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さようなら…そして、ただいま…
作:misora


コナン君!
そう言って、少女は走る。
江戸川コナンはいなかったんじゃ…
その答えに少女は泣く。
コナン君!?
また、そう口にする。
 コナン君はいなかったのよ…
彼女の答えに少女は泣く。
コ、コナン君?
さらにまた、口にする。掠れた声で…
 江戸川コナンは…存在しなかったんですよ…
冷静な敬語に少女は泣く。
コナン君!!?
掠れた声でまた、叫ぶ。
   江戸川君は…存在しなかったのよ…
冷たい哀しそうな声で答える彼女を見てまた泣く。
コ、コナン君…?
つぶやくように問いかける。
 江戸川コナンは…いなかったんだ…
大好きな彼の言葉に少女は虚空を見つめる。
いつまでも…ずっと…
コナン君…
その声はもう届かない。


     さようなら…蘭姉ちゃん…


誰もが…彼の存在を否定する…
  誰も…彼の存在を認めてくれない。


もう一度戻りたい…

     幸せなあの時に…





「灰原…」
背中に降り注いだ哀しげな声に、哀はゆっくり振り向いた。
「もう…いいの?」
「ああ…」
彼の一言は、小さなもうひとつの現実の終わりを告げていた。だが、ゆっくりと顔を上げたコナンの瞳には、喜びの色が全くなかった。
「嬉しく…ないの?」
「…」
帰ってこない返事に哀は不安を覚え、再び同じ質問を…
真実を、突きつけた。
「工藤新一に…戻れるのよ?嬉しくないの?」
元に戻れる…その真実は今までコナンを…
いや、新一を苦しめていた鎖を解くはずだった。
元の生活に戻れるはず…
しかし、コナンの瞳に映っているのは…悲しみ…
「…嬉しい…確かに…望んだものが得られる…
けど…なんか…オレじゃないみたいなんだ…」
「え?」
自分なのに自分じゃない…
一瞬コナンの言葉に反論しようとした哀だったが、はっとして口を噤んだ。
(そうよ…私もなんだわ…
 宮野志保は…今の私じゃない…私は灰原哀…なのよ…
 でも…でも、宮野志保も私…)
どちらも自分…そんな事実がコナンの心に迷いを誘っているのだった。
そして…哀の心にも…
(宮野…志保…宮野明美の妹そして…組織の一員…
だから…宮野志保の…居場所は…ない…
 灰原哀は…少年探偵団の一員…身内はいない…
 けど…居場所がある…)
決めていた答えが揺らいだ。
彼の言葉で…
でも…
「なに言ってるの?どっちも…あなたでしょ?それに…あなたは、工藤新一に戻るためにここまでやってきた。愛しい幼なじみを悲しませてまで…」
「…」
真実だけを見つめてきた彼が、目の前の二つの真実に迷っている。
自分の思いは伝わらなくても、哀はただ…
コナンと…蘭の幸せを願っていた。
愛しい人がいなくなる悲しみを、明美の影を見た蘭に…
味わってほしくなかった。
そんな思いを抱く哀の一言が…全てを決めた。

「いまさら…何を言っているの?
      あなたは工藤新一でしょ?」

単純な謎が…彼を悩ませた。
それは自分のせいでもある…
だから…望んだ元の姿に戻ってほしかった。
「あ…」
そして、彼女の言葉は…一瞬にしてコナンを我に返らせた。
「あなたは江戸川コナンの時期が長すぎたわ…
でも…いくら長くとも、江戸川コナンは仮の姿…でしょ?
探偵団(彼ら)のことが気になるのは分かるわ…
でも、あなたは工藤新一なのよ…
誰がなんと言おうと工藤新一なのよ…?」
時は怖いもの…
本当の真実を忘れさせてしまう。
そして人間は…それに惑わされる。
思い出して、ふっと笑ったコナンはゆっくり頷いた。
「そう…だったな…」
「ええ…そうよ…?」
自分にも言い聞かせるように言った言葉…
笑った彼の顔を見つめながら、白衣のポケットから小さな薬を取り出した。
「はい」
「ありがとな…灰原…」
キュッと小さな拳にそれを握り締めてやっといつもの笑顔をもらすコナン。
すこし安心したように哀もいつもどおり笑った。
「さぁ、彼女も待っているんだから…」
「ああ、じゃあな…!」
玄関に向かっていく彼の背中を見ていたら、
哀の心の中に何かがぐっと詰まって思わずコナンを呼び止めていた。
「く、工藤君…!」
「え?」
振り返ったコナンを見て、哀ははっとして俯いた。
吹く風が、哀に思いを告げろとでも言うように背中を撫でる。
返ってくる返事が自分を苦しめると分かっていても、
思いがポロッと唇から零れ落ちた。

