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風に髪をなびかせて

作者:えん堂
 私は、彼のことなんか、なんとも思っていなかった。

 一緒に旅に出ると決まった途端に、彼があんまりにも赤くなったから、妙な勘違いをしたんだ。

 そうだ、そうに違いない。……そうじゃなくちゃ、おかしい。

 こんな扱いを受けるなんて、絶対におかしい!





 息を切らせて休息をせがんだ私に、ネオンが返したのは、こんな文句だった。

「ターリ、おまえよー。また休憩すんの? さっき休んだばっかりじゃねえかよ」

「あんたはいいでしょうけど、私は一応女の子だし、こんな山道を進んでたら、そりゃあ休みがちになるわよ!」

 私とネオンが歩いていたのは、赤色の岩肌がむき出しになった山道。私たちが暮らす小さな町、ラフラから、王都ラドへ向かう時には必ず通らなければならない難所だ。私たちみたいな旅行者も行商人も大勢が通るので、道は踏み固められて歩きやすくなっていたけれど、なにしろ傾斜が……。傾斜が!

「荷車を押せ! 下りて押すんだ!」

 行く手では、ロバが引く荷馬車から次々と人が下りている。さっき私たちを追い越していった一団だけど、この坂道ではロバも荷を引くのが難しいようで、荷馬車から飛び降りた商人らしい男三人が力を合わせて、なんとか坂を登っているという具合だった。

 大の男だって、ロバだってきつい坂なのだ。女の子の私に、やすやすと進めるはずがないのに。

「私、女の子なんだけど」

「……それが?」

「大荷物を背負って、つらいんだけど。荷物を持ってくれる優しい紳士がいたら、とっても嬉しいんだけど!」

 皮肉だった。ネオンは鈍いやつだけど、文句にだけは敏いのだ。ぴくっとこめかみを引きつらせると、赤土の地面でへばっている私に言い返した。

「なんでおれが、おまえの荷物まで持ってやんなきゃなんねえんだ? こんな山道で」

 山道だからよ! 

 と、そのまま突き返してやりたいけれど、そうもいかない。ネオンが言っているのは正論なのだから。彼だって私と同じように大荷物を背負っているのだ。

 でも……少しくらい、いい格好をしたっていいのに。






 私とネオンが背負う荷物の中には、家族から託された報告書が入っていた。

 私の家は小さな靴屋、ネオンの家は小さな仕立屋を営んでいる。この国でなんらかの商いを営む店主は、二年に一度、王都ラドにある役場に経営状況を報告して、営業許可証をもらいにいかなければならない。そしてそれは、たいてい若者の仕事で、私とネオンも十六歳になり、その仕事を請け負うだけの年になった。

 親同士の仲が良かったせいで、私とネオンは一緒に王都へ向かうことになった。

「そうだよ、ネオン。ターリちゃんと一緒に行けよ。彼女を守ってやれよ」

「男を見せるチャンスだな、ネオン」

 軒先での世間話のついでに私とネオンの二人旅が決まると、ネオンは散々恥ずかしがった。

「往復で二十日もかかる旅だぞ? 女と……ターリと旅に出るなんて!」

「ああ、ターリも年頃の娘だ。旅の途中でうちの娘に手を出してみろ。お~ま~え~の~……!」

「……ああっ、それはダメ! 言いふらさないで!」

 ネオンは私の父になにやら秘密を握られているようで、結局言いくるめられてしまった。

「なら、頼んだぞ。ターリを一人で行かせるのは、さすがに心配だからなあ」

 そして、それからの彼は私をドキドキさせっぱなしだった。

 旅の支度をするのに、二人で町をうろつくのは日課になった。小さな町だから、私たちが一緒に旅に出るという話はあっという間に広まった。町で友達に出くわすたびにからかわれたけれど、ネオンの態度はどこか意味深だった。

