その弐拾壱:大きい方がいいのか小さい方がいいのか分からなくなる時ってあるよね
沖田・山崎・ネネの三人が入れられたのは、これまでいた狭い部屋ではなく広々としたホールのような所だったが、金属質で無味殺伐とした雰囲気は変わっていなかった。
そして中には、人が大勢詰め込まれていた。
ネネはすぐさま、知っている顔をいくつか見つけた。マサオは青ざめた顔をして、何かにしがみついているかのようにぎゅっと拳を握りしめている。まつざか先生はまるで寒さを我慢しているかのように、両腕を組んで自分の身体をきつく抱きしめていた。そのそばにはよしなが先生の白い顔も見える。さらに後ろの方に母親や父親の姿が見えることに気づいて、ネネは心が躍った。
しかし、すぐにその気持ちは失せてしまった。部屋の隅の方に寄せられるようにして、薄っぺらい布団とでも言うべきものがいくつか敷かれており、その上に人が寝かされていたのだ。全員青ざめた顔で、堅く目を閉じている。気絶しているらしい。
ぴくりともしない新八の手を握りしめ、彼の枕元にうずくまったお妙が泣きじゃくっていた。神楽もいる。ただでさえ透き通るように白い肌からますます血の気が失せていたが、それでも愛用の傘はしっかりと握りしめていた。銀時は普通に眠っているようだったが、その髪の毛と同じような顔色だった。
「し、新、ちゃん………」
大勢の人々が集まっているというのにほとんど誰も口をきかない中、お妙の震える声だけが聞こえていた。
「新ちゃん………」
突然、沖田たちの真正面にあった大きな扉が開き、誰かが入ってきた。
人々が怯えた様子でざわざわした。入ってきたのはマサオ・ボーちゃん・トオルとそっくり同じ姿をした三人組だった。
マサオとボーちゃんのそっくり人間の方は、怒っているというよりも怖がっているような表情をしている。しかもその目が時折ちらちらともう一人の連れの方へ向けられていることに、山崎は気づいた。トオルのそっくり人間は落ち着いているようで、むしろ涼しげな顔をしていたが、その目にある冷たい光には、背筋をヒヤッとさせるものがあった。
かなり後ろの方で鋭く息を呑む音がした。振り返ると、一人の女性が床にへたり込み、真っ白な顔でトオルのそっくり人間を見つめている。トオルの母親だ、とすぐに分かった。
トオルのニセモノはつかつかと入ってくると、固まっている人々をぐるっと眺め回した。そしてふふっと笑い、後ろに立っているニセモノ二人を振り返った。
「で?春日部にいた人たちはこれで全部なの?」
マサオとボーちゃんそっくりの二人は、本物のマサオと同じくらい青い顔になって、おまけに冷や汗を浮かべていた。
「どうなのさ、イリス、ギルザ。」
名前を呼ばれて、二人はびくっとすくみ上がった。静かな口調で話しかけられているのに、まるで怒鳴りつけられたかのように見える。
「…す、すみません……。」
沈黙の後、口を開いたのはマサオのニセモノの方だった。
「風間トオルと………野原しんのすけが、あの………」
「あぁ、それは言わなくていいよ、知ってるから。」
トオルのニセモノが事もなげに遮った。
「だってあいつの友達をほとんど捕まえたのは、結局みーんな僕だったしね。僕が知りたいのは、別の人のことだよ。」
「べ、別の………?」
ボーちゃんのニセモノが、この部屋に入って以来初めて口をきいた。
「ほ、他の、人は、全員………」
「へえ、捕まえたの?」トオルのそっくり人間のしゃべり方に、面白がっているような調子が混じった。
「じゃ、土方十四郎はどこにいるんだい?」
沖田と山崎は顔を見合わせた。ネネも、マサオも、まつざか先生までがびっくりした顔になって辺りを見回した。そう言われてみれば、しんのすけとトオルだけでなく土方の姿もない。今日は幼稚園を休むということだったが───考えてみると、どうして休むのか理由を聞かされていなかった。
