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第6話 ミルフォード


 2052年4月8日。




 護は走っていた。

 疾走といってもいいかもしれない。


 場所は校内。

 巨大な本校舎にはエレベーターが備え付けられているが、緊急時故に護はあえて使用せず、5階から階段を下っていた。


 どうしてこんなことになった?

 護は自問しながら走っていた。


 少なくとも朝はいつも通りだった。


 護は階段を数段飛ばしで駆け下りる。


 異変に気付いたのは、午前最後の授業のときだった。


 手すりを軸にして、最小の動きで折り返し地点を通過する。


 入学式から今日まで、担任の松岡が午前最後の授業を担当していた。

 だからこそ、油断していた。


 今日の午前最後の授業は本校舎最上階で行われる術式に関する授業だった。

 本校舎の最上階というだけでも絶望的なのに、術式が専門外ということで教師は松岡ではなかった。


 キッカリと時間一杯に午前最後の授業は終わった。

 その時点で、多くの生徒が諦めていたが護はあきらめていなかった。


 授業が終わる30秒くらい前には椅子から腰を浮かして、万全のスタートダッシュが切れる準備をしていた。

 授業が終わったと同時に、授業道具一式を峻に投げ、護は最高のスタートを切って、階段に向かった。


 カフェテリアの席を確保するために。


 最後の階段を下り終えた護は、本校舎の横にあるカフェテリアを外から目指した。

 カフェテリアと本校舎を繋ぐ通路も存在するが、そこはすでに生徒で一杯だと判断したのだ。


 カフェテリアには幾つかの出口が用意されており、そこを使えば外からでも入れる。

 最悪、1人用の席でも構わないと、峻を裏切る決意をしながら、護は一気に加速した。


 このスピードなら絶対に間に合う。

 時間的に考えても、ギリギリ席は残っているはず。


 確信に近いモノを感じながら、護はカフェテリアに足を踏み入れた。

 あまりの勢いに、近くの席に座っていた女子生徒が体をビクつかせて、恐怖の眼差しを護に向けたが、護は気にしなかった。


 そんなことよりも、空いている席を探すほうが護にとっては重要だった。


 右側は全滅。中央部も残り1席。遠すぎて間に合わない。


 希望は左側。

 残っているのは2席。

 迷わず護は足を踏み出そうとして、踏み出せなかった。


 トレーを持った女子生徒が護の目の前を通ったからだ。

 その間に左側に残っていた2席は他の生徒に確保されてしまう。


 その光景を見た護は膝から崩れそうになったが、なんとか堪える。

 席は確保できなかったが、自分の邪魔をした女子生徒の顔くらいは確認しようとしたのだ。


 髪型が変だったり、容姿にちょっとでも気になるところがあったら、心の中で盛大に馬鹿にしてやる。


 アストリアの騎士とは思えない小さいことを心に誓いつつ、護は先ほど自分の進路に割って入った少女を見た。


 日本人ではありえない金色の髪に、蒼い瞳という西洋風の顔立ちで、小顔にもかかわらず鼻筋は高く整っていた。

 馬鹿にしようとして見たのに、馬鹿にできるポイントがないくらいの美少女だった。


 リリーシャを上回るかと聞かれれば、即座に首を横に振るだろうが、リリーシャに並ぶかと聞かれれば、頷いてしまうかもしれない。

 そのレベルの美少女なんて、滅多にいないことを護は経験から知っていた。

 比較的美形の多いアストリアでも、リリーシャは断トツで綺麗な顔立ちをしているからだ。


 顔は文句のつけようがない。

 ならばスタイルは、と護は顔から下に目を向けて、愕然とした。


 巨乳だった。

 服の上からでも強烈な存在感を放つ2つのメロンのような胸に、護は心の中で拍手してしまった。


 では、腰や手足は、と更に目を下に向ければ、驚くほど腰は細く、手足も長い。

