ブロブ(スライム)を飼ってみよう!
最近では、魔術師たちによる長年の研究のおかげで、大きな町には魔物専門の店がちらほらと見受けられるようになり、値段も手ごろで購入が容易になってきています。
しかし、いくら魔物の入手が容易になったからといっても、憧れであるドラゴンを飼おうとするのは少しだけ待って欲しいのです。
ドラゴンを飼うことはロマンであり夢でありますが、それに見合う危険も伴っています。魔物飼育の初心者が飼ってみたいと言う安易な考えだけで手を出すのは、やめるべきでしょう。
欲望のままドラゴンを自宅で飼い、うまくいったものなど一人もいないのですから。
ドラゴンも子供の頃は手乗りにできるほど小さくかわいいものです。しかし、1年もするとあなたの身長など追い越してしまいます。
変温動物で哺乳類ほどエサを必要としないものの、その巨体を維持する食欲を満たせなかった場合、その不満はまず間違いなく、あなた自身の体によって賄われることになるでしょう。最悪の場合、その集落は焦土と化し取り返しのつかない結果を招きかねません。
あなたが巨大なドラゴンに魅力を感じても、そういう危険な生物の飼育は専門の施設に任せた方がいいということを、強く警告しておきます。
前置きが長くなってしまいましたが、ここでは一般家庭でも飼える――日本の狭い住宅事情もふまえ――お手軽な魔物を紹介しましょう。
私が彼らと出会ったのは、ほんの運命のいたずらでした。まさしく、天からの贈り物とも言えるでしょう。
私が生まれて初めて対峙(退治ではない)することとなった魔物は、ブロブでした。日本では「スライム」と言った方がなじみが深い魔物でしょうか。
私は出会いました、ブロブといういとおしい生物に。生涯をささげてもいいと思える、愛玩動物に。
今回、ここに紹介するブロブは、森や草原はもちろん畑にまで現れる害獣であることは、ご存じのことと思います。
一般的にブロブは子供でも倒せる弱い魔物――魔物退治を生業としていない者でも、家業の手伝いで畑に発生したブロブを駆除したことがある方も多いでしょう。
しかし、その弱さにもかかわらず今日まで絶滅せずに生きながらえているのは、この生物は実は強かな生命であることを意味しています。どこにでも適応できる能力と生命力を持っているのです。
ブロブには、大きくわけて2種類のものがいます。ひとつは自然発生的なものと、もうひとつは魔法によって生み出されたものがあります。
もしも、あなたに魔術の心得があるのならば、ポリビニルアルコールとホウ砂でゲル状の身体をつくり、魔法で生命を吹き込むといった初歩的な方法で入手することも可能です。(注1)
このように魔法によって気軽に生み出せる生命体なので、せっかくだから自作してみることからはじめて……と思うかもしれませんが、――これは、魔法で生み出される生命体全てにいえることですが、まだどこか無機物的で、生き物を飼ったことがある者にとっては少し物足りないと思うことも、しばしばあります。
ブロブの本当の魅力を知るためにも、はじめは魔物専門店で購入することを強くお勧めします。
魔法で自ら生み出す、自ら捕獲するといった一部の例外を除けば、多くの人は魔物を手に入れようとする時、専門の店へ行きます。ブロブも魔物専用店で気軽に手に入るので、そこで購入しましょう。店で購入できるものは、野生のものとは異なり、管理された施設で育てられたものなので病原菌を持っていることはなく安全です。
ブロブはどれも同じに見えるかもしれませんが、しばらく観察をしてみるとさまざまな個性があることに気がつくでしょう。色や硬さはもちろん、地を這うように動き回るもの、飛び跳ねるように移動するもの、何かの形の真似をするものなど個性はさまざまあるので、あなたの好みの個体を見つけましょう。
ブロブの餌はネコ缶とかイヌ缶で代用できますが、ブロブは塩気が好きなので特別な日にはコンビーフを与えると大喜びします。
また彼らは雑食性なので、生ごみの処理を任せればごみを減らすこともできます。緑色の個体は葉緑素を持つので、水と光を与えることで二酸化炭素削減にも貢献することができます。
(なんてすばらしいエコな生物なのでしょう!)
ブロブはその形から、知性はないものと思われてきました。しかし、近年の研究でそれは間違いであると証明されつつあります。
犬や猫と同じように、餌を使えば「オテ」や「マテ」など簡単なしつけをすることができるのです! あなたの声に反応し体の一部を差し出すさまは、なんともいえない魅力にあふれています。ますますこのブロブが愛おしく感じることでしょう。
逆に彼らが苦手な虫除け用のハーブエキスを与えれば、その行動を起こさなくなります。この性質を利用して、彼らの脱走を防ぐためのしつけを行うこともできます。
彼らの飼育箱のふたにはもちろん、侵入されては困る台所付近(特に冷蔵庫やごみバケツ付近)には、このエキスをしみこませたものを置いておくといいでしょう。その場所は危険であると学習し近づかなくなるのです。
(しかし、彼らには冒険心があり、すこしでも隙があれば脱走しようとします。近づかなくなったからといって、完全に安心するのではなく、定期的にエキスは補充しましょう)
一般家庭の部屋の中で飼う場合はあまり心配する必要はないのですが、多くのブロブは極端な熱や寒さに弱い傾向にあります。気温が非常に高温や低温になると、まずは仮死状態になり、いずれ弱って死んでしまいます。
一方で、気温と湿度が適正ならば彼らは際限なく大きくなるので、あまり大きくしたくない場合は注意が必要です。定期的に大きさを整えてあげましょう。
ブロブは体の一部を切り取っても死ぬことはないので、切り取った部分は焼却処分するか、新たな個体として育てるか、あるいは食べてしまってもいいでしょう。
ペットを食べるとはいかがなものかと思われるかもしれませんが、ブロブ愛好家たちの間では、朝食に並べることが当たり前に行われています。ブロブは癖になる味と食感を持ち、なかなかに美味なので、食べるために飼う者さえいるほどなのです。(注2)
ただ、ブロブの処分の仕方について注意したいことがあります。ブロブをそのまま燃えるごみの日に出すことだけはやめておいた方が懸命です。彼らは好奇心が旺盛で脱走の名人であり、ちょっとでもごみの袋のしばりがあまいと簡単に抜け出してしまうのです。
彼らの新天地が気温も温かく湿潤な気候の場合、庭の芝生や公園の野原一面に広がる勢いで成長してしまうことがあります。実際に1973年の春、北アメリカで黄色のブロブが大量発生し、事情を知らない一般市民がこの魔物の襲来に魔王の復活を予見し、いい知れぬ恐怖を味わったことは、愛ブロブ家の間ではあまりにも有名な話です。(注3)
多少の注意点さえ押さえれば、ブロブは癒しを与えてくれる良きパートナーとなるでしょう。
駆け足で書き記し、魔物を飼うことの魅力を語りつくしたとはいえませんが、ブロブを通して魔物を飼うことのイメージを膨らませていただけたら幸いです。
注1:スライムの作り方について詳しいことは、「スライム 作り方」で検索してみてください。洗濯のりを使った簡単な作り方が出てくるはずです。
注2:ここで食べるのは、魔法で作られた人工物ではなく、天然物のブロブのほうがいいでしょう。人工物には、命に関わる毒が含まれている可能性があるので、事前に成分を鑑定することをお勧めします。そして、耐性のない毒物が検出された場合は、決して食べないでください。
注3:実際にこの年アメリカで、黄色の変形菌が大量発生して「宇宙からの生命体の侵略か!」と騒ぎになったことがあります。。