「…好きだったわ…
    江戸川君…あなたが…」

時が止まった。
驚いた表情で哀を見つめるコナンと、
言ってしまったものはしょうがないとしっかりとコナンを見つめる哀。
何も言えなかった二人の沈黙を哀が破った。
何かを言いかけたコナンを押しやって…
「あ…」
「けど…私は…あなたと…蘭さんに…蘭さんに幸せになってほしいの…
 ただ…このまま…隠しててもつらくなるだけだから…」
自然にやわらかい微笑みがもれる。
ただ、自分の思いを告げられたことが…なによりもうれしかった。
「…灰原…オレ…」
「いいのよ…言ったでしょ?このままじゃつらくなるからって…
 ただ、覚えていてほしかっただけ…」
「そ…っか…」
これで哀の仕事は終わり。
全てを伝えて、あとは…
「なあ、お前はどうするつもりなんだ?」
「私は…」
さっき固めた考え…
それは最も自分に、相手に優しくしていられる最高の居場所。

「私は…灰原哀よ…
 宮野志保でもあるけど、哀だと…居場所があるから…
 お姉ちゃんは志保じゃなくても私の…お姉ちゃんだもの…」

そう、このまま…
戻らない決意を固めていた。
自分のため、そして…明美のために下した決断だった。
そんな強い意志を見たコナンはニヤっと笑って言った。
「あいつらを大切にしてやれよ?」
「ええ…」
そう言いながらコナンはゆっくり近づいて来る。
そして、哀の目の前で止まると…

chu…

額にやわらかい感触を感じて哀が顔を上げると…
「おめーの気持ちには答えてやれねーけど…
 でも…嬉しかったし…な?」
じゃあなと言って出て行った彼を目で追う間もなく、
戸が閉まった。
自分でも真っ赤なのが分かる。
だが、本当に全てが終わったことが分かるとすっと表情を戻した。
ほんのすこし、いつもより悲しそうではあったが…
でも、ちょっとだけ嬉しそうに哀は空を見上げた。

「お姉ちゃん…私、失恋しちゃったみたい…」

笑ったまま、つぅっと哀の頬に涙が伝った。
だが、その涙に悲しみの色は、全くといっていいほど見られない。



飲み込んだ小さな薬の作用で心臓が大きく脈を打つ。
 ドクンッ…
骨が溶けるような苦しみに、コナンは思わず膝をつく。
「くっ…」
遠のいていく意識の中でコナンの頭の中には愛おしい幼なじみの顔が浮かび上がる。
今帰るから…それだけを胸に、彼は意識を手放した。



ピリリリ…
静かな探偵事務所内に携帯の着信メロディが鳴り響く。
「あ…電話…」
蘭は携帯の画面に表示された文字を見たとたん、
とんでもないスピードで通話ボタンを押す。
表示されていた文字は…