 女性にしては背も高く、護と大差ない身長だった。


 文句をつける場所がない。

 敗北感に包まれた護は、その少女が自分を見ていることに気付いた。


「なにをジロジロと見てますの? 下品な顔ですわね。セクハラで訴えますわよ?」

「げ、下品!? 言ってくれるな、自意識過剰女」


 見ていたことは事実だが、下品といわれる筋合いはない。

 内心の動揺を表面に出さないようにして、護は自分を睨みつける少女を真っ向から見返した。


 自意識過剰といわれたのが癇に障ったのか、少女の整った眉がピクリと動いた。


「自意識過剰……? このレオナ・エイミス・ミルフォードに向かって、そんなことをいうだなんて……良い度胸ですわねっ」

「ミルフォード?」


 護は聞き覚えのある家名に、護は首を傾げた。


 ミルフォードなんて知り合いはいないはず。

 聞き覚えがあるとするなら、アストリアのはずだが。


 アストリアの貴族だろうな、と当たりをつけて、護は記憶を探るが、その前に本人が高らかに名乗りあげた。


「ええ、そうですわ! 私はアストリア王国のミルフォード侯爵の孫娘。この体には騎士を輩出したこともある名門ミルフォード家の血が流れているんですのよ!」

「ああ、侯爵か……印象が薄いわけだ」


 護はアストリアではリリーシャと行動を共にすることが多かった。

 そのせいか会ったことのある貴族は大臣の職についている貴族か、公爵家の当主くらいであった。


 式典に出席しても、基本的には王の横に座るリリーシャの護衛として立っているため、貴族の当主の顔など覚えてはいない。


 騎士は貴族の位ではないため、位としては侯爵のほうが上ではあるが、国への貢献度でいえば騎士のほうが圧倒的に上なため、実質、騎士の上にいるのは大臣や公爵、そして王族だけである。


 そうリリーシャに聞いていた護は、知らずに侯爵位を軽んじる言葉を発してしまった。

 そしてその言葉はレオナの耳にしっかりと届いていた。


「印象が薄い……ですって……? 誉れ高きミルフォード侯爵家が……? 私のおじい様が……?」

「えーと……」

「――屈辱ですわっ!」


 くわっと目を見開いたレオナは、ウェーブの掛かった金髪を揺らして、護を指差した。


「ミルフォードの家名を、なにより私自身を侮辱したことは万死に値しますわ!」

「先に侮辱したのはそっちだろう?」

「いかがわしい視線を私に向けたのは貴方でしょう!?」

「いかがわしい視線ではなく、物珍しいモノを見る視線だ。別に……変なことを考えてたわけじゃない」

「今の間はなんですの!?」

「間? 気のせいだ」


 流石に馬鹿にしようとしていたと正直に言うわけにもいかず、護は嘘をついたが、罪悪感のせいで微かに間ができてしまった。


 レオナは猛禽類を連想させるほど鋭い視線で護を睨みつけると、静に息を吸い込んで、高らかに告げた。


「決闘ですわっ! 私を侮辱したことを後悔させてあげますわ!」

「模擬戦か? 嫌だ」

「なっ!? 逃げますの!? それでも男性ですの!?」

「勝手に申し込んだのはそっちだろう。受ける受けないの選択肢は俺にある。だいたい、明らかに自分より魔術の腕が上なやつと向き合った状態から模擬戦なんてごめんだ」


 両手でバツ印を作り、護はレオナの申し出をすぐに断った。

 アストリアの貴族というのは、地球の貴族とはわけが違う。


 脈々と受け継がれてきた血の中には、優れた魔法師たちの遺伝子が入っている。

 血の重みが違うのだ。

 生まれた時点で、ほぼ間違いなく優れた魔法師になれることが決まっている存在。

 それがアストリアの貴族だ。


 なぜ魔術師養成のための学園に、貴族の娘がいるのかは、護には皆目検討がつかなかったが、専用のギアもなく、正体がバレるのも避けねばならない状態で、面倒な相手と模擬戦などする気にもなれなかった。


