自動お見合いマシン
二十二世紀初頭。日本人口は五千万人を切り、人口減少に歯止めがきかない状況。
そこで政府が敢行した対策が、自動お見合いマシンである。
異性にこれまで縁のなかった俺は、少々焦りを感じていた。
「仮想現実か」
自動お見合いマシンの実態は、言い換えれば仮想現実内での疑似デート。VRマシンに乗り込んだ者たちの中から、ランダム二名の男女がマッチングする仕組みらしい。
まだ稼働して間もない。
物は試しにと、俺は設置場所である施設に向かった。
施設に赴くと、多くの人が列をなしていた。
待たされること一時間。ようやく出番が回ってきて、係の女性にマシン前まで案内された。
人間一人を収納できる縦長の立体空間。
係の女性による注意事項やシステムの説明が始まった。
「人の感覚である五感すべてが、デジタルデータの世界にリンクしています。すべての行動はデジタル信号に変換され、自身が同調するアヴァターに反映――――」
田舎育ちの俺は、この手の話が苦手だ。途中から聞いているふりをして相槌をうつ。
説明が終わり、ブレスレットのようなものを手渡された。
「それが先ほど言いました、パートナーチェーンです。仮想現実内での様々な機能がご利用いただけます。それではマシンの中にお入りください」
俺はVRマシンに乗り込んだ。
周囲は密閉され、真っ暗だ。酸素が供給されているのか不安になる。
つと、眼前に文字が記載された。その日本語で書かれた文章を、機械音声が読み上げる。
「プレイヤー情報解析。源田玄。男性。年齢二十七歳。現職無職。経歴高卒。健康状態良好。顔面偏差値41。これらをもとに、アヴァターを作成」
おいおい、いくらなんでもひどくねこれ。まあ、事実なのでぐうの音も出ないが。
今になってリストラされたことの怨念が蘇る。
「マッチング対象者を選別中……、アクセスしました。ステータスの誤差1.2。フルイマージョン開始」
こうして意識が遠のいていった。
******
気が付けばここは東京の町中。
歩行する人々でごった返す路上。
結界のようなドーム型のバリアが展開されており、行き交う人々(おそらく行動をプログラムされた疑似人間)がバリアを避けて通る。
バリア内部の先――俺のいる場所から二メートルくらいの距離に、人型の全容が形作られる。
俺に視線を合わせるや否や、気まずそうに俯く。
お見合いの相手として選ばれた女性だと予想し、話しかけた。
「初めまして!」
「は、初めまして……」
声をかけられビクッとする彼女。
「自分は源田玄と申します。よろしくお願いします」
「あ、私の名前は佐倉舞花と言います。こちらこそよろしくお願いします」
おとなしそうでいい感じの子じゃないか。
見た目の印象としては、一言でいうなら……ずんぐりだろうか。
ぷっくりとした顔立ちに、肉付きのいいまーるい体型。年齢は下にも見えるし、同じくらいにも見える。
なるほど、と思った。
「えっとこれからどうしましょうか? どこか行きたいところがあればおっしゃってください」
まずは佐倉さんの意見を聞こうと思い立った。
「いえ、特には……。強いて言えばローマに行きたいです」
「えっ!? イタリアにあるローマですか!? ちょっと時間かかる気が……」
「ええと、パートナーチェーンを使えば――」
彼女は手首にはめたブレスレットに触れ、空間上にウインドウを表示。滑らかな手つきでメニューを操作する。
程なくすると、俺たちがいる場所と背景が、絵本のページをめくるように変化した。
「すげー。ほんとにローマにいるよ!」
いつのまにか石畳の広場に佇んでいた。ビルだらけだった建物も、石造りの街並みに変わっている。
「お詳しいんですね。過去にも体験したことがあるんですか?」
「へ? いえ、今回が初めてですよ。係の方から事前にご説明いただいて」
「あーなるほど」
俺の問いかけに、照れくさそうに答える。
途中から話聞いてなかったからなー。
「それじゃあ行きましょうか」
「はい」
バリアから出て、異国情緒溢れる街並みを歩き出した。
教会や美術館など有名どころを一通り見てまわり、洒落たレストランで骨休め。
料理も忠実に再現されていて、仮想現実なことを忘れるくらい、美味しさに感動した。
佐倉さんは少し注意が散漫なところがあるようで、躓きそうになったり、人混みに飲み込まれるなんてこともあった。
今はまた、街路を歩いている。
「あの、手を繋ぎませんか?」
俺の提案に、佐倉さんは恐る恐る手を伸ばした。彼女の丸い顔が真っ赤になる。
お互いに気まずさが再発したけど、温かい手の感触に、心地よさを感じた。
充分満喫したあと、またパートナーチェーンを使用して、今度はヴェネツィアに移動した。
水の都と言われるだけあって、水路が入り組んでいる。
俺たちはゴンドラという小舟に乗ることにした。
狭い水路を通り、橋の下をくぐり抜け、見上げるように家々を眺める。さながら異世界である。
さわやかな風が吹き付け、ゴンドラも左右に揺れる。
気持ちよさに眠くなったのか、佐倉さんは目をつむってうとうとしていた。
そのとき、急に船体が傾いた。
眠っている佐倉さんは起きる気配なく、船外に投げ出されそうになる。
すぐさま彼女に近づいて、手を引っ張り、こちら側に引き寄せた。
「大丈夫ですか?」
「あ、ありがとうございます。助けていただいて」
浸水してしまったのか、身体の右半分が濡れていた。
抱き合う状態になっていることをお互いが自覚し、恥ずかしさのあまりすぐに離れる。
ゴンドラ体験を終えて、しばらく観光していると、突如視界が暗くなる。
さっきまでの美しい景観が一つ残らず消失し、人もいなくなる。無論佐倉さんも。
完全な真っ暗闇だった。
「おいおいどうしちゃったんだ? 佐倉さーん、いますかー」
返答がない。
不安が込み上げてくる。
すると、不安を払拭するかのように、天から光が射し込んだ。
天上からは、頭上に輪が浮かび、羽根が生えた子供が舞い降りてきた。
「さあ、決断の時です。あなたが望む運命を選択してください」
天使の姿をした子供が、そう告げる。よく見ると、弓矢を抱えている。
いきなり目の前に、巨大な二つのローマ字が浮かび上がった。
【YES】 【NO】
えーっと、どういうことだ?
