第8話 模擬戦・上
屋内第1演習場。
護たちの屋内演習場の使用許可はすぐに降りた。
意気揚々と演習場へと入るレオナと、面倒そうに入る護はとても対照的であった。
「勝敗のルールを決めないか? できれば倒れるまでとか、ギブアップっていうまでとかはしたくないんだけど?」
できれば女を殴りたくないという思いと、やる気満々なレオナは倒れたり、ギブアップをしないだろうと感じたため、護はレオナにそう言った。
意気揚々と体の調子を確かめていたレオナは、ルールという言葉を口にした護を鼻で笑った。
「これは決闘ですわよ? 誰が見ても勝ちという結果が示されるまでは終わりませんわ」
レオナの目を見て、護は、俺を倒すことしか考えてないんだろうな、思いつつ、軽く目を細めて聞いた。
「じゃあ、死ぬまでやるつもりか?」
「……勝つつもりでいるようですわね?」
「負ける戦いなんて御免だ。相手と相対した以上、どうやって勝つかを考える。当然だろう?」
「礼儀知らずなだけの男かと思いましたが……戦いを知っているようですわね。この学園の生徒は、学業成績で威張り散らす者ばかりだと思っていましたわ」
「あいにく頭が悪くてな。学業成績じゃ威張れないだけだ」
レオナは護を少し見直したように何度か頷くと、模擬戦の条件を指定した。
「私は一歩も動きませんわ。私を動かすことができたり、攻撃を当てられたら、貴方の勝ちで構いませんわよ」
「俺は何したら負けなんだ?」
「ギブアップといえば、貴方の負けですわ。威力は調整しますから、数発程度なら当たっても大丈夫でしょう」
裏を返せば、数発以上食らい、積み重ねれば大きなダメージになる程度の威力は出すということであった。
殴られるのと同じくらいの威力は出ることは疑いようはなく、護は苦笑した。
「まぁ、それでいい。俺がお前を動かせるか、って戦いになるわけだ」
「お前だなんて気安いですわよ? 私は貴方にお前呼ばわりされるほど、安くはありませんわ」
「はいはい。じゃあ、ミルフォードのお嬢様。勝負といきましょうか」
「勝負になると思っているところがそもそも勘違いですわ! これは決闘という名の仕置き! 多少、戦いの心得があろうと、ただの学生に私が脅かされることなどあり得ませんわ!」
高らかに宣言してみせたレオナに対して、護は不敵に笑って見せた。
そんな護の笑みにレオナは怪訝な表情を浮かべたが、それは一瞬だった。
実力差があるのは必然。そう考えるレオナにとって、護の行動は意味の無いことだった、
気にするだけ無駄。
そう考えているだろうことは、大してレオナのことを知らない護にもわかった。
これが命の取り合いならば、護は喜んでその隙をついただろう。
けれど、これは命の取り合いではない。
互いの優劣をつけるための決闘だ。
相手はアストリアの貴族で、A組の実力者。
どれほどのものか、見ておくのも悪くはない。
まずは本気を出させてみるか、そう護は少し離れたところにいる峻を見た。
「ルールは決まった。審判を頼めるか?」
「いいけど、ミルフォードさんはいいの?」
「構いませんわ。ただし、偽りは許しませんわよ?」
「微妙な判定をする気はないよ。明らかに一歩動けば、ミルフォードさんの負け。これだけ見てればいいんでしょう?」
峻は肩を竦めていった。
そんな峻の様子に満足したのか、レオナは峻から護へと移した。
護とレオナの間には10メートルほどの距離がすでに出ている。
あえて護が作った距離だった。
礼儀知らずの少年。
こちらに物怖じしない不思議な少年。
珍しい人間だと、レオナは感じていた。
新鮮だとも感じていた。
けれど。
「我がミルフォード家への侮辱は決して許しませんわ! その身に刻みなさい! アストリアにミルフォード家ありと!」
