その拾弐:マンションの壁ぎわの部屋って何かと不便
桜田ネネは、幸せな気持ちでいっぱいだった。こんないい気分になったのは、久しぶりのことだ。最近は家でも幼稚園でも、嫌なことばかりあったから………。
そのせいだろう。ネネはもう少しで、新八に曲がるべき角を教えそびれるところだった。
「あ!お兄さん、そこ曲がって!!」
「そうなの?ごめんごめん。」
自分が悪くもないのに頭をかいて謝るこのおとなしそうな青年に、ネネは好感を抱いていた。今は彼に家まで送ってもらっているのだ。風間くんの従兄だっていうけど、あんまり気取ったとこのない、むしろすごく地味な人だわ。でもそこがいいのよね…。
夕食は、予想以上ににぎやかで楽しかった。何より面白かったのは、土方先生と銀八先生が口ゲンカを始め、やがてそれが酒の飲み比べに発展し、挙句の果てに二人とも酔いつぶれて寝込んでしまったことだった。しかも、せいぜい5杯ぐらいのワインだというのに。
あれじゃうちのパパより弱いわ、と、ネネは思い出し笑いをしていた………。
しかしふと、現実の問題が頭の中に浮かび上がってきた。
「マサオくんは、誰が送ってくれるんですか?」
「ああ、マサオくんね。神楽ちゃんが送ってくれるから、大丈夫だよ。」
「神楽さん…あの色白で青い目した、チャイナ服のきれいな人?」
「そうそう。」
「服はアレだけど、中国人じゃないわよね?青い目の中国人なんて、見たことないもの。」
「う…うん、まあ……そうだろうね……」
新八の返答がやや鈍ったが、幸いネネは気づいていなかった。楽しそうにしゃべり続けている。
「ネネ、神楽さんみたいに綺麗になりたいな。青い目は無理だけど、ああいう白い肌、すっごく憧れるの。」
本当に憧れている口調だった。新八が内心、頼むから中身まで憧れないでくれよと懇願しているなどとは思ってもいない。
「でも…大丈夫なんですか?神楽さんと一緒だと、逆に狙われるかも。」
「大丈夫大丈夫。」
新八は心をこめて言った。神楽がついていれば、変なサングラスのボディーガードを一団雇うよりもずーっと安全だろう。これに定春がついたら、もう手のつけようがない。
ちなみに定春は、始めは春日部山のある場所に厳重に繋がれていたのだが、沖田が酢乙女家に入って以来、そこの庭を好き勝手に荒らし回っている。たまに沖田にけしかけられ、ニセあいの頭にかぶりついたりしているとかいう話だ。
「家はあと少しかい?」
「うん!」
その間も、二人は笑いを交えつつ、色々とおしゃべりしていた。ネネの顔から、今日の夕方見せていた暗い表情は、消し飛んでしまったかのようだった。新八もそれが嬉しく、ネネと話をすることに熱心だった。
そのせいもあっただろう。ネネはもちろん、新八は少しばかり間をおいてついてくる影に全く気づいていなかった。
もっとも、辺りはほとんど暗闇で、光源といえば家々からの明かりと、ぽつんぽつんと立つ街灯ぐらいなものだ。気がつかない方が普通だったかも知れない。
後をつけているのはもちろん、数時間前に公園にいた、ネネとマサオにそっくりな二人組であった。
「どうだ、やっぱり予言通りになっただろ?」
「ええ、そのようね。」
ネネそっくりな少女の態度は、先刻と変わらず冷淡だった。
(ちっ…少しは感情を表に出したらどうなんだ、この不愛想女が。)
内心、不快な呟きを漏らしたマサオそっくりな少年だったが、声に出しては言わなかった。何と言っても、彼女はあのお方の右腕的存在だし、我々の中では一番恐ろしく、そして強大な力を持っているのだ。
「…で、どの辺りでやるんだ?」
先を歩いていく二つの背中を眺めながら、マサオと同じ声の少年は低く尋ねた。
「そうね、ちょうど……あの角を曲がって、すぐの所にするわ。あそこなら電灯の光が届かないし、すぐそばに家もないし。」
そこまで言うと、ネネと瓜二つの少女は初めて隣の少年の顔を、真正面から見た。少年はびくっとなり、無感情な視線から自分の目をひっぺがすことができなかった。
「あたしがまず、先に攻撃をしかけるわ。十中八九、奴はその攻撃で死ぬから………あとはもう一人をゆっくり回収すればいい。」
「何だ、あっさりやっちまうのか?つまんねぇ。」