「これって何を決めるんでしょうか?」
「……」
だめだ、反応がない。
「あのー、【YES】を選択すると、何が起きるんですか?」
「【YES】を選択ですね。認証しました。果たして二人の恋は成就するのか?」
えっ、なんか勝手に選択されたんですけど!?
遠くの方にハートマークが出現。天使はそこ目がけて矢を放った。
見事打ち抜いたようで、祝福のファンファーレが鳴り響く。
「おめでとうございます。あなたたち二人は、結ばれました」
えー!? ちょっと待って。さっきの二者択一って、告白のことだったのか。
考える暇もなかったぞ。
まだ全然気持ちの整理がついてないのに、なんか自動的に【YES】にさせられて……、新手の詐欺か。
前触れなく、周囲に色がつきはじめる。
ぼんやりとした景色がはっきりし、現状が飲み込めた。
俺のすぐ手前に、豪華な両開き扉があった。
その扉のそばに、ウェイターが控えている。
そしてウェイターが扉を開け放つと、パーティー会場が目に飛び込んできた。
ワインを片手に持った人々がテーブルを囲んで談笑している。
会場に入ると、見知った人影を発見した。
「佐倉さん!」
声をかけて近寄る。
彼女は先ほどまでとは違い、フォーマルなドレスに身を包んでいた。
「よかったー、再会できて」
「はい、私もまた会えて嬉しいです。源田さんのスーツ姿、似合ってますよ」
視線を下にうつすと、いつのまにか服装が変わっていた。
「ありがとうございます」
俺と佐倉さんは、用意された料理を堪能しつつ、会食を楽しんだ。
その後、佐倉さんに外に行こうと誘われる。俺は頷き、彼女の後についていった。
たどり着いたのは、噴水広場だった。
すっかり夜が更けている。
スポットライトが噴水に反射して、キラキラと、幻想的な雰囲気を演出していた。
「実は源田さんに隠していたことがあります」
真剣な面持ちで向かい合うようにこちらを見る。
「このアヴァターの姿は、本来の私とは別人です。騙すようなマネをしてごめんなさい」
佐倉さんはパートナーチェーンをタッチしてウインドウを表示。
そしてある項目を選んだ。
すると、彼女の身体が眩しく発光する。
身体の表面を覆う発光体。その外殻にヒビが入り、崩れ落ちた。
まるでさなぎが蝶に羽化したように現出したのは、可憐すぎる美少女だった。
整った顔立ちにはあどけなさが残る。もしかしたらまだ十代なのかもしれない。
「私は自動お見合いマシンを利用した国の政策に疑問を隠せませんでした。人間の表面しか重視しない選出方法。これによって選ばれた男女に、本当の愛は育むでしょうか? 私はそうは思いません」
あまりの急展開に、思考が正常に機能しない。
「そんな理不尽なシステムに対抗するため、私は改造コードを開発しました。それを使用することでアヴァターの改変に成功」
佐倉さんは俺に視線を合わせ、微笑んだ。
「源田さんは醜い私を拒絶せず、優しく接してくれました。そんな源田さんの温かさに触れ、心が惹かれました。もっとあなたとの時間を共有したい!」
俺は佐倉さんによる魂の叫びに胸を打たれた。
そして俺は――恋をした。
******
VRマシンで目を覚ました俺は、係の人に祝福された。
それから仮想現実で出会った佐倉さんに会う方法を、係の人から教わる。
パートナーチェーンに映し出されたマップには、互いの位置情報が示されていた。さらに通話機能を使い、待ち合わせ場所を取り決めた。
後日。
待ち合わせ場所に赴いた俺。
「佐倉さん!」
木陰に立つ女性は、こちらを振り向いた瞬間、ぱあーっと笑顔が咲き誇った。
仮想現実で最後に見た姿と寸分違わない可憐な美少女。
彼女の笑顔が自分に向けられているという事実が、胸を高鳴らせ、思わず駆け出した。