それにボーちゃんの姿も見えないことに、ネネとマサオは今更ながら気づいた。彼はニセモノに一ヶ月近く前から替わられていたという。それなら当然、ここにいなければならないはずなのに………。
土方の名前を聞いた途端、さあっと血が引いていく音が聞こえるくらいの勢いで、イリスとギルザの顔から色が消えていった。
「そ、それは、そ、その………」
「逃がしちゃったんだ、その人も。」
軽い調子でそう言って、トオルのそっくり人間は二人に向き直った。
「しかもさ、ギルザ。」
と、ボーちゃんのそっくりさんの方を向いて、
「その土方って人は、監禁されていた本物のボーちゃんとテルを連れてたって聞いたよ。本物はまあいいとして、テルを逃がしたのはかなりやばいと思うけど?」
「そんなことまで…」
「僕は耳がいいからね。」
トオルのニセモノはにっこりした。
「本当なら、すぐここで君たちを始末しちゃってもいいんだけどね。」
山崎は冷たい指で、背中をなでられたような気がした。笑いながら言っているのが、余計に恐ろしいのだ。
「ま、もう一回だけチャンスをあげてもいいよ。」
その言葉に、イリスとギルザの二人は即座に反応した。
「ほ、本当ですか!?」
すがりつくような口調だった。
「うん。あ、でももう次はないからね。」
トオルのそっくり人間は素朴に言った。
「それじゃ、これから二人にやってほしいことを言わせてもらうよ。
こいつらから、トオルの居場所を聞き出すんだ。」
トオルのニセモノは、部屋の中で身を寄せ合っている春日部の人々を無造作に指さした。イリスとギルザが驚いたような顔になる。
「でも………こいつらに風間トオルの居場所が、分かるわけないでしょう?」
「バカだなぁ、二人共。」
さげすむ様子もなくあっさりと、トオルのニセモノは言った。
「トオルをよく知ってる奴なら、トオルの隠れそうな場所もよく知ってるはずじゃないか。」
あ、と二人が納得したような声を上げた。
「でも、いくら問いつめてもしゃべらなかったらどうするんです?」
「何言ってるのさ。無理やりしゃべらせればいいだろ、痛めつけるなりなんなりして。」
明日のお天気の話をしているかのような話し方だった。
「まぁそんなことしないに越したことはないけどね、多分。だからなるべく気弱そうな奴を選んだ方がいいと思うよ。例えばほら………
あの子とか。」
トオルのニセモノが指さす先には───青ざめた、マサオの顔があった。
「着いた、ここだよ。」
トオルは自分の手を握りしめている九兵衛を見上げた。『ここ』と言われても、何がここなのかさっぱり分からない。ただ目の前を堅そうな岩壁が通せんぼしているだけだ。隣のしんのすけは、珍しいものでも見るかのように岩壁をしげしげと眺めている。首筋に生暖かい風が吹きつけてくるので振り返ってみたら、定春の鼻息だった。
「少しお待ちを。」
と言いながら、東城が岩壁の真ん中辺りをコンコンと叩いた。
トオルの口があんぐり開いた。岩壁の真ん中が、ボコンと後ろに抜け、ぽっかりと大きな穴が開いたのだ。普通の家のドアの、三倍近くの大きさがある。
「入れ。」
中から男の太い声がした。九兵衛と東城に続き、野原一家とトオルはおそるおそるといった感じで中に入っていった。
そして、唖然として立ち尽くした。
岩が削れてできた、天然の洞窟のような広々した空間が広がっていた。壁や天井と同じようなむき出しの岩床にゴザが敷かれ、十数人の人間がその上に座り込んでいる。全員男だ。
トオルたちが入ってきた途端、男たちの視線が一斉にこちらを向いた。トオルは恥ずかしくて顔をうつむけてしまったが、しんのすけは何のためらいもなく近づいていくと、お決まりの自己紹介を始めた。