言ってしまって、少年は後悔した。たちまち氷のような視線でにらまれてしまったからだ。
「あんた、勘違いしてるみたいね。これは命令なの。任務なの。遊びでやってるんじゃないのよ。つまらないとか楽しいとか、そういうことはどーでもいいの、だって仕事なんだから。」
そして、と続ける少女の目つきが、さらに凍りついた。
「仕事を怠ったら、待っているのは『死』だけよ。」
「分かってる、分かってるよ、そんぐらい。」
少年は慌て、弁解するような口調になった。
こいつがカッとなるなんて、まずありえないが、それでもなるべく怒らせることは避けたい。彼女はまさに言葉通り、にらむだけで人を殺すことができるのだから。
前を行く二人が角を曲がり、少しの間続く暗がりに入った。やはり不安なのだろう、少し足早になっている。
かわいそうに。少年は哀れみに近い表情すら浮かべて、それを見ていた。そんなに急いだって、無駄なものは無駄だというのに…。
「行くわよ。」
ネネそっくりな声がそう言って、冷え切った瞳が、前を歩いていく二人のうち男の方の背中にぴたりと当てられた。
数秒後には、全てカタがつく………少年はそう信じて、何の疑念も抱いていなかった。いや、それは少女の方も同じだったであろう。
二人は全く足音を立てていなかったし、呼吸音も最小限にしていた。話すのだって、囁くのより小さいと言っていい声量でだ。
だから気づかれるはずがなかった。どう考えても。
「………?」
少女が突然顔をしかめたので、少年は不思議に思った。
「どうした?」
「いえ…何だか頭の内側で、妙な感覚がしたのよ。すうっとなでられたみたいな…」
「頭の内側?」
少年が聞き返す。
まさにその瞬間だった。前を歩く青年が、くるりと振り向いたのは。
あまりに突然の動作で、二人は隠れる暇がなかった。しかも間の悪いことに、二人は角を曲がったばかりで、まだ街灯の光が届く所にいた。
青年──いや、少年と言った方がいいかも知れない───の目が、まっすぐに後ろの二人をとらえた。
その目が大きく見開かれる。隣の小さな人影に、何か慌ただしく叫ぶと、16歳ぐらいのその少年は走り出した。小さな人影の手を引いて。
「く………」
マサオに瓜二つの少年が追いかけようとしたが、
「ダメよ。」
少女に素早く腕をつかまれた。
「何でだよ!?今ならまだ間に合うじゃないか!今狙って攻撃すれば………!!」
「落ち着きなさい、イリス。」
名前を呼ばれ、少年はびくりと押し黙った。今の少女の口調から、明らかに殺気じみたものがにじみ出ていたからだ。
少女は低く、小さな声で囁いた。
「普通に考えて、あいつが感づくはずがないのわ。きっと、誰かが教えたのよ。」
「教えた?でも奴のそばに近づいたものは、何も…」
「あんた、忘れたの?」
少女の声は、今やマイナス以下まで温度を下げていた。
「こういうことができる奴が、一人だけいたでしょう。」
言われて、少年───イリスの目が、大きく見開かれた。
「まさか………
テルか。」
少女がゆっくりとうなずく。
「…それ以外には、考えられない。」
「あいつ、閉じ込められてるのに生意気なマネを…」
イリスの声には、明らかに怒りがこもっていた。
「どうする?ルビー。」
呼びかけられた少女は、堅く凍った瞳の方向をぐるりと変え、元来た方向を振り返った。
マングースマンションの方へ。
「………少し、お仕置きが足りないらしわね。」
そう言う少女───ルビーの声は、今までで一番寒々としていた。
「あー………」
マングースマンションの一室で、盛大にだみ声を上げながら寝転んでいる男がいた。
土方十四郎である。
別に下手くそなカラオケに挑戦しているわけではない。ただ酒の飲み過ぎで、苦しいだけのことだ。飲み過ぎったって、ワインをグラス五杯、飲んだ程度のことなのだが。
まあ、要は二日酔い、であった。
酒は好きなのだが、実はあまりアルコールに強くない。それは宿敵(?)の銀時にも言えることだった。花見の時も、二人で飲み比べをした結果醜態をさらしてしまったことがある。
そうだ…確かネネちゃんが来たんだよな……で、あの野郎と言い争っているうちに………。
それからの記憶はまるでおぼろだが、起き上がってみるとここは自分と山崎の部屋の中だった。とすると、自分は酔いつぶれてから誰かにここへ運び込まれたわけだ。多分山崎だろう。