「…………フ、フフ……私の決闘の申し込みを断るだなんて……」


 そこまで大きな声ではなかったが、レオナの言葉には何かしらの威圧感があった。


 地の底から声を発したら、こんな感じになるんじゃないだろうか、と護は冷や汗を掻きながらそう思った。


 すでに当初の目的である席の確保は不可能。

 そして目の前の面倒くさい女は、席にトレーを置いてはいるが、食事する気配がない。


 護は1つ頷いてから結論を出した。


 カフェテリアから逃げよう、と。


「レオナ・なんとか・ミルフォード」

「?」


 レオナはホラー映画に出てくる人形のように、表情のない顔で首を傾げた。


 怖いなぁ、と思いつつ、護はジリジリと後退を始めていた。


「俺は……あれだ……これから用があるから」

「……あるから?」

「失礼する!」


 言ったと同時に、レオナの手が護に向かって伸ばされるが、護は体を捻ってその手を掻い潜り、カフェテリアの外へと避難した。


「待ちなさい!」

「そういわれて待つか!?」


 追って来るレオナを振り切るために、護は全速力で本校舎に向かって走り出した。






◆◇◆






 あれはライオンだ。


 そう心の中で呟きながら、護はなんとかF組の教室の近くまで戻ってきていた。


 途中、何度も隠れているのを発見され、大分時間をロスしてしまったため、昼休みはもうほとんどない。


 金色の髪を揺らして、肉食動物のような獰猛さで迫ってくるレオナを、ライオンに例えた護は、自分の表現能力を自画自賛していた。


「レオだしなぁ……あいつも昼飯食えなかったんだろうな……ざまぁみろ」


 小さく笑いながら護は教室のドアを開けた。

 クラスにはまだそれほど生徒は戻ってきてはいない。


 しかし、護の席には見慣れない少女が座っていた。

 いや、昨日見た覚えのある少女だ。


「……えーと……ライトニングか」

「三原理緒よ! なに、その覚え方!?」

「あー、そうだそうだ。悪い、印象が……強くて。ライトニングの」


 印象が薄くて、と口にしようとして、護は先ほどの失敗を思い出し、そういった。


 それはとりあえず成功したようで、理緒はフンと、そっぽを向いてはいたが、レオナのように怒りくるってはいない。


「護。飯食えたのか? 連絡するって言ってたのに」

「悪い、席取りもできなかったし、購買でも買えなかった」

「だろうと思ったぜ。まぁ、いいけど」


 護は峻の様子に違和感を覚えた。


 峻も昼食を食べれていないはず。

 機嫌がいいのは理緒が傍にいるからだとしても、お腹を空かしている様子がない。


 なぜだ。

 そう思った護に、声を掛ける少女がいた。


「……あのぉ……」

「はい?」


 席を理緒に占領されたせいで、立っていた護に声を掛けたのは桜だった。


「君は……今井さんだっけ?」

「はい。今井桜です。えっと……昨日は助けてくれたのに、十分にお礼ができなかったので、あの、その、これを」


 桜はそういって小さなバスケットを護に手渡した。

 まさか、と思いつつ、護はバスケットを恐る恐る開けた。

 中には白いパンを使用したサンドイッチが入っていた。


「寮生だと聞いてたので……嫌なら食べなくても大丈夫ですからね!」

「味はオレが保障するぜー。めっちゃ美味かった」

「食べなかったら、ライトニング撃ちこむからね?」


 峻がお腹を空かせていない理由に合点がいった護は、バスケットを自分の席に置き、桜の手を掴んでお礼をいった。


「ありがとう……」

「えっ? えっ?」


 手を掴まれたことと、護があまりにも感激しているせいで、桜は困惑した。


 レオナに追いかけられ、昼食を食べ損ねた護には、優しくサンドイッチを差し出してくれた桜は、天使のように映ったのだ。


「今井さんは女性の鏡だよ。ありがたくいただくね」

「あの~……多分、早くしたほうが」

「え?」


 護は桜の視線を追って、自分の席をみた。

 席に置かれたバスケットは開かれており、中にあったサンドイッチが2つほど減っている。


 護は理緒と峻が持っている食べかけのサンドイッチを見て、肩を震わせた。


「お前らぁ……」

「え? いらないんじゃないの?」

「私の前に置いたから、てっきり私にくれたのかと思ったわ」

「そこを退け! そもそもそこは俺の席だ!」


 護は、更にサンドイッチに手を伸ばそうとする理緒と峻の手を妨害しながら、サンドイッチを食べるために理緒を退かしに掛かった。


「退け!」

「立って食べたら?」

「お前なぁ……昨日庇ってやったの忘れたか!?」

「恩着せがましいわよ! 庇ってなんていってないし!」

「なんだとぉ?」

「もう理緒ちゃん。駄目だよ。結城君。理緒ちゃんはお礼を言いに来たの。照れてるだけだから、気にしないで」


 桜の言葉に理緒は動揺した表情を見て、キッと護をにらみつけた。


「照れてなんかない!」

「なんで俺にいうんだよ……ってか退けよ……」


 一向に退く気配のない理緒に呆れつつ、護はそういった。

 しかし、理緒はうーっと唸ったまま退く素振りすら見せない。


 仕方なく護は、峻を無理やり引っ張って、峻の席に座った。


「酷くない?」

「酷くない。俺のサンドイッチ食べただろう?」

「小さいなぁ……あ、そうそう。昨日、今井さんと三原さんに突っかかってた男」

「高原だったか? それがどうした?」

「あの後、2人に謝ってきたってさ。コントロールをミスったのを認めたくなかったんだと」

「そうか」


 しっかりと高原が謝罪したこと聞き、護は小さく笑みを浮かべた。


 自分の未熟を認めて謝ることができるというのは、立派なことだ。

 たとえそれが人にいわれたことであろうと、たとえ最初は認められなかったとしても、自分を省みることができる人間は変わることができる。


「ほら、理緒ちゃんも」

「……庇ってくれて助かったわ。けど、あんたが出てこなかったら、私は高原をボコボコにできたんだからね!?」

「はいはい。そういうことにしといてやるよ。ただ、次からは今井さんにも配慮することだ。あのまま撃ち合ってたら、今井さんは確実に怪我してたぞ?」

「……わかったわよ」


 顔を背けた理緒に肩を竦めつつ、護はサンドイッチに手を伸ばすのだった。



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