「よっ!オラ野原しんのすけ五歳!好きなものはチョコビとおねいさんだゾ!」
「こら、しんのすけ!」
みさえが慌て、男たちに謝りながらしんのすけを引き戻した。男たちがざわざわと低い笑い声を上げる。
しかしトオルは突然あることに気づき、男たちから目が離せなくなった。
彼らは全員、同じような黒い服を着ていた。刀を持っている者も多い。そしてトオルはさっきから、この格好に見覚えがあるような気がしてならなかったのだった。
しかし今、やっと思い出した。彼らの服装は、トオルと初めて会った時の山崎の服装と、そっくり同じなのだ。
「あの………
皆さん、真選組の人たちでしょうか?」
今度も考えるより先に言葉が出てしまった。
「おう、俺らのことを知ってるのか。確かお前だな?うちの副長と一番隊隊長を家に住ませてくれたのは。」
男の一人に話しかけられ、トオルは黙ってうなずいた。どうして相手がそのことを知っているのかは分からないが、それなら土方が幼稚園の先生になっていたり、沖田が酢乙女家で働いて(?)いたことも知っているはずだ。二人にそんな仕事をさせやがってと怒鳴られるのではないかと、トオルは一瞬身構えた。
しかし男たちはまるで怒る様子もなく、トオルを心から歓迎しているようだった。それどころか、土方や沖田と一緒に暮らすのはさぞ大変だっただろうと同情されてしまった。そんなことないですとトオルが答えると、みんなへえっと驚きの声を上げた。
「風間くん…」
後ろで声がしたので振り返ると、しんのすけたち野原一家が当惑の表情を浮かべ、こちらを見つめていた。
トオルはしまったと思った。銀時たちがアニメの世界からやって来たことはみんなに秘密にしていたのに、それをうっかり忘れてしまっていたのだ。しかしちょうどその時、男たちのうち一人が大声を上げたので、トオルはうまいこと言い逃れをせずにすんだ。
「おい、近藤さんから連絡が来たぞ!」
「…近藤さん?」
トオルは思わず呟いた。彼は漫画やアニメのおかげで、近藤勲のこともよく知っていた。真選組の局長───つまり、土方や沖田のボスだ。
トオルの反応に気づく様子もなく、男は何か無線機のようなものに話しかけ、無線機から聞こえる声に耳をすましている。トオルのいる所からは離れていたので、何と言っているかは分からなかった。
しかし会話の雰囲気は伝わってきた。初めは何かいい知らせでもあったのか、男も無線機からの声もほっとしたような口調だったが、だんだんと深刻な内容になってきたらしく、しまいには言い争いの様相を呈してきた。男の声も無線機からの声も次第に大きくなってきていたので、トオルや野原一家は切れ切れの言葉を耳にすることができた。
「そうするしかないんですよ………俺らには………」
「…ダメだ、危険過ぎる……」
「でもそれ以外にどうしろって………」
やがて、決着がついたらしく、男はようやく無線機から顔を上げた。
「局長がしぶしぶだが、許可してくれた。───風間トオル、野原しんのすけ、こっちへ来い。」
何だろうと思いながら、男たちの足につまづかないように歩いていくと、男は二人にさっき自分が使っていたのと同じような無線機を渡した。
「いいか、お前らにやってもらいたいことがある。…この穴が見えるか?」
男に指さされて初めて、しんのすけたちは入ってきた所と反対側の岩壁に穴が開いているのに気づいた。二つ、地面に接する形で並んでいる。
男が説明した。
「ここはもともと、別の抜け道として敵が利用するつもりだった場所だった。それを俺たちが奪って、隠れ家に使うことにしたんだ。で、ここに曰くありげな二つの穴がある。明らかにこれは、自然にできたものじゃない。中に何かあるのか、それともどこかに繋がっているのか、とにかく秘密があるのは確かだと思うんだが、何しろ小さ過ぎるんだ。俺たちじゃとても通れん。」