しかし、当の山崎の姿は見えなかった。よく聞くと、隣のトオルの部屋から水を流す音や皿がカチャカチャ鳴る音がする。片づけを手伝いに行っているようだ。
頭が痛いのと身体がだるいせいで、寝返りを打つのにも苦労するほどだった。まったく情けねぇ、これが真選組の副長か………。
ふと土方は、だみ声を上げるのをやめた。
音が聞こえる。
それは、土方の寝ているベットが寄せてある、つまり土方が背中を向けている壁の辺りから、聞こえてくる。
微かな物音だった…常人なら、気がつかないくらいの。
しかしあいにくなことに、土方はいわゆる『常人』ではなかった。
そちらの壁は、トオルの家がある側とは反対側だ。逆側に誰が住んでいるのか知らないが、そこの住人がさっきの物音を立てたのだろう。
それにしても、妙な音だった。まるで何か重いものが、壁に押しつけられたような。
そう…例えば、人間が。
土方は目を閉じ、布団を引き寄せた。色々あったからといって、そこまで勘ぐることはない。首を振ろうとした途端、頭が割れるように痛んだので、土方はかろうじて大声を上げそうになるのをこらえた。
くそっ、ちょっとカッコつけ過ぎちまったか。ワインなんざやめて、ビールにしときゃよかった…。
そんなことを考えているうちに、土方は再び意識が遠のいていくのを感じた………。
トン、トン。
またしても、物音だった。
土方ははっと目を開けた。驚くほど気分がよくなっている。おそるおそる頭を動かしてみたが、何の痛みもなかった。
随分治るのが早いな、と、土方は心の中で一人ごちた。いつもは翌朝まで苦しんでいることが多いのに…よく寝たせいか?
そういえば真選組では、色々な理由で夜中に叩き起こされたり(普通土方は叩き起こす側だが)張り込みで徹夜したりすることが普通で、こうやって安眠をむさぼる機会はあまりなかった気がする。土方自身も、ここまで気を緩めて眠ることができたのは久しぶりだった。
それでもほんのわずかな音で目が覚めてしまうのは、彼の戦士としての本能が衰えていない証拠であろう。
トン。
また、さっきの壁から聞こえてくる。
先程よりは大きいが、やはり控えめで、辺りをはばかっているような音だ。まるで隣室の人に迷惑をかけてはいけないとでもいうような。
だったらなぜ、わざわざ壁を叩いたりする必要があるんだ?
土方は起き上がった。だるさも、頭痛もどこかへ消えていた。壁を小さく叩く音は、まだ小刻みに続いている。誰か知らねぇが、ふざけた奴だ。せめて隣の家に言って、苦情を………。
そこまで考えて、しかし土方はとんでもないことに気づいた。
風間家は、このマングースマンションの8階にあった。エレベーターからは遠く、廊下の端っこから数えて2番目の場所にに位置している。
風間家のドアに、外側から向かい合って右側が、銀時と神楽の部屋だ。
そして土方たちが暮らす所は、風間家を挟んでその反対側、廊下の一番端っこに位置しているのだった。
つまり風間家と反対側の壁の向こうには、隣室などない。誰もいないはずなのだ。
土方の全身から、どっと冷や汗が吹き出してきた。
必死で隠しているが、実は土方は幽霊とかお化けとか、そういった類のものが大の苦手だ。酒に強くないのと同様、これも銀時と共通していることで、真選組で幽霊騒ぎが起こった時にはやっぱり二人で恥ずかしい様をさらしまくっていた。ついでに言うと、好みは違うとはいえ味覚の異常さでも二人は共通点を持っている。
だからどう考えても、向こう側に何もないはずの壁から音が聞こえてきたのだと理解した時、土方は文字通り蒼白になってしまった。
いや、『聞こえてきた』のではない。
音は、今も続いている。
悲鳴を上げて風間家に助けを求めたりしなかったのは、さすがに真選組の鬼の副長としてのプライドがあるからだった。それに沖田や銀時に、後でネチネチいじられるのもごめんである。あいつらにバレるくらいなら、それこそ死んだ方がましだ。
でもいつまでも、この音を聞いている気にもなれない。
そこで…というか、半ば自暴自棄になって、土方はベッドに座ったまま足を伸ばし、壁を蹴りつけてみた。
ドンッ!