『工藤新一』

『よぉ、蘭。久しぶ…』
しかし、新一は最後まで言葉をつなぐことできなかった。
そう、彼女の大声が耳を貫いたのだ。
「いいかげんにしなさい!!
 久しぶりにかけてみたら出ないから、メールにしたのに返信なし!
 またかけても、電波の届かないところにいるか電源が入っていないためかかりませんの一点張り!!!
 もう何週間音沙汰なかったか分かってるの!?
 事件事件事件…!一応学生なんだから立場を弁えなさい!!
 この大バカ推理ノ介!!!!」
ノーブレスで叫んだ蘭は荒く息をしながら、なおも叫び続けた。
やっと口にすることのできた本心を…
「今までは電話くれたから、何とかなったけど…
 でも…電話すらくれなくなって…死んじゃったのかもって思ったのよ!!!」
頬から流れ落ちる涙も拭かず、蘭は受話器だけを強く握り締める。
だが、今まで堪えていたものが、
数週間ぶりの電話の声を聞いて胸のつっかえを外して溢れ出した。
止まらない涙を拭きながらへなっと床にへたり込んだ蘭は望んだことを言葉にする。
「い、今…ど…こに…いるの?
   会い…たいよぉ…!」
掠れる声で紡いだ言葉の答えは…
こうだった。
その声に電話の向こうの彼がふっと笑ったのが蘭には分かった。
『…窓の下…
   見てみな…?』
ふわりとしたやさしい声に、蘭はゆっくり立ち上がると窓に向かって歩き出した。
そして窓の下には…
「し…新一!?」
愛しい幼なじみが手を振っていたのだった。
携帯電話を片手に持ち、
事務所の窓を見上げる新一を見たとたん、
蘭は走り出す。
短い階段を三段飛ばしで駆け下り、新一の胸に飛び込んだ。
「新一…!会いたかったよぉ…」
「蘭…」
抱きついたまま新一の背中に回してある手に、
もう離れないとばかりに力をこめると、
新一もそれに答えるように蘭をそっと抱きしめた。
「ごめんな?蘭…今まで待たせちまって…」
「うん…私、ずっと待ってたんだからね…?」
そして、蘭は涙を拭いて、笑顔で新一に言った。

 「おかえり…
     新一…」

一瞬驚いたような顔をした新一だったが、
蘭と同じように、笑顔で言葉を返す。

 「たたいま…」

と…
そして、やっと二人の顔に本当の笑顔が戻った。
しばらく二人で笑っていたが、ふと思い出したように蘭は新一に問いかけた。
今まで一緒にいた小さな探偵(ナイト)の行方を…
「あ、そういえば新一…
    コナン君は?どこにいるの?」
そのとたん、新一の顔が悲しげに歪んだ。
心配そうに返答を待つ蘭に新一は今の真実を伝えた。
蘭にとって悲しくて、つらい真実を…

「江戸川コナンは…いなかったんだ…」

新一が元に戻ったいま、江戸川コナンは架空の人物。
いなかった…それが真実だった。
「ちょっと新一…何言ってるの?
つ、ついさっきまで…!!!」
記憶のフラッシュバック。
コナンが出かける際に言った言葉…

「さようなら…蘭姉ちゃん…」

哀しそうな後姿。博士の家に行くといって出て行った彼。
そして…新一の言葉…
 ダッ
走り出す蘭を追うことなく、新一は俯いたのだった。



最初に向かったのは、コナンが最後に向かった博士の家。
チャイムの連続押しに博士はすこし慌てたように出てきた。
「なんじゃ!蘭君じゃないか!
 どうしたんだね?そんなに急いで…」
「コナン君は!?」
はっとしたように目を見開いた博士を見て、
この人なら何か知ってる!そう思った蘭だったが、
かえってきた言葉は…

「江戸川コナンはいなかったんじゃ…」

新一の言葉と一緒だった。
そんな悲しい言葉を聞いたとたん、
蘭は何も言わず、玄関を飛び出した。
そして出た門のそばにいたのは…
新一の母、有希子だった。
「あら、蘭ちゃん!久しぶりね!」
相変わらず高いテンションに驚きながらも蘭は口にした。
博士や新一に聞いたのと同じ質問を…
「コナン君は!?」
「…」
わずかな沈黙のあと、答えが返ってくる。

「コナン君はいなかったのよ…」

また同じ…
蘭は違う答えを得るために、何も言わず再び走り出す。
有希子が悲しそうに見つめているのも知らずに…



次に見つけたのは…
怪盗キッドだった。
暗い路地裏に、蘭を待っていたかのように彼はたたずんでいた。
「キッド…」
コナン君とやりあったこの人なら知っているかもしれない…そんな希望をもって、
蘭は聞いた。また、同じことを…
「コナン君は…?!」
今回は沈黙なしに答えが返ってきた。
表情ひとつ変えずに…

「江戸川コナンは…存在しなかったんですよ…」

他の人と同じ答えを…
悲しくて倒れそうになるのを必死で押さえると、
蘭はキッドに背を向け、また、走り出した。
そして、走っていった蘭の背中が見えなくなった時、
キッドは悲しそうにポツリと呟く。
「ごめんな…」
と…