「二十日間も一緒に宿を泊まり歩くんだって? ターリを襲っちゃだめよ!」

「さあ、どうだかなー」

 そんなふうに答えたりするので、驚いた私がつい真顔で見つめると、急に赤くなったり。

「そんな目で見るなよ! 冗談だって。ないない。安全だよ、おれは!」

 でも、ネオンは少し浮かれているように見えたのだ。それで私はもしかして……と、彼を意識するようになってしまった。

 それは、まったくの勘違いだったけれど。





 旅に出てから三日後、私たちは山間にある小さな宿場町に辿り着く。辺鄙な場所にあるにも関わらず、山越えの疲れを癒す旅人で町は賑わっていた。

「……つ、着いた」

 結局、ネオンが私に手を貸すことは一度たりともなかった。おかげで私はもうへとへと。日が暮れて闇が忍び寄る宿場町の質素な通りを、爪先をひきずるようにしてよたよたと進んでいると、ネオンから声を掛けられた。

「お疲れさん、ターリ。メシにしようぜ。宿はどこがいい? 選べるほどにはあるみたいだけど」

 ネオンは私ほど疲れてはいないようで、声には張りがある。歩く姿も普段とそれほど変わらないし、興味深そうに宿場町をきょろきょろとする余力まで残している。

 そりゃあ、男の子だもんね。私よりは体力だってあるはずよ。

 私は、元気そうなネオンを見るたびに腹が立った。女の子を助けようともしないネオンなんかより、私の足を岩肌から守ってくれた丈夫な靴のほうが、よっぽど役に立つってものよ。この、靴以下男! 

「どこでもいいわよ。汗をかいたから、シャワーがある部屋なら」

 でも、それすらネオンはあっさりと拒む。

「そんな特上の宿に泊まれるわけないだろ。却下だ、却下」

 たしかに、汗を流すといえば公共の湯屋にいくのが普通で、個別の浴場を備えているような宿は高級だ。それほどお金を持ち合わせていない私たちには、夢のような場所だった。それは、私だってわかっていた。

「言いたかっただけよ。いいじゃない、宿で汗を流したいって言うくらい。頑張ったんだから」

 そうよ。ネオンに助けられることもなく、一人で。

 そっぽを向いた私に、ネオンはむっと眉をひそめる。

「なんだよ、機嫌悪いな。生理か?」

「違うわよ、馬鹿!」

 鈍い鈍いと思っていたけれど、これほど女の子に配慮しないやつだとは思わなかった。いいえ、こんなやつに期待した私が馬鹿だったんだ。私の馬鹿!

「……じゃあ、適当に決めるぞ。あの宿でいいか? 安そうだ」

「いいわよ。どこだって」

 つんと鼻を逸らすと、ネオンは無言で先に歩き出した。

 ネオンが選んだ宿には、食堂も備わっていた。二階の客室に荷物を置いてから、食事にありつこうと階下に降りる。宿泊客以外も訪れているようで、食堂は賑わっている。食堂というより、店の雰囲気は酒場に近かった。

「ターリ、おまえ何にする?」

「……メニューくらい見せてよ。まだ決めてないわ」

 私はいらいらしていたので、ネオンと目も合わせずにメニューに見入っていた。

 料理を注文して、テーブルに運ばれた頃、私たちのテーブルにやってきた女性がいた。

「あら、かわいい二人。恋人同士? わかった、ハネムーンでしょう!」

 女性は二十歳そこそこという雰囲気だったけれど、ずいぶん艶っぽい。髪は自然なカールを描いていて、胸元まで落ちている。唇には瑞々しい艶があって、目もとも、すこし垂れ目がちなところがとにかく色っぽい。

「いきなりごめんなさい。実は、ほかに席が空いてないので、相席させて欲しいの。あなたたちのテーブルの奥の椅子を使わせてもらってもいいかしら?」

 はじめの印象こそ妖艶という風だったけれど、にこっと笑う彼女の顔はとても健康的だった。私はつい、ぽかんと口を開けて彼女の顔に見入った。見れば見るほど、かなりの美女だったのだ。