隣室の風間家に届くほどではないが、かなり大きな音がした。壁を向こうから叩いていた音が、ぴたっと止まる。
その沈黙の中で、土方は誰かが………あるいは何かが、じっと息をひそめている気配を感じ取っていた。
間違いない。向こうに、何かがいる。
一分ぐらい沈黙が続くうちに、土方はだんだん落ち着いてきた。それが何であれ、壁の向こう側にいるものが、幽霊みたいな超常的な存在の類ではないということを、ほとんど勘らしきもので理解したからだ。
今度はもっと、大胆な行動に出てみた。
「おい。」
自分の声が、沈黙の中で意外と大きく聞こえた。
「そこに誰かいるのか。」
沈黙。
土方が再び声をかけようとした時、不意にまた、壁を叩く音が始まった。ただし、今度はさっきよりも大きい。隣室に誰かいるのが、分かったからだろうか。
土方が何か言おうとすると、それを遮るかのように叩く音が強くなる。黙ってこれを聞いてくれ、というように。
土方は困惑し、考え込んだ。何者かは不明だが、向こうに誰かいるのは確かだ。反応しているということは、こちらの声が聞こえないとか、言葉が分からないというわけではないらしい。それなのに、しゃべらずに壁を叩き続けているということは………。
突如、ひらめいた。
「お前、ひょっとして声が出せないのか。」
すると壁の叩き方が、力強くなった。肯定の意味がこもっていることが、すぐに分かる叩き方だ。そこで土方は言った。
「いいか、これから俺の質問することに『はい』なら一回、『いいえ』なら二回、壁を叩いて答えろ。分かったか?」
トン、と一回、返事が返ってきた。
「お前は…そこに住んでんのか?」
いいえ。
「じゃあ、監禁されたのか。…その、誰かに閉じ込められたのかってことだよ。」
はい。
土方は我知らず、ごくりとつばを呑んで、質問を続けた。なぜ閉じ込められているのかとストレートに聞けないもどかしさで、早口になっていた。
「閉じ込められているのは、お前一人か。」
いいえ。
「何人いるんだ?その数だけ壁を叩いてくれ。」
壁が叩かれた回数は、2回だった。
「二人、か…」
土方は束の間、考え込んだ。もし実際に、この壁の向こうに誰かを閉じ込めるとしたら、監禁される側は相当狭苦しい思いをしなければならないだろう。しかも二人。それなのに壁を叩けるような余裕があるということは、閉じ込められてる者はよっぱど小さい可能性が………。
そうだ、子供だ。
「なあ…正直に答えてくれよ。
お前、本物の人間なのか?」
今度は、返事はなかった。
「おい、どうなんだ。」
返事なし。聞き方を間違えたのか、それとも答えられない質問だったのか。
「おい…」
言いかけて、土方はびっくりして口をつぐんだ。
声がしたのだ。壁の向こうからではない。頭の中に、直接。
『僕は、あなたたちのいうニセモノといったところですが………もう一人は違います。』
あんまり驚いたので、土方は彼らしくもなく、しばらくぼうっとしていたらしい。気がつくと、壁が繰り返し叩かれていた。もしもし?聞いてますか?大丈夫ですか?