「やってみろ。いつでもいいぞ?」
「その減らず口をすぐに叩けなくさせてあげますわ!」
◆◇◆
レオナのギアは赤い色の腕輪だった。
レオナはそのギアを優雅な動作で護へと向けた。
「手加減をしてあげますから、その配慮に咽び泣きながら食らいなさい!」
≪フォース・スティンガー≫
レオナの目の前に、70センチほどの長さの尖った物が魔力によって生成される。
小さな槍、または大きめの棘。魔力により、尖った物を作り出すスティンガー系の魔術だった。
そこまで珍しい魔術ではなく、おそらく使用するだけなら、学園内の多くの生徒が使える魔術だった。
派手な見た目や言動から、大技を好むと予想していた護は、思っていたよりも堅実な魔術の使用に意外さを感じつつ、スティンガーを受けとめるために防壁を用意しようとし、咄嗟に真下に伏せた。
「っ!?」
「よく避けましたわね。褒めてあげますわ!」
「そりゃあどうも……」
護の上を一直線に通り過ぎたスティンガーは、そのまま一時停止して、その場で向きを変えて、護に再度狙いをつけた。
それを警戒しつつ、破格のスピードに護は見積もりをしなおしていた。
魔術の発動スピードは魔力をどれだけラピスに伝えられるかだが、生成してからのスピードは込めた魔力と術者のイメージ次第になる。
速く動かせば動くほど、生成した物の形は崩れていき、また自身も知覚しにくくなる。
それゆえに、遠隔操作するような魔術は大抵低速だと相場が決まっているのだ。
けれど、レオナは速い上に正確な遠隔操作をしてみせた。
「流石はアストリアの貴族ってところか」
「深々と頭を下げて、自身の失言を30分ほど謝罪するのであれば、許してあげてもいいですわよ?」
「長げぇよ! だいたい、1発も当ててないのに勝ち誇るなよ。恥ずかしいぞ?」
「っ! また減らず口を!」
レオナに視線を向けていた護の後ろから、スティンガーが再度突撃を開始した。
護はそれを見ることもせず、体を捻ることで回避した。
護に避けられたスティンガーはレオナの目の前でピタリと停止して、再度反転した。
魔力で生成した物は、最初に込めた魔力が尽きれば霧散する。
3度目の突撃を敢行するスティンガーには、いったいどれほどの魔力が込められていたのか、護には予想することすらできなかった。
大量の魔力があればこその連続使用。
移動を直線に限定することによる速度のアップと操作性の向上。
よく考えて魔術を使用していると、護は感心した。
この魔術だけでも相当の修練が必要だったことは、間違いない。
貴族と公言し、貴族として振舞うだけのことはある。
そう心の中で呟いた護は、次のレオナの行動に笑みを浮かべた。
≪フォース・スティンガー≫
更にレオナは3つのスティンガーを追加したのだ。
弾数を増やせば、それだけ操作は難しくなる。
しかも最初のスティンガーと同じように複数回の使用を前提として、多くの魔力を込めているならば、一瞬でかなりの魔力を消費しただろう。
けれど、レオナは汗1つみせず、事も無げにそれを行なって見せた。
「物量作戦か?」
「貴方の身のこなしを見れば、体術に秀でているのはわかりますわ。素早さだけは認めてあげますわよ」
レオナの上から目線の褒め言葉を聞いて、護はため息を吐いた。
レオナの言葉にではない。
まだまだ軽口を叩く余裕をレオナが持っていることに、だ。
一歩でも動けば負けだと、自分で宣言した以上、全力を見ることは不可能だろう。
けれど、心持ちの問題である本気を見ることはできる。
けれど、その本気すら遠い。
護にもまだまだ余裕はあった。
やろうと思えば、レオナに肉薄するのは難しくはないこともわかっていた。
ただし、その場合は護も力をある程度出し、本気に近いくらいまで集中する必要があることも、わかっていた。