 呆気にとられていたのは私だけではなかった。

「ど、どうぞ!」

 ネオンは頬を赤くして、いそいそと立ち上がると、その人が広々とテーブルを使えるように荷物を片づけはじめた。私はつい、しかめっ面になる。あっさり顔を赤くして……美女なら誰でもいいのかと、そう思ってしまった。

 ネオンが用意した席に着くと、女性は名乗った。

「ありがとう。わたしはシェルト。ごめんなさいね、恋人同士の団欒を邪魔しちゃって。私なら隅っこでおとなしくしているから」

「恋人同士だなんて……」

 慌てて訂正しようとするけれど、ネオンのほうが早かった。

「いいえ! ただの幼馴染同士なんです。親から頼まれて、一緒に旅をしてるだけで」

 ……そんなにきっぱり言い切らなくたって。

 へそを曲げた私にはお構いなしで、ネオンはシェルトと名乗った美女に鼻の下をのばしていた。

 結局、初対面だった私たちは食事中も話をして、一緒に過ごすことになった。

「シェルトさんはこの宿に泊まっているんですか? どこかへ向かうんですか?」

「ええ。王都ラドへ」

「本当に? じゃあ、おれたちと一緒だ」

「まあ、奇遇ね。なら、道中もご一緒してもいいかしら? ずっと一本道だから、どっちにしろ一緒になってしまうだろうけれど」

「もちろん、いいですよ。シェルトさんみたいにきれいな人と一緒だったら、旅も楽しくなるし」

 ネオンは陽気に笑っていて、それどころか少しほっとしているように見えた。

 彼が何かを言うたびに、それは私にぐさりぐさりと突き刺さる。だって……私と一緒じゃ、楽しくなかったっていうことでしょう? 私が、シェルトさんみたいにはきれいじゃないっていうことでしょう?

 私は無理やり作り笑いを浮かべていたけれど、心の中では泣いていた。

 それから、食事を終えて、先に客室に戻ると、ベッドの中で声を押し殺して泣いてしまった。




 翌日も天気が良くて、乾いた赤土に覆われた山の向こうには青空が見えていた。でも、私の目の前は暗い。少し前の方で隣り合って歩くネオンとシェルトさんの明るい会話が耳に届くたびに、私は目を伏せて二人の足元を追っていた。

「へえ、シェルトさんは、恋人に会いに王都へ行くんですか」

「ええ。でも、彼に会いに行くの、やめちゃおうかしら? こんなにかわいい男の子に出会えたんだし」

 シェルトさんはそんな調子で、ネオンをからかって遊んでいた。ネオンはあっさりと照れる。

「おれでいいんですか? こ、これはもしや、年上のお姉さまとのアバンチュール!」

 ……馬鹿じゃないの? からかわれていることくらい、気づきなさいよね。

 私はいらついて堪らなかった。無言のまま二人の後を追っているものの、手は寂しくなって、腰に提げていた旅人用の短刀に伸びてしまう。カチャリ、カチャ……と、柄についている飾りを何度もいじって、寂しさを紛らわしたり。

 シェルトさんと笑い合っているネオンは、楽しそうだった。

 顔はまあまあだけど、なにしろ仕立屋の息子なので、服にこだわりをもっている。シンプルな生成り色のシャツには青空よりまだ濃い海の色をした襟飾りがついていて、金糸の刺繍なんかもさりげなく入っていて……。ネオンは、器用にまとめた黒髪とうまく合わせて、品よく服を着こなしていた。

「ああ、仕立屋の若旦那だったの。どうりでおしゃれなわけね」

 そんな風にシェルトさんから自慢の服を褒められると、ネオンはあっさり上機嫌になる。

「シェルトさんって、褒め上手だなあ~。荷物でもお持ちしましょうか?」

「え、本当に? ……なあんてね。いいわよ、申し訳ないわ」

「いいんですよ。美女の手伝いはしておかないと」

 そう言って、でれでれとしたネオンは調子よくシェルトさんの荷物に手を伸ばして、荷を受け取ってしまう。その時、私は奥歯をぎりっと噛んでいた。指が触れていた短刀も、ガチッと音を鳴らしてついに刃を覗かせる。