トオルは穴を見つめた。なるほど、しんのすけとトオルでさえ少し身を屈めないと入れないくらいの大きさだ。大人が入るのは、どう考えても無理だろう。
「そこでなんだが………」
男が少しだけ、ためらうような表情を見せた。
「お前らに、中を探ってきてほしいんだ。」
「何ですって!?」
そう叫んだのは、みさえだった。
「冗談じゃないわ、何言ってるのよ!しんのすけたちを危険な目にあわすつもりなの!?」
「ああ、局長もそう言った。」
男がますます気まずそうな顔になった。
「でも他に方法がねえんだ!それに片方の穴からは、」
と、男は向かって左側の穴を指さした。
「女の声が聞こえてきたことも………」
「オラ、そっちに行くゾ。」
『女』と聞いたしんのすけが、すぐさま反応した。みさえとひろしが息を呑んだが、しんのすけはもう無線機を手に、穴の中へ入ろうとしていた。
「お、おい、ちょっと待て。」
男も慌ててしんのすけの腕をつかみ、引っ張り戻した。そしてトオルの方を向いた。
「わりィが、ここは一人ずつ行ってもらおうと思う。近藤さんも一度に二人を相手にするわけにゃいかねえからな。」
「ほうほう、じゃ、風間くん、じゃんけんで決めるゾ!」
今のは後出しだったとか負けた方が勝ちだとかしんのすけがグダグダ言ったので、なかなか決まらなかったが、トオルが先に行くことになった。無線機と懐中電灯を手に、トオルは穴の中に入っていった。
心臓がバクバクする音が聞こえる。入ってみると、穴の中は意外と広かった。トオルなら楽に立って歩ける。でも大人だったら、四つんばいになって進まなければならないだろう。頭をぶつけないように時折天井を照らしながら、トオルはそろそろと歩き出した。
そんなに経たないうちに、無線機から声がした。
「風間トオルくんかい?俺は近藤だ。」
トオルはもちろん知っていた。アニメで声は聞いている。しかしそんなことは当然言えないので黙っていると、また近藤が話しかけてきた。
「悪いな、こんなことをさせて。」
「…いえ、大丈夫です。」
真情のこもった言葉だった。この人が気難しやの土方や、ドSの沖田にさえ慕われている理由が、トオルにはよく分かるような気がした。
「いいか。」
近藤がまた言った。
「何か怪しいもんを見たら、すぐに大声で叫んで逃げろ。」
「はい…」
トオルは息苦しくなってきた。緊張のせいだ。穴の奥へ進むにつれて、空気はますますひんやりとしてきた。
しかしそのうち、トオルは穴の中の空気が変わり始めたことに気がした。
匂いがするのだ。トオルが今までかいだことのない、不可解な匂い。しかも、何だか不快感を伴う匂い。
一体何の匂いだろう?
顔をしかめていたトオルはしかし、思っていたよりはるかに早く、匂いの正体を見つけた。
突然懐中電灯の光が、行く手をふさぐ岩壁を照らし出した。ここで終わりらしい。何だ、何もなかったなと思いながら何気なく明かりを下に向けたトオルは、心臓がひっくり返るようなものを見た。
男が一人、倒れていた。奇妙な体つきで、小柄なのに頭が異様に大きかった。何と身体の半分を頭が占めているのだ。白衣を着ており、うつ伏せに倒れているので顔は分からない。
「どうした?」
息を呑む音を聞き取ったのか、近藤が鋭く聞いてきた。答えようとしたトオルはしかし、口を開いたまま何も言えなくなってしまった。
男の背中に、光るナイフが突き立ててあった。そこの部分だけ、白衣が黒っぽく染まっている。
男は死んでいた。
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