。お前がやったようなバカなことはやってなっ………」
リンドはしゃべるのをやめた。
リオルが、沖田のバズーカをぴたりとリンドの顔面に向けている。指が少し震えているのが分かった。
リンドは少し顔をしかめた。………怯えているのではなく、ただたんに不快感を覚えたような表情だった。
「何だよ、危ないな。そんな物騒なもん、振り回すなよ。」
リオルの口が動いたが、声が小さくて何を言っているのか分からなかった。
「んん?悪いリオル、聞こえなかった。」
「……て…うな。」
「はっ?」
「バカって言うなって言ってんだよ!」
イリスはびくりとすくみ上がり、まるで珍しいものでも見るかのようにリオルをおそるおそる見つめた。笑っていようが何をしていようがリオルが怖いことに変わりはなかったが、彼がこんなに激昂し、感情的になったところは見たことがない。………その瞳に燃える怒りの炎は、沖田に負けず劣らず激しかった。
リンドも驚いたようで、腕組みをしたまま何も言わず、リオルを見つめている。
「あぁ、確かに魔虞蛇博士の奴は僕が殺したさ。でもそれは、あいつがバカだったからだ。あいつがもう少しまともで聞き分けがあったら、僕だって殺したりしなかった!僕はそんな奴でも、バカは嫌いなんだよ!見ているだけでむかむかする!特にバカなくせにかしこぶってるお前みたいな奴を見てると吐き気がしてくるんだよ!魔虞蛇の奴もそうだった。何回言っても僕の意見を聞こうともしないで、自分の意見だけ通そうとした!それでむかついたから、だから………!」
だから殺したんだよ。
リオルの言葉を聞きながら………自分そっくりの顔が怒りで歪むのを見つめながら、トオルは思った。もう少しで声に出して聞きそうになった。じゃあ君はどうなんだ?君は自分の意見を通すために、博士を殺した。自分の生みの親を殺した。結局君も、博士と同じことをしているんじゃないの?
それまでずっと、トオルの後ろで黙っていた九兵衛が、右目でじっとリオルをにらみつけながら、言った。
「君はどうして、風間トオルくんを狙うんだ?」
みんなびっくりして九兵衛を見上げた。ニセモノも本物も、その場にいる全員が九兵衛に視線を向けた。
リオルにとっても意外な質問だったのだろう。怒りの色が、束の間その瞳から薄れた。
九兵衛が、東城の制止も聞かずに、ゆっくりと一歩、踏み出した。
「リンドくんからの報告書に、君がトオルくんに格別な悪意を持っているらしいということが書かれていた。………他のニセモノたちに、そういうことはないというのに。」
じっと九兵衛を見つめていたリオルが、突然ふっと笑った。
「そんなことまで知らされてたのか?それなら僕がトオルを憎んでる理由ぐらい、分かりそうなものだけどね。」
「?」
「知ったところでどうしようもないさ。ま、聞かれたって教えないけど。」
リオルがバズーカを持っている手を下ろした。
「君らはここで、死ぬんだから、さ。」
次の瞬間、殺気のかたまりが勢いよくリオル目がけて飛んだ。 |