 ……私が本気で頼んでも、絶対に荷物を持とうとしなかったのに。

 私は立ち止まってしまった。

 目頭が熱くなるので、慌てて二人に叫んでおいた。

「ごめん、先に行ってて。ちょっとお花摘みに……。すぐに追いつくから!」

 なんとか明るい声を取り繕ったけれど、ぎりぎりだった。きびすを返して二人に背を向けた途端に、目からは涙がこぼれ落ちた。

「お花? どこに……」

 背中でネオンのとぼけた声を聞くけれど、

「女の子がお花摘みって言ったら、用足しに決まってるじゃないの。疎い子ねえ」

 シェルトさんが笑いながら言葉を足してくれるので、ほっとする。

 夢中で二人から遠ざかると、岩陰に隠れて涙をぬぐった。

 もう、何もかもがいやだった。

 私を放ってシェルトさんと笑い合うネオンに怒っている自分もいやだし、ネオンと二人で旅に出てしまったことにも嫌気がさした。だって、旅に出なければ私はネオンを意識したりしなかったし、みっともなくすねて、ネオンに当たることだってなかった。旅にさえ出なければ、ネオンと無邪気に笑い合っていられたのだ。シェルトさんみたいに、素直に彼を笑わせていられた。

 山道から外れた岩陰で、私はじっと赤い岩を見つめた。

 誰の姿もなく、誰も追いかけてこない場所で、腰に提げた短刀に右手を伸ばすと、鞘から引き抜いた。乾いた空気に晒された刃には青空が映っていて、それがあまりにもきれいなので、私はやっと微笑んだ。

 それから短刀を首の近くまで持ち上げると、左手では髪を掴む。背中まである私の黒髪は、旅装束に合わせて首のあたりで一くくりにされていた。刃を髪に当てると、私は目を閉じて刃に映っていた美しい青空を思い浮かべた。

 勝手に期待して、勝手に盛り上がって、勝手にいらいらとして、ネオンを困らせたわがままな自分を、どうか洗ってしまえますように。

 胸で念じると、私は髪を切り落としていた。

 風もない夏の岩陰で、髪ははらはらと大地に落ちていく。それを見るのは、とても心地よかった。

 これで大丈夫。

 ネオンの態度に怒る理由なんか、私にはもともとないのだ。

 私は彼を特別な男の子として好きなわけではないし、彼も私を特別な女の子として好きなわけではない。

 ……うん、好きじゃない。

 赤土の上に散らばった黒髪を見つめていると、胸にすうっと爽やかな風が吹き込んだ。

 私が隠れていた岩陰に、ネオンの声が届き始めたのは、そんな時だった。

「ターリ? 大丈夫か? 調子悪いのか?」

 心配そうな声だったけれど……私は気づいた。きっとネオンは、シェルトさんにせっつかれて私の様子を見に来たのだ。ネオンは、女の子に気遣いができるような子じゃないから。彼の意思であるはずがない。