走り出た先には哀が立っていた。
蘭を見つけるとちらっと時計を見、再び蘭に視線を戻した。
「蘭さん…『迷』探偵さんが探してたわよ?
 早く帰るのね…」
それだけ告げると哀は蘭に背を向けた。
そして、ゆっくりと自宅と反対方向に歩みを進める。
それを見ていた蘭ははっとして哀を呼び止めた。
「コナン君は!?」
そして、また同じ質問をした。
…哀の動きが止まった。
ビュッっと強い風が二人の間を通り抜ける。
風が痛かった。
その痛くて冷たい風が何かを告げるように、蘭の心に突き刺さった。
「哀…ちゃん?」
何も言わない哀を見て蘭はゆっくり背を向けた。
なんとなく…返ってくる答えが分かった。
その答えを聞きたくなかったのだった。
背を向けた蘭はそのまま早足でその場を去ろうとしたが…
哀の言葉がそれを遮った。
そして…蘭の心に残る光さえも、遮ったのだった。

「江戸川君は…存在しなかったのよ…」

悲しかった。
聞いた全ての人が、コナンの存在を否定した。
今まで一緒にいた大好きな騎士(かれ)の存在を…
あふれ出す涙を拭きながら蘭は走り出した。
彼と一緒に過ごした(じかん)に向かって…



たどり着いた先にいたのは新一だった。
走ってきた蘭の気配に気づき、俯いていた顔を上げた。
その顔は…真実を追い求める、探偵の顔だった。
「新…い…ち…」
愛しい彼もまた、騎士(かれ)の存在を否定した。
悲しそうに、俯いたまま…
だが、今、彼はしっかりと蘭の瞳を見つめて…

「江戸川コナンは…存在しない。」

しっかり言い切った。
迷わないで…しっかりと…
ぶわっと悲しくてさびしい気持ちが蘭の心に押し寄せた。
コナン君はいない…
この言葉が頭の中を駆け巡っていた。
そして…
再びあの言葉が蘇った。

「さようなら…蘭姉ちゃん…」

出かけるだけなのに大げさだと思ったあの言葉。
それが今、やっと本当の姿を現したのだった。
そして…
彼の言葉が、哀の言葉以上に胸に突き刺さった。
さらに…蘭の希望をも…打ち砕いたのだった。

自然と涙が零れ落ちた。
だが、それは…ほんのわずかだった。
希望が失われ、泣けなかったのだ。
しばらくして、ふわっと引き寄せられた気がして、
蘭ははっとして涙をぬぐって顔を上げた。
すると…
愛しい幼なじみに抱きしめられているのが分かった。
「しんい…ち…」
とたんに大粒の涙が溢れ出した。
今までよりずっと大きい涙の粒が次から次へと…
止まらない涙を、騎士(かれ)と同じ空気を持つ幼なじみが、
そっと受け止めてくれたのだった。




「コナン!学校に遅れるわよぉ!!」
大きな家に響く声は蘭の物だった。
そして、階段を駆け下りる軽快な音。
ふわっと現れたのは…
騎士(かれ)にそっくりな眼鏡の少年。
「母さん、行ってくるね!」
「はいはい。いってらっしゃい…」
勢いよく家を飛び出した『工藤コナン』は猛ダッシュで学校に向かった。
その後ろ姿を蘭は懐かしげに見つめていた。
そこに、きちっとタキシードを着込んだ新一が近寄った。
「あ、新一…」
「ったく…あんなに急いで…転ぶんじゃねーの?」
相変わらずの口調で悪態をつくものの、その瞳は優しく微笑んでいた。
「ほんっと…コナン君そっくりね…」
「ああ…そうだな…」
騎士(かれ)は存在しなくても…
その小さな騎士(かれ)との長くて短い記憶(じかん)はいつまでも…たくさんの人の心に残っていた。
今となっては知ること自体が意味をなさない秘密も…
だれのためでなく、
そのわずかな人の心に隠され続けた。
そして今…

    騎士(かれ)が再び…
動き出す。





















さようなら…そして、ただいま…    完


はじめまして。作者のmisoraと申します。今回は、こんな駄文を読んでいただき、感謝感謝でいっぱいです。短編…にしては長くなってしまったのですが、また少しずつ訓練を積んでいきたいと思います。
もし、よろしければ、感想を頂きたいです。













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