チラリと峻を見た護は、にこやかに手を振ってくる姿に苦笑した。
始まったときよりも峻は遠い位置にいた。
最初の位置では危ないと判断したのだ。
今の位置にいれば、激しさが増しても被害が及ぶことはないだろう。
確かにポジショニングは絶妙だ、と思いつつ、護は息を吸い込む。
同時にレオナのスティンガーが護に向かって突撃した。
スティンガーの数は3つ。
どれも正面からではあったが、微かにスピードと高さに差があった。
直線的な動きをするスティンガーの場合、下手に同時よりもスピード差をつけて、断続的な攻めをされるほうが避けづらい。
しかも、残りの1本を動かさず、いつでも隙を狙えるように構えている。同時に、それは動けないレオナの護衛でもあった。
全弾で攻撃してくれば、かわしたあとにレオナに突撃することも考えていた護は、そのプランを白紙に戻した。
攻め方も考えているな、と軽く舌打ちをした護は、1本目を右にかわし、斜め上からきたスティンガーを左にかわす。
最後の3本目は護の胸あたりの高さで突撃してきたため、護は伏せることで対応した。
しかし。
「なっ!?」
3本目は急停止し、伏せた護に向きを変えた。
同時に、後ろに逸れていた残りの2本も護に照準を合わせていた。
囲まれた形になった護は、避けることを諦めて、ギアに魔力を注いだ。
≪プロテクション≫
呟きと3本のスティンガーが再突撃するのはほぼ同時だった。
通常ならば決して間に合わないタイミング。
レオナも勝ちを確信するほど、護は絶望的な状態だった。
けれど、プロテクションは間に合い、3本のスティンガーは防ぎ、スティンガーはガラスのように崩れ去った。
「そんなっ!?」
「性格は猪突猛進みたいな性格なのに、戦術は随分と回りくどいな?」
「……どういう発動スピードをしてますの……?」
「あいにく、あんまり魔術は得意じゃないんでな。できる魔術は徹底的に訓練してあるんだ。こなした回数でいえば、お前にだって負けてないと思うぞ?」
「発動スピードには確かに慣れは不可欠ですけど、それ以前に魔力の伝達速度に優れていなければ、あそこまでの速さで発動できるはずがありませんわ……。」
「才能の無い俺の数少ない長所だからな。魔力伝達速度の速さは」
レオナは護の言葉を聞いて、ありえない、と感じた。
自分のスティンガーを3本も受け止めて、ヒビすら入らない防壁を一瞬で作り出す。
必要なのは桁外れの魔力伝達速度と、高い瞬間伝達量。
ラピスに送り込める量というのは、人によって違う。
少しずつしかラピスに送り込めない者もいれば、一気に送り込める者もいる。
大抵の物がセンサーやボタン式になった現代では、あまり使われない例えだが、魔術が使われ始めた頃には、これを蛇口に例えられた。
魔力が貯水量だとすれば、瞬間伝達量は蛇口の緩み具合になる。
どれだけ貯水量があろうと、蛇口が僅かしか緩んでいない状態では水は少ししか出ない。
逆に貯水量が少なくとも、蛇口が全開であれば、一気に水は出てくる。
しかし、とレオナは考えた。
レオナが感じた護の魔力量はせいぜい平均程度。彩雲学園の生徒としてはかなり少ないといってもいい量だった。
だからこそF組なのだとレオナは思っていたが、今、目の前にいる少年は、そんな量にも関わらず、レオナが今まで見てきた誰よりも、もちろんレオナ自身よりも速く魔術を発動して見せた。
つまりは圧倒的な瞬間伝達量を持ち合わせていながら、体の中にある魔力はごく僅かということになる。
「なんてアンバランスな……」
「生まれ持ったものだから仕方ないだろうが。さて……お前の攻撃も済んだことだし、次は俺のターンだぞ?」
そういって護は肩を回して、ニヤリと笑った。