 私はほっとする。変な勘違いなんか、もうしなくて済みそうだったから。

 それで、岩陰から出ていくとにっこりと笑ってみせた。

「ごめん。ちょっと」

 でも、ネオンは私の姿を見るなりぎょっとする。

「おまえ、髪……どうしたの」

 それはそうだ。背中まであった私の髪は、岩陰に隠れていたわずかな間に顎の高さにまで短くなっていたのだから。

「いらいらしたから、切っちゃった」

 照れ臭かったけれど、後悔はしなかった。

 髪と一緒に、自分の大嫌いな部分を断ち切れたから。




 髪は、重かったみたいだ。髪を短くした途端に私の身体は軽くなって、変な甘えのようなものは吹き飛んだ。

「ターリ、休まなくて平気?」

「さっき休んだばかりじゃない。平気よ」

「……この先の坂道、きついぞ。荷物を持ってやろうか?」

「どうしたのよ、突然。自分の荷物くらい自分で運ぶから」

 私はくすくすと笑って、切ったばかりの短い髪を乾いた風になびかせる。

 気分が良くて、前よりずっと遠くまで見渡せるような気もして、シェルトさんを気遣うこともできた。

「その靴じゃこの山道は大変でしょう? 荷物を持ちましょうか?」

 どうして今まで気づかなかったんだろう。シェルトさんは、山歩きには向かない身なりをしていた。街用の靴を履いて、スカートをはいて。この靴じゃ、足場を探しながら登るような坂道はきついだろうに。

 シェルトさんはくすぐったそうに笑っていた。

「山道を甘く見ていたみたい。ターリちゃんみたいに、丈夫な靴を履いてくるべきだったわ。でも、荷物は自分で持つわ。王都で待っている彼に会いに行くって決めたのは、自分だもの」




 赤土で覆われた山を越えれば、その向こうには王都ラドが広がる。

 山道は下り坂になり、都に近づくにつれて道幅は広くなり、人通りは多くなる。立派な馬車や、都会風の身なりをした貴婦人たちとすれ違う機会も増えていく。

「うわあ、すてき……!」

 街に入ると、大通りに店を構える靴屋を見つけたので、私は夢中になった。

「丈夫な靴もいいけれど、おしゃれな靴もすてきね! デザインを覚えて帰らなくちゃ。父さんったら、丈夫が一番の一点張りだもの。私が口を出さなきゃ、うちの靴屋は山歩き用の専門店になっちゃうわ」

 目に入るのは、もはや店先に並ぶ品物だけだった。

「ねえ、宿に入るまで別行動にしない? 私、もっと靴屋を見たいの」

「あ、ああ。いいけど」

 ネオンはいくらか寂しそうに承諾する。

「じゃあ、後でね!」

 頬をすり抜ける街の風が、短くなった髪をはらんでなびかせる。それがとても心地よくて……。大荷物を背負ったままだったけれど、私は早速駆け出した。




 やがて、日も暮れる頃。大通りでシェルトさんと鉢合わせた。鉢合わせたというより、シェルトさんは私を探していたらしい。

「わたしはもう彼の所へ行くから。最後にターリちゃんに挨拶がしたくて」

「あっ、そうか。……シェルトさんと旅ができて楽しかったです。恋人さんにも、よろしく伝えてくださいね」

 笑いかけると、シェルトさんはくすっと笑う。

「私と旅ができて、か。ごめんなさいね。邪魔しちゃったでしょう? せっかくネオンくんと二人だったのに」

「そんな、二人より三人のほうが楽しいに決まってますよ」

「でも、恋人同士なら二人のほうが楽しいわ」

「だから、恋人じゃないですって。ただの連れです。幼馴染なんです」

 私は手を振って断るけれど、前に胸を巣食っていた勝手な期待が消えていることに安堵して、気分は爽快だった。でも、シェルトさんは申し訳なさそうな微笑を崩さない。ちらっと私の髪を見やると、苦笑する。

「……似合ってるわよ。短い髪」

「そうですか? ありがとう」

「でも……ネオンくん、気にしてたわよ」

「……何をですか。彼が私の髪を気にする必要なんて、ないじゃないですか」

 そう答えた私の声もあっさりとしていた。わずかに声は小さくなったけれど。シェルトさんは、やれやれというふうに肩を落とした。

「まあ、彼にはわたしがアドバイスをしておいたから。きっと後で、会いに来るわよ」

「会いにって……どんな用事で」

 私の心は静かだったけれど、意地を張っているのは自分でもわかった。

 それが気味悪くて、シェルトさんと別れて宿へ向かうまで、緊張しっぱなしだった。



 茜色に染まった大通りを宿へ向かって歩いていると、雑踏の向こうにいた背の高い男の子が、じっと私を見つめているのに気づく。でも、その人の姿は私の記憶になかった。それなのに、彼は私を見つけるとまっすぐに歩み寄ってくる。初めて訪れた王都に、知り合いがいるはずないのに。