「い…今のは……」
なんだ、と言いかけて、それでは相手が答えられないのを思い出し、土方は途中で質問を変えた。
「…テレパシーみたいなもんか?お前がやったのか。」
ほとんど間をおかずに、肯定の返事が返ってくる。土方は混乱する頭をなだめ、質問を続けた。
「お前はニセモノ…でももう一人は……本物なんだな?」
はい。
「そこへ行く方法はないのか?お前ら、どれぐらい閉じ込められてんだ。叩いてみろ。単位はこっちで考えるから。」
少し間があった後、壁が叩かれた。1回だった。
「1週間か?1日?」
両方外れだった。
「じゃ、1時間か。」
今度はかなりきつめの否定が返ってきた。
「冗談だよ。…じゃ、一ヶ月か?」
当たりであった。
「一ヶ月…そんなに長い間、か…」
土方は腕を組み、わずかにうなった。一ヶ月。そんなに長い間、ここに閉じ込められていたとは。もちろん自分たちがこの世界へ迷い込む、だいぶ前のことだ。それにしてもなぜ、わざわざこんな所へ?
そういえば、トオルがここの家のことについて、何か言ってたな…土方はいまいち、詳しく思い出せなかった。まあいい、それはあとで本人に聞くとしよう。
もしそんな長い期間監禁されていたのなら、当然飲み食いなしには生きていけないはずだ。ニセモノが食料をどれぐらい必要とするのかは知らないが、少なくとも本物の人間には要るに違いない。
つまりどこか、出入り口があるということになる。
壁の向こう側は沈黙して、土方の問いかけを待っていた。
「…なぁ、お前らだって、食べなきゃ生きてけないんだろう?」
少し虚をつかれたような沈黙が返ってきたが、すぐに壁が一回叩かれた。
「そういう食事は、敵が持ってきてくれるんだよな。」
はい。
「じゃあもちろん、そこへ出入りする所があるってことになる。」
かなりの間をおいて、はい。
「どこだ?少なくとも、どこか見当はついてねぇか?右か、左か、敵がいつもどこから入ってくるのか。」
答えはない。土方は聞き方がまずかったのだと気づき、急いで言い直した。
「じゃあ俺がその方向を言ったところで、叩いてくれ。右・左・前・後ろ・上………上か。」
聞き返すと、小さな音で『はい』と返ってきた。
上。なるほど、上なら納得できる。少なくともここの壁には何の仕掛けもないように見えるから、ここから入ろうと思ったら、沖田のバズーカ砲を借りてぶち壊さなくてはならないだろう。そんなことをしたら、大騒ぎどころではない。
上の部屋だ。ここの真上の家。そこのどこかに、壁の向こう側へ通じる入り口があるのに違いない。
少なくとも、試しに行ってみる価値はある。
「…今日は、これくらいにしておく。」
まるで殺人犯を尋問している時みたいな口調で、土方は言った。向こうは黙っている。
「もしうまくいったら、明日にはお前らを助け出せるかも知れねぇ。」
今度は向こうの雰囲気が、明らかに活気づいた。
「だが、あらかじめ言っておく。俺は…ここに住んでるのは、本物の人間ばかりだ。こっちには武器があるし、使うのにも慣れてる。もしこれがニセモノの罠だったら、俺はためらいなくお前らをぶった斬るからな…理解したか?」
意外にも、かなり力強く『はい』の答えが来た。
「いいだろう。そんじゃ、さっさと寝な。」
言い捨てて、壁に背中を向ける。向こう側の誰かも、もう壁を叩いてはこなかった。
しかし、土方は眠らなかった。
その顔に、普段の彼が戻ってきていた。ひまわり組の土方先生ではなく、真選組の鬼の副長・土方十四郎に、彼は戻っていたのである。
無意識にタバコとライターを取り出し、火をつけて吸い始めた。深く吸い込んで、ふーっと煙を吐く。部屋の中に漂いながら四散していくそれを、瞳孔の開いた目つきでにらみながら、土方はまた一吸い、タバコを吸った。何か考え込んでいる顔で。
しばらくして我に返った時、土方は山崎がまだ帰っていないことと、時計がもう午前1時半過ぎを指していることに同時に気づいて顔をしかめた。
何してんだ?まさかこんな夜中にミントンをやってるわけも………。
それに答えるかのように、玄関の扉が開く音がし、足音と共に、山崎が寝室に入ってきた。ベッドの上に、土方がしゃんとして座っているのを見ると、少しびっくりした顔になる。まだ二日酔いで寝込んでいるとでも思ったのだろう。
そして土方が何か言う前に、彼は告げた。
「土方さん、新八くんが、話したいことがあるそうです。もし大丈夫なら、今すぐトオルくんの家へ来てほしいと………」 |