 顔が見えるほど近づくと、息を飲んだ。ずいぶん雰囲気が変わっていたけれど、その子はネオンだったのだ。宿で荷解きをした後らしくて、身なりが変わっていたのは着替えたせいだった。でも、彼の雰囲気をがらりと変えてしまったのは服装ではなかった。こだわりの服に似合うように器用にまとめられていた黒髪が、そっくり消えていたのだ。ネオンの頭は、丸坊主になっていた。

「ど、どうしたのよ、その髪……」

 そばに寄ると、ネオンは照れ臭そうに唇を開いた。

「おれも、髪を切ろうかなーと思って。おまえと一緒がいいから」

 ネオンの言い方は相変わらず素っ気ない。鈍くて、女の子への配慮が下手な彼なりに、とつとつとしながらも言った。

「シェルトさんに脅されたんだ。ターリが……女の子が髪を切るのは、過去を断ち切るためだって言うから、おれ、怖くなって。一緒に髪を切ったら、なかったことに出来るかなあと思って」

「なかったことって、何を」

「……わかんない。でも、ターリが髪を切ったのって、おれのせいだよな? 何が悪かったのかもわからないけど……とりあえず、ごめん」

 夕暮れの風が、ふわりと通り抜けていった。

 夕焼けに染まった街の片隅で、照れ臭そうに頭を下げるネオンをぽかんと見つめているうちに、私はぷっと吹き出した。

「だからって、丸坊主? ネオンって、ロマンチックのかけらもないのね。……知ってたけど。うん、知ってたのよ」

 街灯に明かりが宿り始めた王都の大通りで、私は腹を抱えて笑ってしまった。

「そうよ。私ってば、ネオンに何を期待していたんだろう。ほんと、可笑しい。涙が出そう」

「……泣くなよ。おれだって泣きたいよ」

 ネオンは言葉通りに、弱りきっていた。

「旅に出たら、もっとターリと仲良くなれるかなあと思って喜んでたけど、かえって離れていきそうなんだもん。……おれ、ターリのそばにいたいんだよ。おれ、どうすればよかった? 何をしてほしいか言ってよ。おれ、本当にわからないんだ」

 仕草があまりに可愛らしいので。私は照れ隠しのように彼の腕をとると、じゃれつくようにしがみついてしまった。

「ばーか」

 けらけらと笑っていたけれど、そのうち、はっとして赤くなり、能天気に笑い続けることができなくなった。ネオンの腕がいつのまにか私の肩に回って、彼にぴったりくっつくように引き寄せられてしまったのだ。

 そして、耳たぶには、恥ずかしそうな吐息が降りて来る。

「なあ、ターリ。いやじゃない?」

「い、いやじゃって……なにがよ」

「……はじめからこうしていれば、よかった?」

 たちまち、胸がドキドキと震えた。

「は、はじめからって……」

「好きな女と一緒にいられるんだから、男ならくっつきたいに決まってるだろ。ただ、タイミングがさ……。だから、その……いやじゃない?」

 そよ風が吹いただけで消えてしまいそうな、かすかな声だった。だから、ふるえる胸を落ちつけながら、しがみついていた腕にぎゅっと力を込めた。

「……よく聞こえなかった。あとで、ちゃんともう一回いって」

 ネオンは、照れ隠しのようにいっそう強く私を抱きしめた。

 それから、「わかったよ!」とぶっきらぼうにいった。




 親から預かった報告書を役場に届けて審査を待ち、用事を済ませれば、また私たちはラフラへ戻る旅に出る。きっと次は、ネオンにネオンではない紳士の姿を重ねることもないだろう。

 ロマンチックな旅になることはないだろうけれど、帰りの旅が、ちょっと楽しみになった。




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